第8話 義兄弟4
ずいぶん長く眠った感覚があり、体全体がまだ自分の言う事をきかない。ルータスは辺りを見渡すと全く知らない一室のベッドの上にいる事に気づいた。なにやら土なのか何なのか分からない作りの部屋だ。
長い夢を見ていた気がする。凄く悲しそうなアイの顔、仲間の死、とても恐ろしい夢、しかしそれが夢では無い事をルータスは本心では分かっていた。ただ現実を受け止めたくない気持だけがそれを必死で否定する。
少しずつ意識と体が繋がっていくのが分かり、ゆっくりと体を起すと窓から入る日差しが暖かく思考を動かしていった。
ここは何処なのか? 最初に浮かんだ疑問、それに何か凄い違和感がある。その違和感の正体が分かるまで、そう時は必要としなかった。
「腕、元に戻ってる……」
ルータスは自分の左腕の指先から肩までゆっくり視線を動かすと手の平を裏と表に交互に回した。まるで自分の体じゃない様な感覚で、腕だけじゃなく体全体がそんな感じだった。特に左半身に違和感は強かった。
色々な事が頭を巡っていると、ドアが開く音がした。その方向にゆっくりと目を向けると、そこにはいつもの見慣れた顔があった。
「お兄ちゃん!」
声と同時に走ってきてルータスの胸に顔を埋める様にアイは引っ付いてきた。
「――アイ」
赤い髪の毛を優しく撫でながら大きく深呼吸する。アイの体温が自分の生きている実感をリアルなものにさせた。
――生き延びられたんだな。おぞましく悲しい出来事を思い返すと体が震える。
「どこも悪くない? 変じゃない?」
すごく心配そうな目でこちらを見るアイに、
「大丈夫みたいだ。それよりここは何処なんだ?」
何がどうなっているのか、今一よく分からない。
「ここはディーク様の家だよ。アイたちを助けてくれたの」
やはりそうだったか。意識が無くなる前の記憶、夢か現実なのか分からない様な出来事、あの時、殆ど耳は聞こえてなかったがディークが何かをし、その手が輝いたのを覚えていた。ただその時のディークは真剣に自分の身を案じてくれていたのだけは覚えていた。
ルータスはゆっくり立ち上がる。まだ少し体が重いが歩けない程じゃない、窓の外を見るとよく晴れていて平和そのものである。
不思議な作りの家で部屋の扉を開けると大きな広間があり真ん中の大きなテーブルに仲間らしき女性が2人、黒髪と金髪の女性だ。不思議なことに金髪の少女とは何故か何処かであった様な、前から知っている気がした。そしてその隣にディークは座っていた。
「ディークさん……」
ディークはこちらに気づくと立ち上がりゆっくりと口を開く。
「体の調子はどうだ?」
ルータスは目から左腕にかけてなぞるように触り、
「僕……なんで助かって?」
記憶は僅かだが覚えていた。しかしその答えを聞かずにはいられなかった。
「俺の血の契約により、お前は俺の眷属となる事により助かったのだ。失った左半身は俺の血により再生された訳だ。お前は聞いたはずだ、俺との契約を」
やはり――
ルータスの体に流れる血がそれを教えてくれている、その以前とは全く別な何かを感じ取っていた。
「もう駄目だと思ったとき、誰かの声が聞こえたんです。そしたら凄く死にたくないって思った」
「これからはルータス・ブラッドとして新しい時を生きろ。俺と共に」
ディークは手を差し伸べてきた。その手はとても大きく優しかった。視界がぼやける。ルータスはいつの間にか涙が溢れ出ていた。
「なんで……ディークさんはこんなに……」
ルータスの声は震えその手を強く握り座り込む。
「俺様は魔王だからな!」
ディークはニッコリと笑った。
「自称ですけどね」
後ろの黒い髪の女の子がそれに答える。
「紹介しておこう、後ろのこっちがミクでこっちがミシェルだ」
ディークがそれぞれを紹介し二人は軽く会釈した。
「貴方はアタシの弟になったんだから、シャキッとしてよね!」
金髪の少女ミシェルが腰に手を当てながら大きな声で言った。
ルータスは立ち上がると、言っている意味が分からなかった。どう見ても姉には見えない。ミシェルはポカンとしたルータスを察した様子で、
「アタシはディーク様の血から創造されたの、だから同じ血が流れてるアンタはアタシの弟になる訳、だからお姉様と呼んでいいわ」
ミシェルが胸に手を当てて誇らしげに言った。
「え? そんなこと出来る訳……そうか……僕もそうだったな。ミク様も同じなんですか?」
先程のルータスが感じた不思議な感じはこれだった。ミシェルと言った少女は信じられないが嘘などいっていないと分かる。ルータスに流れる血が本能的にそれを教えていたからだ。
「私も創造されましたが血液からでは無いので、血のつながりは有りませんね」
通常ヴァンパイアは眷属を増やすことが出来るのは生きている人に対してのみだ、自分の血液の媒体にして生命体を創造するなどルータスは聞いた事が無い。ミクに関してはどうやって創造されたのか見当もつかない。
「魔王様か、確かにその通りだ」
ルータスは半分笑ってしまった。アイが後ろから服を引っ張りながら言う
「お兄ちゃんのお姉ちゃんならアイのお姉ちゃんなの?」
アイが不思議そうな顔をしながらミシェルの元に近寄る。するとミシェルは優しくアイの頭を撫でた。その優しい顔はどこかディークに似るものがあった。
「お前たちに渡す物がある」
ディークはすっと手をだすと手の平の上には二つのイヤリングがあった。小さな青い玉が付いてる。とても綺麗でかなり高価な物であることが見て取れた。
「コレは俺がアビスダイトから作った物だ。コレは魔王軍である証だ。一度つけると自分の意思では外せない、これを受け取りルータス、アイ両名は我が配下となれ」
「魔王軍……」
ルータスはゴクリと唾を飲み込む、はるか昔六つの最悪と言われた一つ魔王アルガノフ、その力は人知を遥かに凌ぎ世界を瞬く間に支配し、暴虐の限りを尽くしたとされる最悪の王の事だ。古代文明との大きな戦争でお互いが滅びたと言われているが、あくまで言い伝えである。
「この世界はもう腐りきっていると思わないか? 4大種族だけが平和に楽しく暮らし他はゴミだ、人は神を仰ぎ信仰しているがこんな神など俺が殺してやる。それが悪だというのなら魔王となって世界を根本から変えてやる」
ルータスは迷う事なくイヤリングを受取り左耳に付け、アイもそれに続いて右耳に付けた。はっきり言ってその言葉は狂人の戯言にしか聞こえないだろう。誰が聞いても狂っているとしか思えない話だ。
しかしそれだけの力がディークには有るように思えた。薄れ行く意識の中でディークの言った言葉と涙がルータスの脳裏に焼き付いている。だから不思議と迷いは一切無かった。
「僕達両名、ディーク様の配下となり、これからは少しでも恩を返していきます」
ルータスとアイは膝をつき深々と頭を下げた。
神をも殺す――
ルータスは思い返す、そうだ、その通りなんだ。神は目の前にいるじゃないか――
この人こそが神――
いや魔王だ。これから進む道が人から悪と言われるなら悪に落ちるのもいいだろう。この魔王軍こそ僕達の正義なんだ。
◇
月明かりだけが大地を照らす春の夜、ディークは自分の部屋のドアを叩く音に気づく。
「ミシェルか入れ」
ディークの声と共にドアが開きミシェルが入ってくる。ランプの明かりに照らされたミシェルはとても幻想的な雰囲気を作り出して美しかった。
「お待たせしました」
「待ってないどいない。それにこの役はお前にしか出来ないからな」
「フフ、アタシだけ」
ミシェルは自分の唇を人差し指で撫でるとディークの横に並んだ。ディークの目の前には魔法陣があり複雑な魔法術式が組み込まれている。
「これから二番目の眷属を創造する。後は頼むぞ」
これからの計画にどうしても後一人必要だった。ルータス達に魔法や剣技などを教え鍛える者が必要になってくる。ディーク達が教えればいいがそればっかりにはかかれない。いくらホクロン達がいるとはいえ管理する者の数が少なすぎるのはこの先何処かで必ず弊害になるだろう。
眷属は普通は創造するものでは無い。しかしミシェルと同じ様にこちらの世界で血から創造するには少し問題があった。それは疲れや眠気など一切ない書の中と違い、こちらでは時は進んでいる為、血液から創造するにはディークの血液が足りなくなる恐れがあった。
これはルータスを助けた時に気づいた事である。あの時は一部分だったがそれでも結構な血液が失われたのが感じられた。人一人を作るとなればどれだけ必要になるのか分からない、いくらディークでもポンポン生命体を作っていく事は出来ないのである。
その為にもしもの時は、同じ血を持つミシェルに分けてもらうといった算段であった。
「ディーク様の役に立てるなら血でもなんでも上げるよ」
ミシェルは自分だけが特別で頼ってもらえた事が凄く嬉しい様子だ。
「では早速始めるぞ」
ディークはそう言うと魔法陣の中心に片手を突き出し拳を強く握る。その瞬間足元の魔法陣は光を放ち、もの凄い魔力がディークに集まりだした。魔力の高まりが最高にまで上がるとディークの強く握られた拳から血がポタポタと流れ落ち始め次第に勢いを増していく。しかし流れ落ちた血は地面につくことは無かった。拳と地面の間で1箇所に集まり浮かんでいる。
「我の血よ、我が力により、その意思を深淵より呼び覚ませ」
その瞬間塊は不規則に動き出しまるで意識があるかの様にその形を変えていく、腕や足など次第にその形は人と分かる様に変わっていき光を放っていく、まさに生命の光である。
そして眩い光とともに1人の男が創造されていった――
「…………」
「始めまして、私はチャンネと申します。偉大なディーク様の2番目の眷属です」
チャンネと言った男は真っ白な髪の短髪で見た目はピエロだ。頬にダイヤのマークが入っており黒いスーツを着ていた。ヴァンパイア特有の赤い目で耳には魔王軍の証であるアビスダイトのイヤリングが付いていた。
「ミクには話は通して有る。これからの事はミクから説明を受けるんだ。早速行け」
「かしこまりました」
チャンネは深々と頭を下ると部屋から出ていった。
思いのほかきつかったディークは、部屋の端にあるベッドに行くと横向きに寝転がった。かなりの貧血の為かふらふらする中、横に人の気配がした。
ミシェルである。そしてディークの正面に並ぶように寝転ぶとディークの首に両手を回し抱きついてきた。お互いの唇が数センチほどの所まで近づくと、
「アタシのディーク様……」
そう言うとミシェルはその唇を重ね、自分の血をそのまま口移しで飲ませてきた。ディークはヴァンパイアの本能のままに足りない血を補充するかの様にミシェルの血を必死で飲んだ。そして少しの時間が流れ唇を離すと、
「今日はアタシが、ディーク様を独り占めするの」
上目遣いで言ってきたミシェルはとても美しくディークはミシェルを抱きしめた。
「そうだな、今日は助かった」
大きく息を吐き、ホッとするディークに
「なんでピエロの姿にしたの?」
ミシェルがチャンネについて聞いてきた。
「そうだな、優しいピエロなら子供達を暖かく見守ってくれると思ったんだ」
その答えと聞くとミシェルはディークの胸に顔を埋める様に引っ付き二人はそのまま眠りの世界に落ちていった。