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ブラッド・ZERO  作者:
第3章 カルバナ帝国編
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第71話  遠い目標

「一体何がはじまるんだい?」


 ケビンはいきなり戦闘モードに入ったルータス達を見て首をかしげる。


「コロシアムで魔王軍が恥かかないために、ミシェル様――まぁアイツの姉様なんだけどね。今日からみっちり鍛えるって張り切っているんだ」

「ん? ルータス君はどう見てもエルフ系のハーフに見えるが?」


 この手の質問が来ることは予想済みであったスコールは簡単にルータスの説明を話した。

 ケビンは、「なるほど……」と半分信じられない様子だが強引に納得している。

 ケビンが信じられないと思っているのはルータスがヴァンパイアになったことではない。


 眷属を作ると言うものはヴァンパイア独特のものではある。

 真祖がいて本人が望めば眷属を作ること自体は力のある者ならば可能であり特に珍しいことではない。

 実際に有名なヴァンパイアは眷属のみでパーティを構成する傾向が強いからだ。


 ヴァンパイアはその性質上、他の種族より子孫の繁栄能力が著しく低いためである。

 通常、眷属になるには真祖となる者の血液を体内に取り込み本人がそれを受け入れると契約が成立する。

 そして目は赤くなり姿はヴァンパイア特有の特徴が出るのだ。


 しかしルータスの場合は少し違っている。カミルとの戦いで左半身を失い死にかけていたところをディークの血と力によって救われたのだ。

 ルータスの左半身(主に腕、足、目)はディークが自らの血液から創造したものであり人のものではない。

 

 その為、ルータスは正しい手順で眷属になった訳ではないのである。もちろんだが、そんな話は他に前例はない。

 だがルータスは体の半分はディークの血液で出来ている。ある意味普通の眷属よりも濃い血のつながりがあるといえるだろう。


「まぁ見ていれば分かると思うぜ」


 スコールは少し得意気に言い放った。

 自分が優れている訳ではないがこの空気に少し気持ちがよかった。


 学園に居た時に自分がルータスに対して感じていた言い様のない雰囲気――

 今までの常識とは全く違う“何か”に対する劣等感とでも言うのだろうか。


 実際に自分がそう思われる立場に立つと悪い気はしない。

 だがスコールのソレは優越感などではない。自分の意志で選んで飛び出した未知の世界に立つことが出来た喜びである。


 確かにケビンが信じられないのも無理はないだろう。

 一般的に回復魔法の類では傷口を直せたとしても、適切な処置をしなければ切断された腕などを引っ付けることは出来ない。

 適切な処置というのは、切断された部位を魔法などにより冷すなどの処置である。


 回復魔法とは、生きている者に対してしか効果はない。

 切断された部位の細胞が死んでしまった場合はいくら高位の回復魔法であったとしても全く効果はなく、切られた者の切断部が治るだけなのだ。

 他に回復魔法は体力の回復はできるが生命力を回復が出来るわけではない。


 老衰や重症により著しく生命力が弱っている者に対しても強い効果は期待できないのだ。

 体が元気でも生命力がなければ人は生きられないのである。

 だからこそルータスの置かれていた状況ではどう見たって助からないのである。


 ましてや切断された部位を新たに創造するなど聞いたこともないだろう。

 エルドナの魔法学ですら血液一つ人工的に作ることはできないのだ。


 そのことからもディークが行った蘇生に近い圧倒的な力は、正に奇跡の力としか言いようがないだろう。

 スコールだって何も知らなければそんな話を聞いたところで信じられないと断言出来る。

 だが魔王城に眠る書庫にはもっとハイレベルな魔導書の数々が存在するのだ。


 ミシェルとルータスは少し距離を取りお互い向かい合っている。


「ルータス、久しぶりにこの2年でどれだけ力をつけたのか見てあげるわ」


 そう言ったミシェルは棒立ちのまま構える様子はない。

 それに対してルータスは魔剣レヴァノンを抜き構えると闘気を高めだす。


 そしてルータスの左目は赤く光りだし、左半身に黒いアザが浮かび上がった。

 スコールにとってはもはや見慣れた光景であったが、ケビンにとっては驚きに値する事態である。


「魔王の血か……」


 どうやらケビンは先ほどのスコールの話に深く納得をしたようである。

 それもそうである。目の前にその証拠がいるのだから。


 ルータスから発する闘気はスコールが出会った時と比べて桁違いに強い。

 スコールも2人の戦いに興味津々であった。


 スコールは毎日一緒に修行していたこともありルータスの実力はよく分かっている。

 だからこそミシェルとのレベル差がどれほどのものか測れるという訳だ。

 確かに強くなってきた実感はあるがルータスだって同じ様に成長している。成長が同じなら離されることはないが追いつくこともないのだ。



「では……お姉様……行きます」


 ルータスはそう言うと深く腰を落とし剣先をミシェルに向ける。

 レヴァノンはルータスの闘気を吸い禍々しいオーラを更に強力な形へと変えて行く。


 スコールも自らの拳に力が入る。

 口には出せないが心の中でルータスの応援をしているからである。


 ミシェルは未だに構えようとはせずに髪の毛をさっとかきあげた。

 それを戦いの合図だと言わんばかりにルータスはミシェル目掛けて走りだした。

 その速度は正に俊足だ。魔法を使わずにこれ程の身体能力を持つものはそう多くないだろう。しかし相手はミシェルである。

 

 ただ一直線に向かって行くだけで勝てるほど甘くはない。

 ルータスはミシェルの間合いと思われるギリギリの位置で真横に方向転換した。

 ミシェルはそれすら読んでいたのか、未だにただ立っているだけである。


 ルータスは方向転換を繰り返しミシェルを囲むように回りその速度を上げて行く――

 するとルータスの姿が一気に増えた。

 本当に増えたわけではない高速に動くことによりできた残像である。


 ミシェルを囲んだ残像はその輪を少しずつ小さくして行き詰め寄っていく。

 しかし未だにミシェルに動きはない。

 どう見たってスキだらけである。しかしスコールにはそれが逆に恐ろしかった。

 ルータスはレヴァノンに闘気を送り込み強い力を込める。


 そして――


 複数の残像は一気にミシェルに飛びかかった。

 攻撃を繰り出した瞬間に残像は消えミシェルの真後ろのルータスだけとなった。

 ルータスにとっては渾身の間合いであり必殺の一撃を繰り出した。


 ミシェルは棒立ちのまま避けようとすらしない。

 レヴァノンの刃がミシェルを捕ら得ようとしたその時――


 大きな金属音とともにルータスが放った渾身の一撃は大きく弾かれた。


「なにっ!」


 そう声をあげたのはケビンであった。

 隣にいたスコールは何が起こったのか分からず目を凝らす。

 まるでミシェルの周りに見えないかべでもあるように何もない空間で弾かれたのだ。

 ミシェルはくるりとルータスの方へ振り向く。


「くそう!」


 ルータスは悔しそうな声を上げると、間一髪も入れずにミシェルに詰め寄り次の攻撃に移った。

 目にも止まらないほどの斬撃の荒らしだ。

 しかしその激しい攻撃も先ほどと同様に大きな金属音とともに弾かれている。

 先ほどは一瞬すぎてわからなかったがミシェルは人差し指と親指で何かをつまみそれで攻撃を弾いていた。


「ありえない……」


 スコールは思わず呟いた。

 あれは髪の毛である。そう、只の髪の毛なのだ。

 恐らく最初に髪をかきあげた時に取ったのだろう。


 あろうことかミシェルは髪の毛一本でルータスの攻撃を弾いているのだ。

 ルータスが仮に未熟だとしても魔剣レヴァノンの斬れ味は変わらない。

 どう考えても髪の毛でレヴァノンの斬撃を弾くことなどありえないのだ。


 それを可能にするものと言えば剣武しかないだろう。

 剣武とは闘気を応用して武器の速度を増したり強度を上げる技である。

 だがしかし髪の毛の様な強度のない物質に闘気を送り込めばたちまち蒸発してしまうだろう。


 だからこそ戦いに身を置く者たちは武器の素材にこだわるのだ。

 しかし目の前のミシェルは実際に髪の毛でレヴァノンを弾いている。

 スコールの脳裏に一つの可能性が浮かぶ。


 もしかしてミシェルの髪の毛はアビスダイト以上の強化があるのか?


 魔王ディークが創造した眷属であれば十分ありえそうだ。

 しかしその考えはすぐに否定される。

 魔王城でミシェルが髪のお手入れをしているのを見たことを思い出したからだ。

 ならばこれを可能にする方法は一つしかない。


 インパクトの瞬間だけ闘気を送り込み弾くことだ。

 髪の毛が蒸発する間もないほどの一瞬だけ闘気を送れば強化された髪の毛になるはずである。

 だがそれは理屈の上ではの話だ。


 確かにその理屈で髪の毛を強化することは可能であるが、せいぜい自分では倍程度が限界だろう。

 レヴァノンを弾いていることからもアビスダイトと同等の強化があることが分かる。


 仮に髪の毛をアビスダイトと同じ強化まで強化しとすれば、正に神業以外にない。

 世界中を探してもこの様な芸当ができるものはほとんどいないと断言できる。

 ルータスは、何度も攻撃を弾かれ次第に息が上がって行く。

 ミシェルは軽く後ろに飛んで距離を取ると、つまんでいた髪の毛をぷらぷらなびかせながら、


「こんなことじゃアンタに髪の毛のお手入れも頼めないわね」

「す、すいません……」


 ルータスは大きく肩で息をし凄く悔しそうな表情が見て取れた。

 これはスコールも同じだった。

 ライバルが全く歯が立たないのであれば自分が戦ったとしても結果は同じであるからだ。


 生まれて初めて目を奪われたアレス・ダニエルとの死闘――

 美しかった。ああなりたいと思った。ずっと目標にしてきた。

 この一年でどれだけ近づけたのかと思ってはいたが未だに影すら見えない遥か先の姿にスコールは落胆する。


 だが、その次に沸き上がってくるのは猛烈な喜びである。

 そんな凄い強者と同じ組織にいるという事実、手を伸ばせば届く距離にいる事実がスコールを歓喜の渦へと飲み込んだ。

 そしてその強者はスコールとルータスに視線を送ると口を開いた。


「今後の課題よ。コロシアムに出場するまでにこれくらいは切れるようになりなさい」

 

 スコールは先程のミシェルの言葉を思い出した。


「3人で半人前の半人前か……」

 

 どうもこの言葉はかなりおまけしてくれていたようだ。まだまだ先は長そうである。

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