第7話 義兄弟3
流石この辺で一番の王国だ。
ディークは商店街の中を見渡すとその活気の良さに驚いた。ディークはエルドナに必要な物資の調達に来ていたのであった。
もちろん目的はそれだけではない、まずはアビスダイトを売り金を作る事だ。しかし本当に欲しいのは商人とのパイプであった。いくら魔王城が大きくなり自給自足出来る様になったとしても、ある程度、他の種族と繋がりがないのは不味いからだ。手っ取り早くふやすなら商人が良い、お互いメリットが有るなら種族関係なく仲良くなれるからだ。
ここエルドナで力のある商人とパイプを持つことが出来れば、今後かなり情報や人脈の幅が広がるだろう。
事実このエルドナはその国柄もあってか他種族も多く情報の量も武器の質も、何から何までかなりのものだった。
ディークは慎重に周りを見ながら何か良い店が無いか探していた。すると何やらアイテムショップの様な店があり、その前でディークは足を止めた。
店自体はかなり昔から有るようだ。年季が入っているレンガ作りで、その建物は中々風格があった。
「とりあえず入ってみるか」
小さく呟くと、その店の入口に向かって歩きだす。入り口のドアを開くとその中は外の古臭い感じとは違い、全く別の空間が広がっていた。綺麗な棚にしっかり等間隔で並べられたポーションやスクロール、色々な薬草があり見ているだけで楽しめそうなくらいだ。
ディークはまっすぐ奥へ進むと店のオーナーらしきエルフの男がカウンター越しに座っていた。歳は40代位で短めの茶髪で鼻の下に綺麗に整えられた髭があり小綺麗な見た目である。
近くにその娘だろうか? 従業員らしき女が棚の整理をしていた。カウンターの前まで来ると、ディークは軽く頭を下げ、
「やあ、こんにちは」
なるべく愛想良く言うと、オーナーはまるで品定めをするかの様にディークの頭から足まで視線を動かす。どうやら身だしなみは合格点だったらしくオーナーは口を開いた。
「今日はなんの用だね?」
ディークはハーフである。その為に舐められない様に、ここは先手を打つ必要があった。
「取引がしたいんだ。これはいくらで買ってもらえるかな?」
ディークはオーナーの目前のカウンターに、拳サイズのアビスダイトを置くとオーナーの目が一瞬大きく見開かれるのを見逃さなかった。
「お前さん、ここじゃなんだろう、奥でゆっくり話をしよう」
オーナーは立ち上がるとカウンターの奥にあるドアを開ける。
ディークもそれに続き部屋に入ると応接室になっていた。結構いい部屋だ。立派な椅子と机があり大事な商談などに使う部屋だろう。
「どうぞ座ってくれ」
オーナーが手で指した先にある椅子に、ディークは座りそれに続いてオーナーも座る。
「はじめまして、私はランス・エミールという者だ」
「こちらこそよろしくランスさん。俺はディーク・ア・ノグァだ。ディークと呼んでくれ」
二人は名乗り合い軽く頭を下げた。
「早速だがもう一度アビスダイトを見せてくれないか?」
ディークはさっきカウンターに置いたのと同じアビスダイトをランスに渡した。ランスはそれをまじまじと色々な角度から見ている。そしてルーペを取り出し、
「うーむ、紛れもない本物だ。これはどうしたんだ? 地下階層から取ってきたのかな?」
ランスはこちらにかなり興味を持っている様子が見て取れた。さっきも同じような質問を受けた事を思い出し、
「そのとおりだ」
交渉を上手く進める為に、ここは自分が取ってきた事にしておくほうが良いだろう。
「ということは、ディークさんは地下階層からアビスダイトを供給する能力が有ると理解していいのかね?」
「これくらいの量なら用意出来出来る能力はある」
その言葉を聞いたランスは大きく頷きながら、
「君が何者なのかは問わないよ、アビスダイトはその希少価値の高さから殆ど市場には回ってこないんだ。地下階層に行けるパーティはどこか国か貴族が囲っているからね。そこで相談なんだが、もしよかったらディークさん、ウチの専属のハンターにならないか? こう見えてウチは結構歴史ある店で顔も効くんだ」
やはりそうだった。ディークはこの店を見た時からそんな予感はしていた。建物がかなり古く、昔からやっている店ならその人脈が広いだろうと思っていたからだ。
笑みがこぼれそうになるが、決して表情には出さない。
「専属のハンターにはなれないが、アビスダイトは手に入れたら分けることを約束しよう、その対価として俺の住まいの必要物資をそちらで手配して欲しい」
ディークは条件を述べるとランスはその位なんでもないかの様に即答する
「それなら大丈夫だ。ウチは大体の物なら揃えられる。それともう一つの条件だがアビスダイトはウチ以外で取引しないでくれないか?」
ランスの条件はある意味当然であった。希少価値の高いアビスダイトの入手ルートを、自分だけが手に入れたなら他の取引でもかなり優位に立てる。市場を独占する事だって出来るからだ。
ディークは椅子からゆっくり体を起こしニヤリと笑うとランスに手を差し伸べた。
「それはこっちも同じだ。俺はハーフだから面倒は嫌いでね。ランスさんも俺と取引する事は内密にお願いしたいな」
ハーフはあまり大っぴらにレア物を売りさばくとどうしても目立つ為、ここは内密に取引するほうが無難だ。お互いメリットしか無い。ランスもそれは分かっている様子だった。
ランスはニヤリと笑うと力強く手を握り、硬い握手がかわされた。
「これから長い付き合いになりそうですね」
「こちらこそ」
◇
ディークは時空の書を開きそのページに書かれた文字に目を通す。そのページには先程ランスから仕入れた物品が色々書かれてあった。時空の書はこうやって使うと大量に物が運べるし何があるか直ぐに分かるから便利なのだ。
ランスとの取引も無事終わり今からルータスとの約束の傭兵団のアジトに行くところであった。
エルドナの門の前、大きなその門はこれまでの歴史を物語るかの様にそびえ立っている。エルドナは北と南に大きな門があり、今は南門にいる。ディークは振り返り街を見渡す。
「中々いい街じゃないか」
大きな門を抜けるとまっすぐ目の前に大きな森が見える。森までは少し距離があったがルータスが書いた地図によれば森に入って少し先の所のようだ。
森までは広い平原が広がっていて、人通りの多い部分だけ地面が見え自然に出来た道の様になっていた。そして道にそって足を進める。太陽の位置からして今は昼過ぎくらいの様だ。ランスとの取引が上手く行き過ぎて思いのほか早く終わった。
それにしてもアビスダイトがあれほど高価だったとは。買う物を買っても結構金があまった。ディークは手に金貨をとって手の上でジャラつかせてみる。
エルドナは金銀銅の丸い硬貨で、重さを量って買う様になっている。金貨一枚の価値と言うより金自体の重さで買う訳である。
とりあえずこれで、金には当分困りそうに無い。ランスがいれば必要な物は揃うし金がいるなら金貨に変えてもらえばいいだけだ。
帰ったらミシェルを沢山褒めてやらないとな。ディークは喜ぶミシェルの顔を想像すると顔が緩んだ。
後はもう一つの目的が上手くいけば万々歳である。それは仲間になりそうな人物を探し出す事だった。魔王城に今いる者は、純粋な人と言う意味では誰も居ない。殆どがモグローン種になる為だ。
今後魔王城の運営において人は必ず必要になってくるだろう。その為にいい人材を探すならハーフが一番都合が良かった。
まず純血は基本その殆どがまともな生活をしている為に、好き好んでアビスの危険地帯へくる者など居ない。その点ハーフはまったく逆だ。職も無く、住むとこだって無い者が大半だ。それにハーフだって本人が気づいていないだけで優秀な奴などいくらでもいる。純血に比べて極端にそれを気づく機会が少ないだけだからだ。
その点でルータスは中々良かった。子供だけにこれからいくらでも伸ばせるだろう。変に知恵の付いた大人より素直そうだ。仲間になれば文句無しであるが団長との話し合い次第だ。
ディークは集めた仲間皆で地下階層を制覇する妄想を走らせていると森に入っていた。
しかしそこでディークは足を止めた。何か見覚えの有る麻袋が落ちていたのだ。ルータスが持っていた麻袋によく似ている。ディークは拾い上げると何故か中身は入ったままであった。
開けると中には結構な数の酒と1つの巾着袋が入っている。巾着袋には硬貨も入ったままだ。
そしてディークは走り出した。何かヤバい事が起こっている気がしたからだ。走るディークの顔に当たる風が異変を教える。
「血の臭いがする」
なにか、ただ事ではない事態になっているのは間違いない。ディークは血の臭いのする方へと走る。するとアジトらしき場所が段々と見えてきた。木造の建物がまるで襲撃を受けたかの様になっていてディークは警戒を強める。
入り口と思われる門は返り血らしきもので血まみれだった。周りは静まり返り異様な雰囲気を出している。
すると門の向こう側から知らない女の子のとても悲しそうな声がディークの耳に飛び込んできた。
「お兄ちゃん、死なないで……」
門の向こう側――
そこでディークが見た光景は凄惨としか言いようがなかった。無数の死体、血の臭い、その中に赤い髪の小さな女の子が、今にも消えそうな声で泣きながら低位の治癒魔法をかけていたのだ。
「ルータス……」
ディークは呟くように言った。そこには代わり果てたルータスの姿があった。
左腕は無く目も潰され足に槍が刺さっている。かなり酷い状態だがまだ死んではいないようだ。だがもう助からないだろうと思える傷だ。妹と思われる少女の肩に手をかけ、ディークは一つの魔法を発動させる。
“グレーターヒール”
それは治癒魔法、ルータスを中心に発動され強力な治癒の力が包み込むが、ほんの気休めでしかなかった。もはや治癒魔法でどうにかなる様な傷ではなかったからだ。それでも強力な治癒魔法はルータスの意識を回復させた。
「ディークさん…… 」
ルータスのか細い声が響く、その声はあまりに弱々しく悲しげだった。
人はいきなり予想外の事態に遭遇すると何も出来ないものである。ディークは言葉が見つからずただ目の前の現実に呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。
「お兄ちゃん!」
妹の悲鳴にも似た声が響く、
「カミル団長に……あいつ俺達を利用して……悔しい……」
ルータスは片目から涙を流し絞り出す様な声で言った。
「分かった。もう何も言うな」
しかしルータスはディークの言葉を無視しさらに続ける。
「妹を、助けて……やって下さい」
もう死からは逃れられないと悟ったのか、ルータスの最後の願いが告げられた。妹はずっと泣きながらルータスの身を案じ、まだ助かると信じている様だった。
「ダメだ! そんな事は出来ない! お前が守るんだ! たった1人の妹の為にもこんな所で終わるんじゃない!」
こんな時ですら妹の身を案じるルータスの優しさにディークは例えようのない痛みに襲われた。そして妹もそれに続いて叫ぶ。
「お兄ちゃん! アイを一人にしないで!」
しかしその声は虚しく、ルータスの命の灯は徐々に弱まっていく。
「俺はこんな所でお前を殺させはしない! ルータス! お前は俺と共に世界を変える男だ!」
こうなったら一か八かやるしかない! やったことは無いが、今の俺なら出来るはずだ!
ディークは刺さっていた槍を引き抜き投げ捨てると拳を強く握り自分の血液をルータスの口に垂らした。そして手の平を大きく開く。
「我が血の契約により、ルータス・ブラッドとしてその命を我に示せ」
ルータスはその血をゴクリと飲むとその瞬間にルータスの胸が大きく波打つ。
そして手の平からは更に血が流れ落ち、その血液はルータスの真上で集まって行くと輝き始めた。眩く輝いたそれは左半身を優しく包むかの様に広がっていった。そしてその血液はルータスの無くなった腕や目の部分に変わる様に形を変えていき、左半身は元に戻っていった。
「…………」
その一瞬はまるで永遠にも思える様な時間を感じさせていた。ディークの顔に一筋の汗が流れ落ちる。
「成功した……のか?」
ディークの問いに誰も答える者はいない、恐る恐るルータスの胸に耳をあてた。
――命の音がする。
ディークはいつの間にか自分の目から溢れ出す涙に気づいた。遠く忘れていた感情だったが今はそれが心地よかった。
「お兄ちゃん助かった……の?」
横で呆然と立ち尽くしていたアイを抱き締めディークは言った。
「ああ、お兄ちゃんは居なくなったりしない」