第70話 本当の聖剣
ミシェルに連れ去られたルータスが気になりスコールもコロシアムの闘技場へと足を運ぶ。
少し薄暗い廊下はこれまでの歴史を感じさせるに十分な佇まいである。
廊下の奥には光が見えていてその先を進むと真っ白な一面の世界が広がっていた。
丸い大きな闘技場は外から見るよりもかなり広く見える。
流石世界に名高い闘技場と言われるだけはある。
闘技場の周りは一段高い壁に囲まれていて、階段状に観客席がもうけられていた。
先程行われていた処刑の時とは打って変わって今は人影はない。
闘技場の中心にルータスとミシェルがいるだけである。
2人は何か話しをしているようだがここからでは分からない。
スコールはルータスを見つめ深いため息を吐いた。
しかしルータスにはもう少し頭を使って欲しいものだ。
俺達の仕事にカルバナの情報収集というものがある。このままだと情報を集めるどころかカルバナに魔王軍の情報を流してしまいそうである。
もしかしたらこういった事も含む「正しい道」なのかもしれないな……
スコールはルータスがこの調子でコロシアムでも変なことやらかさないか心配だったのだ。
だか他に出られる者がいないことも分かっていた。
実はいうとスコールも本当はコロシアムに出場したい気持ちはあった。しかし聖剣を授かった者が簡単に大勢の人前で剣を振るうなど、情報をばら撒いているようなものである。
誰も参加しないという選択肢もあるが、これ以上効果的な宣伝効果があるものはない。利用しないのはあまりに勿体無いというものだ。
だからこそルータスをディークは選んだのだ。
まさかこのタイミングで国に派閥ができているとは思いもしなかった。正に革命軍と言ったところか……
女王とはいえ子供だ。確かに国の覇権を握るにはこれ以上のチャンスはない。
前皇帝が亡くなったというのも怪しい話である。
現状内戦のような表面上の問題は起こってないようだが時期が来れば敵は動き出すだろう。
そうなる前に敵を突き止めておかなくては面倒くさいことになりそうだ。
恐らく先の王座の間にいた者たちは王女の信頼熱き者達と見ていい。敵が同じカルバナ帝国に紛れているだけに油断はできない。
カルバナの同盟も実質女王ユーコリアス派との同盟と考えていいだろう。
二つの派閥が国を取り合っている現状、いつか大きな何かが起こるかもしれない。
女王とディークの間でどんなやりとりがあったのかは不明だかユーコリアスについた以上は何としてもユーコリアス派に勝ってもらわなければならないのだ。
カルバナ帝国と同盟を組むだけならじっくり調べて強い方の派閥につくだけでいい。
同盟というものは敵対する組織の抑止力になることが目的なのだ。この段階で同盟組んだ理由とは――
ユーコリアスと組んだ方が良い何かがあったのか? どちらにつこうが自分達が勝たせればいいと思っているのかは不明だがディークを納得させる何かがあったのだろう。
どちらにせよ当初の目的は果たすことができた。後は自分達次第ということか……
「ここに居たのか、探したよ」
――突如、後ろから聞きなれない声が響く。
振り返ると王座の間で女王の前に立っていた騎士が立っていた。
考え事をしていたスコールは内心少し驚いたが表情には出さない。
「ええと……ケビンさん?」
「自己紹介がまだだったね。私はこの国の聖剣を授かりし者、ケビン・ラファエルだ。これから頼りにしているよ」
やはりそうか――
スコールは分かっていた。王座の間で出会った時の圧倒的な存在感と内に秘めた力――
本当に聖剣を持つ者は化物揃いである。
「ケビンさん、こちらこそよろしくです。俺はスコール・フィリットです」
形式だけの握手を交わす。
ケビンはユーコリアスの一番近くにいた男だ。恐らく腹心の側近と見て間違いないだろう。
しかし油断は禁物である。だからこそ敵という可能性だってない訳ではないからだ。
「同盟国となった聖剣使いの君と話がしたくてね。それにしても若い勇者だ」
スコールはまだ15歳である。この歳で聖剣を手にしたものなど過去に一度も居ない。
ケビンがそう思うのも至極当然のことだ。
「最弱の聖剣使いですけどね」
強いものほど強さに敏感である。ケビンほどの男がスコールの現時点の戦闘力が分からないはずはないだろう。
スコールはここ一年で激的といえるほど強くはなった。しかしそれだけで世界に通用するほど甘くはない。
「そんなことはないよ。君からは何か言葉にできないものを感じる。努力などでは埋めることの出来ない何かをね」
「それだといいですが――」
「まぁお互い同じような立場だ。先輩としてアドバイスがしたくてね。君は聖剣についてどの程度知っている?」
あまりに大雑把な質問にどう答えていいのか分からない。
聖剣――世界に4本しかない過去の遺物であり国の象徴だ。
過去に6つの最悪をはらったことで、聖剣を持つものは勇者と呼ばれ歴史に名を刻んできた世界で最高の剣である。
4本それぞれに強い属性効果があり誰が作ったのか? 何時の時代に作られたのか? 素材や制作方法など一切不明な武器なのだ。だからこそケビンの「どの程度知っている?」と言う質問の意味が分からなかった。
スコールが返答に困っていると、
「質問が分かりにくかったようだね。一度君の聖剣スライヤーを見せてくれないか?」
これ又困った要求である。
同盟とは言えまだ完全に味方とは分からない状況で聖剣を渡すのは危険以外の何ものでもない。
だがスコールはピンと閃く。
逆に考えればこれはチャンスである。今コロシアムにはスコールとルータス、何よりもミシェルがいるのだ。
仮に聖剣を奪われるなどの事態に陥ったとしても負けはしない。
正に餌にかかった愚か者でしかないだろう。
スコールは鞘から聖剣スライヤーを引き抜きケビンの前に突き出した。
しかしケビンはそれを受け取ろうとはせずにじっと見つめる。
「ふむ……スコール君はまだ実践で一度もスライヤーを使ったことがないようだね」
「何故それが?」
スコールの問に対してケビンは自分の聖剣を引き抜く。
「私の聖剣は十六夜という名でね。強力な闇属性を宿し敵の剣武による闘気や魔力を打ち消す効果がある」
聖剣十六夜――
その姿は正にその名に相応しいと思えるほど美しい漆黒の剣だ。
それはスライヤーとは真逆の美しさがあった。スライヤーが美しく輝く光の剣ならば、十六夜は全てを飲み込む闇の剣といえるだろう。
スコールの視線は十六夜に吸い寄せられるもケビンは更に続ける。
「聖剣とはね。かつて世界を襲った最悪を打ち払った神聖なる剣であり生き物だ」
「生き物?」
ケビンはコクリと頷き、
「聖剣は新たな主を見つけると闘気に呼応し形状が変化する。私は以前、スライヤーの持ち主であったアレス・ダニエルと戦ったことがあるんだ」
スコールはスライヤー以外の聖剣を見たことはない。当たり前だ。
そもそも聖剣は国の象徴であり勇者の切り札である。そんな大切な聖剣の情報をわざわざ自分から漏らすようなことはしないからだ。
だがケビンの言っていることは本当だ。根拠はないが嘘はついていないと断言できる。
スコールはスライヤーに視線を移しまじまじと眺めながら、
「俺だけの形か……」
鏡のように磨き上げられた刀身はアレスが残した物だ。
ケビンの言う通り聖剣を手にしてから訓練では使ったものの一度も本気で振るったことはなかった。
「試してみるかい?」
ケビンの声にピクリと反応を示す。
スコールはスライヤーを両手で握りしめ構えると静かに目を閉じる。
いままで感じていた違和感はそういうことだったのか……
早い話、スライヤーに次の主として認められていないのだ。
「…………」
――スコールは目を開くと同時にスライヤーに渾身の闘気を込めた。
スライヤーはスコールの闘気に反応し強く輝き出す。
体の中から一気に闘気が流れて行くのを感じスライヤーはその強さを急激に増していく――
そして次の瞬間、スライヤーは体に溶け込んでいくような感覚とともに急激に軽くなった。
重さがなくなった訳ではない。感じなくなったという方が正しいだろう。
そしてその刀身はどんどんと細くなりスラリとした両刃の剣へと変化した。
今なら分かる。ケビンが聖剣を生き物と言った意味が――
正に体の一部という表現が適切だろう。剣でありながら闘気の量や流れ剣先の位置まで手に取るように感じることができる。
何よりも今までより感じる力が段違いだ。
これが本当の聖剣なのだろう。
「これが俺の聖剣……」
感覚的に変化したというより自分に合う形になったみたいである。
剣が細くなっただけで色や刀身の形状などが大きく変わった訳ではない。
「ふむ――スコール君は二刀流みたいだからその形になったのか」
ケビンは、まじまじと眺めながら一人頷いている。
スコールの腰にはもう一本の愛刀であるエリオットがぶら下がっているため二刀流と判断したのだろう。
確かにこの聖剣ならそれもありだな――
実はスコールは剣を2本持っているが実践で二刀流を使ったことはない。
確かに当初はその予定で訓練していた。しかし聖剣が馴染まず二刀を振り回すより一本を両手で持って戦う方が遥かに効率的であったからだ。
だがスコールは今なら出来る気がしていた。
何より聖剣がその為に変化したと思えたからだ。
「これは聖剣の導きか」
スコールはスライヤーを鞘に戻す。形状が細く変化したためかなりぶかぶかで中で遊んでしまっている。
もう一度スライヤーに合った鞘を作り直さないといけないようだ。
「どうやら納得のできる結果になったようだね」
ケビンは嬉しそうにそう言うと、スコールは少し声のトーンを落とし口を開いた。
「何故、俺にそんなことを教える?」
スコールは分からなかった。
今日合ったばかりの者に対して自分の聖剣の情報を教えたりするなど普通では考えられない。
ケビンは国を守る聖剣使いだ。ただの親切や良い人などでは片付けることはできない。
スコールはあからさまに不信感を募らせている。ケビンはそれを読み取った様子で、
「先も言ったが同盟国だから――と言っても納得しないか……」
当たり前である。長い付き合いならともかく同盟国になったのは今日なのだから。
そんなスコールを察しケビンは更に続ける。
「はっきり言うと私達は今、少しでも多くの味方が欲しいのだよ。スコール君も知っているだろう? カルバナの現状を」
「では何故エルドナと組まなかった?」
間違いなく魔王軍よりも先にエルドナの使者はカルバナ帝国と接触しているはずだ。
そしてエルドナは今、魔王軍対策として同盟を組みたがっているはずである。
だからこそ今であればエルドナと同盟を組むことは容易だったはずだ。だがカルバナはそれをしなかった――
「先代の皇帝は私に姫様を頼むと仰られた。私は姫様を剣となりその理想を叶えないといけない。エルドナでは姫様の目指す国になるとは思えない。それにエルドナが組みたいのはカルバナ帝国であって姫様ではないのだから――」
それを聞きスコールは理解した。
エルドナは自国の強化のために後ろ盾が欲しいわけである。もっと言えばカルバナ帝国と言う“国”が必要なのだ。
もし内戦が勃発し革命軍が優勢と見れば直ぐにそちらに付くだろう。
それに比べ魔王軍は女王と同盟を結んだためにケビンにとっては都合がいいという訳である。
ケビンの口ぶりからすれば見えないところでは、既に覇権争いも激しくなってきているようだ。
実際にルータスの件では命も狙われている。
急にコロシアム中央がざわつく。本当にざわついた訳ではない。
中央に立つミシェルとルータスの闘気が高まり空気の流れが変わった。どうやら特訓が始まるようだ。
スコールは2人を見つめながら口を開く。
「ケビンさん、とりあえず見物しよう。面白いものが見れるから」




