第62話 カルバナ帝国へ
ルータスは鏡の前に立ち自分を見つめると両頬を叩く。
「やっとこの日が来た!」
誰もいないのにおもわず声が出てしまった。これも気合の現れだろうか。
今日は待ちに待ったカルバナ帝国へ行く日なのだ。
鏡に映る自分の姿はいつもと違う。最高の魔力結晶で作り上げた最高の防具に魔剣レヴァノンを腰に下げている。
真っ黒な軽装備は正に魔王軍にピッタリの禍々しい雰囲気を出していて鏡を見ているだけで気持ちが高ぶってくる。
この日のために厳しい修行も行ってきた。
これからどんな世界が待っているのだろうか楽しみで仕方がない。
そろそろ行くか――
まだ時間は早いが高鳴る気持ちがじっとさせてくれなかった。一番に行って待っていようと思いルータスは部屋を出る。
集合場所はたしか正門の前だっけ……
正門と言っても城の正面入口の前である。実は周りを囲んでいる大きな壁に入口はなく基本的に魔王城の外へ移動するにはゲートを使うか空を飛ぶ以外に方法はない。
不便に思うかもしれないが現状それで問題はなかった。いつか必要になれば作るのだろう。
ルータスは軽い足取りで外に出るとまだ少し冬を感じさせる冷たい空気が頬に当たった。
アビスは人類の未開の地であり一番自然が豊かな場所である。その分空気も綺麗で朝の空気は特別なのだ。
正門の前に立ちいつの間にか大分大きくなった魔王城を見上げる。
あれ? いつの間にあんなの作ったのだろう……
屋根の上に謎のガーゴイル二匹の像がいつの間にか追加されている。
流石はディーク様だ――
作った理由は全く不明だが魔王軍はこういった一件全く意味の無さそうなことにも全力なのだ。
ルータスが謎の関心をしていると城の中からティアが出てきた。
既にメイド服に身を包んでいる。
「外に行くのが見えたから……」
「変に気合入っちまってもう外に出ちゃった」
ティアは視線を上から下へと動かし、
「すごくかっこいいよ」
「え?」
何とも間の抜けた声が出てしまった。
いきなりでテンパってしまった。せっかく女の子がかっこいいと言ってくれているのに気の利いたセリフの1つでも言えないとは――
今まで生きてきて可愛い女の子にこういったセリフを言われたことが絶望的に少ないため経験の差がもろに出てしまった。
ここは1つバシッと決めなくては!
「あ、ありがしょん」
――かんだ。
やっぱダメでした。
そんなルータスを見てティアは微笑みながら、
「襟が少し曲がってるよ」
ルータスの首元に伸びたティアの手とともに洗剤の香りと優しいような甘いような香りがふわりと漂いルータスの鼓動を早くさせた。
ティアの顔が近く目のやり場に困るルータスであった。
「はい! 直りました」
「ありがとう。ティア」
「何時帰ってくるの?」
ルータスは心配そうなティアの頭を撫でる。
「カルバナに付いたらゲートも使えるし、すぐに帰ってくるよ。じゃないとティアのご飯が食べれないだろ?」
「無茶だけはしないでね」
「大丈夫だって、戦いに行くんじゃないんだから」
ティアのサラサラの髪はずっと撫でていたくなるほど気持ちいい。
しかしそんな中、聞き慣れた声が響いた。
「ふむふむ……こんな朝早くからお熱いですな――」
「げっ! アイ!」
いつの間にそんなところに立っているんだ。アイの後ろにはスコールもいる。
2人ともルータス同様の装備に身を包んでいる。
「ほほう。コー君もアイも中々様になってるな」
アイは以前と同じ濃い紫色のローブと大きなつばのトンガリだ。その姿は正に魔女と言ったところである。
ただ一つ違っているのが以前はスカートだったのがスカートっぽいズボンに変更されていた。
前の戦闘でパンツが見えていると言ったのを気にしていたのだろうか。
スコールは一言で言うなら白銀の剣士だ。真っ白の軽装防具に真っ赤なマントを身に着け腰には刀エリオットと聖剣スライヤーが光っている。
「なんでコー君だけマントを付けてんだよ」
思わず嫌味ったらしく言ってしまった。何かムカつくほど様になっているからだ。
そんなルータスに対してスコールは鼻で笑いながら、
「俺は聖剣を持っているからな。不用意に人前に晒すと面倒だろ?」
一々返答も的を射ているのも余計に腹が立つ。
しかし出かける前から喧嘩をしても仕方がない。
ここは1つ穏便にすませてやることにした。
「でもやっと僕達の本当のスタートな気がするな。2人とも頼んだぜ」
ルータスは手の項を前に出した。
「そうだな、今日が俺達のパーティー結成の記念日としよう」
スコールはルータスの上に手を重ねる。
「2人とも喧嘩しちゃダメだからね」
最後にアイが手を重ねると3人は気を引き締め声を上げた。
この3人ならばどんな困難も乗り越えていけるだろう。ディーク様が選んだ3人なのだから――
そんなことをしているうちに、時間は立ち城からディーク達が姿を見せた。
ディークを、先頭にミシェル、チャンネともう1人見たことのない女性の姿があった。
茶髪で少し癖のあるショートヘアー、整った顔立ちではあるが頬に3本ヒゲのようなものが伸びている。
何よりも不思議なのが1人だけ防具等の装備ではなく普通の服を着ているのだ。
ディーク様が連れて来たのだから間違いなく仲間なのだろう。その証拠に耳には魔王軍の証であるイヤリングが光っていた。
スコールとアイを見る限り2人とも知らないようである。
「あの……どなたさんですか?」
恐る恐る話しかけると、ミシェルが思わず吹き出した。
すると謎の女性は整った顔立ちからは想像できないような悪そうな笑顔で、
「ケッケッケ……オイラが誰か分からないでやんすか?」
まさか……
この声は……
「もしかしてホク……さん?」
「魔王様からの命令で現地の調査があるでやんす」
つか、声がそのままじゃん……
ヒゲの様なものもあるし話してみると怪しい所しか見つからない。
そもそも何故女の姿なんだ?
ディークはルータス達の疑問を読み取ったのか、
「何故か何回かけても女の姿にしか変えられなくてな。まぁ特に問題はないだろう」
わざわざ姿を変えてまでモグローンを連れて行くのだ。恐らく重要な任務があるのだろう。
「カルバナ王国までの移動はどうされますか?」
スコールの問いにディークは、
「まずはエルドナの北側へゲートで移動をして、あとは馬車でカルバナまでゆっくり行こうじゃないか」
ディークは、そう言うとゲートを唱えた。
◇
エルドナの北側に位置する場所にディーク達は集まっていた。馬二頭で引く馬車一台があり中にはディークとミシェルが乗り込んでいる。
馬車はもちろんランスに頼んで用意してもらったものである。
馬にはチャンネとスコールが載っており後ろにルータスとアイとホクロンがいる。
「さて出発するか!」
ディーク声に合わせて馬はゆっくりと進み出した。走る訳でもなくゆっくりと歩くくらいのスピードで一同は進み出す。
馬の蹄の音が響く中でディークはよく晴れた一面の草原を眺める。
やっぱこういう旅はいいな――
カルバナへ行くのは初めてだ。
行ったことのない地へはゲートは使えない。行くだけであれば自分達だけ先にカルバナへ行かせてゲートで呼ぶ方法もできる。
だが今回の旅は周りの偵察もかねてあるのだ。知らない土地というものはそれだけでトラブルになった時に弱点になるからだ。
とは言ったものの実はそれよりもゆっくりした旅を楽しみたい気持ちが強かった。
ミシェルがディークの腕に絡みついてくる。
可愛らしいミシェルの顔を見るとディークは苦笑いをした。
実はこの馬車、4人くらいは乗れる馬車である。
現にディーク達が座っている真正面には誰も座っていない席が見える。しかしミシェルが放つ恐ろしい殺気によって馬車に乗り込もうとする者はいなかった。
2人だけの空間を邪魔されたくなかったのだろう。等のミシェルはご機嫌の様子である。
そんなミシェルの心を映したように空は晴れ渡り太陽の日差しが暖かい。
カルバナ帝国はエルドナ王国より遥か西の地にある。ディークも行ったことはないが元々両国の間では協定が結ばれているため付き合いがあった。
しかしそれは国同士の付き合いというよりも主に商売を目的とした貿易によるものであるため道は分かりやすいのだ。
一面緑の草原に一本の道が示す先にカルバナ帝国はある。もちろんこの道は誰かが作ったものではない。
小さな森が見えるが示す道は森を迂回するようになっていた。
これはある意味当然だろう。
国や街から離れれば離れるほど盗賊や野党の危険は多くなる。そして野盗が潜むのに森はもってこいの場所であるからだ。
ディークは馬車の後ろのルータスにチラリと視線を送った。
前にはスコール、後ろにはルータスがいる。仮に襲われても2人がなんとかするであろう。
学園生活を終えてから2人はお互いを刺激しあいかなりの成長を見せていた。
流石、互いをライバルと認めるだけはある。
一同は森を迂回し更に西へと進むと太陽は真上に登っていた。
流石にここまで来ると人影はない。遠くの方に時折見えるモンスターらしき生物を見ることはあったがこちらに向かってくることはなかった。
エルドナ付近とは違い草木は自然のままに伸び同じ様な草原でも度合いが違っている。
となりに座っているミシェルは変な形の木や小動物を発見するたびに嬉しそうに話しかけてきてディークもそれに笑顔で答えた。
一同は更に厚みを進めて行く中、日が暮れていく――
一本の道が示した先にあったのはぽっかりと空いた穴のようにそこだけ草木がない場所である。
そう、野営地である。
貿易を目的とした行き来が多い道であるため一日に移動できる距離に皆大差はない。エルドナから出発すれば大体皆ここで野営をするのだろう。
草が生えていないだけでも今までの歴史を感じ取れる場所だ。
ディークは停止の合図を出し、
「今日はここまでだ」
流石に一日歩きっぱなしでも疲労を感じさせる者はいない。1人を除いては――
「ゼェゼェ――もう歩けないでやんす……やんす……」
倒れ込むようにその場にへたり込むホクロンはよほど疲れたのか口からはヨダレが垂れ、着ている服スカートは捲りあがりパンツ丸出しだ。
見た目は普通の女性なだけにギャップが凄くもうこれだけで面白い。
あまりの姿にルータスが手を差し伸べると、
「ホクさん、大丈夫かい? 色んな意味でヤバイよ」
ルータスの声が耳に届いていない様子でホクロンはそのまま大の字の状態でうつ伏せに寝転んだ。
アイが何も言わず捲れあがったスカートを戻す姿を見てスコールは笑っている。
「今日はここで泊まるとしよう」
ディークの言葉に対しミシェルが不思議そうに質問を投げかける。
「ここにゲートを繋げて一度城に戻らないの?」
確かにそっちの方が快適ではあるが何となく帰る気にはなれなかった。
「せっかくここまで来たんだ。この空気と美しい大空を楽しもうじゃないか」
少し前まで茜色だった大空はもう既に星が出はじめている。夜になれば一面の星空になってさぞ美しいことであろう。
それを楽しまず帰るのはあまりにもったいない気がした。
ディークは冒険者やハンターのような旅をしたことは一度もない。
それどころかこの世界のほとんどが初めてのようなものである。だからこそ何気ないことが凄く楽しかったのだ。
ミシェルの指示によってルータス達は野営の準備に取り掛かり始める。
指示といっても一言「後は頼んだわよ」といっただけである。
ミシェルからの指示にルータスは張り切って、
「日が落ちてしまわない内に食料の調達に行ってきます」
その言葉にスコールは慌てて、
「ちょっと待て! 俺も行く。又変なもんばっかり持ってこられても困るからな」
「僕が何時そんなことしたんだよ! 好き嫌い言うんじゃねぇよ」
「いいから行くぞ。言い合いしている時間はない」
2人は大きな声で喧嘩しながら食料調達へ向かっていった。その2人をなんだか微笑ましく思いながらディークは薪を集めだす。
「今日はゆっくりキャンプを楽しもうじゃないか」




