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ブラッド・ZERO  作者:
第二章 学園編
50/119

第50話  研究所

 目の前にせまりくる化け物達は正に迫り来る死の軍であった。その光景を前にライナーとリグンは動くことが出来ない。


「おい! 何かないのか!」


 ライナーの懇願に近い叫びに、返ってくる言葉はない。ライナーもこの状況を打破できる策があるとは思えなかった。

 1匹でも凶悪極まりない未知の化物20匹を振り払い、術者であるミクを倒すことが出来る者など今この場にいるはずもないからだ。

 仮にアレス・ダニエルがこの場にいても状況は何も変わらないだろう。

 もはやフランクア軍の元時点での戦力ではどうにもならないことは明白である。


 しかしリグンはミクが開けた空間の穴をじっと見つめたまま動く気配はない。

 真っ黒の穴の中でうごめくおぞましい何か――

 それは武器なのか? 生物なのか? 2人には全く予想がつかなかった。

 ただ1つ分かっているのは、ミクにその何かを召喚させてはいけないということだ。しかしライナーにはそれを止める術はなくただ棒立ちのまま、これから起こるであろう最悪を眺めるしかなかった。


 しだいにミクの周りは空間が歪み始める。その異常な光景にエルドナ軍からも悲鳴が上がり逃げ出す者すら出はじめている。

 

「聞いているの!? なんとか言ってよ!」


 ライナーの二度目の言葉にようやくリグンも反応を示す。

 こうなってしまっては、もはやリグンに頼るしか方法はなかった。

 もはや今の状況を変えるには1人や2人の応援などでは無意味に近い。ライナーだって雇われの一兵士でしかなく、それが出来るのはこの場においてリグン意外にいないのである。


「こうなったらもはや後には引けん。まだ使いたくはなかったが――」

「何かあるなら早く呼んでよ!」  

 

 ライナーはリグンの前に立ち武器を構えた。やりたくはないが、リグンが応援を召喚するまで何としても守らなければ結果は同じである。

 視界に映る化物達はどんどんと大きくなり距離を詰めてくる。

 その距離が近くなるにつれライナーの鼓動は激しく波打ち喉が乾くのを感じる。


 ライナーは目を(つぶ)る――


 時間にしてほんの一瞬、それはこれから始まる死闘への覚悟を決めるため――

  

 そしてライナーは目を開くと、目の前の世界は止まっていた。


 そう、止まっていたのだ。動き出した化物も、壁の上にいる兵進達、そしてあのミクでさえも。

 もしかして自分は死んで――ここが死後の世界なのか? などといった考えが浮かぶほどだ。だがしかし、その異常は周りの者だけではなかった。

 体がピクリとも動かない。いや、力が入らないといった方が正しいのかもしれない。


 一体何が起こったのか?

 

「その辺にしておけ。ミク」


 ライナーの疑問に答えるかのように声が響いた。

 ライナーはそのまま正面の見据えると黒髪のヴァンパイアの男が空に浮かんでいた。そして背中から立派な翼を生やし大きく羽ばたきながらゆっくりと降りてくると、ミクの横に並ぶ。

 

 この男が魔王ディークだ――

 ただの勘であったが、間違いないと言い切れる。今まで数多くの死戦を乗り越えてきただけに、ライナーにはひしひしと伝わってきていた。

 この男はヤバイ――

 それにミクを止められるほどの者がこの世界にぽんぽんいる訳がない。


 そして男は右手で指をパチンと鳴らすと、ライナーの体に力が戻ってくるのを感じる。

 ライナーだけではない、止められていたであろう全ての者が解放されたようだ。

 

「デ、ディーク様! 何故ここにいらっしゃるのですか?」


 ミクは酷く驚きながらディークに近寄る。

 やはり――

 これは最悪の展開である。現状、ミク1人ですらきつい状況で新手がやってきてしまったのだ。

 それに、壁を壊された時に見せたミクの震え様は尋常ではなかった。

 この化物がそれほど恐れるこの男はどれほどなのか、考えるのも嫌になる。


「派手にやれと言ったが少しやりすぎだ。これ以上は本来の目的から外れるぞ」

「し、しかしディーク様のお望み通り、南門を守ることが……」


 ミクの言葉は詰まり、必死言葉を絞り出そうとしている。その姿から今までに自分達に見せていた余裕や高圧的な態度は一切なく別人にちかい。


「目的を分かりやすくするために守れと言っただけだ。その点ではもう十分に目的を果たしたと言えるだろう」


 ディークはミクに詰め寄ると汚れた服をに視線を向け、


「それにこんなになるまで頑張ったミクを怒る訳はないだろう?」


 ディークの優しい言葉にミクは感極まり、目には薄っすら涙が浮かんでいた。年相応の女の子のような態度にライナーは酷く違和感がある。

 たしかにミクは外見だけなら誰もが振り向くような美女である。しかし戦場をこれほど地獄に変えたミクに対しそんな印象を持てるはずもない。

 ライナーの苦笑いを横目にミクはディークに抱きつくと、


「怖かったんです……」


「――は?」


 ライナーは思わず声に出てしまう。ライナーだけではない。この場を見ていたエルドナ軍も今だけはライナーと心が通じ合えたと言えるだろう。

 凶悪かつ凶暴極まりない化物を召喚し2万人近い人間を何の躊躇(ためら)いもなく殺し尽くしたこの女が何を言っているのか?

 

「あいつらに虐められたけど……でも、頑張りました」 

 

 ディークは胸に顔をうずめているミクの頭を撫でながら辺りを見回すと何かを察したのか、苦笑している。するとディークは一歩前に出るとリグンに対して、


「これ以上は、お互いにメリットはない。ここは痛み分けということで引いてはくれないか?」


 確かにこれ以上戦うメリットはこちらにはない。それどころか現状の戦力では厳しい戦いになるだろう。

 今回は探していた組織とその1人の能力が分かっただけでも十分な収穫であるといえる。次からはその情報を元に万全の準備ができるからだ。


 だが、痛み分けとはいってもこれは実質、フランクア王国対魔王ディーク軍の戦いであった。結果論ではあるが最初の引き金がエルドナ王国であっただけである。

 その点において、被害を受けたのはエルドナであり、魔王軍は一切の被害を受けていない。

 それを考えればこの交渉はこちらに一方的に不利なものであるといえるだろう。


 ライナーはリグンの判断を静かに待った。


「いいだろう……」


 リグンのその言葉に、ライナーは心の底から安堵する。リグンだってミクと魔王を同時に相手して無事で済むとは思っていないようだ。

 

「だが、いずれ必ず取り返しに行くことだけは忘れるな。魔王ディークか、その名前忘れはせぬぞ」


 リグンはそう言いながら下がり本隊の方へ戻っていく。

 ディークはミクに合図をすると、化物は元のぬいぐるみに戻り静かに消えていき、戦っていた兵たちは一気に緊張から開放された。

 恐怖と安心が一気に押し寄せた為かその場にへたり込む者もいる。

 そして数多くの犠牲者を出した南門での戦闘は静かに幕を閉じた。


 



 時間はさかのぼり――

 ディーク達一同は研究所跡の近くの丘の上に到着していた。丘は上から研究所跡が見渡せる位置だ。門の前には先程ディークが倒したものと同じモンスターが大量にいるのが見え、真ん中にある大きな魔法陣から湧き出るように出現していた。


 研究所、それは非人道的な人体実験が行われ、数多くの犠牲者を出した場所である。

 外観は研究所を思わせる建物ではなく、丸い建屋が1つ建っているだけだ。それは事件が発覚するまでこの場所は極秘の研究所であった。その為、建屋自体は飾りに近く、研究所そのものは地下に広がっているのだ。

 周りは鬱蒼として時間の経過を思わせるに十分なほど建物にはツタが張り付いている。


 ディーク達一同は今、研究所跡近くにある少し小高い丘の陰に身を潜めていた。


 あの中にエリオットが――


 スコールは目を細めながら呟く。

 流石に恐ろしい実験が行われた場所だけあって外見からは気味の悪さしか伝わってこない。建物の周りにはディークが倒したものと同じモンスターが多数確認でき、それがより一層不気味な雰囲気をだしている。


 わざわざ手紙を残し呼び出したくらいだ。中は間違いなく何かしらの罠があると見て間違いない。だが、敵の目的は十中八九聖剣だろう。

 敵も情報を持つ者をすぐに殺しはしない。敵の目的は交渉なのだから。


「これからの作戦は何かあるんですか?」


 スコールはディークに問いかけると、


「こうなってしまっては、交渉の余地はない。一気に空から突っ込み素早く目標の元まで突っ走る」

「俺達は何をすれば?」

「敵は数が多い。あの変な人型の排除を頼むとしよう。脅威となる敵は俺が倒そう」


 今回は今までとは違いディークがいる。仮に第2のアレス・ダニエルがいたとしても何とかなるだろう。だが今回の不安はそれではない。

 ディークはスコール、ルータス、アイに視線を向けると諭すかのように口を開く。


「絶対に敵とは交渉するな。辛い決断になるかもしれないが覚悟はできているな?」


 ディークの言った覚悟とは、戦う覚悟のことではない。エリオット――そう、仲間を失う覚悟のことだ。

 もし何かあった時はエリオットより自分達を優先にするということである。

 ディークの問に3人は頷く。

 

 「――ん?」


 しかしその時、ディークは何かに気づいたようだ。そして真剣な表情で何かを考え込んでいる。


「南門で少々トラブルがあった。どうやら少しミクが暴走をしたようだ」


 その言葉だけで自体が容易に想像できるところがある意味怖い。

 

「すまないが不味い事態になる前に俺は戻らねばならなくなった。ルータス、お前も我軍の一員だ。やれるな?」

「はい――お任せください」

「アイもだよ!」


 ディークは頬をぷくっと膨らましたアイの頭を撫でながら、


「はっきり言って3人だけでこの先を行かせるのは反対だが、お前達の覚悟を無視することもできん」


 ディークは手をかざしつぶやく。


 ――サモン 


 声ともに何かが召喚される。


「げげ!」


 スコールは思わず声を上げる。

 それは4メートルは有りそうな巨大な獅子で、背中に大きな翼があり頭には大きな角の生えた生き物――

 まちがいない、キライラだ……

 本でしか見たことはなかったが、やはり実物ともなれば想像を遥かに超える迫力があった。

 

「あっ! ブルーノだ! コー君大丈夫だよ、この子は家で一緒に住んでるの」


 アイが嬉しそうに背中に飛び乗る。

 どんな家なんだよ! と、一瞬叫びそうになったが今は仲間は多い方がありがたい。


「後はお前たちの力でやりとげてみろ。力を合わせれば出来るはずだ」

「はい!」


 3人の返事にディークは大きく頷くとゲートを開きその中へと消えていった。

 

「来い、レヴァノン――」


 ルータスは小さくつぶやくと、魔剣レヴァノンが召喚されルータスはそれを握りしめる。

 一度見たことはあったが、何度見ても凄い剣だ。

 だがスコールも今回は学園指定の剣ではないエリオットの刀がある。そしてアイは高魔結晶の杖だ。


 確かにディークがいなくなったのは痛いが、だからと言って引き返すわけにはいかない。

 ディークが命令さえすればルータスも引き返す事を選んだだろう。

 それをしなかったのはルータスなら出来ると信じているからだ。  

 スコールは刀を握りしめると、


「やるぞルータス、アイ、これからは俺達の戦いだ――」

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