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ブラッド・ZERO  作者:
第3章 カルバナ帝国編
83/119

第83話  霧

 先頭部隊の大きな笛の音が鳴り響いた。

 これは緊急事態を伝える合図だ。

 マヤカは周りの空気が大きく変わったのを肌で感じとり鼓動は激しく波打ちだした。


 初めての事態に何が起こったのか分からない。

 マヤカは波打つ鼓動を落ち着かせ考える。

 

 ここは恐らくカルバナ帝国の領土――だとすれば、盗賊などの奇襲?


 仮に盗賊からすればエルドナ者達は格好の餌となる。

 当たり前だかカルバナではエルドナの法は適応されない。

 カルバナの法律とはオーガの法律でありカルバナでエルフが死体で見つかったとしても捜査などされはしないのだ。

 だからこそ盗賊とっては一番都合がいいのである。


 しかしだからといって盗賊が襲ってくるのかといえばそうではない。

 マヤカ達はその辺の商人の一行とは違う。


 戦闘部隊では無いがエルドナ軍の使者なのだ。 

 人数だって30人の部隊であり盗賊程度が襲うにはリスクが高すぎる。


「――マヤカ! 聞こえているのか? 剣を抜くんだ!」


 叫ぶよう仲間の声が飛び込んでくる。

 マヤカは何かの間違いであって欲しいとの願いは先輩の声でかき消される。

 前を見つめると先頭の部隊は皆剣を抜き臨戦体制をとっていた。

 金属がぶつかり合う嫌な音が鳴り響いたと思えば、部隊の1人が無造作に倒れるのが目に入る。


 切られた? 死んだの?


 あまりにも無造作に倒れた仲間が一体何をされたのか? 分かってはいるがそれを否定しようとする自分がいる。

 近くにいた同じ部隊の先輩達がマヤカを囲むように集まってきた。

 マヤカは剣を持つ手が震えているのが分かる。

 次第に辺りに立ち込める血の匂いがその震えを一層大きくさせた。

 すると隊長がマヤカの肩を両手で掴む。


「いいかマヤカ! よく聞くんだ。これから仲間の誰が死んでも、お前はただ前だけを見て生きている者の回復に努めろ!」


 仲間達も分かっていた。

 盗賊が襲撃する時ということは確実に勝てると分かっているからである。

 しかも、30人以上の他国の部隊を襲撃するほどだ。敵はかなりの手練れであることは間違いない。


 少し前とは別世界のように辺りは戦いの色に染まり出す。

 マヤカ達の部隊も臨戦態勢を取りピリピリとした空気が流れる。

 その空気を断ち切り森のざわつく音と共に3人の敵が現れた。


 1人は40代くらいのオーガでもう2人はどう見たってハーフの少年である。

 間違いなくマヤカより年下であることは間違いない。

 すると真ん中の男が口を開く。


「こんにちは。 お前達に恨みはないが大義の為、死んでもらう」


 酷く冷たい声には逃がすつもりはない事がうかがえた。


「何だ貴様ら! 我々をエルドナの者と知っての事か!」


 隊長の怒鳴り声が響く。

 すると右隣にいた少年が、


「先生、これが今回の敵なの?」


 少年は人を物ととしか認識していない口ぶりである。

 マヤカはそれに恐怖する。

 何故ならそう言った表現をしているのではない。本気でそう思っているのだ。

 少年の瞳の奥に焼き付く闇がそれを物語っていたからだ。


 先生と呼ばれた男は優しそうな目をしながら少年の頭を撫でる。

 恐らくこの男がリーダーだろう。

 隣の少年2人も間違いなく普通の子供ではない事は分かっていた。

 マヤカは目の前の敵から得体の知れない不気味さを感じ取っていたからだ。


「ああ、そうだ――」


 先生と呼ばれた男がそう言った瞬間マヤカの目は恐怖により凍りついた。

 目の前で剣を構えて立っていた仲間が無造作にゆっくりと後ろへ倒れる。

 そしてその首にはナイフが深々と刺さり真っ赤な血が吹き出していた。

 声もなく地面に倒れる音だけが響く。


 倒れた仲間の目からは次第に命の光が消えて行く――


 マヤカは恐る恐る敵に目を向けると右側に立っていた少年が手を振り上げている。

 信じたくはないが、この少年がナイフを投げ仲間を殺したのだ。


「うぐっ!」


 マヤカは目の前の凄惨な光景に思わず嘔吐いた。

 マヤカは体がガタガタと震え出す。

 本当の実戦、仲間の死――目の前にいる少年の瞳に――


 全く感情を読み取れない、それどころか感情そのものが無い瞳……まるで兵器の様な少年に――


 マヤカは勇気を奮い立たせ剣を握りしめた。

 人数は九人に対し敵は三人だ。数では圧倒的に有利である。

 今は仲間を信じるしかない。


 だがその時、敵は既に動いていた。

 右側の少年は凄まじい速さで駆け寄ると一瞬にしナイフで仲間の喉元を切り裂いた。

 切り裂くと同時にそのナイフを投げつける。

 そして血しぶきを上げて倒れる仲間が地面に着く前に違う仲間の頭をナイフは深々と捉えた。


 虚しく倒れる二人の音が響く――


 首がばっくりと裂け数回手と足をバタバタさせた仲間はすぐに動かなくなった。

 そしてもう1人は頭を貫かれた為か痙攣のような動きをしている。

 もう助からないであろう仲間の姿にマヤカは目から涙が零れ落ちる。


 確実に急所を狙ってくる敵に対してどうやって回復すればいいのか?


 何も出来ずに一瞬で三人も殺されたのだ。

 考えたくは無いが敵の武はこちらを圧倒している。

 マヤカの脳裏に一つの考えがよぎった。


 私はここで死ぬ――


 初めて帳面した死の恐怖にマヤカは動くことすら出来ない。

  

 死にたくない。死にたくない。死にたくない――


 呪文の様に周り続ける生への執着。


「マヤカ、すまない。お前の初任務が残念な事になってしまった」


 仲間の声にマヤカは返す言葉が見つからず顔を横に振るのだけがやっとだった。 

 しかしその時――


「先生、お待たせしました」


 マヤカの心とは正反対の明るい声が聞こえた。


「そ、そんな……」


 マヤカのか細い声が響く。

 なんと新たに4名が加わり敵は7名となったのだ。

 マヤカ達の部隊は10名を小隊とする30名の部隊だ。

 敵は各2名を一小隊にぶつけて来たのだろう。


 これは増援と言うよりもバラけた部隊が合流したと言った方が正しい。

 考えたくはないが味方の小隊はやられてしまったのだろう。

 その証拠に辺りは驚くほど静かになっている。

 敵は先生と呼ばれる男以外は皆10代から20代の若者ばかり構成されているようだ。


 若い者では間違いなくマヤカより年下で、見たところ14歳くらいである。

 驚くべき事は敵がほぼハーフで構成されていることだ。

 先生と呼ばれる男だけが純血のオーガである。

 マヤカの知る限りハーフは純血より劣る劣等種だ。


 エルドナにこれ程の戦闘力をもったハーフは限られている。ましてや少年など聞いたこともない。

 数的には7対7となったが、マヤカ達が生き残る可能性はゼロと言っていいだろう。

 こんな国境界で助けに来てくれる者などいるはずはない。

 何よりエルドナ軍の30名からなる部隊を、たった七人で圧倒する敵をどうにかできるとは思えない。

 先生と呼ばれる男は満足そうな声で、


「ご苦労、後はこいつ達だけだ。時間をかけることもない。やれ!」


 この声を合図に1人の少年がこちらに向かって駆けてくる。

 先程仲間を殺した少年だ。少年とは思えない俊足でその瞳からは一切の感情が感じられない。


 もうダメだ――


 マヤカは諦めかけたその時――


 何かが刺さったような気味の悪い音が響いた。

 そして同時に少年の体は真横に吹き飛び木激しく叩きつけられる。


 マヤカは一体何が起こったのか分からなかったがすぐに答えは見つかった。

 少年の胸は大きな氷の刃で貫かれ木に張り付いていたのだ。

 おびただしく流れる血と共に少年の体は次第に動かなくなった。


 一体何が!?


 串刺しになった少年を呆然と見ていると懐かしい声が飛び込んで来た。


「よくやったアイ」

「えへへ、このまま全部やっつけちゃうよ」


 再び正面を向いたマヤカの目には懐かしい三人の姿があった。

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