表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラッド・ZERO  作者:
第二章 学園編
52/119

第52話  研究所3

 スコールはゆっくりと腰を落とし戦闘の体勢へと変えると、スパイクもそれに合わすように構えた。

 スパイクは大柄で大剣、どう見てもパワータイプの戦士だ。力で押し勝つことは厳しいだろう。

 それに魔王アルガノフの細胞を移植したと言っていた。信じがたいことだが、スパイクを見る限り、何かしら人体への改造を受けていることは間違いない。

 普通に考えれば生身のエルフである自分との身体能力の差は大きいであろう。だが――

 

 スパイクはスコールの異変に気づき、怪訝な表情をうかべながら、


「何笑ってやがる?」


 そう、スコールは笑っていた。

 敵地のど真ん中、対する敵は凶悪な力を放ち、人間を辞めた改造生物だ。

 全く笑えない状況である。


「俺は笑っているか? 運がいいと思ってな」

「運がいい?」


 スパイクはスコールの言葉が理解出来ずに首を傾げる。

 

「お前を倒し俺は、更に高みへ行くことが出来る。もっと俺は強くなれる」 


 全く、アイツが来てから本当にろくなことがないな――


 だが、それでも共に何度も死戦を超えてきた。ルータスが来る前の平和ボケした頃が懐かしい。あまりに変わりすぎて笑ってしまうほどに。 

 それだけではない。スコールはこの場に立っていることが嬉しかったのだ。

 ルータスにとっては、これこそが普通の世界であり自分がそちら側に来ただけのことだ。


 今までだって、いつ死んでもおかしくなかった。

 今だってそうだ。生きて帰れないかもしれない。

 だが、その戦いに身を置いている時だけは、ルータスと同じ場所にいるような気が――ルータスに追いつけるような気がする。


「そうかい! だったら笑って死んでいけ!」


 スパイクが動いた――

 腰を低く落とし顔から一直線に駆けてくる。

 その速さは大剣をもっているとは思えないほどの疾走だった。そしてバネのように伸びた体から放たれた突きは、剣というより鈍器のような一撃を繰り出した。

 だが、いくら早い攻撃とは言え、単純な動きではスコールを捉えることはできない。

 スコールはひらりと横へかわすとスパイクは背を見せスキをさらけ出した。しかしスコールが攻撃を仕掛けようとしたと同時に大きな音が響く。


 それはスパイクの踏み込みの音であった。凄まじい踏み込みとともにスパイクは一気に急停止し、体をくるりと回しながら片手で大剣を軽々と横薙ぎに払ってきたのだ。

 通常、大剣はその重量もあって両手剣とも呼ばれている。盾などを使えない分、攻撃に特化した武器というわけだ。

 そんな重量物、両手剣が繰り出した豪速の一撃がスコールに迫った。


 だが――


 スコールは一気に闘気を高める。そして刀はそれに答えるように闘気をまとい、何倍もありそうな大剣の一撃を受け止めた。


「なに!?」


 スパイクは驚愕し思わず叫んだ。

 当たれば岩をも粉砕しそうな一撃を、ほっそりとした剣が受け止めたのだ。それどころかその細い剣はスパイクの大剣を大きく弾くと、大きく空いたスパイクの胸元を一気に斬り裂いた。


 くそ、浅い――


 スコールが感じた通り、スパイクは後ろへ飛び致命傷には至らなかった。

 スパイクは斬られた胸の傷から垂れた血を手で拭うと、


「剣武か……危なかったぜ。この体に傷をつけるとは……お前を甘く見すぎていたようだな」


 確かに岩でも殴りつけたような手応えだった。これも細胞の移植による力ということか……

 だがこんなところでゆっくりしている訳にはいかない。


「俺も忙しい身なんだ。いつまでも遊んで入られない」


 スコールはそう言うと剣をスパイクに向け腰を深く落とした。その姿を見たスパイクも先程とは違い真剣な面持ちで剣を握りしめると、


「中々の殺気だ。生身でそれ程の武を見に付けたことだけは褒めてやる」


 スパイクの言葉にスコールはニヤリと笑い、


「お前こそな。世界には同じような歳の凄い奴が多くて嫌になるぜ」


 スパイクは剣の腹を見せると、


「だが、俺は倒せない! 魔王の力とイプリクスを手にした俺はな!」


 スパイクはそう叫ぶと胸に埋め込まれた細胞の鼓動が急激に高鳴り始め体全体にその力を運んでいく。その力は大剣イプリクスに血管のような模様を浮かび上がらせながら伝わっていった。

 スコールはスパイクの気迫にゴクリと唾を飲み込んだ。


 これからが本当の戦いだ――

 

 もうスパイクからは本気の殺気しか伝わってこない。先程その一撃を弾けたのもスパイクは剣武を使っていなかったからだ。

 闘気が同じだとすれば威力はパワーに比例する。つまりスコールの剣では全力のスパイクの一撃を剣で防ぎ切ることは至難ということだ。

 しかしそれはスパイクとて同じである。スコールの剣を大剣でさばき切るのは無理がある。ならば――


 2人はお互いに向かって一気に走った。

 お互い防御しきれないのであれば先に当てるまで――


 スコールは刀を鞘に収めると鍔元から切っ先まで一気に走らせ渾身の一撃を放った。その剣は今までのどの一撃よりも早く神速であった。

 しかしスパイクも両手で握りしめたイプリクスに全体重を乗せその一撃を受け止めると、耳が痛くなるほどの甲高い音を上げながらスコールの一撃は弾かれる。

 やはり純粋な力の勝負ではスパイクが方が上だ。


「ぐっ!」


 スコールは凄まじい衝撃とともに腕はビリビリと痺れ次の行動を一瞬遅らせた。

 その一瞬をスパイクは見逃すはずはなく一気に斬り返してきた。

 攻撃を弾かれたスコールはその一撃をさばくことは絶望的である。スパイクは勝ちを確信し笑みをこぼす――

 

 だが攻撃はスコールを捉えることはなく、その手前で大きな音を上げて弾かれた。


「なっ! なんだと!」


 スパイクは驚きの表情を浮かべ体勢を崩すと、スコールの目の前に現れたシールドは砕け散った。

 これは出発前にディークが掛けたシールドである。


「これで終わりだ!」


 スコールはシールドを犠牲にして作ったスキに全身の力と闘気を込めスパイクの胸を斜めに大きく斬り裂く――

 先ほどとは違い会心の間合いで放たれた一撃はたしかな手応えとともにスパイクの体を真っ赤に染める。

 しかしスパイクは斬られると同時に踏みとどまり弾かれた大剣をスコールに振り下ろした。


 スコールは防具が弾け飛ぶと体中が燃えるように熱くなる感覚に襲われ後ろへと吹っ飛んだ。

 これはスパイクに吹き飛ばされた訳ではない。反射的に自ら後ろへと飛んだのだ。

 

 スコールは自分の胸からおびただしく流れ出る血液とともにやってくる激しい痛みに、立つことができず膝をついた。

 心臓は大きく波打ちそれとともに全身の力が抜けていく。


「ハァハァ……“ヒール”」

 

 スコールは大きく息を切らせながら回復魔法を唱えるも専門職でない回復魔法は、ほんの少し痛みをやわらげるほどの効果しか生まなかった。

 スコールは剣を地面に剣を突き立てスパイクを睨む。しかしスパイクも胸に大きな傷を負い低いうめき声を上げていた。


 だが、スパイクは傷口を押さえながらゆっくりと立ち上がると、


「ま、まさか、これほどの傷を追うことになるとは……」


 大きく息を切らせながら苦痛に顔を歪めている。

 スパイクは震える手でズボンの中から一枚の紙を取り出すと、


「あやうく、最初の実験で死ぬところだったぜ。うぐっ……スコール・フィリット、お前の名は忘れない。いつか必ず俺が殺す!」


 そう言うとスパイクは取り出した紙を投ると、紙は光り輝きその光とともにスパイクの姿は消えていった。


「逃げたか……へっ、俺の勝ちだ……」

 

 ニヤリと笑うのもつかの間に、後ろから走ってくる足音に気づく。

 今の状態ではどうにもならない。覚悟を決めたスコールだったが、ゆっくりと振り返りその視界に写ったのは――

 アイの姿であった。

 スコールは安堵により一気に力が抜けへたり込んだ。どうやら約束通りに応援に駆けつけてくれたようだ。

 

「コー君! その傷――」 

 

 アイは直ぐにスコールの元へと駆け寄ると魔法を唱える。


“ヒール”

 

 直ぐに魔法は発動されスコールの体を癒やした。流石に完全には治らないが魔法使いの回復魔法はスコールが使うものより数段上である。

 何とか出血は止まり動けるまでには回復したように感じた。

 

「すまないアイ。これで又動けそうだ。直ぐにルータスの元へいくぞ」

「お兄ちゃんは奥なの?」


 アイの問にスコールは無言で頷くと立ち上がり走り始めた。





 大きく振り上げた兵士の視線に一筋の閃光が走る。兵士は首から吹き出す血とともに命が抜け落ちていく。

 ルータスの一撃は容赦なく行く手を阻む人間の命を奪っていった。

 鬼神のごとく警備兵をなぎ倒しようやく再奥の扉が目に入った。ルータスはそのままの勢いで扉を蹴破ると、視界は一気に光に包まれ目をしかめる。

 

 一気に明るくなったため目の前が真っ白になるもしだいに視界は回復していく――

 しかし視界が全ての物を写すよりも前に飛び込んできた声が耳を疑わせた。


「よく来たね。ルータス君」


 その視線の先にいたのは――


「ガレット……? 何でここにいるんだ?」


 真っ白の髪――不敵な笑みを浮かべながら、人が変わったように立っていたのだ。


「何でって? それはね、私が彼を(さら)ったからだよ」 


 その口調からは以前のガレットの面影はなかった。


「まさか……君も脅迫されて連れてこられたのかい?」


 ルータスの言葉を聞くなりガレットは急に笑いだした。その冷たい笑い声だけが響きガレットは、ゆっくりと口を開く。


「私はレイモンド、昔エルドナから追放された研究者だ。まぁ姿は変えているけどね――しかし残念だ。せっかくエリオット君から君たちの情報を抜き取れると思ったのに、彼にその記憶は無いじゃないか。親友じゃなかったのか?」


 信じたくはなかったがルータスはその笑い方に聞き覚えがあった。それはカミルの時の記憶――

 頭の中に楽しい思い出だけが蘇ってくる。一緒に遊んだことや、勉強を教えてもらったこと。その全ての記憶が嘘だったことに胸が締め付けられる。

 ルータスは唇を噛みしめると、


「まさかお前! 俺達の情報を調べるために近づいてきたのか!? 答えろ! エリオットに何をした!」

「今はフランクア王国に所属しているんでね。国の仕事はするさ」

「聖剣のことか」

「私はそんなことに全く興味がないがね」

「だったら何でこんなことをするんだ!」   

    

 ガレットの目的が分からずに苛立ちをあらわにするルータスにガレットは低い声で話し始めた。


「私の目的はエルドナに住む全ての者の命だ」


 その声からは憎悪しか感じ取ることはできずルータスは思わず息を呑んだ。


「私に命令で実験させたくせに。事が知れればすべての罪をなすりつけて殺そうとしたエルドナを、私は必ず滅ぼしてやる! そのためだったら何でってやってやる」

 

 強い思いとともに放たれた言葉からガレットがどれほど悲惨な運命をたどってきたのかを知るに十分であった。

 もはやガレットの中には復讐の二文字しかないだろう。復讐自体はルータスだって否定はしない。  


「なら勝手にやるんだな。だがエリオットだけは返してもらう」


 ガレットがエルドナに強い恨みを持ったところでエルドナの自業自得というものだ。それでエルドナがどうなろうが知ったことではない。


「あいにく私は腕っ節には自信がなくてね。今日はもう1人、君達に用がある知り合いを連れてきたんだよ」


 もちろんそんな人物に心当たりはない。

 ガレットは大きく手を2回叩くと一人の男が姿を現した。その瞬間――部屋全体の空気が一気に変わるのを感じる。

 それはその男が放つ凄まじい殺気によってだ。

 黒い少し長めの髪で年齢は同じくらいだろうか? ルータスと同じ軽装戦士の立派な装備に身を包んでおり、凄まじい眼光でルータスを睨みつけてきた。


 何処かで合ったことがあるような……


 ルータスの考えをよそにガレットが手をかざしながら凄く嬉しそうに口を開く、


「彼はねロックって言う名前なんだ。君は知ってるよね? ロック・ダニエルって名前を――」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ