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ブラッド・ZERO  作者:
第3章 カルバナ帝国編
88/119

第88話  女王

 霧との一戦が終わった後、カルバナ城では――


「――これで報告は以上です」


 ルータスの声が響く。

 ここはユーコリアスの部屋である。


 ユーコリアスは丸いテーブルに肘を付き座り真剣に聞いている。

 ルータスはその横に立ち、霧との戦闘の報告を終えたところであった。

 すでに、大臣と将軍には報告は済ませてある。


 女王であるユーコリアスに直接報告する必要は全くないのだが、姫直々に命令されればルータスは従う以外にない。

 これはルータス呼びつける為の口実である事はルータスも分かっていた。

 城に勤めだしてからというもの何かとユーコリアスはルータス呼びつけていたからである。


 女王と言ってもまだ人としては幼く、今まで同じような歳の者とこうして話をする機会は少なかったのだろう。

 ルータスも1人の寂しさは十分分かっている。

 だからこそユーコリアスの呼びつけにはすぐに向かっていた。

 要するにルータスにとってはいつもの事なのだ。


「ルベルを発見し交戦したが逃げられたか……」


 ユーコリアスは残念そうな表情だ。


「次こそは必ず霧を殲滅します!」

「そういう事じゃない!」


 ルータスの言葉にユーコリアスは怒りをあらわにしながらテーブルを叩く。

 テーブルに置いてある花瓶がぐらりと揺れ小さな音が部屋に響く。


「す、すみません」


 ルータスは慌てて頭を下げる。

 ユーコリアスは手で頭を上げるように促すと、静かに口を開く。


「ルータス、我が言った事を覚えているか?」

「覚えています」


 ユーコリアスは霧との戦闘は極力避け交渉による平和的解決を望んでいる――

 しかしそんな事を言われても敵は襲ってくるのだ。

 そうなればこちらも戦わなければならない。


 敵だって殺さずに手加減して倒せるほど弱くない。

 むしろそんな油断は死を招くだろう。


 これから、どうすればいいものか――


 ルータスの困った表情を見たユーコリアスはハッとした表情で、


「すまん。分かっているのだが、ちょっと熱くなってしまった。ルータスは良くやってくれた」

「いえいえ! そんなことありません」

「とりあえず、今後も霧については慎重に頼むぞ」

「分かりました」

「ところでルータス、コロシアムの件は分かっておるな?」


 ユーコリアスは表情をくるりと変え、ジト目を飛ばして来た。

 ルータスは一度頭の中を整理する。

 カルバナ帝国のコロシアムは帝国最大の娯楽であり国技と言ってもいいだろう。


 そしてルータスの一番の目的でもあった。

 魔王軍は、はっきり言っていきなり現れた組織であり、その歴史は浅い。

 純血の4国ならともかく、いきなり魔王軍と同盟を組みましたと言ったところで国民は支持しないのは明白である。

 しかしオーガはその種族上、強い者が好きであり敬意を表する。

 コロシアムで大きな活躍をして国民の人気を取れば受け入れられるのは容易いのだ。


「準備は万端です」


 ルータスは親指を立てて自信満々に言った。


「ならいいのだが……これはルータス、お前を認めさせる為でもあるのだからな」


 ルータスはコクリとうなずく。

 ユーコリアスはルータスを城の者たちに認めさせる事に重点を置いていた。

 これはルータスも城勤めをやりだした時から少なからず感じていた事である。


 ケビンや大臣のエドワードはルータスに良くしてくれていたが、全員がそうではなかった。

 それもそうだろう。本来、女王専属の騎士とはカルバナ帝国では聖剣使いの仕事である。

 つまり今のルータスは聖剣こそ持ってはいないが聖剣使いと同等の扱いなのだ。


 カルバナ帝国の者からすればいきなり現れたうさんくさい少年にその地位を取られた事になる。

 それを面白く思わない者も多い。

 だからこそユーコリアスはルータスに派手な活躍を望んでいるのだ。


 これは魔王軍の宣伝だけではない。

 ユーコリアス専属の騎士がどれだけ優れているのかを国民知らしめる事も重要なのだ。

 むしろユーコリアスはそっちの方に力を入れているようにも思えた。


「任せて下さい。姫様の為に必ずド派手な活躍をして、満足させてみせます!」

「うん。ル、ルータスが我の為だけにそんなにやる気なら、信じてあげるわ」


 ユーコリアスは少し恥ずかしそうにしながら下を向く。

 ルータスも流石に最近ユーコリアスについて分かってきた。

 ユーコリアスは結構偉そうな言葉遣いをするが、それは半分わざとである。


 つまり作っているのだ。

 恐らく女王としての威厳を示す為なのだろう。

 しかし少し感情が高ぶると、素が出てしまうのだ。

 ルータスはこの一瞬女の子に戻る瞬間がかなりお気に入りだった。


 もしユーコリアスが姫でなければ、間違いなく手を取りカッコイイ台詞の一つでも言っているだろう。

 最初は女王の騎士になってかなり緊張し、気の休まる暇がなかったが今ではすっかり慣れてきた。


 ユーコリアスも2人でいる時はそこまで細かいことは言わない。

 堅苦しいエドワードなどと一緖にいるよか大分マシだと言えるだろう。


「あっ、そう言えばルータス、コロシアムの後の祝賀会の話は聞いておるか?」

「ええと、正式な同盟の発表の場だと聞きました」

「ふふーん……」


 ユーコリアスはものすごく悪そうな顔しながら数回頷くと立ち上がった。

 そしてルータスの前に立ちゆっくりと上から下へと視線を動かす。


「ひ、姫様、何か?」


 もうルータスは嫌な予感しかしない。


「パーティで私の騎士としてふさわしい立ち振る舞いこれから身につけてもらうわ!」

「え? 別にそこまでしなくても……」


 そんな世界とは無縁のルータスにとってそれはかなりハードルが高い。

 何よりそんな事をしなくても、騎士なのだから黙って後ろに付いてれば何も起こりようがない。


 何もしなければ下手は打たないのだ。

 しかしユーコリアスにそんな理屈は通用しなかった。

 ユーコリアスはズンズンとルータスに詰め寄ると、


「何!? 私の騎士の癖にエスコートの一つも出来ないの!?」

「い、いや、そう言う訳ではなくて……」

「私のルータスを馬鹿にする奴を黙らせてやるわ!」


 うも言わせないユーコリアスに言葉が出ない。

 そしてユーコリアスはわざとらしく手の平をポンと叩く。


「それならこれから毎日ここで特訓しましょう。私がしっかり一人前にして上げるわ」


 ユーコリアスは声を弾ませながら嫌にノリノリである。

 ルータスは思わず一歩後ずさる。


「いや、しかし……」

「いやも何もないわ! やると言ったらやるの!」


ユーコリアスそう言うとルータスに詰め寄り、手を握りしめ一気に引き寄せた。

ルータス達は肌がふれあう程密着した状態になるとユーコリアスはもう片方の手をとった。


身長差もあってか丁度ルータスのちょうど胸の位置に頭を預ける形になっている。

ユーコリアスの銀色の髪はサラサラで触れ合っている肌の感触がルータスの鼓動を一気に高めた。

ルータスがそのまま立ち尽くしていると、ユーコリアスは不思議そうに、


「ルータス、何してるの?」

「へ?」


ルータスは間の抜けた声を上げた。

それもそうだ。ルータスには何をしようとしているのか皆目見当も付いていない。


これはもしかして抱きしめれば良いのか?

などと、都合の良い妄想をしていると、


「ダンスの練習よ。他に何があるのだ」

「と言われましても、何をして良いのか……」


 当たり前だがルータスは一度もダンスなどしたことはない。

 ユーコリアスは今までの言動から全てを察した様子で、


「なら私には合わせて動いて」


 ユーコリアスは握りしめた手に少し力を込めると、ゆっくりとステップを踏み始める。

 ルータスはそれに合わせてゆらゆら動くと微かな動きに合わせて女の子の匂いが漂ってきた。

 次は言葉に出さないようにしないとな――

 ルータスは口をぎゅっと締め直す。


「今日はいい匂いはする?」


 ユーコリアスの心を読んだかの様な言葉にギクリとしながら苦笑いだけで答える。

 そして数分ぎこちないダンスを踊った後、ユーコリアスは足を止めた。

 急に止まったユーコリアスに、


「ええと。僕、何か失敗しました?」


 もしかしたら、余りにも下手すぎて愛想つかられたのか?

 それとも教える気もないレベルでセンスがないのか?


 などとネガティヴな想像が頭を駆け巡る中ルータスの考えを吹き飛ばす一撃をユーコリアスは放つ。

 ルータスの背中に両手を回し、ぎゅっと力を込めたのだ。

 いきなり抱きしめられたルータスは慌てて何かを言おうとするが、それよりも早くユーコリアスが口を開いた。


「今日も何者かに命を狙われたの」


 その声はか細く何時もの威厳は感じられない。

 ただ見えない何かに怯える少女でしかなかった。

 初めて見るユーコリアスのそんな姿にルータスは何も言葉が見つからない。


「この先もずっと続く……本当にこの国は一つになり平和になるのだろうか?」


 恐らく誰にも見せたことのない本音だろう。

 こんな状態で怖くない訳はない。

 女王であるが1人の女の子でもあるのだ。


「大丈夫です。ディーク様や僕達が協力します。きっと上手くいきます」


 ユーコリアスは更に腕に力を込める。


「私は国の為に死ねない」


 ルータスはユーコリアスの方に手を当てて目をしっかりと見つめると、


「姫は僕が命に代えても守ります。だから死なない」


 そうだ――姫は死なない。


 あの人に守れと言われたんだ。死ぬ訳がない。


 僕が命に代えてでも――





 ――その夜ユーコリアスは一人城の西塔にいた。

 一直線に向かう足取りは軽い。

 何故ならここの一室はユーコリアスにとって特別な部屋なのだ。


 部屋の前についたユーコリアスは、扉をノックして中に入るとそこにはベッドが一つとテーブルに椅子が並べられ女性が一人座っていた。

 美しい銀髪は腰まで伸び落ち着いた服装をしている。

 女性はユーコリアスを見るなりすぐに立ち上がる。


「お母様!」


 そう、この女性こそユーコリアスの実の母、ビネット・カルバナである。

 ビネットは前皇帝の妃であったが、皇帝の逝去と同時にユーコリアスが女王となりビレットはその地位を失ってしまったのだ。

 これは王家の血筋を一番とする考えが深いため、皇帝に嫁いだビレットは後継者としての資格がなかった。


 これは今に始まった事ではなく昔からのそうやってきたのだ。

 だが、全ての地位を失うわけではない。

 ある程度の地位は約束され死ぬまで何かに困ることはない。


 しかし国の方針に口をだすことは許されておらず。

 特別な理由がない限り女王と合うことも禁止されているのだ。

 これは親が裏の支配者にならないようにする為である。


 いくら王といえども実の親には弱い。

 これは生物なら当たり前である。

 だからこそビレットは王座の間にも入ることは許されていない。

 

 そういった理由から夜にこっそり会いに来ていたのだ。

 ユーコリアスは母の胸に飛び込むと、ビネットは優しく引き離した。


「姫様、あまりここには来ない方がよろしいかと」


 ユーコリアスは一瞬悲しそうな表情になるもすぐに明るくなり、


「今日は聞いてほしいことがあるの!」


 ビネットは困った顔をしながら椅子を引いた。


「まずはお座りになられて下さい」

「お母様も座って」


 ユーコリアスは椅子に座ると正面にビネットが座った。


「お母様、あのね――」


 ユーコリアスは楽しそうに話しだす。

 その口調からは女王の威厳はなく年相応の少女であった。

 それはルータスにすら見せることのない姿である。


 ユーコリアスは魔王ディークが強かった事や、ルータスという同じ歳の男の子の話を楽しそうに話した。

 ビネットはそれを嬉しそうに聞いている。

 ユーコリアスは一頻り話し終わると立ち上がり再びビネットに抱きついた。

 ビネットは次は放すことなくユーコリアスの髪を優しく撫でた。


「魔王軍と正式な同盟を組んだの。私が国を変えてみせる。その時はお母様も――」


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