第55話 聖剣を持つ者
冬のアビスは寒く、霜が辺り一面を白く染め上げていた。ここ魔王城も草木は茶色く染まり、冷たい風が吹き付けている。
だが魔王城の中は外とは違いかなり暖かい。
それはディークが精製した魔力結晶からエネルギーを引いているからだ。
これはかなり贅沢な使い方といっていいだろう。
普通、魔力結晶は武器や防具などに使用するのがほとんどであり建造物の動力源に使うことなどない。それは、暖をとるなら薪を焚けばいいし、灯りが欲しいならランタンを使えばいい。
要するに他の方法はいくらでもあるからだ。
しかし魔法武器や防具の製作においては、魔力結晶の代わりとなる物は存在しない。さらに魔力結晶を精製できる者自体が希少なために、よほどの金持ちでもない限り魔力結晶を本来の用途以外で使うことはしないのである。
魔王城は、そんな貴重な魔力結晶(魔王米)を、惜しげもなく使い、灯りや暖などの快適な暮らしを手に入れているのである。
そんな魔王城の主であるディークは城の窓から外に立つ1人の男を眺めていた。
青い髪に非常に整った顔立ちであり、耳には魔王軍の証であるイヤリングが光っている。そう、新しく仲間に加わったスコール・フィリットだ。
スコールは、まだ日が昇ったばかりの少し薄暗い中で剣の素振りをしていた。
当たり前だか外は寒い。しかしスコールはそんな冬の寒さを感じさせないほど、その額からは汗が滴れ落ちている。
スコールの朝は誰よりも早く起き、剣の特訓を行い。夜は過去にディークが書いた魔道書を無我夢中で読んでいる。
スコールのことは仲間に入る前から何度もルータスから聞いていた。
剣と魔法の天才であり、エルドナ王国では有名な貴族――
確かにルータスが何度も言うだけはある。
まだチャンネによる本格的な訓練をし始めて僅かであるが、剣も魔法の成長も眼を見張るものがあった。
剣においては新たな技術でも直ぐに自分のものにする類稀に見る身体能力があり。魔法においても、知力、技術ともに申し分なかった。
ディークは才能という言葉だけで終わらすのは好きではない。だが、スコールのそれは正に、天賦の才としか言いようがない。
ディークが見る限りスコールはルータスの力に劣等感をもっている。そんなルータスはスコールの才能に劣等感をもっている。
お互いが負けまいと競い合っている現状はルータス達にとって理想の環境と言えるだろう。流石ライバルと呼ぶだけはある。
実は言うとディークはスコールを始めて見た時から何となくこんな日が来るような気がしていた。
確信があった訳ではない。ルータスと違ってスコールは純血で将来を約束された貴族だ。富も名誉もあり、エルドナに住んでいた方が間違いなくいい暮らしができるだろう。それを全て捨ててまで魔王軍を選んだのはやはり――
何はともあれ、スコールの覚悟は本物であった。
本当は研究所の事件後すぐにでも、こちらで教育をしたかったが、ルータスの強い要望もあって、世話になった班長の卒業までは迷惑をかけたくないとのことだった。
本当はルータスにはもっと学園での生活をさせてあげたかったが、世界が大きく動き出した以上はそうもいかない。
これからは、ルータス達はただの学生ではなく魔王軍として活動してもらわなければならないのだ。
ディークは今後の活動を考えながら大広間へ足を進めると、大広間にはルータスとアイが丸いテーブルを囲むように座っていた。
2人はディークに気がつくとすぐに立ち上がり深々と頭を下げながら、
「おはようございます。ディーク様」
学生の時とは違って魔王軍の一員としての自覚からか、以前とは違った2人に対してディークは、
「公式の場ならともかく今はそんなにかしこまらなくていい」
そよ言葉にルータス達はにっこり笑いながら、
「分かりました! ではいつもの感じで!」
うん。やはりこっちの方が全然いい!
かしこまった感じではこっちの方がつかれてしまう。ディークは席に座ると、
「後でスコールを呼んでここに集まるんだ。時間は、そうだな……」
ディークは、訓練に励んでいるスコールを思い出す。
少しゆっくりさせといてやるか――
「昼ごろにしよう」
◇
スコール・フィリット、エルドナ王国では有名な貴族であり貴族の家系だ。
家は高級住宅地の中でも一際目立ち血統も権力も一流である。しかしそれも過去のことである。今のスコールにはそんな輝かしい肩書きなどない。
全てを捨て今は魔王軍の一兵士なのだ。
「ふぅ――」
今日の朝練も終わりスコールは大きく息を整えた。
スコールは目の前にそびえる魔王城を見上げると思い出す――
始めて魔王城に来た時は本当に驚きの連続であった。
モグローンと共存し、人種を超えた繋がりがあった。そして何よりもアビスにあるというのだから、もう笑うしかない。
ルータス達の秘密は何かあるとは分かっていたがまさかここまで凄いものだとは思いもしなかった。今は自分もその一員なのだが……
仲間になることについて、迷いはなかった。
もしかしたらもっと前からこうなることを望んでいたのかも知れない。
ルータス兄弟と出会った時から、ずっとルータスに負けまいと追いかけて来た。
どんどん1人で先へ進むルータスに劣等感をいだくことも多かったが学園でともに過ごした日々は、すごく楽しかった。
そして、何よりもエリオットの仇を討つため――
友をあれほど残酷な姿で殺したガレット達をこのままのうのうと生かしておくことなど出来るはずはない。
だが、スコールは自分に復讐をはたせるだけの力はないことを痛いほど分かっていた。
だからこそ、今はひたすらに自分を鍛えることに集中していたのである。ここにはその全てが揃っているのだ。
魔道書1つにしてもそうだ。アルフォード学園では決して知ることのできない知識の数々。
スコールは学園でも学科に手抜きはなくしっかりと勉強していた。だからこそ分かる。
他のどんな国にもこれほどの魔道書はないと断言できるだろう。だからと言ってゆっくりはしていられない。
少しでもルータス達との遅れを取り戻さなくてはいけない。
時間はいくらあっても足りないのだ。
そうは言ってもスコールは僅かな時間で確実に実力を伸ばしていた。実際にその実感も十分にあった。
俺はまだまだ強くなれる――
スコールは近くにあった切り株に腰を下ろすと青色の前髪をいじりながら、ボーッとしていると城からルータスとアイが出てくるのが目に入った。
ルータスはスコールを見つけるとすぐに駆け付け、
「ディーク様が、大広間に集まれって言ってるぜ」
「分かった。行こう」
スコールはルータスの後ろに続く。
スコールの今いる場所は魔王城のちょうど西側である。
城と言えるだけあって建物自体は大きい。だがいくら巨大な建物であっても日常的に使う場所は限られてくるものだ。
魔王城の場合その場所が大広間と言えるだろう。
その為に正面の入り口よりも西側の入り口のが使い勝手いいのである。
扉の先はすぐに大広間だ。ルータスに続き中に入ると、すでにディークは椅子に座っていた。
スコール達は、ディークの前までくると横一列にならび膝をつき頭を下げると、
「ディーク様、ご命令通り、3人は揃いました」
代表でルータスが報告すると、ディークは、
「3人とも、楽にするがいい。先の話ではないが、公式の場でもない限りかしこまる必要はない」
スコールは顔を上げると、ディークの後ろには一番の側近であり、嫁である2人が立っていた。
ミシェル・ブラッド、ルータスの姉であり、小さな見た目とは裏腹に、アレス・ダニエルですら圧倒するほどの戦闘能力をもつヴァンパイアである。
その右隣に立っているのはミク、美しい容姿をしてはいるが彼女もまさに規格外である。
実際見たわけではないが、前の戦争で、2万人近いフランクア軍を1人で皆殺しにしたという――
にわかに信じがたいことである。何も知らなければ絶対何かの間違いだと思うだろう。だが、ミシェル・ブラッドの凄まじ戦闘能力をこの目で目の当たりにしたスコールには、もう1人の側近であるミクがそれくらいの力を持っていても何ら不思議ではないと思えた。
そして――
目の前に座っているのは、そんな規格外2人を生み出した造物主であり、魔王城に生きる全ての頂点に立つ男。
魔王ディークであった。
もはや、魔王という名がこれ以上ふさわしい男は他にいないであろう。
この世界のどこを探しても生命体を創造できる者などディーク・ア・ノグア以外にいない。
そんなディークに至っては強さがどうとか分かるレベルですらないのだ。
今なら分かる。ルータス達が神と崇める理由、絶対の信頼を寄せる理由が――
そして絶対の魔王は口を開く、
「集まってもらったのは他でもない。今後の活動についてだ」
「はい!」
三人は大きな声で返事をする。
もともとハンターや冒険者に憧れていた三人だ。今後の活動に対する期待から、声のトーンも上がっている。
「今後のルータスをリーダーとして、アィーシャ、スコールの3名はチームとして行動するように。そして、学園では使用を禁止していた武器と防具の装備を許可する」
その言葉にルータスの顔が一気に明るくなったのに気づく。
なるほど――
要するにこれからは魔王軍として恥ずかしくないようにしろということだろう。
学園とは違いこれからは魔王軍の看板が必ず付いて回る。どこの国に行こうが魔王軍として一目置かれなければ名折れと言うものだ。
あれほど凄い装備だ。他の者達に、「我が国はこれほどの力があるんだぞ」と言った宣伝にもなる。
「スコールの防具はちょうど出来上がったところだ。後でチャンネのところへ受け取りにいけ」
「え? あっ、はい。ありがとうございます!」
スコールは、まさか入ったばかりの自分に防具まで作ってくれているとは思ってもいなかった為、驚きの表情を浮かべる。
ルータス達の装備を知っているだけに期待しないというほうが無理がある。スコールはディークが用意してくれた装備がどんな物なのか大きな期待とともに胸は高鳴った。
「後は武器だが――」
ディークは不敵な笑みを浮かべながら振り返り後ろに立っていたミシェルに目で合図を送る。
ミシェルは前に出ると、手をかざし、一冊の本を出現させた。
たしかアレは時空の書とかいったレリックだ。
ミシェルは書を開くとそこらか何かをとりだした。
剣の柄が見え、まるで鞘から引き出されるようにゆっくりと、剣はその全ての姿をさらけ出す。
スコールはその剣が何なのかを知ると同時に目は大きく見開かれ口をポカンと開けたままで固まってしまった。
それは忘れるはずもない。聖剣スライヤーであった。
ミシェルは聖剣スライヤーの柄を上に向けた状態で立てスコールの前に差し出すと、
「コー、受け取りなさい」
ミシェルはポカンとした態度が不満なのか、強く放たれた言葉によってスコールは我にかえる。
一体なにが起こっているのか頭がついて行かなかった。
ゆっくりと聖剣スライヤーに手を伸ばす。
だが、その手は震え目の前にあるはずの聖剣がとても遠く感じる。
「どうしたスコール、何を迷っている?」
ディークのその言葉にピタリと動きは止まる。
「俺なんかが、聖剣を――」
世界に4本しかない神々の武器、その国の象徴、勇者――
人類の歴史の中で手にした者は例外なく偉大な功績を残し、その名を刻んできた武器だ。
そんな武器を目の前に気後れしない方がおかしいというもの。
ディークはそんなスコールを察したようで、
「聖剣はお前が使うのが一番いいと思うぞ。魔剣のルータスと聖剣のスコール、ライバルとしていいコンビになると思わないか?」
確かに今の魔王軍の中で、聖剣を使うというのであれば自分が一番だろう。しかしそれは自分にその力があるといった意味ではない。
聖剣スライヤーは強力な光属性を宿した武器である。魔王ディークを筆頭にその眷属はヴァンパイアであり弱点属性である光は扱えない。
純粋な人であるの者は自分を含めてアイだけだ。そしてアイは魔法使いであり剣を持たせる意味はない。
このように単純に消去法で残った者がたまたま自分であっただけである。
しかしディークに命じられた以上は、受け取らないわけにはいかない。
スコールは意を決して聖剣スライヤーに手を伸ばした瞬間――
「待て」
ディークの声が響きスコールはピタリと動きをとめた。そしてディークは数回小さく頷きながら、スコールに視線を向ける。
ただ見られているだけだが、全てを見通しているかのようなディークの視線にスコールは息を飲んだ。
「魔王軍の聖剣使いとして進む覚悟があるならば、その剣を手に取れ。もし、自分には荷が重いと思うのであればその手を引くがいい。どちらを選ぶかはスコールの自由だ」
スコールは目を閉じ思い返す――
いつから俺はこんなに腑抜けてしまったのだろうか?
学園にいた頃は、何に対しても絶対の自信があった。
狭い世界しか知らなかったが、周りのレベルの低さに嘆いたこともあった。
あの頃の自分であればこんな選択をする必要すらないだろう。即受け取ったはずだ。それどころか自分であれば当然だとすら思っただろう。
世界を知り、あの頃より確実に自分は成長したはず。だが――
スコールはゆっくりと目を開くと、その顔に薄っすら笑みを浮べた。肝心な時に尻込みするなら自分は一生ルータスには追いつけないだろう。
そして、スコールは立ち上がり力強く聖剣を握りしめた。
初めて手に取った聖剣スライヤーは思ったよりも軽く、初めてとは思えないほどよく手に馴染んでいた。
「それでいいわ」
ミシェルは微笑みながら一言だけ呟くとすぐに元の位置へもどった。
そうだった――思い出せ、俺はアルフォード学園の天才と呼ばれた男――
聖剣が人を選ぶのではない。俺が聖剣を選んだだけだ。
ディークはスコールの表情に満足した様子で、
「スコール・フィリット、これからは魔王軍の聖剣使いとして恥じることのないように励め」
スコールは聖剣スライヤーの剣先を上に向けまっすぐに立てると自信に満ち溢れた表情で、
「お任せください」
そうだ……俺が求めていたのはこんな世界だ。
なってやる。そして世界に教えてやるんだ。最強の聖剣使いは誰なのかを。




