第93話 祝賀会2
祝賀会の会場で優雅に振る舞う男が一人。
それはスコール・フリィットである。
祝賀会はスコールにとっては特に珍しいものではなかった。
スコールはエルドナでは有名な貴族である。
パーティなどは特に珍しい行事ではなく何度も経験があるのだ。
しかし、帝国が主催するものとなれば話は別である。
国が主催すると言うことはその国力を知らしめる為でもあり例え貴族であっても一個人が開けるレベルではないからだ。
周りにいる一人一人が帝国の中枢にいる者達である。
スコールは注意深く観察する。
――この中にも何処かに。
そう、間違いなく帝国に仇なす者達はこの中にいる。
もし見つけることが出来ればそいつは間違いなく革命軍の幹部だろう。
そうなれば一気に事はいい方向に動き出すことは間違いない。
だが、敵も簡単には尻尾を掴ませてくれはしないだろう。
こんな所で見つかる輩が組織の幹部になれるはずもない。
などと考えていると横から不満げなアイ声が響く。
「ねぇコー君、何やってるの?」
そう言えば横にいたアイのことを忘れていた。しかもそれを察した様である。
「あぁ、すまん。少し考え事を……」
「折角のパーティなんだよ? 何かないの?」
アイは得意げに髪の毛をかき上げる。
今日のアイは普段の魔女っ子ではなかった。
真っ赤なフリルのついたドレスを身に纏いその辺の貴族よりも豪華なアクセサリーを付けている。
普段のアイからは想像もできない姿だ。
恐らくアイの言葉から察するにその事について触れて欲しいのだろう。
だが、何か素直に言葉にするのは何が痒いものがある。
「その服、中々似合っているよ」
アイとはそう言った類の会話をしたことが無いのでスコールにはこれが限界である。
何よりチビっ子事件以来、少し気まずい。
変に自分が意識しすぎているだけなのだろうか。
「まぁ、よろしい」
アイはもう一声欲しい様子ではあるが何とか納得した。
しかし、意外だったのはハーフのアイを誰も不思議がる様子がない事だ。
世界を支配しているのは純血の四種族でありハーフに人権は無い。
これは世界共通であり帝国でも例外では無かった。
だからこそ、ハーフがこんなに豪華なドレスや貴金属を身に付けていれば気に食わない者がいてもおかしくは無い。
それどころかアイには同じ貴族の様に接している。
誰1人、アイがハーフである事に触れる者はいないのだ。
恐らくこれは女王が開いた祝賀会だからであろう。
現時点で帝国の最高権力者であるユーコリアス女王が集めた者達である。
逆に言えばここにいる者達は何かしら女王と繋がりがある者ばかりなのだ。
だからこそ逆に恐ろしいのだろう。
この場にいるハーフが只のハーフな訳がない。
強固な権力者ほど他の者に敏感である。
それは、権力者は強欲であり常に何かを欲しているからだ。
今よりもっと上を目指す。これは周りも同じであり隙を見せれば逆に食われると言う事。
だからこそ本当の権力者という者は変な差別はしない。
出来ないと言った方が正しいだろう。
それが自分の身を滅ぼすことを知っているからである。
そんなアイが右手をスコールに差し出す。
「どうした?」
スコールは両手を広げおどけた声をあげる。
アイは頬をぷくっと膨らませながら、
「そんな意地悪しないでよ。ちょっとくらいエスコートしてよね」
「いつもは意地悪する側のくせに……」
「いいの! アイだって女の子なんだよ?」
アイに全くもって似合わないセリフであるが、そんな事を口に出せるはずもない。
しかし、今日のためにアイにダンスや作法の特訓をして来たのだ。
その成果を発揮する時は今しかない。
それに口には出さなかったがドレスを着たアイは普段とは別人だ。
大人っぽくて美く見えた。
服装だけでここまで変わるものだな……
中身はアレだが――
スコールは腕を組み顎に手を載せてアイを観察していると、何かを察したのか、
「今ものすごい失礼な事かんがえてない?」
アイが疑惑の眼差しを向ける中。
「分かった。分かった!」
スコールはクスリと笑うと、大きく手を振りながら深く一礼をした。
かなり大げさな一例だがスコールがやれば様になっている。
「私と一曲踊っていただけますか。我が姫」
そう言うとアイの右手を引っ張った。
「あっ」
小さな声と共にアイはそのままスコールの胸に飛び込む。
そして少し恥ずかしそうな顔でスコールを見上げた。
ゆっくりとステップと踏む中でアイは小さく呟く。
「コーくんのバカ」
◇
ディークとミシェルはある程度の雑談を交わし終え一息ついていた。
内容なんて無い。毎日の暮らしや部下の愚痴、他愛のないものばかりだ。
帝国の権力者達は何もしなくてもディークに寄ってくる。
それはユーコリアス女王が同盟相手と認める同等の存在だからに他ならない。
それを分かっているからこそディークも深い話はしないのだ。
敵と味方をまずは判別しなければならない。
お互いがそう思っているからこそある意味会話は成立する。
ある程度の会話を終えディークは一息付く。
目の前のテーブルには豪華な酒や料理が並べられている。
見た所、肉料理が主でオーガという種族の特徴なのだろうか?
いつもは骸骨料理長のスカーレットの料理しか食べていないだけに他国の料理も少し興味があった。
だが回りを見ると料理に手を付けている者がほとんどいない。
帝国ではそれが一般的な作法なのだろうか?
それともこういった場に慣れすぎて特に珍しいものでも無いだけなのか……
ディークが肉料理行方を悩んでいる中、ミシェルが何かを思い出したかのように口を開いた。
「そういえばルータスの所に行ってあげるのを忘れていたわ。ちょっと行ってくるね」
「なんだ? ルータスに用でもあるのか?」
「ちょっとね」
ミシェルはグラスをテーブルに置くと、足早にルータスの所へと行ってしまった。
なんだかんだ言ってミシェルもルータスが心配なのだろう。
しかし今日のミシェルは天使が舞い降りたかの如く美しい。
ミシェルを眺めながらお酒でも飲もうかと思っていたが少し待つしかない。
テーブルにはグラスと色とりどりのお酒が並べられている。
ディークは1つ酒を手に取るとグラスに注いだ。
これは地酒なのだろうか?
注ぐと同時にふわりと鼻にいい香りが立ち込める。
とりあえずミシェルが帰ってくるまでこの酒を楽しむとするか――
「お酒、お好きなのですか?」
突然、声をかけられ振り向いた先には、1人の女性が立っていた。
オーガの若い女性ではあるが身につけた物から見るにどこかの貴族の娘だろう。
小さなグラスを持っている。
「あぁ、大好きなんだ」
特に無視をする理由はない。
むしろこの場でのトラブルはデメリットしかないだろう。
「お隣、よろしいです?」
「もちろん」
女性はディークの横に立つと持っていたグラスを一気に飲み干した。
「私はシェリーっていいます。以後お見知り置きを」
シェリーと名乗った女性は大人の雰囲気が感じ取れた。
ディークが今までに会ったことのない美しさがあり動き一つにしても絵になっている。
「少しお話がしてみたいと思ってましたの」
「どんな話かな?」
「貴方の話ですわ。ここ最近ではカルバナでもかなり噂になってましたもの。一体どんな御方なのかなと思いまして」
シェリーはディークに興味津々だ。
そしてディークに擦り寄ると空になったグラスに酒を注ぐ。
そして優雅にグラスの中で回しながら上目遣いで見つめてきた。
ディーク自体こう言った女性の対応は殆ど経験がない為、どうしていいか分からない。
しかし、悪い気はしなかった。
「そうだな――」
お酒も少し回りシェリーと少しの雑談を交わす。
好きな食べ物とか服の趣味など何でもない会話である。
シェリーはかなり聞き上手で会話は弾んだ。
ミシェルやミク以外の女性との話は何か新鮮だった。
「一度、ディーク様を私の家に招待してもいいですか? 家には自慢の酒蔵がありますのよ」
お酒という言葉に一気に興味行く。
黒ビールのような大発見があるかもしれないと思ったからだ。
それに、祝賀会はカルバナでのパイプを作る事が一番の目的である。
シェリーを通じて帝国貴族の内情を知る事が出来るだろう。
派閥がどうあれ同盟国の貴族であれば敵ではない。何よりシェリーとゆっくり話をしてみたい気持ちも強かった。
「是非、お邪魔させてもらうとしよう」
「明日は1人で来てくださる?」
「それが希望ならそうしよう」
「ウフフ、では明日の夜に城前に迎えにきますわ」
シェリーはそう言うとグラスを軽く振りながら去って行く。
ディークはその後ろ姿をじっと眺める。
これはミシェルには内緒にしとかないと後が怖そうだ。




