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ブラッド・ZERO  作者:
第3章 カルバナ帝国編
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第59話  血の魔剣

 フランクア王国はアレス・ダニエルの死を発表し情報は瞬く間に国中へと広がった。幸いにもフランクア王国内で心配されていたほどの混乱は起こらなかった。


 アレス・ダニエル――

 享年34歳、フランクア軍最強の戦士長であり聖剣スライヤーを授かりし者だ。

 アレスは若くしてその才能を開花させこれまでに数多くの伝説を残してきた男である。

 フランクア王国の危機を何度もその剣で救いの名は世界中に知れ渡っていた。そんなアレスには1人の息子がいた。


 その息子の名はロック・ダニエル――

 母親はロックを産んですぐに病気でなくなっている。そしてアレス自身もロックと一緒に過ごすことはほとんどなかった。

 それはアレスが望んだことではない。国の勇者であり戦士長といった重役についていることもあって一緒に過ごす時間がなかったと言ったほうが正しいだろう。

 

 ロックの身の回りの世話は軍関係者が交代で行っていた。ロックは小さい頃からほとんど父親に会えることはなかったが寂しいといった思いは一切なかった。

 それはアレスが持って帰ってくる数々の伝説がロックを歓喜へと導いていたのだ。

 アレスの活躍を耳にするたびロックは自分のことのように喜び誇らしい気持ちになった。

 そんな父親の背中を追いかけているだけで幸せだったのだ――

 

 ロックを王国内で知らない者はいない。まさに父親から譲り受けたような才能が彼の将来を約束していた。

 フランクア王国にも学校がありその中でも彼のその才は群を抜いていたのである。そのためかロックは生きてきた中でほとんど練習や特訓といったものを行ったことはなかった。

 そんなことをしなくても学校内で自分に勝てるやつはいなかったからだ。

 しかし今は毎日朝から訓練場に通っていた。


 訓練場に1人立つロック――

 ここは軍の訓練場である。普通であれば軍関係者でなければここに入ることはできない。

 ここは学校の訓練場と違い置いてある設備は全て本物である。扱い方を間違えれば怪我もするし人も死ぬ。

 だが学校の訓練所とは違い壁はレンガを何重にも重ね分厚く作られ頑丈だ。そして何よりココで訓練しに来る者は本当の軍人ばかりなのだ。

 訓練するにはもってこいの場所だろう。


 何故そんなところにいるのかというのはロックがフランクア軍の寮に住んでいるため、学校に行くよりココの方が単純に近いのである。

 ロックは剣を構え、目の前に立っている訓練用のカカシに視線を向けた。

 

「フルドライブ」


 ロックの声とともに一気に軽くなる感覚が体中に走った。そして剣には少年とは思えない強い闘気が集まっている。

 ロックは腰を深く落とすと、バネのように体を一気に伸ばし飛んだ。その速度はまさに俊足、一瞬で壁まで到着するとくるりと回り又壁を蹴る。

 カカシを囲みながらまるで跳弾のように上下横へと跳ね返っていく。

 

 どんどん速度は上がる――

 そして一筋の閃光のような一撃がカカシの上半身を吹き飛ばした。

 高く舞ったカカシをロックはそのまま跳ね返りながら斬り裂きカカシは地面に落ちることなく細切れになった。


「フゥ――」


 大きく深呼吸をして息を整える。


 このままじゃダメだ――


 ここ最近毎日特訓をしているが、ほとんど成長が実感できないのだ。もちろん卓越した剣術がすぐに身につくとは思ってはいないが、それでも何故か焦りばかりが前に出てきてしまう。


 このままではアイツを――ルータスを殺せない。

 

 ロックは唇を噛みしめた。

 記憶の中のルータスはスピードこそ勝ってはいたものの圧倒的なパワーで持っていて武器も桁違いだった。

 今後さらに力を付けていくだろう。

 普通に考えて人外であるルータスが普通の人間と同じような成長をするはずがないからだ。

 

 このままでは次に出会った時には間違いなく殺されるであろう。そんなに都合よく強くなれる方法などあるわけはない。

 ロックは苛立ちを紛らわすように、訓練所の隅にある長椅子に腰掛けた。


 正面には訓練所に入る扉が大きく開いている。


 そういえば閉め忘れていたな。


 扉の向こうには廊下があり何人かの兵士が歩いているのが見える。

 確認できる限り三人で何やら楽しそうに話しながら訓練所の扉の前を横切ろうとしていた。

 特に聞き耳を立てるつもりはなかったがボーっと眺めていると会話の内容が耳に飛び込んできた。


「聞いてくれよ。最近ばったり出会った子供が抱えていたぬいぐるみ見て思わず叫んじまったぜ。笑っちまうだろ?」

「ハッハッハー お前は一々ビビり過ぎなんだよ」


 どうやら前の戦争の話で盛り上がっているようだ。

 ロックはゲラゲラと話しながら通り過ぎて行った兵士を睨んだ。その視線は侮蔑と憤怒が入り混じったものである。

 

 俺はあんなクズにはならない――


 何故、脳天気にヘラヘラしていられるのか理解出来なかった。

 負けた訳ではないが1人の召喚師なる女に軍は壊滅仕掛けのだ。そんなもの負けと変わらない。

 仲間が大勢殺されたのだ。悔しくないのだろうか? 

 

 多くの死者が出た戦いで生き残ったことを自慢げに話し、何かを守りきったわけでもないのに武勇伝のように話す奴もいる。

 所詮そんな奴らにとって軍や国の未来なんてどうでもいいのだろう。

 何かに頼ることしかせず戦うことをやめた者など兵士でも何でもないのだ。


 そろそろ学校のへ行く時間か。


 ロックは立ち上がると訓練場の外へ歩きだした。訓練場の外はまっすぐな廊下が続いている。

 訓練所を中心に見れば右へ行けば城へと続きまっすぐ行けば中庭だ。そして左へ行けば街に出られる。

 そんな街へと続く廊下の先に人の少女が歩いてくるのが見えた。

 

 少女はロックと視線を合わすと嬉しそうに走ってきた。そして少し息を切らせながら、

 

「ロック、やっぱりここだったのね」

 

 彼女の名はアーリィ・マルティネス、ロックの幼馴染で昔から何かと世話を焼いてくれる。

 おっとりした顔立ちに肩より少し長い黒髪で少し短めのスカートとニーソ、白いセーター姿であった。

 ここ一年ほどで何やら色づき出してきたようで男子からの人気も高い。


「アーリィ、又こんなところまで入ってきたのか」


 ここは軍の寮がある区域で学生は入ってこられない。しかしアーリィに限っては小さい頃から何度注意されても聞かないので諦められている。

 ほとんど顔パスと言っていいだろう。


「えへへ、もうすぐ学校の時間だから迎えに来てあげたの。はいこれ、貸してあげる」


 アーリィは手に持っていたタオルでロックの頬を包むように引っ付けてきた。


「やめろよ。自分で拭けるから!」


 ロックは頭を大きく引きながらアーリィの手から逃れると、アーリィはぷくっと頬を膨らませながら、 


「たまには素直になってもいいのに!」


 意地悪そうな声からは悪意しか感じられない。ロックは一歩距離を取ると受け取ったタオルで顔を拭く。

 汚れ一つない真っ白なタオルからはいつもと同じ洗剤の匂いがほのかに漂っている。

 

「わざわざ来てくれてすまないが今日は学校には行けないんだ」

「えっ? そうなの? つまんなーい」

「ちょっとスパイクの様子をな……」

「あっ……分かった。スパイクによろしくって言っといて。早く元気になって又3人で遊ぼうねって――」


 凄く心配そうなアーリィにロックは優しく微笑むと、


「大丈夫だ。少し怪我しただけだから」

「うん……」


 ロックはアーリィのタオルを自分の首に引っ掛ける。


「ちょっとこのタオル今日だけ借りておくぜ」

「ん? それは全然いいけど」


 不思議そうな表情をするアーリィの頬をロックは軽く撫でた。

 アーリィはポカンをしながら表情でロックと視線を合わす。


「アーリィ、いつもありがとう。お前が幼馴染でよかった。本当に感謝してる」

 

 アーリィは一気に耳の先まで真っ赤になり、


「ど、ど、どどうしたのよ今日は!」 

 

 慌てふためくアーリィの頭をポンポンと軽く三回叩きながら、


「たまには素直になってもいいんじゃないのかよ」


 先のアーリィと同じように意地悪そうな声で言い返すとロックは振り返り城の方へと歩き出した。

 

「ロックのバカ!」


 後ろから聞こえる声にロックは振り向かず手だけを振った。

 そしてロックの顔から笑みは消えた。 


 実は戦争が終わってから一度もスパイクには合っていない。

 軍の関係者の話では傷が深く治療中だと聞いている。しかし――


 確かにスパイクの傷は深く誰が見てもひと目で重症だと分かるだろう。だが戦争が終わってからもう3ヶ月は立っている。

 魔王アルガノフの細胞を移植したスパイクがあの程度の傷で三ヶ月も入院するわけはない。

 だとすれば考えられることは1つしかない。


 ロックは病棟を通り過ぎ地下に降りる階段を下り始める。階段を下ると少し冷たい地下の空気が体を冷やした。

 ロックの歩く足音だけが地下に響きわたる。そして通路の先に目的の部屋が見えその扉を開けた。

 扉が開くと同時に様々な薬品が入り混じった臭いが鼻につく。そしてその部屋には白衣姿のガレット・スタインが机に向かって真剣に何かを書いていた。

 ガレットはロックに気づくと嬉しそうに頷きながら、


「そろそろ来る頃じゃないかと思っていたよ」

「博士……スパイクがここに来たんじゃないですか?」

「あぁ、来たよ」


 やはり――

 

「何しに来たんですか?」

「それは君と同じ目的じゃないかな?」


 ガレットは全て見透かしたような笑みを浮かべながら両手を広げ、


「彼は素晴らしい。更なる高みを目指すために新たな細胞の移植に挑戦しモノにしたよ。まぁここ3ヶ月は地獄の苦しみを味わったようだが今は落ち着いている。その奥の部屋で今は休んでいるよ。これから彼のより詳細なデータを取るために忙しくなるな」


 スパイクは既に1つの細胞を移植していた。魔王アルガノフの細胞は移植した量が多いほど強い力を得られるのだ。

 大きな細胞1つでは力が強すぎて人体を破壊してしまうために小さな細胞を数か所にバラけさせるのが効率のいい移植方法らしい。


 だが、移植にいたっては細胞が活発な若い人体でなければ成功率は低く逆に取り込まれゲノムとなってしまう。そして若い肉体であっても1つの細胞を移植するだけでもほとんど適合者はいなかった。

 成功すれば1つだけでもその効果は絶大でスピード、パワー、自己再生能力などなど、全ての能力が大幅に上がるのだ。

  

「一体、いくつ移植を……?」


 ロックの問にガレットは蔓延の笑みで答える。 

 

「驚いてくれ! それが何と3つもの移植に成功したんだよ。彼は人類での最高記録だね」

「そうですか……」


 一体スパイクの何がそれほどの覚悟をさせたのだろうか。

 ガレットは立ち上がると部屋の角にあった本棚へと行き1つの本を倒した。

 本は吸い込まれるように本棚の奥へと消えて行くと本棚は小さな音を立てて左右に開いていく。


「ロック君、君に良い物をあげよう。これはエルドナにいた時に上司から渡されたものでね。これを扱える者を作ることが私に託された仕事だったんだよ」

 

 本棚の奥には三角の結界の中に眠るように並ぶ2本の剣が立てられていた。

 どう見てもただの剣ではない。

 血のような真っ赤な剣で腹の部分には黒い何やら文字のようなものが多数刻まれている。

 2本剣からは結界を通してもなお伝わってくる禍々しい魔力と寒気すら感じさせる嫌悪感があった。


「博士……これは一体……?」

「素晴らしい剣だろう? これは魔王アルガノフが使ったとされる魔剣アルゾットという剣だ。こいつは斬った人の血を吸いながら自らを成長させていく魔剣でその力は計り知れない」


 ロックは額に変な汗が出ている事に気づいた。そう言われれば納得できる。はっきり言ってこれほど気味の悪い剣は見たことがない。

 恐らくこれまでも数多くの人の命を奪ってきた剣なのだろう。


「なぜこれを俺に?」

「普通の者には扱えないからさ。この剣から嫌な感じがするだろう? これはね、普通の人間の闘気がプラスの闘気とするならばこの剣は強力なマイナスの闘気を宿している。普通の人間がこの剣を手に取ればたちまち生気を吸い尽くされ廃人となってしまうだろうね」


 なるほど――

 この嫌な感じはそういうことなのか。

 自らを成長させていく魔剣か……面白い。


「博士、この魔剣を使うためにはいくつ必要なんだ?」


 ガレットは歓喜の声を上げながら、


「流石はロック君話が早い。5つあれば十分だよ。なぁに、心配いらない私の実験結果から基礎能力の高いものほど適合しやすいというデータがある。君ならその資格は十分にあるよ」


 5つか――


「心配などしない。その為に来たんだ」

「うんうん」


 ガレットは嬉しそうに何度も頷く。

 ロックは大きく深呼吸をして目を閉じる。


 俺は人に任せてばかりのクズなんかにはならない。

 次々に浮かんでくるアーリィやスパイク、学校の仲間達の顔――

 その顔は皆笑顔でこちらに微笑みかけてくれる。


 俺が皆を守ってやるんだ。そして父の仇も――

 父のような勇者にはなれないかもしれない。だが、魔王軍を滅ぼすだけの力がほしい。

 敵が人外であれば俺も人を捨てよう。敵を倒すためならどんな化物にだってなってやる―― 

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