第97話 新部隊
「マヤカ君が遭遇した魔王軍は誰じゃ?」
やっぱり……
この瞬間、マヤカは直感した。テオバルト・アルフォードは知っている。
しかし、同時に何処まで話していいものか分からない。
魔王軍と名乗ったルータス達だが間違いなく自分の可愛い後輩だ。
名前を出せばエルドナの指名手配に乗る可能性は高いだろう。
先程の将軍達の会話から容易に想像できるからだ。
マヤカが口ごもっていると、テオバルトが更に続ける。
「ルータス・エミールとアィーシャ・エミールこの名前は知らないとは言わせんぞ?」
「そ、それは……」
「これだけはハッキリ言っておこう。ワシは魔王軍と交友関係を結びたいと思っておる。しかしこのままじゃとエルドナの敵となってしまうじゃろう。だからこそマヤカ君にこうして話をしておる。悪いようにはせん」
何の根拠もなかったがテオバルトが嘘を言っている様には見えなかった。
何よりも、今はテオバルトを信じるしか方法はない。
どう考えてもマヤカ1人が背追える話ではないからだ。
「そうです。魔王軍として現れたのは、以前私の班の一員だったルータスとアィーシャでした」
「他には?」
その言葉からは「もう1人いただろう」と問いただしているようにしか聞こえなかった。
マヤカも覚悟を決める。
「スコール・フィリットです」
「やはりな……」
「軍はもう知っているのですか?」
こうなってしまってはもうテオバルト頼る以外にない。
学園時代の印象から他の将軍達よりも十分に信用ができる。
「マヤカ君が卒業した次の日から3人が姿を消したのじゃ。勿論、その話は軍には言ってはおらんぞ。その3人について何か知っておるか?」
マヤカ自身も訳が分からない状況である。
マヤカ自身、軍に入ってからは忙しく一度も顔は合わせていなかった。学園から姿を消したのも今聞いたくらいだ。
状況から見れば間違いなく魔王軍に所属している。
しかしなぜ魔王軍にいるのか全く見当がつかない。
「それは私も知りたいくらいです。一体何が何だか……」
「どんな小さい事でもかまわん。何かないかの?」
「そういえば何故かルータスはカルバナの紋章が入ったマントを身につけていました」
テオバルトは意味深げに小さく唸ると考え込む。
「これは魔王軍とカルバナ帝国で何か交流が生まれた事は間違いないじゃろう」
「それは、同盟って事ですか?」
「確定ではないがな。それに……」
確かに、魔王軍とカルバナの帝国が同盟関係にあるとすればエルドナの申し入れを拒否した事も説明がつく。
しかしそうなればエルドナの現状は非常にまずい状況になる。
「それに何ですか?」
マヤカは言葉を曇らせているテオバルトを催促するかの様に言葉を投げかけた。
「これは極秘だがワシが知る限り、もう少しすればエルドナとカルバナ帝国で同盟が結ばれることとなっている」
「え? そんな事……」
あり得ない。
仮にテオバルトが予想した通り魔王軍とカルバナ帝国が同盟関係にあったとすればエルドナと組むはずがない。
そんな事が発覚すれば魔王軍とエルドナの両方を敵に回す事になるからだ。
「そうじゃ。ありえぬ。もしかすると何やら不穏な動きがある様じゃ。この情報に関してはワシも少し思うところがあっての」
意味ありげなテオバルトの言葉が気にはなったがそれ以上の追求はしなかった。
軍の内情を知らないマヤカが聞いたところで何もできない事を分かっていたからである。
「もう一度、戦闘になった時の話を聞かせて欲しいのじゃ」
「分かりました」
マヤカは盗賊との戦闘になった状況を詳しく話す。
ルータスがハーフだった事、ヴァンパイアの瞳を持っていた事など事細かく話した。
マヤカは何かが破裂したかの様に話した。
もしかしたらずっと誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
テオバルトはそんなマヤカの話を真剣に聞いている。
マヤカが一頻りの説明が終えるとテオバルトは口を開く。
「ディーク・ア・ノグアと言う男は知っているな?」
エルドナに籍を置く者であれば誰だって知っている。
自らを魔王と名乗り戦争でその名を知らしめた男だ。
しかしテオバルトが聞いているのはそう言う意味ではない。
「はい。学園時代に少し聞いた話ですが恐らくルータスの姉の夫にあたる人物かと」
「ふむ……姉か……」
マヤカは学園での記憶を必死でたどる。
何気ない会話などほとんど覚えてはいない。
その時はまさかこんな事になるとは思ってもいないのだから――
「ルータスから聞いた話では、かなりの戦闘能力を持っており、おまけに凶暴みたいです」
「前の戦争で魔王軍の規格外の力を見せつけられたからの、その言葉も大袈裟ではないと考えるべきじゃ。ルータス君自体も学園の中では戦闘面では秀でていたからの」
「はい。戦闘面ではあのスコールをも超えていました」
「ワシは魔王ディークとは少し付き合いがあるのじゃが、ディーク本人も底が見えん。そんな男が鍛え上げたのじゃろうな」
そう言えば何故今まで不思議に思った事が無かったのか。
軍に入った今なら分かる。
時より見せたルータスの凍りつく様な違和感やアィーシャの恐ろしく冷たい眼。
あの兄弟の経験値の違いを――
傭兵団に居たとは言っていたが、それが魔王軍だったと考えればルータス兄弟の異常性にも納得がいく。
更にテオバルトは続け。
「何よりもルータス君は、魔王ディークの眷属じゃ。唯の主人と下僕の関係ではない」
「えぇ!? それは学園に来る前からですか?」
「そうじゃ」
テオバルトは小さく頷いた。
これにはマヤカも驚きの声を隠せない。だが同時に納得もした。
学園でのルータスとアィーシャはどう見てもエルフだった。
そして盗賊団との戦闘で出会った時はハーフでありヴァンパイアでもあったのだ。
今思い出しても寒気がする様な禍々しいオーラだった。
どう見ても唯のヴァンパイアでは無く魔王の眷属と言われれば深く納得できた。
――ん?
マヤカの頭に何かが引っかかる。
「――テオバルト様、魔王と付き合いがあるのであれば何故本人に聞かないのですか?」
マヤカの疑問は当然と言えるだろう。
魔王と知り合いであれば、わざわざ周りから情報を集め不透明な憶測をたてる必要などない。
テオバルトは少し困った顔をしながら、
「実はワシは魔王と密約を交わしておってな……簡単に言うなればワシはその約束を果たすことが出来ず逆の結果となってしまったんじゃ。だから安易な接触は控えるべきと考えておる」
「そこまでなのですか……」
エルドナの英知と言われたテオバルト・アルフォードがこれほどまでに怖れる事態がどれほどの事態か分からないマヤカでは無かった。
「そこでじゃ。ここからが本番じゃ」
「はい!」
マヤカの声に力が入る。
それは歓喜の声だ。
ただ怖れるだけではない何か道を示してくれる。それがテオバルト・アルフォードであり英知と言われる伝説なのだ。
マヤカはテオバルトの話に全神経を集中させる。
「このままでは軍の意向により恐らく魔王軍とは敵対関係となるじゃろう。それだけは避けねばならん」
マヤカは大きく頷く。
考えたくはないが魔王軍と敵対関係となれば敵を焼き尽くしたとされる魔法がエルドナに降り注ぐ事となる。
そうなればエルフの日常は破壊され世界は大きな戦争へと一気に進む事となるだろう。
何よりももし戦争になればルータス達と戦う事となる。
そんな事が出来るはずなどない。
「それにあたってワシは直轄部隊を持つ事となった。そしてその部隊をマヤカくんに任せようと思ておる」
「――――っ! わ、私にですか!?」
マヤカは目を大きく見開き思わず声に出した。
盗賊団との戦闘で自分の無力さを痛感しただけに荷が重すぎると考えた為だ。
実戦での戦闘経験も無いに等しく何かできるとは思えない。
テオバルトはマヤカの反応を分かっていた様子で、
「まぁ最後まで聞くんじゃ。何も戦闘部隊ではない。マヤカ君にはカルバナ帝国で魔王軍の情報収集の任にあたってもらう。人員の選別は任せよう」
「情報収集ですか?」
テオバルトは椅子の背もたれにゆっくりもたれかかる。
「まずは魔王軍についての情報じゃ。何とかしてルータス君達と接触しエルドナの現状とワシの意を伝えてはくれぬか?」
ここでマヤカはテオバルトの考えに気づいた。
このままでは魔王軍とエルドナは敵対関係になってしまう。
しかし、エルドナの上層部の総意をいくらテオバルト・アルフォードと言えども簡単には覆せない。
だからこそ直轄部隊を結成し先に手を打とうと言うわけだ。
魔王軍とコンタクトをとるなら約束を破ったテオバルトはよりも顔見知りのマヤカはあらゆる面で都合がいい。
未だにどんな人物かよく分からない魔王ディークよりも学園で一緒に過ごしたルータス達の方が危険も少ないだろう。
それにテオバルトはやんわりと言ってはいるが、マヤカに選択肢などない。
「分かりました。私もルータス達には話したいこともあるので。私でよければその任務、引き受けます」
結界を張るほどの会話をしている時点で答えはYES以外にない。
断ればどうなるか位はマヤカでも分かっていた。
「よろしい。ではこれよりマヤカ君はワシの所に所属変えじゃ。これがその書類じゃ」
テオバルトは一枚の紙を出すと人差し指で軽く弾く。
するとふわりと浮き上がりマヤカの目の前で止まった。
「――はい」
書類には所属変えや新部隊設立に関する上層部の面々のサインが既に書いてある。
そして部隊長にマヤカ・ルンベルの名前があった。
「では早速今後の話だが、魔王軍の情報収集の他にもカルバナ帝国の同盟についても調べてもらいたいのじゃ。なぜエルドナ軍はカルバナ帝国と同盟を組む事となったのかをな…… 何か嫌な予感がするんじゃ」
「嫌な予感……ですか?」
「うむ、ワシの知らんところでエルドナは大きく動こうとしてるのやもしれん」
マヤカは覚悟を決め誓う――
恐らくこの部隊はかなり危険を伴うだろう。
だが、軍人である以上それは当然であると言える。
上司とするならばテオバルト・アルフォードは先の将軍達より遥かに良い事だけは間違いない。
何よりもルータス達ともう一度会って確かめよう。
ルータスの禍々しい力もそうだが、スコールの殺気――
学園時代のスコールからはかけ離れている。
敵とはいえ一切の容赦もなく殺したあの姿は恐ろしかった。
一体何があれほどの変化をもたらせたのか?
将軍達の言うように本当に悪に落ちたのなら――
3人は自分の後輩だ。
もし間違った道に進んでいるなら私が連れ戻してあげるから――




