第80話 神殿
カルバナ帝国の北東には大きな荒野が広がっている。
そしてそのさらに奥には大きな神殿があり門にはカルバナ帝国の紋章が刻まれてあった。
周りに人気はないどころか生物すらいそうにない雰囲気だ。
そんな場所に今一台の馬車が止まった。
豪華な真っ白な馬車にはカルバナ帝国の文書が刻まれている。
馬車の扉が開かれ出て来た者たちが4人。
2人のヴァンパイアと2人のオーガである。
そしてその中でも一際強い力を放つ男が1人。
「なかなか立派な神殿だな」
ディークはそう言いながら馬車から降りてくるミシェルに手を差し伸べた。
ミシェルは凄く嬉しそうに場所から降りるとディークの腕に絡みついた。
眼の前にそびえ立つ神殿はかなり古い建物であることが見て取れる。
砂漠の真ん中に建てられた神殿は何とも殺風景であった。
石造りの神殿はかなり背が高く巨大だ。
巨大な岩から削り出したであろう柱が立ち並び、それ一本だけでもかなりの価値があるだろう。
壁や柱、屋根に至るまで細かな装飾がほどこされている。
今は多少の劣化が見られるが出来た当時であれば目を見張る程の美しさであったことは間違いない。
しかしわざわざこんな所に建てた神殿にしては立派すぎる作りだ。
この場所でなければならない何かがあったのだろうか?
「それにしても何もない場所ね。まぁアタシはディーク様と一緒なら何処でもいいけど」
そんなミシェルに今度はユーコリアスが口を開いた。
「そう言うな。一様ここは王族しか立ち入ることが出来ない特別な場所なのだぞ」
ケビンに手を取られながらユーコリアスは馬車から降りると門の前に立った。
ディークは数回小さく頷くと、
「なるほど……これは結界か。かなり強力なものだな」
「ご名答、そう、ここは昔に何人もの賢者によって硬く封印されていて中には入れない」
「そんな場所に何の用が?」
ユーコリアスはゆっくりと手の平を門の中心にかざした。
手は輝き出しその光は門に流れこみはじめる。
数秒後、門からは大きな魔法陣が現れゆっくりと回転し始めると陣に畫かれた術式が一つ一つ反応していく――
一気にエネルギーは膨れ上がりバチバチと行き場のない魔力がうねりを上げ始だすと――
門は大地を小さく震わせながらゆっくりと開いた。
「なるほどな。だから王族しか入れない場所か……」
「うむ、まずは中に」
ユーコリアスに促されディーク達は中に入るとすぐに扉は閉まった。
中は天窓から差し込む光しか周りを照らす物はなく無闇に動くと危なそうである。
「ケビン」
「はっ!」
ユーコリアスの声にケビンが動き出し壁の小さなクリスタルに魔力を込める。
それと同時に暗かった神殿内に一斉に灯りが灯った。
神殿の中はかなり埃っぽく今まで殆ど人の出入りが無かったことが伺える。
それどころか中は部屋すら無く、ただ広い石畳が広がっているだけだ。
まるで箱の中にいるような感覚であるが、神殿だけあって縦も横も上も広く壁などの装飾は素晴らしいの一言である。
そして石造りで出来た建物はカルバナの歴史を思わせた。
「こっちよ」
そう言ったユーコリアスは神殿の奥へと足を進める。
奥と言っても入った場所から真っ直ぐ歩いているだけである。
やがて最奥の壁に突き当たるユーコリアスは足を止めた。
壁には大きな魔法陣が描かれ異様な力を放っている。
ディークはその魔法陣を、じっと見つめながら、
「これは魔術か……かなりの使い手、いや、それだけじゃない何重にもかけられているな」
「流石魔王だけはあるな。見ただけでそこまで分かるのか」
「俺は魔術は専門外だかな。ここは一体……」
「入れば分かる」
ユーコリアスは手をかざすと手に魔力が集う。
その魔力は決して強力なものではないが小さな手から放たれた魔力はゆっくりと魔法陣の中へと溶け込んでいく。
すると魔法陣は輝き出し強い力を放ち出した。
先のトビラと同様、この強力な結界は王族の魔力が鍵となり開くようである。
輝き出した壁は強い光と共に一瞬で消え去った。
そして目の前に現れた光景に一同言葉を失う。
壁の向こうには現れたのは一言で言うならば大きな石像であった。
だが、ただの石像ではない。
禍々しい羽根を広げ空を見上げている。石像の周りには何重にも魔法陣が描かれ強力な術式が組まれている。
「これはまさか……」
ディークの言葉に対してユーコリアスが答える。
「そう、これが過去にあった六つの最悪の一つである炎の龍レッドドラゴンだ」
レッドドラゴンはカルバナ帝国に封印されているとは聞いていたが実際見ると中々凄い迫力に少し鼓動が高鳴った。
ふとミシェルに目をやると、興味が無いのか髪の毛をいじっている。
ミシェルは視線に気づきディークと目が合うと天使の様な笑みを見せた。
その笑みに特に意味はなく純粋にディークがそばにいることだけが嬉しい様子だ。
ディークはじっくり観察しながら描かれている魔法陣や石化させられているレッドドラゴンに視線を向けていると、
「知っているとは思うが、遥か昔にこの地で4人の聖剣を持つ勇者達によって討伐され封印された。そしてこの場所に神殿を築き先祖代々この地を監視してきたのだ」
「討伐? こいつは死んでいるのか?」
「いや、4人の勇者の力を持ってしてもレッドドラゴンを倒すことは出来なかった。力を弱めこの地に封印することが精一杯だった」
「ふむ――で? わざわざこれを俺に見せに来ただけでは無いだろう?」
ディークはゆっくりとユーコリアスに視線を移す。
「では問おう。魔王ディークの力を持ってすれば、この封印を解くことは可能か?」
一瞬ディークの脳裏に返事をどう答えるか迷いが生じたが、ユーコリアスの真剣な表情と何かを感じさせる瞳がこれは大切な事だと語っている。
今後の同盟関係を構築する上でつまらない嘘は後の自分の首を締めることをディークは分かっていた。
「無理だな」
短く発せられた言葉にミシェルはひどく驚いた表情を見せた。
ディークに不可能はないと疑わなかったミシェルは少し悲しそうな視線で「冗談なんでしょ?」と投げかけてくる。
ディークはミシェルに少し微笑むとさらに続けた。
「この結界は、強力な魔術で張られている。魔術でと言う条件であれば俺にそれだけの能力はない。だが、外部からの攻撃によって結界もろとも消滅させる方法であればいけるかもしれないな」
ユーコリアスは丸めた手を持ち上げて口に押し当てながらじっと、何かを考えている。
ディークの視線に気づくとハッとした様子で、
「何も封印を解きたい訳では無いぞ」
と言いながら無理やり作った様な笑顔を見せた。
ディークは「分かっている」と言う意味を込めて軽く片手を振った。
恐らくユーコリアスは以前から封印の術式について調べていたのだろう。
六つの最悪の中でカルバナ帝国にだけ封印と言った形で今も息を潜めるレッドドラゴン。
もし今後何かしらの方法で封印が解かれでもすれば帝国の危機となる。
ましてや今は国自体が不安定でテロリスト共が封印解除を企てる事は十分考えられるだろう。
「これだけ強力な結界だ。仮に解除できたとしてもかなりの魔術師でなければ無理だろう」
「今日これを貴殿に見せたのは他でもない、このレッドドラゴンについての何かを分かることがないかと思ってな。我も実際、どの様にして封印が行われたのかは知らんからな。封印についての研究は今後の課題となるであろうな」
ユーコリアスは腕を組み難しい顔をしている。
「力になれずすまない。今後何か分かればすぐに知らせよう」
「貴殿にそう言ってもらえれば心強い」
ユーコリアスは全く収穫がなかったことが残念な様子が隠しきれない様で小さなため息をつく。そして石化したレッドドラゴンを静かに見上げた。




