出会い。
各国の重要人物候補たちが集う中、国際連合の一機関・浮遊島の隊員である空野翼も参加していた。
これから一週間ほどの共同生活を前にして、既に挫けそうになる翼は中国代表・金黄帝に慰められていた。
浮遊島という国が存在した。
正確に国家として登録されているわけではなく、国際連合の一機関として、全世界に対する武力行使の許可がなされている。
加えて、本局は天空に浮かぶ巨大なコロニーであり、その有り様は既に国家レベルだった。
「粛清国家」と揶揄されるそれには外交官に位置付けられた全区画統治局長、そして各区画当時局長全7名がリーダーとして設定されている。さらに、全区画統治局長の後釜が用意されていた。
その人物の名を「空野翼」という。
×××××
その空野翼は困惑に困惑していた。
サウジアラビア王国郊外に臨時的に建設された王立施設「国際連合合同軍事訓練学校」
各国の次期代表候補が集い互いに交友を深め、研鑽しようという旨を掲げ開設されたその施設ではあるが、それは表向きの表情。
裏を返せば、各国の担保を一か所に集め一時的な停戦協定を結ぶための口実作りであった。
故に、空野翼は項垂れている。
「そう、気に病むこともないだろうに。代表としてそれくらいの価値があるってことさ。」
そして、中国代表金黄帝がそれを慰めていたのだった。
「…金達は結構慣れてるみたいだけど、何かコツとかあるのか?僕はもうダメだ、心労で圧死しそう。」
「ポジティブシンキング一択だよ。君次第だ。」
お手上げだと言わんばかりに両の掌をヒラヒラと振る。
「人質としての誇りね……。全く皮肉だな。」
その言葉で、他のテーブルで談笑を交わしていた何人かの視線が翼の方に向いた。
金は表情を少し険しくし、コソコソを話し始める。
「あんまり、そういうことは言わない方がいいと思うよ。ヨーロッパの方はそういうの気にする人多いから。」
言葉が終わると同時に、聞き覚えの無い声が割って入る。
高慢な気性が伺える声色には、落ち着いた外見に隠れて僅かの怒気が籠っていた。
彼は赤ワインの入ったグラスを持ったままこちらに歩み寄って来る。
「国連の木偶が随分と悟ったようなことを言うではないか。」
「あ、あはは……。……ごめんなさい。」
「童子であろうとそのような弱音は零すまい。一機関の代表として、少々の気品くらい持つべきだと思うが?。」
「ずっと温室育ちだったもんで、あんまり誇りとか名誉とか良く分からなくて…、」
他愛もない言い訳だったはずだが、目の前の男の表情は見る見る曇っていく。
そして、言い訳を終えようという所で彼の呑んでいたワインが空に舞い、翼の頭に降り注いだ。
「温室育ちは私も同じだ。己の恥の出所を待遇に委ねるな、蛮族が。」
冷ややかな瞳は茫然と固まる翼をジッと見つめている。
頭の処理が追い付かない。恐らくその原因は、彼の使う難解な文字列の数々とその突飛で無礼のせいだろう。
だから、翼の頭には「無礼」の部分を始めに理解した。
「なにすんだ、ビシャビシャになっただろ。」
あからさまな不機嫌を表面に出す翼に対して、男は冷淡な眼差しを緩めてはいなかった。
「もう一度言うぞ。己の恥を悔いろ。そして懺悔しろ、ここにいる同士たちに。」
翼側も一切、眼光を緩めない。
「あぁ、そうだな失礼なことを言った。それは謝るよ、悪かった。」
男の視線が僅かに和らぐ。
同時に、突然の出来事に慌て、青ざめながらジッと座っていた金の意識が戻―――
「――――次はお前が謝る番だ。こんな事をして謝罪の一つもなしで済むと思ってるのか?」
「ちょっと、翼!」
さすがに、金は立ち上がり、翼の肩を手前に引っ張る。
「無礼を重ねるか?」
「プラスマイナスだろ。」
翼と男の勢いは、金を挟んでもなお止まない。
その静寂は十秒を僅かに越さない程度の物だったが、その場に居合わせた者には永遠に続くかと思われた。
しかし、その状況を金が打開した。
「チャ、チャールズ王子!」
金の決死の仲介にチャールズと呼ばれたフランス王子は肩に入った力を抜く。
「その、翼は知っての通り浮遊島の人間だからさ。今回だけ見逃してくれないかな?まだ、色々分かってないだけだから……さ……。」
チャールズは、少し眉を動かすと、平常の無表情に戻る。
「ふん、いいだろう。貴殿に免じて今回の事は問わない。」
チャールズはそう言うとクルリと振り返り、足早にホールから退出して行った。
扉が閉まった瞬間、ホール内の空気が本来の喧騒と柔和な雰囲気を取り戻し始める。
金は再び、翼の方を振り返る。翼はワインで濡れた上着を脱ぎ、椅子に座って目を瞑っていた。
「他国には威厳とか尊厳とか気にする人も少なくないんだ。あんまり、そういうこと言わない方がいいと思う。」
「……だからって、ワイン被らせるのか?」
翼は、まだ状況を受け入れていないようだ。その瞳は依然血走っている。
「国家の代表として選ばれたことに並々ならない誇りがあるんだろう。あれが普通だとは思わないけど、少なからず不快に感じる人もいるはずだからさ……。」
翼は、一息吐くと、心中のモヤモヤを吹き飛ばすように勢いよく立ち上がる。
「……分かったよ。」
翼は、ようやく落ち着きホッと一息を付いてゆっくりと歩き出した。
翼の行先について金は不安ではあったが、彼が上着を持って、チャールズとは違う方向に歩いていくのを見て胸を撫でおろす。
「――――翼はもっと、外に目を向けるべきだね……。」
金は、誰にも聞こえないボリュームでそう呟いた。
完走出来れば長いシリーズになります。




