第99話 酒場
「お兄ちゃん大丈夫かな?」
スコールはそれはどっちの大丈夫なのか? と、少し気になったが口には出さずに、
「さぁな。何か一気に疲れたな」
アイはスコールの表情を観察するように斜めから覗き込む。
「これからどうするの?」
当初の予定からは外れてしまったが特に目的を変更する意味もない。
せっかく今日は休みなのだ。
「とりあえずバーに行ってからだ」
スコールの言葉にアイは微笑む。
「じゃあアイがお酒の相手してあげるね」
身長差もあって下から見上げるようなアイと視線が合う。
アイは蔓延の笑みだ。
ルータスとティアの面白いやり取りが見ることができてご機嫌なのだろう。
仲間といえどあのようなトラブルまで面倒を見ていられない。
何よりアレに女王が混ざった時のことを考えると手に負えないだろう。
「カルバナのバーに行くか? それか魔王城に一度戻るか?」
ルータスもいない事だしカルバナ帝国に留まる必要もない。
飲むだけなら別に何処でもいいだろう。
むしろ金のかからない魔王城の方がコスパに優れている。
しかしアイは不満丸出しの表情で異を唱えた。
「帰らなーい! せっかくお出かけしてるのにもっと外で遊びたいの!」
「あー分かった。分かった」
こうなったアイを説得する事はまず不可能だ。
スコールは元々行く予定だったバーに向かう事にした。
道中では、アイが何時と同じ様によく喋っている。
一緒にいる時は何時もこうだ。
ひたすらアイが話しスコールが聞く。
そんな会話を続けながらスコール達はバー前までやってきた。
しかし、スコールはここで足をピタリと止める。
目の前に立ち塞がる異様な男に足を止めたのだ。
大柄な男はフードを被っており顔は見えない。
しかし明らかにこちらを意識して立ち塞がっている。
スコールは横に並んでいたアイの前に立つと男を睨んだ。
するとフードの大男から口を開いた。
「何だよスコール。会いにきてやったのにそんなに怖い顔するなよ」
そう話しながら男はフードをめくる。
男はなんと、スパイク・シーベルトだったのだ。
「くっ! お前!」
すぐに剣を抜こうとするスコールにスパイクは慌てて手を振る。
「待てよ。今日は戦いに来たんじゃねぇ。それにいいのか? こんな所で戦ってもよ」
スパイクは周りを見渡すと両手をあげる。
こんな所で戦えば辺りに与える被害は計り知れない。
スパイクはそれを人質としている。
「ちっ! だったら何の用だ」
スコールは剣を握る手を離す。
「今日はお前に用はない。そっちの女だ。アイって呼ばれてたよな」
アイは呼ばれるとスコールの背後から前に出ようとする。
しかしスコールが手でそれを抑止した。
「ダメだアイ。お前は俺の後ろにいろ」
「おいおい。俺はただ話をしに来ただけなんだ。暴れたりしねぇよ」
スパイクは失笑している。
アイはバーに行く前とは正反対の憎悪に満ちた表情で、
「何?」
と、一言だけ返事をした。
スパイクは呆れた声で、
「すげぇ嫌われてんな!」
今更何を言っているのか理解できない。
わざわざカルバナ帝国までやって来てまでスパイクが何をしたいのか見当もつかなかった。
スコールはあらゆる可能性を考える。
しかしスパイクが口にしたのはそのどれでもなく驚くべき事だった。
「アイお前、俺の女になれよ。俺はお前みたいな気の強い女が好きなんだ」
いきなりのアイへの告白にスコールは言葉が出ない。
意味を理解するのに時間がかかった。
だが、アイは声を荒げる。
「ふざけないで!」
当たり前の反応だ。どこと誰が親友の敵の一人であるスパイクに言い寄られて受け入れる訳はない。
「ふざけてこんな所まで来ねえよ。確かに俺達は敵同士だ。でも同じ軍人でもある。ああいうやり方は俺は反対だが軍人である以上命令には逆らえない。それはお前達も分かっているはずだ」
スコールは反論をしたい気持ちが溢れるが、言っている事が理解できるだけに言葉が思いつかない。
そしてスパイクは更に続ける。
「でもよ。俺はお前が欲しい。今までこんな気持ちになったことは無かった。その気持だけは本当だぜ?」
スパイクの態度からして受け入れてもらえるとは思ってはいないだろう。
そんな中でアイは不敵に笑う。
「いいよ。なってあげる」
アイの言葉に、スコールはおろかスパイクまでも固まった。
どう見ても言っている内容と表情が真逆である。
スパイクは困惑しながら、
「本当かよ! 本気にしちまうぜ!?」
アイはゆっくりと大きく頷く。
下を向いた頭が元の位置に戻るとアイのスティグマが強く輝いていた。
「命をくれるならね」
アイの言葉にスパイクは何故か嬉しそうに笑った。
「やっぱり良い女だ! 俺の目に狂いはなかった。ではいつか力尽くで奪いに来いという事でいいな!」
スパイクの笑い声が響く。
「ふざけるな! お前なんかにアイは渡さない! つぎ会う時は俺が必ず殺してやる!」
スパイクの笑い声を断ち切るようにスコールが叫んだ。
普段あまり感情を表に出さないスコールだが、この時ばかりは大きく外に出てしまった。
何故か無性に腹が立ったのだ。
スパイクはスコールを睨む。
「それはこっちのセリフだ。アイは欲しいがスコール、お前は約束通り俺が殺す」
スパイクはスクロールを一枚取り出した。
逃げる気である。
だが今はそれをどうするとこもできない。
それを分かっているスパイクは逃げる間際にアイに向かって手を振る。
「じゃあな。一応考えてくれよな」
そう言うとスクロールの効果は発動されスパイクの姿は消えた。
誰もいなくなった所を眺めながらスコールはアイに、
「何であんな事言ったんだ?」
「もし上手く潜り込めたら奴等を全員殺れるかも知れないよ」
背後から聞こえたアイの声はいつもの声になっている。
アイの言っている事は分かる。
上手くいけば復讐は果たせるだろう。たが――
「嘘でもそんな事は言うな」
友のために命を掛けようとするアイの覚悟は本物だ。称賛に値するだろう。
しかしスコールにはそれを肯定できない。
「どうして?」
アイの疑問の声を投げかけて来る。
スコールは振り返りアイの目を見ると、
「俺はお前を失いたくないんだ」
素直な自分の言葉をただ口に出しただけだが、アイはポカンとした表情をしている。
――アレ?
スコールはここで自分が言った言葉を頭の中で復唱してみる。
復唱する度にスコールは体温が上昇するのが分かった。
アイが何かを言おうとしているが、スコールは両手をブンブン振りながら、
「別に、深い意味はないぞ! 俺はただ大切な仲間として――」
動揺するスコールを見るなりアイは、軽く口に手を当てて笑う。
「コー君のそんな顔レアだねー。そう言う事にしといてあげるか――」
アイは何時もの意地悪そうな顔をしている。
その顔を見ると何故かホッとした。
「とりあえず、バーに入るぞ」
無理矢理話題を変えてスコールはそそくさとバーの中へ入って行く。
その背中をアイも楽しそうに追いかけた。
◇
「ビールとカクテルをくれ」
バーに入ったスコールとアイは一番角のテーブルに座り飲み物を注文した。
壁際にアイが座りテーブルを挟んだ正面にスコールが座っている。
まずは一杯ビールを飲んで日頃の疲れを取るとするか――
などと考えていると、アイはいつもかぶっているとんがり帽子を取って右側の椅子に置いた。
特に何か変なことではない。むしろ飲食を行う場であれば当然のマナーだろう。
しかし今スコールが気になった所はそれではなかった。
「アイ、髪伸びたなぁ」
初めて出会った時は、肩にかからないくらいだった。
しかし今は肩よりも下に伸びている。
「そりゃね。切ってないもん」
当たり前の解答が帰ってきた。
そりゃそうだ。
でもそう言った変化が時間の流れを実感させる。
「コー君的にはどっちがいい?」
「別にどっちでもいいんじゃね?」
スコールの言葉にアイは頬を膨らませる。
「もー! 自分から話題振っといてなによ」
あまりに子供っぽい仕草にスコールは笑う。
「悪い。悪い」
「女の子にとって髪は大事なんだよ」
確かに自分から聞いて置いてそれはないか……
スコールは何か言う事はないか考える。
「髪くくれば良いんじゃないか?」
スコールの提案にアイは髪を手で掴みくくった様に見せる。
「こんな感じ?」
手で掴んでいると手が邪魔でいまいち分からない。
何かないものか――
スコールは辺りを見渡すと隣のテーブルの上に転がっていた白い花柄のシュシュが目に付いた。
誰かが忘れて行ったのか、要らないから捨てたのかは不明だが、そんな事はどうでもいい。
スコールはシュシュを取ると意地悪そうな顔でアイに差し出しす。
「これやるよ。まぁプレゼントと思ってくれ」
アイは不満たらたらの様子だ。
「落ちてる物じゃない!」
まぁ、当然の反応だ。
むしろ予想通りの反応でスコール的には大満足である。
「とりあえずくくってみろよ」
アイはぶつぶつ文句を言いながらシュシュを受け取ると髪の毛を結びだす。
一連の動きがぎこちない。そう言った事に慣れていないのがよく分かる。
アイは結び終えると頭の横側だけを結んだハーフアップサイドテールになった。
その場所を結びたかったのか、それとも結んだ場所が偶々そこだったのか?
おそらく後者だろう。
「どうかな?」
アイは少し照れくさそうな表情だ。
ふむ――意外にも似合っているではないか。
髪型が少し変わるだけでかなり印象も違って見えた。
アイが「髪は大事」と言うのも納得できる。
「中々いい感じだ。それなら帽子をかぶらない方が良いかもな」
「帽子は一様魔法で消せるけどね」
魔法使いは帽子であれど、かぶらないという事はありえない。
魔法使いの装備は防御力を高める事は勿論だがそれ以上に魔力を高める役割が大きいためだ。
だからこそ見えないようにするだけなのである。
そんな話をしていると、マスターがビールとカクテルを運んできた。
「ごゆっくり」
マスターは慣れた手付きでテーブルに酒を置く。
カクテルは知らないが、カルバナのビールは黒いのが特徴だ。
木とガラスがぶつかる小さな音が響きジョッキの水滴がたらりと垂れテーブルを濡らす。
キンキンに冷えたビールを手に取ると、ジョッキから手に伝わる冷たさが喉をくすぐる。
「とりあえず――」
スコールはアイに向かってジョッキを突き出した。
アイもそれに答える。
「カンパーイ!」
2つのガラスがぶつかり合う音が響きスコールは火照った体にビールを流し込んだ。
喉を滝のように流れ落ちるビールは水流と共に疲れも洗い流していく――
ゴクゴクと流し込み喉を苦味が刺激する。
刺激が限界に来た瞬間、口をジョッキから離すと一気に息を吐いた。
「プハァー! 上手い!」
体中に染みるアルコールと冷たい水分が何とも言えない。
毎日このセリフを言っているような気がする……
ずいぶんと変わったもんだな――
スコールは初めてビール飲んだことを思い出した。
ルータスに無理やり付き合わされてディークと初めて出会ったあの日。
最初は苦くて飲めなかった。
そういやルータスに変なライバル感もって気分悪くなっちゃったな。
帰ったらマヤカにこっぴどく怒られたっけな――
学園時代の思い出が頭を駆け巡りスコールは自然と笑っていた。
それに気づいたアイは、
「どうしたの? いきなり笑って」
スコールは片手を軽く上げながら、
「いや、時間が経つのは早いなぁと思ってな」
「どういう意味? 変なのー」
「前にだな――」
それからスコールとアイは昔の思い出話しに盛り上がった。
仲が悪かった時の話や、ピンチだった時の話し、話のネタはいくらでもあった。
それだけ濃い内容の経験ばかりだったからだ。
あのまま学園にいたら今のように笑っていられただろうか?
一瞬頭をかするも直ぐに消えていく。
そんなことどうでもいいか。現実は楽しいのだから。




