第61話 秘密会議
ディークとスコールはバーに入ると、カウンターでビールを受け取り席についた。
ディークはビールが入ったジョッキを軽くあげながら、
「まずは乾杯といこう。今出来たばかりのビールだぞ」
「それは楽しみです」
スコールもジョッキを軽くあげ乾杯をすると、グラスの小さな音が響く。
スコールは軽く周りを見渡すが、流石に昼間は誰もいない。
夜はうるさいぐらいモグローン達が毎日宴会をしているだけに、静かなバーは何か新鮮であった。
大体、酒を飲むモグローンなんてここにしかいないだろう。
スコールはビールを一気に喉に流し込む。昔は不味くて吐きそうになっていたのを思い出す。
魔王軍に入ってからというもの毎日ルータスに連れてこられ今となっては慣れたものだ。
スコールは体中に駆け巡るアルコールを感じながら一口で半分ほど飲んでしまった。
「う、美味い!」
スコールは思わす声に出してしまった。
何というか今までの物と違い全く角がない!
「それは良かった。で、早速だが今後の予定を立てるとしよう」
そうだった。バーに来たのは作戦会議のためだ。しかしスコールには少し気になる点があった。
「作戦会議なのに俺だけでいのですか?」
魔王軍の作戦会議であれば、ミクやミシェル、チャンネなどが何故参加しないのかがスコールは気になっていた。
2人だけの作戦会議というのは何か違和感がある。
スコールの問いにディークは少し気まずそうに頭をかきながら、
「もっと色々な方向からの意見を知りたくてだな……」
「あ……なるほど……」
まだ長い付き合いとは言えないが、言いたいことはよく分かった。
それは外から来たスコールとは違ってディークの側近達はディークを神や精霊以上に崇めている。造物主あるディークをそう思うのは当たり前だ。
魔王城に住むもの達は能力だけならこれ以上ないほど素晴らしい。だがしかしディークが仮にどんなに間違ったことを命令したとしもその意見は間違いなく肯定されるだろう。
唯一の突っ込み役であるミクだってそうだ。なんだかんだ言いながらも最終的にはディークの意見を尊重することは間違いない。
組織を作り上げるにあたってこう言った状況はあまり好ましくはない。
意見交換がなされないまま1人だけが方針を決めるとどうしても片寄った考えになってしまうためだ。
魔王を名乗るディーク様だけは特別完璧な気もするが……いや、しかしそうであれば自分をここに呼ばないか――
「俺も何でもできる訳じゃないからな。戦争後の状況については前に話した通りだ」
「はい。しっかりと把握しています」
スコールは簡単に頭の中で状況を整理する。
魔王軍は、エルドナと同盟を組むためにテオバルト・アルフォードと秘密裏にコンタクトを取っていた。
その時に、大きな戦争が起こり、テオバルトは魔王軍の力を見るために、魔王軍に応援を要請する。魔王軍は世界に名前を売る格好のチャンスと考え戦争に参加した。
だったはずだ――
ディークは少し難しい顔をしながら、
「少し不味いことになっていてな」
「もしかして、エルドナが何か?」
「最近入った情報では、エルドナはカルバナ帝国へ使者を送ったそうだ。これをスコールはどう見る」
この状況で他国へ使者を送ると言えば思いつく理由は1つしかない。
「……同盟を組むためかと」
ディークは辺りを確認して小さく呟くように、
「やはり戦争でミクの行いは不味かったようだ」
ミクによるエルドナ南門での圧倒的な虐殺はエルドナに恐怖を植え付けるのに十分であった。恐らくエルドナ王国では魔王軍の同盟を考える者は少なく、逆に対策を立てていたはずである。
いくらテオバルトの密約があるとはいえ、国全体の総意を変えることは難しいだろう。
現に戦争後は学園内でも尾ヒレの付いた変な噂でもちきりだった。
そしてそのほとんどが、6つ最悪が復活した。アルガノフの末裔がいたなどの決して良い噂ではなかったからだ。
戦争にはカルバナ帝国も参加していたため、同じ惨劇を目撃した国同士で同盟の話も進めやすいと考えたのだろう。
エルドナが結ぼうとしている同盟は対魔王軍を目的としたものだ。これを両国に結ばれてしまっては事実上、エルドナ、カルバナ同盟とフランクア王国を敵に回す形になる。
これだけは絶対に避けなければならない。流石の魔王軍といえども3国を敵にして勝てると考える者はいないだろう。
仮に魔王軍がカルバナ帝国と同盟を結べれば状況は一気によくなるはずだ。
「ディーク様、エルドナとカルバナの同盟を結ばせてはダメかと思います。エルドナが警戒してしまった以上、魔王軍との同盟は厳しい。カルバナとの同盟を結ばれる前にこちらもカルバナに出向き手を打つべきだと思います」
スコールの提案にディークは嬉しそうな声で、
「おお――! うんうん。そうだよな!」
ディークは意見を出してもらったのがよほど嬉しかったのか声を張り上げる。
はっきり言って魔王を名乗るディークがこの程度の考えを思いつかない訳はない。いまスコールが話した提案も既に頭に合ったはずだ。
ではなぜこんな話し合いをしているのか?
それは同じ意見出合ったとしても自分が考えたものと第三者が考えたものとでは全く重みが違ってくるからだ。
全て完璧にこなせる者など存在しないのと同じで、自分の行動を全て完璧と考える者もいない。第三者が自分と同じ意見であった場合に得られる安心感というものはとても重要なのだ。
だからこそディークはこれほど喜んでいるのだろう。
「上手くいくかどうかは分からないが。魔王軍として近いうちにカルバナ帝国へ行くとしようか。メンバーは俺とミシェル、チャンネにルータス班と言ったところか」
「先生もですか?」
あまりチャンネは外に出ることがなかったために思わず声に出てしまう。
「あぁ、何でもその刀の製造過程を調べたいらしい」
スコールは魔王軍に入った日のことを思い出した。
あまり感情を表に出すことのないチャンネが興奮しながら刀について聞いてきたのだ。
淡々としゃべらないチャンネは何か凄く違和感があったことを思い出す。
「なるほどです」
チャンネは魔剣レヴァノンや高魔結晶の杖を作った人物であり武器やアイテムの製造に深く関わっている。
それだけに未知の技術となれば研究心なるものが湧くのだろう。
「カルバナでお前達は街でチャンネとともにできるだけ情報を集めるんだ。俺だって知らないことも多々あるからな。刀のような未知の技術や情報を何でも集めておいてくれ」
「ディーク様でも知らないことがあるんですか?」
「当たり前だ。例えば俺は魔法に関しては世界一であると自負している。だが俺は魔術に関する知識はさほど多く持ち合わせていないのだ」
ディークの言う「さほど多く」とは一体どのレベルなのだろうか?
本人がそう思っているだけで実はもの凄いレベルであるような気がする。
「魔術と言えば、有名なのがカルバナ帝国より遥か北東に、碧眼の魔女と呼ばれる恐ろしく強い魔女が有名です。何でも最悪の1つであった古代の魔女の末裔だとか言われていますが詳しいことは分かっていません」
「碧眼の魔女か……面白そうだな」
「あと、もし他国とトラブルに陥った場合の対応はどうしますか?」
ある意味これが一番重要なことだ。恐らくカルバナ帝国では魔王軍を含め3国が入り乱れる状態になるだろう。
仮にエルドナがカルバナとの同盟を捨て両国がぶつかることになった場合どちらに付くかを決めておかなければならない。
ディークは腕を組み小さく唸りながら考えている。
「カルバナに行かないことには判断が難しいが、とりあえずはカルバナを優先させよう」
「分かりました。一番優先するのはカルバナ帝国ですね」
「スコール、その優れた知力でルータスを頼んだぞ。アイツに正しい道を示してやってくれ」
スコールはニヤリと笑いビールを一気に流し込みジョッキを空ける。そして自信に満ち溢れた声で言った。
「お任せください」




