春風が通るとき
俺の願いが叶うのならば、咲にまた会いたい。
/
桜の舞う季節、三月後半の出来事だ。
「勇真くん、お昼何食べようか!」
「咲は食べ物のことしか頭にないのかよ」
咲は、一個下のいわゆる彼女だ。
同じ学校でたまたま接点があって付き合うことになった。
いつも通り、こんな会話をしていた。
信号が青になり、咲は先に道路に駆け出して早くー!と言ってきた。
そして俺も歩きだそうとした。
そのとき、パトカーのサイレンの音がした。
その方向を見ると、パトカーから逃げている車が、スピードを出してこっちに向かってきていた。
「咲!!逃げろ!」
咲は固まって動き出せなかった。
「くそっ」
助けに走り出したときには遅かった。
咲はもう目の前にいなかった。
車は、咲を引いてようやく止まった。
俺は咲のそばに駆け寄り、抱きしめた。
「ゆう……ま……くん……」
「喋るな、まってろ、救急車すぐくるから、大丈夫だから」
「ごめ…んね…」
「そういうこと言うなよ!!……咲、おい、さき!!」
咲を見ると、一筋の涙を浮かべながら目を閉じていた。
咲が返事を返してくれることはなかった。
救急車は五分後に到着し、いろいろ手を尽くしてくれたが、助からなかった。
俺は咲を見ながらこう呟いていた。
「咲、ごめんな……俺の行動がもう少し早ければ、こうなってなかったよな……」
そして涙を浮かべながらこう叫んだ
「咲が戻ってきてくれるならなんでもするよ。神様でも仏様でもいい、咲を……咲を返してくれ」
一筋の涙が地面に落ちていった。
その直後、その願い、しかと受け入れた。
どこからかそんな声がした。
は?と思い、前を向くと、そこにはさっきまでいなかった女がいた。
「お前だれ……え?」
異変に気づいた。
目の前にいる女と俺しか動いていなかったのだ。
「わしは春風と申す。そなたの願いを聞き入れよう。」
「いや、まてまて、お前誰だよ…ってかなんでみんな止まってるんだよ…?」
「わしは神様と呼ばれる存在なのかもしれぬな、わしがいるから止まった、それだけじゃ。」
「神様……?そんなのいるわけないだろ、からかってるのかよ!」
「…まぁ、神様と言われて信じる方が馬鹿じゃな。
だがな勇真よ、周りの状況などをみて、信じざるを得ないのではないか?人がこんな不自然に止まるかのー?」
「……わかった、仮に神様だとして、咲を助けるってどうするんだよ」
「簡単じゃ、勇真、そなたが死ぬのじゃ。」
「……え?」
「じゃーかーらー!そなたが死ぬのじゃ。あーゆーおーけー?」
「……俺が死ぬ…?それで咲は助かるのか…?」
「助かるぞ。…まぁ死ぬというより、わしの一部となるのじゃが……まぁそんな難しい話はよかろう。」
俺が死ねば、咲は助かる。
でもそんな話信じていいのか…?
「俺を信用させてくれ」
「いいじゃろう、ではそこの、咲を引いた人間を消してやろうではないか」
春風という女は咲を引いた男に手をかけると、その男は桜の花びらとなり、すっと消えていった。
「ほれ、どうじゃ?」
「……ほんとに消えたのか……?」
「消えたぞ、わしの力にかかればこんなもん朝飯前じゃ。……さてどうする、勇真よ、咲を助けるかい?」
「俺が死ねば、ほんとに助かるんだな?」
「あぁ、助かる。じゃが、勇真がこの世にいたという事実はなくなってしまう。それでもよいか?」
「……俺は……この世界から居なくなるのか……
でもそれで咲が生き返るのなら、それでいい。
俺が咲のことを忘れないから。
……春風、お願いしてもいいか?」
「その願い、しかと受け入れた。」
桜の花びらが舞い始め、俺を取り込み始めた。
目を閉じた。
あー、俺死ぬんだ。
咲との日々楽しかったな。
咲……元気に頑張れ……よな。
俺よりいい人見つけるんだぞ。
少し目を開けると、咲の姿がそこに写っていた。
何事もなかったかのように、道を歩いていた。
涙が溢れてきた。
そしてこう呟いた。
「俺が咲を幸せにしたかった。」
桜の花びらが舞い終わると、勇真の姿はもうなかった。