第72話 もう一つの魔剣
傭兵団――
世界各地に数多く存在する組織であり、主に貴族や国からの依頼をこなして金を稼ぐことを生業としている集団だ。
大きな傭兵団は国からの依頼が多く、軍と深い関係にある場合が多い。
ハンターと同じ様な組織であるがハンターは冒険者と同じで固定のパーティを組み仕事をする者のことであり人数が多い傭兵団とは少し違っている。
しかし傭兵団の多くは真っ当な仕事だけでは食べて行くことが出来ずに悪に手を染める者も多い。
傭兵団と言えば聞こえがいいが1人では生きていけない者の集まりである場合が多いからである。そのような傭兵団のほとんどは町や国にアジトを持たず、町から離れた森や洞窟を拠点としていることが多いのだ。
エルドナの南にある人里離れた洞窟を拠点としている傭兵団もその一つであった。
洞窟の奥に2人の男の姿があった。
「ブラウンさん。最近かなり良い感じですね」
ブラウンと呼ばれた男は、この傭兵団のリーダーである。
年は40歳前後、大柄な体格でその体には戦いに明け暮れた人生の象徴ともいえる無数の傷跡が刻まれている。
「そうだな。皆の頑張りもあって傭兵団全体のレベルもかなり上がってきた。この調子でやっていけば町にアジトを持てる日も来るだろう」
町にアジトがあるのは一人前の傭兵団の証だ。
町にアジトを持てば維持費など多額の費用がかかるため、町にアジトがあるだけで傭兵団としての信用も高くなる。そのためにほとんどの傭兵団は町の外にアジトを持っているのだ。
理由は単純に洞窟や自分達で作った建物であれば費用はほとんどかからないからである。
最初は半人前だけで群れて出来た傭兵団であったが10年と言う長い年月とともに成長し、辺りでは一目置かれるくらいにはなってきたのだ。
今まで生き残ってきたのがその証拠である。
死んで行った仲間達も多い。しかしその仲間達がいたからこそ今の自分達があるのだ。
死んで行った者達に恥じないように生きなければならないのが最大の義務といえるだろう。
団員も50名近くに増え傭兵団としてはまずまずである。
「そう言えばもう直ぐエルドナへ食料調達に行った部隊が帰って来るみたいですよブラウンさん」
「そうか、では今日くらいは少し豪華に打ち上げと行くとするか!」
「ホントですか! それは楽しみです」
「ついでに調達部隊の出迎えでも行くとしよう」
そう言うとブラウン達は洞窟の入り口に向かって歩き出した。
ここはエルドナからは少し離れた場所であるため食料の調達はまとめて行うことが多く、中に運ぶ作業には人手がいるのだ。
ブラウンもリーダーだからと言って人に任せてばかりではいられない。
大手の傭兵団ならともかく自分達のような傭兵団では仲間からの信頼がなくなれば終わりだからである。
ブラウン達は洞窟の外に出ると遠くで馬車がこちら向かってきているのが見えた。
空は少し曇っていて雨が降りそうな雰囲気だ。
ブラウンは大きく手を振ると向こうもブラウン達に気づいて手を振り返してきた。
馬車はそのままアジトの前まで来ると馬にまたがっていた男が嬉しそうに口を開く。
「ブラウンさん今回はかなり安く食料を調達できましたぜ!」
「そうか! それは良い報告だ」
実際に組織を運営するにあたって一番金がかかるのが食料である。
いくら良い武器を持っていたところで腹が減って戦えなければ意味はない。
まともな組織であれば食料にこそ金をかけるものなのだ。
アジトの中から食料の匂いにつられて仲間たちが集まってきた。
いつの間には10人以上いる。ブラウンは苦笑いをしながら、
「お前ら、食い物以外でもこうやって自主的に仕事しろよ!」
その言葉に周りの仲間達からドッと笑い声が上がった。
ブラウンは馬車の荷台にぎっしりと積まれた食料を中に運ぶように指示を出そうとした時――
馬車の向こうに一人のフードの男が立っているのが目に入った。
人間の子供――?
どう見ても年は16歳以下の少年である。
普通なら道に迷ったのかと思うだろう。しかしその少年がまとう異様な雰囲気がそれを思わせなかった。
こんな所に子供一人で? もしかしてカルバナから来たのか? だとすれば――
カルバナ帝国に少年を暗殺者に育成する国家機関がある。もしその命令で来たのだとすればただ事ではない。
少年はブラウン達に向かってゆっくりと歩いてくる。仲間達も事態に気づき異様な静けさだけが辺りを包んでいる。
少年は馬車の横まで来ると立ち止まった。
ブラウンは意を決して決して少年に話しかけようとした瞬間にそれは起こる。
少年が右手を馬の方へと振った瞬間に馬の首はコロンと落ちた。
一瞬にして首を切断された馬は鳴き声もなく崩れ落ち大量の血を流しながら激しく痙攣しすぐに動かなくなった。
呆然と立ち尽くしていたブラウンは馬から少年へと視線を移すと、その右手には血のように真っ赤な剣を握りしめていた。
全身に走る嫌な感じがブラウンの本能に危険を語りかける。
「敵襲だ。仲間を呼んでこい。コイツはやばい」
ブラウンは隣にいた傭兵に指示を出す。傭兵はただならぬブラウンの雰囲気にゴクリと唾を飲みこむ。
「は、はい! 直ぐに!」
傭兵は直ぐにアジトの中へと仲間を呼びに走った。
だがそれと同時に外に居た傭兵の一人が怒りをあらわにしながら少年に詰め寄った。
「おい、お前! 俺が大切に世話してた馬を――」
少年は話の途中に無造作にもう一度右手を振るった。それに合わせて男の頭がどさりと落ちる。
少年に一切表情の変化は見られない。それどころか、一切の殺気すらない。
一体彼が何者なのか? 何のためにここへ来たのか? その答えを知るものは居なかった。
「皆剣を取れ! コイツを倒すぞ! 見た目に惑わされるな!」
ブラウンは声を張り上げると仲間達は少年を囲む。
囲まれた少年は焦りの様子は一切なく、ゆっくりと腰に見に付けていたもう一本の剣を左手で引き抜いた。
気味の悪い真っ赤な剣、しかも二刀流である。少年は特に構えることもなく無防備に突っ立っている。
それを好機と判断したのか後ろをとった仲間の傭兵2人が同時に斬りかかった。
しかし剣を振り下ろそうとした仲間の攻撃は届くことはなく、くるりと振り返った少年の剣が頭部を貫いた。
その凄まじい一撃はまるで頭の中で火薬を爆発させたかのような一撃だった。
弾けるような音とともに後頭部だった場所からは脳みそなどが混じり合った液体が飛び散る。
頭の吹き飛んだ仲間の死体は空へと舞ったあと地面に引き戻される。だがその時少年は既に次の行動を起こしていた。
凄まじい踏み込みの音を響かせた後、もう片方の剣でもう一人の傭兵を横薙ぎに薙ぎ払った。
閃光のような一撃は男の上半身と下半身を分離させる。そして地面に転がる3つの音――
一気に辺りは血臭に包まれブラウンの額には汗が滲む。
見た目は少年だが大の大人を紙屑のように斬り裂いた力は只者ではない。
「一体、お前は何なのだ……俺達に何の恨みがある!?」
ブラウンは悲鳴に近い声で叫ぶ。
だが少年はブラウンに一切肝心がない様子で頭の吹き飛んだ死体を眺めている。
ここで初めて少年は口を開いた。殺した馬と仲間の死体を指で指しながら、
「1.2.3.――」
次にブラウン達を指しながら、
「――8.9.10.11匹か、思ったより少ないな……」
「一体何を数えている!?」
聞かなくても想像はついている。どう見ても獲物の数を数えているのだろう。だが口にせずには居られなかった。
そして少年は持っていた剣を高くかざす。
「吸え、魔剣アルゾット――そして自らの肉となれ」
「なにっ!」
切断された部位から溢れ出す血液が少年を中心に渦を巻きながら集まっていく――
そして魔剣アルゾットと呼ばれた二本の剣の腹の部分に刻まれた文字に吸い込まれていった。
その光景は正に血に飢えた悪魔としか言いようがない。
全ての血を吸い尽くすと魔剣は一段とその禍々しさを増し始める。
剣から放たれるドス黒いオーラはもはや人のものではなかった。
ここでようやく仲間の援軍がアジトから出てきた。仲間達は状況をみるなり直ぐに戦闘態勢を取る。仲間総出で少年を囲む姿は滑稽に見えるだろう。
だがブラウンの目に映るのは少年の姿をした化物だ。
そして少年はここで初めて表情の変化を見せた。
しかしそれは焦りや恐怖などではない。恐ろしく冷たい笑み――
「お前、俺が何者かと言ったな?」
少年の問に答えるものは居ない。だが少年は更に続ける。
「俺はアルガノフを継ぎし者だ――」
次の瞬間――剣から出るドス黒いオーラは少年全体から湧き上がった。
ビリビリと伝わってくる凶悪な闘気を振り払うかのように叫ぶ。
「こんな所で終わってたまるか! 俺達の10年を見せてやれ!」
ブラウンは剣を振り上げる。突撃の合図と共に傭兵団は動き出した。
◇
少し前まで戦場だった場所は不気味なほど静まり返っていた。
辺りは大量の人であったであろう物が散乱している。
辺りに血と肉の死臭が漂いその中心に人地の男の姿があった。
男は無表情のまま辺りを眺めると持っていた剣を空にかざす。
「吸え――」
声とともにバラバラになった人体から流れ出た血液が集まり始める。
男を中心に渦巻くように集まり剣の中へと吸い込まれていく。
血を吸い込むと同時に剣は赤く光はじめ不気味な炎をまとった。
男はニヤリと笑った。
「又1つ成長したな。もう少しだ――もう少しで殺せる。待っていろルータス――」




