第69話 コロシアム3
大歓声がコロシアムを包む中、処刑された少年の死体を手際よく係員らしき人達が片付け始める。観客もまるで見世物が終わったように帰りだした。
そんな姿を見つめながらルータスは呟く。
「慣れていますね」
処刑執行人もそれを見ている観客も人の死に慣れすぎているような気がしたのだ。
アドニスはそんなルータスを諭すように口を開く。
「皇帝が亡くなってから帝国はかなり不安定になってきて凶悪犯罪も増えてきている。処刑は確かに無いに越したことはないが、やらなければもっと多くの帝国民が命を落とすことにもなるんだよ」
どこの国も色々な事情はある。これ以上口を挟むことはしないほうがいいだろう。
少し暗い雰囲気になってしまったのでルータスはわざとらしく大きな声をだす。
「あ――! そういえばホクさんはどこ行っちゃたんだ?」
「処刑を見たくないからパスとか言っていたね。とりあえず探そう。あまり遠くへ行かれても不味い」
「どうやらコロシアムのちょうど反対側にいるようだぞ」
スコールの言葉に一瞬「なんで分かったの?」と言いかけてしまいそうになった。
魔王軍のイヤリングはある程度の距離までなら場所が分かる機能がついているのを忘れていた。
「じゃぁ皆でホクさんを迎えに行こう!」
元気いっぱいの声でアイが走り出した。それに続いてルータス一同もコロシアムへの反対側へと向かった。
反対側は軍関係の施設が多く寮らしき建物も建っている。
チラリと目に入ったコロシアムの入り口の奥に見えた訓練場にルータスの興味が引かれる。
カルバナ軍の実力や訓練方法など知りたいことがいっぱいあったからだ。
だが今はそんなことをしている暇はない一体ホクさんはどこにいるのやら――
ルータス一同が辺りを散策していると聞き慣れた声が訓練場から鳴り響いた。
「はんぎゃあああああ!」
4人の視線を一瞬で集めたその声は間違いなくホクロンである。ただ事ではない叫び声にルータスは一目散に訓練場へと飛び込んだ。
中へ入ると頭に大きなたんこぶを作ったホクロンが変なうめき声を上げながら泣いているのが目に入った。回りはカルバナ軍と思われる兵士が呆然と立ち尽くし何故か戸惑っている。
前に出ようとしたルータスをアドニスが手で抑止しながら隊長と思われる男に事情を聞く。
隊長の話によると、どうやらお互いの勘違いから起こった事故のようだ。
というかホクさんが起こした事故とも言える……
アイが泣いているホクロンの頭を撫でながら「おーよしよし」などと言っているのが目に入る。
どう見たってこの状況を楽しんでいるようにしか見えない。
一頻り泣き終えたホクロンはルータス達に気づくと大きなたんこぶを抑えながら叫んだ。
「だから弱いって言ったでやんすよ!」
ルータス達を見た瞬間、立場は逆転したと言わんばかりに強気に出るホクロン。
気まずそうに隊長が、
「魔王軍のなかでもやり手だと聞いたものでつい……はやとちりを……」
確かに色んな意味でやり手ではあるが隊長の思っているやり手とは大分方向性が違っている。
するとスコールが隊長と握手を交わしながら口を開く。
「申し訳ない。こちらの者が迷惑をかけたようだ。訓練なら今後の交流もかねて俺達が参加しよう」
「いえいえ、こちらこそすまない。それにしても君達凄い装備をしてるね。それはどこで手に入れたのだい?」
「あまり詳しくは答えられないが、ディーク様が作られた魔力結晶から作られたものとだけ」
「ほ――! それは凄い!」
2人の会話は武器や防具のことで一気に盛り上がる。
しかしその会話を断ち切るようにルータスが割って入ると、
「ちょっと待てコー君! 班のリーダーは僕なんだぞ! 僕が先に話をするんだ!」
耳元で叫ぶルータスに対して耳を塞ぎ防御しながらスコールは答える。
「あ――分かった。分かった。じゃぁ後はリーダー様(仮)に任せる」
コイツ……完全に僕のこと馬鹿にしてるだろ。
だかこんなところで喧嘩をしていては只の恥晒しになってしまう。
ここは一つ、魔王軍としてカッコよく決めなくては!
ルータスはレヴァノンの腰から引き抜き斜めに構える。
そしてレヴァノンに闘気を込めると、剣はその闘気に答えるようにゆらゆらとオーラを放ち強い力をまとい出した。
「魔王軍代表として僕が相手になってやる。誰でもいいからかかってこい!」
ルータスの中ではこれ以上ないレベルでカッコよく決まるはずであった。
しかしカルバナ軍の興味はルータスではなくレヴァノンに集中していた。
「すげぇ! なんだその剣は、これも魔王からもらったのか!?」
1人が口を開くと次々に怒涛のように押し寄せてくる質問にルータスは一瞬戸惑う。
だが直ぐに別の感情か湧き上がって来た。
何かこれ……気持ちいい……
生まれてこのかたパッとしたことがないルータスはこのように皆の中心になったり、羨ましがられたりした経験はなかった。だからこそ今この瞬間が凄く気持ち良かったのだ。
気分を良くしたルータスはノリノリで剣をクルクル回しワザとらしくもう一度構えると、
「そうだろ? この! 僕の! レヴァノンを見たいなら少しだけなら見せてあげてもいいよ」
カルバナ軍からは歓喜の声があがる。
その光景を黙って見ていたスコールがぼそりと「バカか……」と言ったのが耳に入ってきたが今のルータスにその程度の言葉は無意味である。
ふっ……どうせ僕の人気に嫉妬しているに違いない。
ルータスは振り返るとスコールを指差した。
「スコール君、後のことはリーダーの僕に任せてくれ君では少し役不足だ」
ルータスの言葉にスコールは呆れ顔で、
「言葉の使い方を間違っているぞ。まぁ頑張れ……」
とだけいって端の方に歩いていった。
だが――次の瞬間、ルータスの後ろから冷ややかな声が聞こえ鳴り響いた。
「へ――いつからそんなに凄くなったのかしらね。魔王軍一番隊のルータス隊長殿」
ルータスの全身に寒い何かが走り抜ける。
恐る恐る振り返るとそこにはミシェルの姿があった。
「げげっ! お、お姉様……」
「嬉しくなさそうね。ルータス隊長殿」
「そ、それは……少しカッコつけて言っただけで、その……」
今のルータスに先程の勢いは皆無である。
ミシェルは縮こまっているルータスを見て深いため息をこぼすと、
「まぁいいわ、それよりもあんた達に伝えておくことがあるのよ」
ミシェルはスコールとアイにもこちらに来るように呼びかける。
集まった3人に視線を向けるとミシェルは口を開いた。
「ディーク様達の話し合いの結果、魔王軍とカルバナ帝国は同盟を結ぶこととなったわ」
ミシェルの言葉に周りにいたカルバナ軍の兵士達から驚きの声が上がる。
スコールが何か質問をしようとしたがミシェルは手を上げそれを止めると更に続けた。
「そしてルータス、アンタにはディーク様直々の指名により大役が任せられたわ」
「は、はい! それはどんな任務ですか?」
ルータスは緊張に包まれ頭の中に色々な考えが浮かんでは消えていく。
ディーク様直々に自分を選ぶ任務とは一体どんなことなのだろうか?
それに班ではなく自分だけに与えられたと言うのもなにか引っかかっていた。
「それは近々行われるコロシアムに参加し魔王軍の名と人気を取ってくる仕事よ!」
ミシェルの言葉に思わず笑みが溢れてしまった。
元々コロシアムには参加したいと思っていたルータスだ。これはむしろ望むところである。
「お任せくださいお姉様! 魔王軍の名前をカルバナ全土に広げてみせます!」
ルータスは自信満々に言い放った。しかしそんなルータスを見るなりミシェルの表情は険しくなり声を荒げる。
「アンタ分かってるの!? アタシの代わりに出るんだから、下らない負け方したらただじゃおかないわよ! アンタ達は3人で半人前の半人前なのよ! アンタより強い奴なんていくらでもいるのよ」
ミシェルの激高に直立不動慌で答える。
「は、はい! 分かっています!」
「だったら絶対負けるんじゃないわよ!」
「は、はい!」
お、お姉様……言っていることが無茶苦茶だ――
「それともう1つ大切な任務があるのだけど、それはコロシアムが終わってからでいいわ。とりあえずアンタは今日からアタシが鍛えてあげる。覚悟しなさい」
ルータスはミシェルの気迫に身の危険を感じる。どうやら自分が出られないのが機嫌をそこねている原因のようだ。
これは非常に不味い――
ミシェルが怒ると非常に凶暴である。これはお友達の助けを借りなくてはいけない。
「それならコー君も一緒に――」
「それはダメよ。これからしばらくアタシは城に帰られないの、この意味分かるでしょ?」
「はい――」
ハイとは言ったものの全く意味は分からなかった。
必死で頭をフル回転させているといきなりミシェルに首根っこを捕まれる。
「じゃぁすぐに特訓開始よ! いいわね。時間は全然足りないの。アンタも死ぬ気でついてきなさい! これはディーク様の品格を問われる任務なのよ」
「えっ? 今から!?」
うも言わさずミシェルに引きずられながらコロシアムの奥へと姿を消していくルータス。
残されたスコールとアイは同時に口を開く。
「お兄ちゃん生き抜いて……」
「生きのびろルータス……」




