第67話 コロシアム
ディークとユーコリアスが話し合をしている間、ルータス達は大臣のエドワード・マーカーに連れられ応接室に案内されていた。
応接室と言うだけあって目のやり場に困るほどきらびやかな部屋だ。
巨大な大理石のテーブルに細かな装飾が施してある椅子どれも魔王城にはないものだ。
ルータスは高価そうな椅子に恐る恐る座った。
高価なものばかりに囲まれていると落ち着かない。
ホームレス時代は金持ち貴族に憧れたが金持ちは金持ちで堅苦しそうだ。
しかし、ユーコリアスが本当の姫様だったとは……
びっくりしすぎて思わず変な声が出てしまった。
でも、これはラッキーだ。助けた少女がカルバナの女王ってことは、魔王軍の評価はかなり良いはず。
魔王軍がいなければ女王は死んでいたのだ。これはカルバナに大きな借りを作れたと見ていいだろう。
何よりディーク様に大きく貢献することができた。
「王女様より皆様方を丁重にお持て成せとの命を受けております。何か必要な物があれば何なりとお申し出くだされ」
エドワードはそう言うとルータスの元へとやってきていきなり膝をつき頭を下げる。
「ルータス殿、先日は姫様を助けてくださり本当に何と申し上げてよいか。我々帝国全員が感謝の気持ちで一杯でございます。もしもルータス殿がいなければカルバナの未来は大きく変わっていたことでしょう」
いきなりの言葉にルータスは慌てふためきながら、
「いや、いえ、その……運良く通りかかっただけですし。その……頭を上げてください!」
どう見ても偉い人が自分に対して膝を付き頭を下げているのだ。こんな経験をしたことがないルータスにとって対処の方法など分かる訳がなかった。
エドワードは立ち上がるも更に続け。
「通りかかっただけだとしても、命をかけて姫様を救うために戦った。これは誰にでもできることではありませぬ。ルータス殿は本当に強くお優しい方であられます」
本当は可愛い女の子だったからだけ――とは口が裂けても言えないな……
ここまでベタ褒めされると気持ちがいいものだ。もし逆の方を助けていたらどうなっていたのだろうか?
……それはあまり考えないでおこう。
すると次はスコールが口を開く。
「出来れば城の中を見学したいのですが――」
「それでは案内の者を呼んでまいります。しばしお待ちくだされ」
エドワードはそう言って部屋を後にした。
ルータス達だけとなった部内は皆が口を開くのを待っているのか変な静けさが漂う。
「何か、歓迎されてるでやんすね!」
「うんうん! アイもびっくりしたよ。これは上手くいったんじゃない?」
「そのようだな。ついでにカルバナ軍の兵士の質も調べられそうだ」
「おー! 流石コー君、見学したいのはそっちだったのね」
「うむ、何せカルバナ帝国はコロシアムがあるからな。見ていて損はないだろう」
コロシアム――
カルバナ帝国にある大きな闘技場だ。剣闘士と呼ばれる者が1対1で戦い、敵を降参させるか戦闘不能にすれば勝ちというシンプルなルールである。
だがそのシンプルさ故に人が死ぬこともある危険な戦いであり負傷者も数え切れない。しかし出場を希望するものは後を絶たない。
それはコロシアムがカルバナ帝国に住む国民にとって最大の娯楽であるからだ。金を賭けたり好きな剣闘士を応援したりと様々である。
オーガという種族は強い者を敬い褒め称える傾向が強くエルフや人間のように極端に家柄に左右されることはない。
そのため腕に自信のある者同士の本気の戦いは国民全員を熱狂させていた。
コロシアムは勝てば勝つほど国民からの支持を得ることが出来て、人気もうなぎ登りに上がっていく。
実績を残せば有名な冒険者やハンターのオファーや城からの引き抜きだってある。
宣伝目的で商人のお抱え剣闘士だって居るくらいだ。
この様に全て腕1つで勝ち取れることから上流階級を夢見た出場者が後を絶たない。
コロシアムの出場にあたって制限はなく子供であろうがハーフであろうが何だって出場できるのも魅力の1つである。
逆に言えばハーフなどがのし上がるにはコロシアムしかないということだ。
「コロシアムか……確かに面白そうだな。出場してみるのもいいかもしれないな。コー君も一緒にどうだ?」
カルバナの戦闘能力を計るなら実際に戦ってみるのが一番早いだろう。
自分の成長も分かって一石二鳥である。
「俺達は遊びに来たんじゃないからな。戦闘が絡む行動はディーク様の許可を取ってからの方がいいだろう」
「それもそうか……」
応接室にノックの音が響くと先程出ていったエドワードが一人の男を連れて帰ってきた。
「お待たせしました。こちらにいますのは将軍の1人でアドニスと言います。城のことなら彼に何でも聞いてくだされ」
アドニスと呼ばれた男は爽やかな笑顏を飛ばしながらルータス達と握手を交わす。
年齢は20代後半だろか? 短髪で背が高くオーガ特有のガッチリとした体格だ。
「紹介に預かりましたアドニス・デイルと申します。早速行きましょうか」
ルータス達は形式的な挨拶をかわすと、一瞬アドニスがエドワードと視線を合わせた。
アドニスに連れられ応接室を出て城内を歩きだす――
するとアドニスは頭をポリポリかきながら、
「いや――! エドワード様がいると堅苦しくて疲れてしまうな。ところで君達は何が見たいんだ? コロシアムかい?」
急にキャラが変わったアドニスに戸惑うルータスであったが、
「あっ、はい一度見てみたいですアドニスさん」
「あんまり気を使わなくていいよ! 俺はそういうこと気にしないから。でもエドワード様には内緒にしておいてくれよ。ガッハッッハー!」
アドニスは大きな声で笑いながら色々話しかけてきた。
確かに畏まった対応よりこっちのほうが気は楽だ。
ルータス達はアドニスにカルバナのことを聞きながら城の中を移動していくと、段々とコロシアムが姿を見せ始めた。
その大きな闘技場は流石コロシアムと言われるだけはあった。
大きな崖のようにそびえ立つ石で出来た壁に囲まれた闘技場は、離れた場所からでも凄さが伝わってくる。
コロシアムに近づくにつれて段々と地鳴りのような歓声が聞こえてきた。
「今日もコロシアムでは試合が行われているのですか?」
ルータスの問にアドニスは眉をしかめながら、
「あれ? 今日は何かあったのかな……まぁ行ってみれば分かるだろう」
ルータスは初めてのコロシアムに心を踊らせ、自然と足も早くなる。しかし大きな壁の向こうで行われていたものは試合などではなかった。
石畳で出来た丸い闘技場の真ん中には1人の少年の姿があった。
体中がガタガタ震えているのが分かる。
どう見てもハーフで歳はルータスと同じくらいだろうか?
額には殴られた様な血の跡があり手足は鎖で縛られ両膝を付いて座っている。隣には大きな男が観客に向かって剣を掲げていた。
これはどう見ても処刑だ――
観客は少年に罵倒の限りを浴びせ処刑の執行をまだかまだかと待っている。
あまりに突然のことに呆然としているとアドニスが口を開いた。
「あの少年は、ここらじゃ有名な盗賊団、霧のメンバーだ。どうやら捕まってこれから処刑されるようだ」
「げげっ! そんなところ見たくないでやんすよ。オイラはちょっとパスでやんす」
ホクロンはそう言うとフラフラ歩いてどこかへ行ってしまった。
するとスコールがアドニスに、
「その霧って言うのはどんな盗賊団なんです?」
「多くの少年で構成された盗賊団でね。とにかく何でもする危険な奴らだよ」
「その少年達は主にハーフですよね?」
「ああ、そのとおりだ。我が国では10年ほど前から街に埋もれたハーフを集め部隊を作ることに力を入れ始めたんだよ」
もうこの時点で嫌な予感しかしない。純血がハーフを集める理由なんてろくなことはないからだ。
「その部隊ってあまりいい部隊ではないですよね?」
ルータスの問いにアドニスは複雑な表情をしながら答える。
「主に危険が伴う任務や暗殺を目的とした部隊だ」
「特殊部隊ってことですかね……」
アドニスは言葉を選んで発言しているが実際のところは使い捨てに一番都合がいいからだろう。
どこの国でもハーフの扱いなど似たようなものだ。
だがルータスはもうハーフや純血どうとかいった考えはしないようにしていた。
以前のルータスはこの世界のシステム――生まれでほとんど決まってしまう理不尽な世の中が嫌でしょうがなかった。
同じ人であるにも関わらず。純血共はハーフをゴミのように扱い捨てていく。
元々ハーフ自体が純血に作られた物と同じだ。だからこそ嫌だった――
もしかしたら純血と言うだけで毛嫌いしていたのかもしれない。
現にルータスはディークに出会うまで純血とはほとんど話した経験はなかったのだ。
しかしディークと出会いアルフォード学園に通いそして今は、カルバナ帝国――
様々な人と出会って自分が思っていた純血とは少し違っていた。
自分では何もせず勝手に思い込むだけでは損をしているような気がする。
何よりも今はディーク様の眷属である。自分の国ではそんな区別は存在しない。
だから主人の意向は自分も信じなければならないのだ。
「でもねルータス君、その部隊によって国民からハーフが一目置かれる様になったのも事実なんだよ。でも――」
「でも?」
「それが新たな問題の始まりでもあったんだ――」
するとコロシアム全体の熱気は最高潮にまで高まり人々の歓声が地面から伝わってくる。
処刑の執行人と思われる男はゆっくりと少年に近づき大きな剣を首の裏側にあてがうと片手を高々と掲げた。
剣は振り上げられた先でガッチリと両手で握りしめられる。
そして剣は振り下ろされた――
少年の首は無造作に転がる。
首のない胴体は倒れゆっくりと血溜まりを作っていくと同時に今日一番の歓声が沸き起こりコロシアム全体を包んでいく――
ルータスはその光景をただ黙って見ていた。そしてその横でアドニスもとても悲しそうな目で無残な姿となった少年を見つめていた。




