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ブラッド・ZERO  作者:
第3章 カルバナ帝国編
56/119

第56話  先生の授業3

「さぁ、今日も授業を始めましょうか。しっかり頭に入れておいて下さいね」


 今日も魔王城の青空にチャンネの声が響き渡った。

 学園での生活を終えた今、魔王軍は通常通りチャンネによる授業を再開したのである。本格的に動き出す前に少しでも戦力の強化を図ることが目的だ。


 しかし、今日はいつもの顔とは違い席に着いた生徒はスコール1人だけであった。

 これは、スコールが長年アルフォード学園で教育を受けていたことが原因だ。

 魔王軍の基本的な知識は学園のものとは根本的に違うために1から教育をやり直す必要があった。

 もちろん、ルータス達との差を埋めることも目的のひとつである。そういった理由から1番効率のいいマンツーマンでの授業を行っていた。

 チャンネは教壇の前に立つと、スコールも立ち上がり、


「よろしくお願いします」


 スコールは礼儀正しく頭を下げる。チャンネはスコールをじっと見つめながら。


「装備の方は気に入ってもらえましたか? なかなかの様になっていますね」


 スコールには魔王軍から新しい防具が支給されていた。

 ルータス達と同様のディークの魔力結晶から作られた装備である。

 軽装戦士用の防具は誰が見ても魅入ってしまうような真っ白の防具で、一目で強力な魔法防具であることが分かるほどだ。

 顔立ちの整ったスコールと合わさると正に白銀の騎士と言ったところである。


「はい。まさかこれほどの装備を用意してくれるとは思っていませんでした」


 ルータスの防具と同等の物でありこれほどの装備は探しても見つかるものではないだろう。

 それに合わせて腰には聖剣と刀エリオットを身に着け、見た目だけなら聖剣使いとして十分だ。


 しかし見た目とは裏腹に使いこなせている気がしなかった。ディークに聖剣を託されてから毎日特訓をしているが何か違和感がある。

 それは言葉でどうとか言えるものではなく直感的なものだ。ルータスと手合わせをしてもはっきり言ってエリオットの方が使いやすい。


 純粋に考えてエリオットとスライヤーでは間違いなくスライヤーの方が全てにおいて勝っているはずだ。

 現に剣から感じる圧倒的な存在感は正に伝説の武器と言えるだろう。

 だが実際はそこまでの違いを感じなかった。これも自分が未熟なせいだろう。


 武器の性能だけが高くても持ち主がポンコツではどれを使っても同じということか…… 

 今なら自身を持って言える! 聖剣使い最弱であると。

 今後の戦いにおいて自分の切り札となりうる剣だけに焦りばかりが前に出る。何より魔王軍の質が問われそうだ。


「では早速授業を始めます」

「はい!」


 スコールは席に座ると、参考書やメモを取るための紙を広げ始めた。

 小さな机の上には、所狭しと物が並びひしめきあっている。これはチャンネが持ってこいと指示したものではなく、スコールが自主的に持ってきた物だ。

 もちろんルータスやアイはそんなことはしなかった。それは当たり前である。一応教壇や机はあるがそれは形だけのもので必要としないからだ。

 しかしスコールの場合は少し違っていた。


 スコールの持っている参考書というのは、ディークが書いた魔道書である。

 スコールはチャンネの授業を上手く活用して魔道書の内容と照らし合わせながら勉強していたのだ。チャンネによる授業は基本的な知識のみであり魔導書にはもっと多くのことが記されていた。

 その内容は理解できないものも多く、どうしてもチャンネに助言をもらう必要があったのだ。

 これによって授業と同時に魔導書の内容も覚えることができて一石二鳥なのだ。

 

「ディーク様の魔導書、読めるようになりましたか?」


 ディークが書いた魔導書とは書に中の世界で研究した内容を書き示した物である。しかしこの魔導書を読めるものは世界を探してもそういないであろう。

 それはディークが昔、文字の読み書きができなかったために文字は全てオリジナルなのである。

 

 スコールは得意気な表情で、


「先生のおかげで、何とか読むことはできるようになりました」

「流石スコール君ですね。わずかな時間でもう読めるようになるとは……」

「ディーク様の言語は作りがよくて何とかなりました」


 とは言ったものの全く未知の言語を覚えるにはかなりの時間を費やした。学園にいる間のほとんどをその勉強に当てていたのだ。

 

「その魔導書は理解出来ましたか?」

「ある程度はできましたが、まだ分からないところもあります」 


 スコールの言葉にチャンネは感心しながら、


「なんだかルータス君が嫉妬するのも分かりますね。この短期間でそれ程の学を身につけるとは驚きです。まだまだ城の図書室に沢山あるのでどんどんレベルアップしてください」

「もちろんです」


 図書室――スコールは初めて入った時のことを思い出した。

 膨大な数の魔導書の数々、あらゆる魔法の心理――

 生命エネルギーについての本、物質の分解、創造についての本、複雑な術式などなど上げていけばキリがない。

 まだ初級の魔導書が精一杯のスコールには理解不能な本ばかりであった。


 生きている間にどこまで読めるのだろうか?


 はっきり言って人類がその生涯をかけても理解できるとは思えなかった。一体どれだけの年月をかければあれ程の魔導書を残せるというのだろうか。


「知識の方ではもうルータス君を遥かに越えていますね。では、もっと実践的な知識の勉強と行きましょうか」

「先生……」

「はい、なんでしょう?」

「知識でルータスに勝っても、何か意味が有るのでしょうか? 俺はアイツに負けまいと努力してきたんです。でも悔しいが血の力を解放したアイツに勝てる気がしない。結局どんなに頑張っても俺はアイツに勝つことはできないのですか?」


 スコールは今まで感じていた正直な思いを言葉にした。こんなことルータスの前で言えるわけもなく、今しか聞けないと思ったからだ。 

 実はスコールがひたすら魔導書の勉強をしていたのも勉強なら勝てるといった自己満足もあった。

 出会ったばかりの頃はまだ勝てそうな気もしていた。しかし知れば知るほど遠くなっていく――

 ただのエルフでしかない自分と生命すら創造できる魔王の眷属とでは、もう勝負になってすらない気がした。


「初めて出会った時、スコール君はライバルであり続けたいと言っていましたね」

「はい」


 初めて合った時――チャンネに教えを請うたが仲間でないものは駄目だと断られたのだ。

 今となっては懐かしくも感じる。


「では今日はそのことについて話しましょうか。では、スコール君がルータス君に勝てない理由は何だと思いますか?」

 

 勝てない理由? 余りにも大雑把な質問だけに何と答えていいのか戸惑う。

 単純に考えて、ルータスとの違いはスピードとパワーだ。本気で戦ったとしたらその2つに圧倒され手も足も出ないだろう。


「……身体能力の差ですかね?」

「では身体能力で負けている者に勝つことはできないと思いますか?」


 そんな訳はない。戦いにおいて身体能力は大切ではあるが他にも様々な勝敗を分ける要因はある。

 魔法や装備のグレード、仲間の数やクラスの構成などなど――


 だが剣術の勝負と限定すれば話は変わってくるだろう。

 単純な剣の1対1であるならば身体能力がものをいう。


 スコールは質問にたいして適切な言葉が見つからず答えに困る。


「では質問を変えましょう。ルータス君と比べてスコール君が勝っているものは知識と他に何がありますか?」


 思いついたのは魔法くらいしかなかった。ルータスはほとんど魔法をつかえない。実践的な魔法という意味では使えないに等しいだろう。

 しかし知識イコール魔法みたいなものである。それ以外となれば何かあるのだろうか?


「魔法ですか?」


 とりあえず思いついた答えを述べる。

 剣士のスコールにとってルータスより魔法が優れていたところで意味はない。

 魔法だけならアイのほうが専門だ。


「正解です。確かにルータス君は、魔法が苦手ですね。これは彼の今後の重要な課題となるでしょう。他にありませんか?」


 チャンネの言い方からすると、まだ何かあるようだ。しかしスコールにはそれが何なのか分からず首を傾げていると、


「気づいていないのであれば、教えましょう。それは――技術です」

「技術ですか……?」

「ルータス君は剣を振ることは慣れていますが剣技を習ったことはありません。私が見てもまだ力にものを言わせた剣です。しかしスコール君の天賦の才と長きに渡って積み上げてきた剣技は素晴らしい。これは断言しておきます。仮に身体能力が同じであれば間違いなく勝つのはスコール君でしょう」


 チャンネにそう言われると何だか凄く嬉しいが、実際身体能力はルータスの方が圧倒的に高い。これは紛れもない事実であり埋めることの出来ない差だ。


「確かに身体能力が高ければ強い。これは当たり前です。桁違いのスピードとパワーさえあれば技術は必要としません。剣の技術が未熟であろうが避けることができなければ同じですからね」


 その通りだ。現にルータスの圧倒的身体能力の前にスコールは勝てる気がししないのだから。


「しかし、身体能力ばかりに頼っていると危険です。なぜなら、戦いが極めて単純になりやすく、それが通じなければ他に切れるカードはなくなります。言い方は悪いですがパワーとスピードのみで勝敗が決する戦いはハイレベルとは言えません。当然、魔王軍の一員である君達はもっと上の戦いが要求されます」


 チャンネの説明を聞いていくうちに何が言いたいか何となく分かってきた。

 身体能力ばかりにとらわれていたが、たしかにそれだけだとモンスター同士の戦いに違いないだろう。


「先生、では知識と技術を駆使すれば、どんな戦いになるのですか?」

「具体例をだすならば、敵のスピードが速いなら、自分にスピード強化のバフをかける、又は敵のスピードを下げるとデバフをかける。剣武で身体能力を上昇させる。属性を乗せる。などなど例を上げていけばいくらでもあります。とはい言ってもそこまで単純ではありませんがね」

「なるほど……得意な部分を伸ばしそれを身体能力に変換させるか……」


 身体能力を鍛えるには、日々の地道なトレーニングしかない。しかしそれは基礎だけである。戦いにおいて、剣武、魔法、剣技でいくらでも伸ばすのとはできる。

 スコールは今まで単純な身体能力だけを見ていたのだ。

 よくよく考えればそんなもの無理に決まっている。アイに魔法で勝てないのと同様、ルータスの土俵で勝負して勝てる訳はないからだ。


 これから自分がすべきことがはっきりと見えてきた。思わず笑みがこぼれ落ちる。

 そうだ……ここは魔王城じゃないか。知らないだけで方法などいくらでもあるだろう。

 後で図書館に良さそうな魔法を調べに行こう。


「スコール君、色々分かってきたようですが、魔王軍の聖剣使いともあろう男がそんな基礎だけで満足してもらっては困ります」


 チャンネはそう言うと、一本の剣を取り出した。

 何の変哲もない鉄の剣である。

 チャンネは剣に力を込めると、剣全体を強力な闘気がまとう。


「まずはおさらいです。これが剣武ですね」


 スコールはコクリと頷く。

 前の授業で理屈は聞いていた。生命エネルギーを剣に乗せたものが剣武である。


「そしてさらに――」


 チャンネの持つ剣はバチバチと音を立て雷をまとった。

 剣に伝わった闘気の表面だけを変化させ属性を加えたものが魔法剣だ。

 先生は簡単にやっているが魔法剣なんてものは魔王軍にしか存在しない技術だろう。


「身、知、技からなるものの中でルータス君は身に特化している。アイ君は知です。しかしそれではこの魔法剣をものにするには足りない。しかしスコール君、君であれば知と技がある。ついでに言えば、ルータス君は魔法が苦手、それは魔法に対する耐性が少ないと言うことで――あっと、これ以上はルータス君に怒られてしまいますね」


 チャンネは意地悪そうに口をふさいだ。

 スコールの胸は大きく高鳴った。それはようやく自分の進むべき剣の道が見えたからだ。

 後は自分を信じ、ひたすら努力するだけだ。これならばルータスとともに進んでいける。友を守る力になれるはずだ。


「先生、ありがとう」


 チャンネはスコールの感謝の声を手で遮ると、


「まだお礼を言うのは気が速いですよ。そうやってスコール君が強くなると言うことは、ルータス君が知を得れば又同じように強くなるということです。少し前にルータス君にも似たような質問をされ答えましたから彼も頑張っているはずです」


 えっそうなの? といった言葉が思わず飛び出しそうになったが、先生なのだから当然だ。それに不公平な状況で勝ったところでそれは真の勝利ではない。

 全力でぶつかって勝たなければ何の意味もないのだ。


「面白い――俺ならやれるはず……」

「後、分かっているとは思いますが身体能力は高いに越したことはないです。他が同じ条件であれば身体能力の優劣が勝敗を分けるのは間違いない。だから日頃の訓練は怠らないように」


 スコールは自信に満ち溢れた表情で拳を強く握りしる。

 チャンネはそんなスコールをみると不思議そうに、


「そこまでの思いがあるのに何故ディーク様にスティグマを刻印してもらわないのですか?」


 実は魔王城にやってきた初日にスティグマの刻印をスコールは断っていたのだ。


「もっと強くなって、広い視野を持てるようになってからお願いしようかと思っています」


 本当は喉から手が出るほどほしい力であった。だが基本しか知らない駆け出しの剣士が数ある能力の中から最高のものを選び出せるとは思わなかったのだ。

 2つしか刻印できないスティグマ――慎重にならなくてはいけない。

 その言葉にチャンエは感心しながら、


「なるほど――聡明な君です。いつかきっと自分に合った素晴らしい能力を得ることでしょう」

「スティグマとは強化魔法に近い部類なんですか?」

「質問を質問で返してわるいですが、魔術というものを知っていますか?」

「はい。基本的なことは知っています」


 魔術――場所によっては呪術とも呼ばれ魔法とはまた少し違う系統の能力である。

 一般的な魔法は詠唱して発動する。魔法専用のアイテムもあったりするが絶対必要な訳ではない。それに比べて魔術とは術式を書いたスクロールが必須な魔法だ。

 魔法に比べて手軽さはないが、威力が高いのが特徴で敵を妨害するものが多い。


 現代の魔法は魔術からの進化系ともいわれている。魔術は技の数だけスクロールが必要になってくるために使い勝手が悪かった。単純に威力を上げるなら強力な杖を持てばいいことからエルフの国では魔法が一般的となったのだ。

 しかしヴァンパイアの国では魔法より魔術が一般的と聞いている。

 4種族の中で魔力が高い種族はエルフとヴァンパイアであり、魔法がエルフなら魔術はヴァンパイアといったところだ。


「流石スコール君、話が早い。スティグマは魔法と魔術の中間といえばいいでしょうかね? 魔術に近い術式を刻印しそれを媒介にして発動する魔法のようなものだと思います」

  

 スコールはチャンネの言葉に引っかかった。チャンネは今みたいな曖昧な表現をすることはなく、どんな質問にもはっきり答えてきたからだ。


「思うというのはどう言う意味ですか?」

「恥ずかしながら私もその辺りの話になってくると知識が足りません。図書室にスティグマについての魔導書が置いてありますが非常に難しい内容です。もしかしたらスコール君ならいつか理解できる日が来るかもしれませんね」


 先生に分からない本……一体どんな内容なのだろうか? 

 本当に魔王城にある物全てがぶっ飛んだものばかりだ。


「ど、努力します……」

「その意気です。では午後からはルータス君対策の実技といきましょうか」

「はい! 先生!」

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