第81話 神殿2
「さぁ、ここにはもう用はない。帰るとしよう。こんな場所はあまり長居するものではないからな」
ディークはもう少し観察していたい気持ちはあったがそういう訳にもいかず神殿の出口へ歩き出す。
ミシェルもディークのすぐ横に続くとケビンはその後ろに付いた。
ユーコリアスは最初に壁があった場所に立ち手をかざす。
先ほど同様、手に集まった魔力が強く反応すると白い霧の様なものが発生した。
その霧がレッドドラゴンを覆い隠すと次第に濃くなりその霧は壁へと変化を遂げた。
そして一筆書きの様に壁に魔法陣が描かれていく――
最後の術式が刻まれると同時にそのパワーは膨れ上がり壁は固く閉ざされる。
「その力は姫が身につけたものなのか?」
ディークの問いにユーコリアスは小さく首を振り、
「いや、これは刻まれた術式が我の魔力に反応して発動しているだけなのだ」
「発動して条件が一族の魔力ってことか」
レッドドラゴン自体を封印している結界と封印部屋自体に張り巡らされた結界、最後に神殿の全体の封印の三重結界である。
複雑な魔術混ざり合いそれぞれが高度なレベルでかけられている。
流石、今まで破られることがなかっただけはある。
ユーコリアスは少し自慢げに、
「今まで、この神殿内にすら侵入出来た者は1人としていない」
そんな話をしながら神殿の出入り口までやってきた。
ユーコリアスは入る時と同様に扉の封印を解くとゆっくりと扉は開かれた。
そしてディーク達を待っていたのは太陽の光、澄んだ空気と開放感――
――ではなく、敵意ある者達の視線だった。
ケビンはすぐに危険を感じ取りユーコリアスの前に立つと片手を広げた。
「姫様、私から離れないでください」
「なんだ? 何かあったのか?」
ユーコリアスは、まだ現状が把握できていない様子で首を傾げている。
ケビンは何も言わずに剣を抜き構えるとユーコリアスは事を察し背中に隠れた。
そして数十秒後、ディーク達の前に風が吹き荒れ3人の覆面男が姿を見せる。
黒一色の服装で目以外に体の部位が完全に隠されている。
3人は横一列に並び真ん中の男がリーダーのようである。
普通、砂漠の真ん中でこのような格好をしているのは滑稽に見えるだろう。
だがこの3人が放つ異様な雰囲気と物腰がそれを感じさせなかった。
「アタシが排除してくるわ」
ミシェルが一歩前に出ると髪の毛をかき上げる。
しかしディークはそんなミシェルの肩に手を差し伸べ首を横に振る。
「俺も我が姫を守る為に行くとしよう。それに――」
ディークはユーコリアスにチラリと視線を送ると、
「我々も信頼というものを稼いでおかなくてはな」
ディークの視線に、ユーコリアスはニヤリと笑い言葉を返す。
「いいだろう。魔王を名乗る貴殿の力、見せてもらうぞ」
ディークは特に構えるわけでもなく無防備とも思えるような構えで敵の前に立つ。
「魔王、ディークか……」
見た目通りの低い声が響く。
「そうだが何か用か?」
「そなたには用はないが、道を開けぬというのであれば――」
やはり――
ディークは確信した。
目的はレッドドラゴンかと思いはしたが、それであれば扉を開けた瞬間襲ってくるはずである。
そしてディーク自体にも興味を示さないことから間違いなくユーコリアスが狙いだろう。
「さて……お前達は誰の命を受けてここにきた?」
「…………」
3人組は何も言う気配はない。
ディークは小さなため息をつくと、
「命令に忠実なのは結構だが――」
言葉が終えるよりも早く真ん中の男が一気に踏み込みディークに剣を振り下ろした。
男の剣筋は鋭く、その一振りだけで人を殺すことに慣れているのが分かる一撃だ。
だが大きく響き渡った金属音に敵は驚きのあまり目を大きく見開いた。
ディークは敵の放った一撃を手の平で受け止めていたのだ。
人の手と剣がぶつかったとは思えない様な音を立てピクリとも動かない剣をディークは握りしめる。
「なんだと……?」
思わず声をあげ驚愕する。
なんとディークの手からは強力な炎が燃え上がり握りしめた場所から剣は一瞬で融解されて行く。
「クックック……この程度の炎で溶ける様な武器では人は殺せんぞ。もっと自分の獲物には金をかけるんだな」
「くそっ!」
不敵な笑みを浮かべるディークに対して敵は剣を手放すとすぐに後ろへ飛ぶ。
すぐさまディークは追撃に映る。
燃えたぎる炎の手をかざすと一つの魔法を唱えた。
「“ファイアーボール”」
通常の魔法ではありえない高エレルギーの炎だ。
敵はそれを見るなり回避不能と判断したのか一枚のスクロールを広げた。
小さく何かを呟くと透明の光の壁が現れディークの魔法を受け止めた。
轟々と燃え盛る炎をシールドが完全に防いでいる。
ディークの攻撃を防げる事を確信すると、ニヤリと笑みをこぼすが――
「えっ?」
口から漏れたような小さな声と共に敵は目を見開いた。
ディークはガードされたと同時に、同じファイアーボールを数十発打ち込んでいたのだ。
敵が死を意識するにはすでに遅すぎた。
数十発のファイアーボールが着弾しシールドの割れる音が小さく響く。
決して小さな音ではない。
荒れ狂う様に敵を飲み込み燃えたぎる炎の前では殆ど聞こえなかっただけである。
一つの大きな玉となり地面から空へと高く火柱を上げ魔法は発動を終えると敵は消し炭とかしていた。
しかし残る2人の敵はすぐに次の行動を開始していた。
「これでも喰らえ! “フレア”」
威力を増した炎は高速で回転しのたうちながらディーク目掛けて走る。
最上位に位置する火属性の魔法を放った敵の魔法使いもかなりの使い手である。
そしてもう一人の敵が即座に次の行動へ移り攻撃の構えをとった。
ディークは迫りくる炎を見つめているだけだ。
スキだらけにも見える状態で体が炎に飲み込まれたと思った瞬間――
まるでロウソクの火を吹き消したように炎はかき消えた。
敵は攻撃の構えをとったまま動かない。
いや、動けないと言ったほうが正しいだろう。
「中々の威力だが惜しかったな」
ディークは凍るような冷たい視線で笑った。
この瞬間、敵は瞬時に力量を察する。
敵もかなりの手練れであるが故に判断も冷静で素早い。
人を殺す動きから情報を持ち帰る為の動きに切り替わった。
つまり逃げると言う事だ。
ディークもそれに気づきすぐに敵に向かって踏み込もうとする。
2人の敵は左右に離れる様に飛ぶと右側の男が又一枚のスクロールを広げた。
「“エナジーチェーン”」
次の瞬間、ディークの動きはピタリと止まった。
ディークの足元から鎖が絡みつき動きを封じているからである。
「チッ! 魔術か……」
「――!?」
敵は通用するとは思っていなかったのか、驚く様な素振りを一瞬見せる。
「しかし動けなくとも同じ事だ! 消え失せろ、“ダークサンダーレイン”」
ディークは手を横薙ぎに払うと瞬時に呪文は発動される。
ドス黒く光る雷――
それが雨のように降り注ぎ扇型に突き進んで行く。
魔法が苦手な者でもヤバさが分かるほどの禍々しいパワーである。
敵から見れば正に強大な雷の壁が迫ってきているようにしか見えないだろう。
目の前にあるものを破壊し尽くすエレルギーはやがて発動を終え砂漠に静寂が戻る。
そこに2人の敵の姿は無かった。
魔法で死んだのではない。ディークは当たる直前にスクロールで転移するところを確認していた。
「逃げたか」
ディークの小さな声に答えるものはなく。
砂漠の風の音だけが響く――
ただ1人、ミシェルだけが胸の前で両手を握りしめ目を輝かせ、
「アタシのディーク様、アタシだけの王――超カッコイイ!」
ミシェルは感極まったのかディークに向かって一直線で飛んでいくと、
「ちょ! 今はストップ!」
鎖により身動きが取れないディークの胸に勢いよく飛び込んだミシェルは、そのまま二人で後ろに大きく転ぶ。
ディークは小動物のように引っ付くミシェルに苦笑いしながら髪を撫でた。
「ルータス達は上手くやってるのかな」




