第65話 女王との会談
カルバナ帝国に到着して3日後の時が過ぎていた。
眩しい朝日とともに目覚めたディークは王女がいる城へ行く準備をしていた。
ディークは重い頭に手をあてる。
少しハメを外し過ぎてしまったな……
本当は2日目の朝に行く予定だったが、ミシェルやホクロンと飲み歩き予定が狂ってしまった。
まさか、黒いビールとは……
この世にはまだまだ自分の知らない知識は多い。
オーガの国のビールは見たことのない真っ黒なビール、泡はまろやかでエルドナとはまた違った美味しさがあった。
おかげでここ3日は、何もできなかった。
しかし遊んでばかりはいられない。(十分遊んでから言うのもなんだが)ディークは、指輪に意識を向ける。
「ルータス聞こえるか?」
しばしの沈黙の後、頭に声が響く。
――ディーク様、聞こえています。
「今から俺の所に3人で来てくれ」
――分かりました。すぐに行きます。
ルータス達が到着するまで状況を整理しておくか――
カルバナ帝国は、少し前に皇帝がなくなり一人娘の王女が後を継ぐかたちとなった。
しかし幼い王女がいなくなれば覇権を取れると考えている上層部とで国は大きな混乱に陥っているらしい。しかしこれはある意味チャンスかもしれない。
王女側の勢力に付いて上手く立ち回りさえすれば同盟を組むのは容易いだろう。その逆でもありだが状況次第だ。
恐らくエルドナはもう交渉を終えているはずだ。
場合によってはこのままヴァンパイアの国へ行く事も考えておかなければならないだろう。だが今のところエルドナとの同盟は組まれていない可能性が高い。
世界初の同盟なのだ。組まれていれば噂の1つでも耳にするはずだからだ。
街の噂はもっぱら皇帝の後継争いの話しばかりでエルドナの使者が来たことすら知らないようだった。
何にせよ交渉する価値は十分にあるはずだ。
そんなことを考えていたらドアからノックの音が鳴り響いた。
「ミシェルか、入れ」
ドアが開くと同時にミシェルはディークの胸に飛び込んできた。
がっちりと背中に両手を回しディークに抱きつくと、
「ディーク様! お城に行く準備ができたよ」
「ルータス達は来たのか?」
「うん。下で待っている。ホクロンもいるわ」
ミシェルは抱きついたままで離れる気配はない。
カルバナに着いてからずっとこんな調子でご機嫌である。
ミシェルは腕に力を込め強く抱きしめながら呟く。
「こうやって独り占めできるならカルバナに住んでもいいかな……」
「ん? 何か言ったか?」
「なーんてね」
ミシェルはにっこり微笑みディークの手を引っ張りながら宿の外へと移動する。
外にいたルータス達はディークの姿を見つけるとすぐに集まってきた。
チャンネは一応、緊急時に備え城の外で待機させている。
「用意はいいな? 出発するぞ」
ルータス達は「いつでもオッケー!」と言わんばかりの大きな変事をしてディーク達は城に向かって歩き出した。
カルバナ帝国は城を中心とした円形の作りとなっているため街の中心に城は大きくそびえ立っている。
街全体もかなり広大で一周回るだけでもかなりの時間がかかるだろう。
カルバナ帝国の入り口正面から真っ直ぐ行けば城への入口につながる。
城の周囲は深い堀が掘られており、橋がかかっていた。幅が10メートルはありそうなほど大きく川と言ってもいいくらいだ。透き通った川が太陽の反射で揺らめき綺羅びやかに光っている。
橋は合計6箇所にかけられていて敵の侵入経路を絞るのが目的だろう。
橋の手前には両脇に警備兵2名が立っておりまっすぐ近づいてくるディーク達を見ると塞ぐように真ん中へと移動した。
「城に何か用ですか? 通行書か身分を示すものをお持ちか?」
ディークはルータスから受け取った金貨を一枚出すと警備兵に渡した。
「これでいいか?」
警備兵は近顔見るなり顔色がみるみる変わっていく――
「こ、これは王家の紋章! まさか……失礼ですがお名前を」
「俺は、ディーク・ア・ノグアという者だ」
警備兵はその名をきくなり何かに感づいた様子で、
「ディーク!? まさかあの魔王ディーク! 少々お待ちを!」
警備兵はすぐにポケットから取り出した笛を吹く。笛は抜けた空気の音だけを鳴らし音は鳴っていないように思えた。
しかしすぐに橋の向こう側の城の上部から大きな鷹が飛んできた。
鷹は大きな羽をバタつかせながら警備兵の腕に止まるともうひとりの警備兵が足に手紙をくくりつけ、すぐに鷹は城へと戻っていく。
一体どういった内容の手紙だったのか気にはなるが今は調べる術はない。
警備兵の反応を見る限りいきなり攻撃してくる事はないだろう。
「女王様から貴方方の事は聞いております! どうぞお通りください」
警備兵に通されディーク達は城へと続く橋を渡る。
真っ白な石でできた橋は白銀の世界を思わせるほど美しい仕上がりで橋の上から見た大きな川は絶景であった。
目の前にそびえ立つ大きな城も橋と同じ石で出来ているようで、美しい白銀の白である。
橋の向こうには立派な両開きの扉があり金貨と同じマークが真ん中に刻まれていた。
ディーク達が扉へ近づくと両脇に立っていた警備兵がその扉を開いた。すると一人の男が立っている。
立派な服に身を包み胸には王家の紋章が刻まれていて、身なりから察するに身分の高い男だろう。
歳は50代くらいのオーガで立派に伸びた髭は丁寧に整えられている。
男は丁寧に一礼をすると、
「ようこそ我がカルバナ帝国へ。私はこの国で大臣を任されておりますエドワード・マーカーと申します。姫様がお待ちです。こちらへ」
エドワードは城の中へと歩きだす。
そしてディークは右手をかざすと一言だけ呟いた。
「ミシェル――」
「はい。ディーク様――」
するとミシェルは嬉しそうにディークの右手を取り右腕に自分の腕を絡めた。
一同はエドワード案内され城の中を進む。
中はまさに美の世界であった。
真っ白な壁は美しく磨き上げられ目を奪われるような細かな彫刻がほどこされており天井には宝石のようなシャンデリアが輝いている。
魔王城とは違い、こっちは本格的な城である。豪華さでは圧倒的に上なのだ。
ディークは肩越しに後ろを見ると一番後ろにいたホクロンとアイだけが楽しそうにキョロキョロと周囲を見回していた。
「この先が王座の間であります」
大臣が重厚扉をノックすると大きな扉はゆっくりと開いていく。
まず視界に飛び込んできたのは玉座へと続く真っ赤な絨毯とその両脇に立っているメイド達だった。
その一列後ろには騎士と思われる者達が隊列を組み並んでいる。
メイドが先頭なのは見栄えを良くするためなのだろうか。
微動だにせず一点を見つめ立っている様は正に玉座と言えるだろう。
中はかなり広くずっと奥に階段がありその上には強い力を持つ剣を身に着けている騎士が立っていた。
この国の聖剣使いと見てまず間違いないだろう。
そしてその奥に――
大きく立派な玉座に座った小さな少女の姿が見える。
歳はルータス達と似たようなものだろうか。銀髪で小柄な姿は座っている椅子とのバランスがおかしい。
やがて階段の下まで到着する。
ディークとミシェルを先頭に一歩下がった場所でルータス達は膝をついた。
もちろんディークは立ったままである。
同盟を申し込みに来た訳であるが下手に出る必要はない。
「姫様、ディーク・ア・ノグア様が到着されました」
オーガの聖剣使いと思われる騎士が声を上げる。
その声に少女は口を開いた。
「よくぞ遥々こられた。そなたの噂は耳にしているわ。魔王ディーク・ア・ノグア、我がカルバナ帝国皇帝のユーコリアス・カルバナである」
まだあどけなさが残る姿とは裏腹にしっかりとした口調が印象的である。
後ろでルータスの変な声が聞こえた気がしたが今は無視しておこう。
「歓迎を感謝する。ユーコリアス・カルバナ姫」
一体どういった名称で呼んでいいのか迷ったがここは無難に行くのがよいだろう。
「我のことはユーコリアスで構わない」
「ではそう呼ばせてもらおう。こちらもディークで構わない。隣にいるのは我が妃であるミシェル・ブラッドだ」
ミシェルは小さく一礼をするとディークの少し斜め後ろに下がった。
妃という言葉に微妙な変化を見せるがそれが何なのか読み取ることは出来なかった。
「ではディーク、貴殿は何用でカルバナまでこられた?」
根拠は無いがこの王女とは腹を割って話すのが一番いいような気がした。
「単刀直入に言うと我が魔王軍は国としての地盤を築き力を付けた。どうだろう。同盟を組まないか?」
ユーコリアスは不敵な笑みを浮かべ、
「エルドナ対策ではないの?」
エルドナとの交渉はまだ終わっていないと思っていたが、既にエルドナの使者は何かしらの交渉を終えているような口ぶりである。
そうだとすればカルバナとの同盟は難しいだろう。
「まぁ、そんなところだ。直ぐに返事はいらない。嫌だと思うのであれば我々はすぐに帰ろう」
最悪、こちらに敵意はないことだけは伝えておかなくてはならない。
変に警戒されると後が面倒である。
「魔王軍の噂はかねてより耳にしている。カルバナ帝国としては魔王軍との同盟は興味深い。だが――我々は魔王軍のことをあまりに知らなさすぎる」
至極真っ当な意見だ。いきなり現れた魔王軍を巨大な国が何も知らない状態で信用するわけはない。
魔王軍が世に残した功績は前の戦争しかないのだから。
仮にディークが逆の立場なら絶対に信用しないだろう。
「俺達は隠れているつもりはない。我々の本拠地である魔王城はアビスの中にある」
「アビス!? そんなところに国を作ったのか!?」
「姫がよければ招待してもいいぞ」
流石の姫もこれには驚きの声を上げる。
まぁ、実際は結界で隠しているのだから思いっきり隠れているが、モノは言いようである。
それにこられたところで、これほどの財をもつ姫を満足させられるとは思えない。
自慢ではないが魔王城は形だけだ。
「魔王軍は前の戦争でも分かるように力はある。同盟を組んで損はしないと思うがね。それに――」
ディークは肩越しにスコールを呼んだ。
「はっ!」という大きな声とともにスコールは立ち上がりディークの左横へとやってきた。
「我が国にはコレがある」
ディークの声とともにスコールは腰に身に着けていた聖剣を鞘から抜き放ち高くかざした。
高々と掲げられた聖剣は美しく輝き、辺りは不気味なほど静まり返った。




