第5話 義兄弟
「ホクロンお前、本当に土いじりが得意なんだなー」
ディークは、目の前に広がった広大な畑に一瞬目を奪われた。
ここはアビス、位置で示すなら巨大な大穴の東側に位置する場所だ。
あれからホクロンの仲間達と合流しホクロンの説得により一族諸共ここに引っ越してきたのである。そしてホクロン達は瞬く間に土で家を作り畑も作ってしまったのであった。
家は今のところ大きくは無いが出来ている。土と泥で固められてカチカチの石の様になっていて、かなり頑丈だ。
元々モグローンは地面より下で生活する生き物と思われているが、それは外敵から身を守る手段の一つである為だ。あまり知られてはいないが実は太陽の光が大好きな陸上での生活を好む生き物なのだ。
「当たり前でやんすよ。知らなかったのに畑に誘ったんでやんすか? まだ城とまでは行かないでやんすがそのうち立派な魔王城にするでやんす」
「それは楽しみだ。しかし実際見てみると凄く驚いたよ」
「オイラからしたらディーク様のこの結界の方が信じられないでやんすが」
「悪の魔王だからな!」
ディークは川があるこの場所を住処に決めた日に、対モンスター用の結界を張ったのであった。その直径は300メートルにも及び外からの進入は出来ない強力なものだった。その為にホクロン達は隠れる必要がなくなり伸び伸びと生活が出来ているのであった。
「しかしこの結界も万能では無いからな。その為にも周囲の壁の制作にとりかかるぞ」
「了解でやんす。一族全部で100匹の内、壁は30匹で作業しているでやんす」
「しかしホクロンが族長だったのにも驚いたな」
「オイラの事少しは見直してくれたでやんすか?」
ホクロンが腰に手を当てて胸を張っている。
実際ディークはこの世界より書の中に居た方が遥かに長い。入る前でもまともな生活などしていなかった為、一般的な常識レベルしか知識は無い。この世界にどんな敵がいるかも分からない状態では用心に越したことはない。
「何を言っている。俺は最初から出来るヤツだと思っていたぞ」
ホクロンは得意げに頷き思い出したかの様に言う。
「そういえばミシェル様は何処かに行っているんでやんすか?」
「少し石拾いに行ってもらった」
ディークはそう言うと小さな石を取り出し手の平に乗せてホクロンに見せた。
それは美しい青で光の反射によって輝きを変えるキラキラと綺麗な石だ。
「それはなんでやんすか?」
「これはだな、先日殺したハンターが持っていた物でアビスダイトと言われている鉱石だ。あのオリハルコンより固く強力な金属になる。アビスでしか取れない貴重な石なんだ」
「アビスに落ちているでやんすか? 見た事無いでやんすよ」
ホクロンは不思議そうにその石を持ってまじまじと眺めていた。
「それはだな、アビスは穴の周辺以外に地下階層と言われている場所がある」
ここがアビスと言われる由来は地下階層だ。大穴は直径50キロもある。穴とはいえないレベルの大穴はその外壁にそってまるで迷路の様になっており地下一階から段々と下の階層に行ける様になっている。その最奥は魔界に繋がっているとも言われたり黄泉の門があるとも言われている。そして誰も制覇した者はいなかった。
入り口は穴の外周に何箇所もあり、それぞれに攻略ルートの様なものまである。現在知られている最高記録でさえ地下5階であった。
地下5階の攻略には国レベルで行っている所もあり、道の情報にさえ莫大な報酬が払われるくらいだ。
それは何故か? 答えはレリックである。地下階層では今まで数多くのレリックが発見されており、深くに行けば行くほど良い物が取れると思われている為だ。しかし地下階層はかなり危険で熟練のハンターですら今まで数多くその命を落としているのは有名な話であった。
「あの底すら見えない大穴でやんすか」
「うむ、ダンジョンの様な階層になっていて、人類では今の所地下5階が最高記録だ。その地下階層でしかコレは取れないからな」
「なるほどでやんす。どうりで見た事ないはずでやんす。」
「ミシェルはコレを取りに行っている。コレはどこの国でも高く売れる。とりあえず金になる物を持っておかないとこの先まずいからな」
「だ、大丈夫でやんすか?」
ホクロンは心配そうに言った。
「心配ない、人間を見つけてもむやみに殺したり痛めつけたりしてはいけないと言ってある。国としての地盤を築くまでは、敵を作る様な行動は避けたいからな」
「大丈夫って、そっちの方なんでやんすね……」
ミシェルがアビスダイトを手に入れて、それを元手にエルフの国のエルドナ王国で必要物資を手に入れる計画だ。地下階層も奥まで行かなければミシェルならどうにでもなるだろう。別に地下一階でもアビスダイトは取れるのだから。その間にディークは出来た畑で米を作る準備をしていたのであった。
「とりあえずは食だ! 米を自給自足出来る様にしないとな。フフフ……それについては既に秘策が有る!」
ディークは自信たっぷりに言い放った。
「流石は魔王様でやんす! どんな方法でやんすか?」
「ここにあるのは米の苗だ」
ディークは足元にあった30本ほどの苗に手をかざし素早く横に振ると、苗は意識を持ったかの様にフワフワとひとりでに畑に向かって飛んで行った。そして次々に土に埋まって行くと一瞬で苗は植えられた。
「ホクロンこの苗は米になるまで時間がかかる。そうだろ?」
ホクロンは当たり前だと言わんばかりに無言で大きく頷いた。
「しかし俺達は今欲しい! すぐに米を取る為にはどうしたらいいと思う?」
「そんな事出来るでやんすか?」
「俺を誰だと思っている? 俺にとって時間など無意味! 見るがいい」
ディークは自信満々にそう言い放つと、手の平に魔力を集中しはじめた。その手に集まった魔力はホクロンですら分かるほどに強力な力であった。
「吸え! 我が力を!」
ディークは手に集めた魔力をそのまま地面に叩きつけた。その瞬間、地面からその魔力が網のように走り出す。その様は肉眼でもはっきり確認できるほど凄まじく苗一本一本にまるで吸い寄せられるかの様に向かって行った。
「凄いでやんす! こんな事が出来るでやんすね!」
苗は見ている間にぐんぐんと伸びていきその形を変え、魔力を養分にするかの様に急激に成長していく。そして通常の1.5倍はあろうかと思える位の大きさに育った。
苗から稲へと進化した“それ”は先に邪悪に輝く何かを実らせた。
実を結んだかに見えた“それ”は、ドス黒い紫のオーラを放ちながら実だけを残しまるで全てを吸い付くした殻を捨てるかの様に燃え尽きた。
「ふ…… 見たか我が力を、これぞ魔王米!」
決まった! これ以上ない位に!
かつて苗があったと思われる場所は見るも無残に燃え尽きて地面から1メートル位の所に、ドス黒い紫に光る何かが無数にあった。
「こ、これは食べ物には見えないでやんすよ! なんか凄いオーラ出ているでやんす! 」
あれ? なんか間違った? ディークはドン引きしているホクロンに気づいた。
ディークは、もう一度手を振るとその邪悪物体は、ディークの手の中に飛んできた。
その物体は黒の様な塊でところどころ紫っぽい何かが流動している様にも見える。
「大丈夫、見た目は少し変だが食べると美味しいはずだ」
すると、偶然近くをミクが通りかかった。
「おーいミク、今作ったんだけど、ちょっとこれを見てくれ」
そうミクに呼びかけるとミクは足早に来て、軽く頭を下げると興味深そうに魔王米を一粒手に取り、まじまじと眺めている。
「流石はディーク様、これほどまで魔力を高めた魔力結晶を作られるとは、これほどの物はこの世界にも殆ど無いと思われます」
やっぱなんか変な物に進化してやがる! ディークは自信満々に言った手前なんだか恥ずかしかった。
魔力結晶とは魔力を凝縮しその力を封じ込めた結晶である。様々な用途で使用され高密度の魔力結晶はかなり値段も高い、強力な武器や防具の制作など色々な用途で使えるからだ。特に武器防具は、魔力結晶の力に比例して強力な物が出来る場合が多く、強力な魔力結晶は市場に出回ることは殆ど無い。
「……そうか、仮にコレを食ったらどうなると思う?」
「この魔力結晶を体内に取り込んだら、どんな生物になるのか私などでは想像が出来ませんが今度人間で実験されて見るのも面白いかもですね」
サラッと怖い事いうなよ! ディークは食べようとしていた自分に青ざめた。
「とにかく、この魔力結晶は今後の魔王城の為に好きな様に使ってくれ。ミクに管理は任せるとしよう」
「ありがとうございます。では私は作業に戻ります」
ミクは深々と頭を下げながら魔王米を受け取ると家の方に歩いて行った。
「ホクロン君! 俺は魔力結晶を作っていた、そうだったよな」
「そうでやんすね」
ホクロンは、笑いながらそう答えた。
◇
日の出前、辺りは薄暗く静かな中、剣の素振りをする小さな人影があった。
耳はピンとのび、髪は茶色で身長は150センチ前後、服はヨレヨレのシャツにズボンだ。しかしその体格は引き締まっていた。
彼の名はルータス、エルフと人間のハーフで1年前にこの傭兵団に拾われ雑用を主にこなしている。
世界には、国の軍以外にも傭兵団としてモンスターの討伐や人の警護、時には暗殺などを請け負う団体も多数あった。 1人でやるよりパーティを組んだ方が遥かに安全で仕事の成功率も跳ね上がる為に自然と民間の傭兵団は増えていった訳である。
そんな傭兵団のアジトはエルドナの少し南に位置する所にあり、ほとんどの団員がハーフで構成されている珍しい傭兵団であった。
団長は人間で名はカミル、無法者を集め一つの傭兵団を作り上げた凄腕の剣士であった。
ルータスは毎日の日課である素振りを今終えた所である。
井戸から水を汲み上げ桶に移した。その水で顔を洗うと朝の風が頬に当たり、冷んやりと気持ちが良い。
「おっ、ルータス今日も頑張っているなー」
「当たり前ですよ。ハルトさん見たいに強くなりたいから」
ルータスに話しかけてきたのはハルトだ。ぶしょう髭が特徴でガタイも良く、剣技優れていて体に刻まれた傷跡の数々が今までの戦いの歴史を物語っていた。傭兵団の中でも一目置かれる男だ。
そしてルータスの色々な面倒を見てくれたりする一番信頼できる男だった。
「お前ももう12歳だしな、そうだな、明日からは俺が稽古をつけてやるか」
「本当! 絶対だよ! 約束したからね!」
ルータスは一気に心が弾んだ。これでもっと強くなれる。 そう思うと顔の筋肉が緩む。
ルータスはハーフである為に、今までの人生は振り返ってもいい思い出など無かった。ゴミをあさり生きていく為には何でもした。街の純血共を見ると惨めな自分の姿に何度も泣いたが誰も助けてなどくれなかった。
でも団長に拾われてからは違った。ここでは皆が仲間だ。ここで強くなりさえすれば今までの惨めな自分から変われると思っていた。
「おう! ただ酒が切れちまってな、最近団長に注意されたばっかでよ、上手くごまかしてやるから秘密の酒の買い出しに行ってくれないか?」
「注意されたんなら、酒くらい辞めたらいいんじゃないですか」
ルータスはため息交じりに言う。
「小遣いやるからよ、今日は仕事で行かれないんだ、お前エルドナはあんまり行った事ないだろ? ついでに遊んで来な」
ハルトはそう言うと巾着袋をこちらに投げてきた。中を見ると銀貨が数枚と銅貨が数枚ある。酒を買うには十分な量だ。
「酒の事になると気前はいいですね。アイも連れっていいです?」
「アィーシャは、やめとけ団長にバレると又うるさいからな。秘密の任務だ、これも修行だなガッハッハ!」
アィーシャとはルータスの義理の妹である。
元々ルータスは人間の国に売られた奴隷であり、その馬車が偶然野党に襲撃を受けた時のどさくさに紛れて逃げ出せた一人だった。そして時に一緒にいた女の子こそアィーシャであった。
小さな頃から力を合わせて生きてきたがアィーシャはルータスが居ないと何も出来なかった。かなり兄に依存していた為、心配になったのであった。
「分かりました分かりました。 だったら直ぐに出発するよ」
「アィーシャはちゃんと見ててやるからよ」
ルータスは了解の意味を込めて手を振り、
「そういえば最近、大きな仕事が終わったんだろ?」
前に仲間がそんな話をしていたのを聞いたルータスは気になっていた。ハルトなら作戦に参加しているんじゃないかと思い、何気なく聞いてみた。
「おーそうだな、自分も参加したぜ、詳しくは分からないが奪われた物を取り戻す作戦だったぜ。取り返したものは封印されているみたいで何かに包まれていて何か分からなかったけどな」
「ふーん、そうなんだ、中身はなんだろうね」
「なんかどこかの国からの依頼で秘密らしいぜ? まぁ団長に任せとけば大丈夫だろ」
「国の依頼か、それは凄いな」
ルータスはどこの国なのか少し気になった。国が傭兵団に依頼する事はよくあることだ。しかしこの傭兵団はまだ結成されて1年半ほどしか立ってないにもかかわらず、国が依頼する事などあるのか? と少し気になったからだ。
「俺達も、結構売れてきたのかな!」
ハルトがぶしょう髭を触りながらルータスの肩をガシガシ叩く。
「とりあえず早く出発しないとな」
ルータスは麻袋に巾着袋をほりこんで肩にかけた。日の出までに出発しないとマズい団長に見つかる恐れがある為だ。
「おう! 気をつけてな」
ハルトが見送る中軽く手を振り、
「久々に、街でゆっくりするかな」
ルータスはエルドナへ向けて歩き出した。