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ブラッド・ZERO  作者:
第二章 学園編
46/119

第46話  仲間

 エルドナの街中をルータスとスコールは駆け抜けていく――混乱に陥った人の間をすり抜けながらようやく学園の大きな門が見えてくると、門の前では学園の生徒でごった返しているのが見える。

 今までフランクア王国とエルドナは何度も衝突してきたが、街に直接攻めてくる事はここ最近記憶にない。

 そして人混みの前まで来るとルータスは魔王軍の証であるイヤリングの力を発動させた。


 ――アイ、聞こえるか?


 少しの沈黙の後にアイからの声が頭に響き渡った。


 ――聞こえるよ、お兄ちゃん。

「エリオットが攫われた。すぐに合流できるか」

 ――えぇ! どうして? 何があったの?

「説明は後だ。すぐに門の前にこい」

 ――分かった。


 混乱に陥った周りの生徒達は怖がりふさぎ込んでいる者や、何かの祭りのように楽しそうにしている者の声が雑音となって響いている。

 基本は生徒達だけで物事を解決させる学園の方針の弊害なのだろうか? 

 教員が必死でなんとか統制を取ろうとしているが、生徒に対して教員の数が少な過ぎる為に難航しているようだ。


 避難場所は学園の地下にあり、ルータスも一度避難訓練で行ったことがあった。薄暗く本当に避難するためだけの場所であり別の出口はエルドナの外へとつながっている。

 仮に避難しないと行けないほど街に被害が出ているなら、学生など関係なく戦えばいい。少なくとも自分ならそうしている。エルドナが落ちればどうせ後は悲惨な人生なのだから――


 今はアイを待っているこの時間すら惜しい状況だ。何もせずただ待っているだけの状況に苛立ちを覚えるルータスだったが、スコールはルータスの肩を力強く掴み、

 

「今は落ち着くんだ。焦って事を進めると成功するものすら失うことになるぞ」


 ――分かっている。そんなことは分かっている。

 しかしエリオットが(さら)われてから恐らく2日立っているだろう。この状況で冷静になどなれるものではない。エリオットは恐らく聖剣の情報を仕入れるための人質として使われるだろう。


 人質とは生きているから人質なのだ。すぐに殺すならわざわざ連れ帰る必要はない。

 しかし一度(さら)われた者が無事で帰ってくることなどないと言ってもいいだろう。

 それは人質とは、そのほとんどが敵に理不尽な要求を迫られて用済みとなれば両方殺されるからだ。その為、人質を使った取引では要求をのむことは愚策であり、有り得ないと言っていいだろう。

 敵だって内部の情報を知る者を、ご丁寧に約束を守って釈放したりはしない。いや、そんなことをしていたら国としてやっていけないと言った方が正しい。


 ルータスはスコールに視線を向けると、

 ――そうだ。僕には仲間がいる。今までだってなんとかなったじゃないか。きっと今回もうまくいくはずだ。僕達に出来ないことなんてないんだ。

 今までは運が良かっただけなのは分かっている。しかしそれでもスコールとは何度もピンチをくぐり抜けてきたのだ。その経験がルータスに自信を持たせたのだった。 


 すると大きな建物の上から“ウォーラ”で飛んでくるアイの姿が目に写った。

 普段ならそんな目立つことはしないだろうが、今のこの混乱の中ではそんなことを一々気にするやつもいないだろう。

 アイは直ぐにルータス達に気づき空から降りてくるなり大きな声で、


「お兄ちゃん。何があったの!?」


 アイも状況のヤバさを感じているようで、感情を大きく表に出している。ルータスはアイに状況を手早く説明しているとアイは驚きの声をあげる。すると人混みの向こうからマヤカとガレットが人混みをかき分けながらこちらにやってきた。

 マヤカは息を切らせながら、


「やっと帰ってきたわね。もう避難指示がでているから皆一緒に避難するわよ」

「ぼ、僕も班の皆とはぐれちゃって一緒に行っていいかな?」


 ガレットは不安な表情を浮かべている。恐らく今日も特訓の約束をするためにルータスの教室で待っていたから仲間とはぐれてしまったのだろう。マヤカはガレットを連れ直ぐに移動しようとする。

 しかしスコールがエリオットの部屋に置いてあった紙をマヤカに見せながら、


「落ち着いて聞いてくれ。エリオットが(さら)われた。部屋に置き手紙があり東北の研究所跡にいるらしい。俺達は今から助けに向うつもりだ。だから一緒にはいけない」


 マヤカは一瞬言葉の意味が飲み込めないのか固まるも、渡された手紙に目を通すと顔は青ざめ絶句してしまった。

 普段ほとんど感情を表に出さないガレットですらいきなりの事態に言葉をなくしている。


「軍に任せた方がいいよ! そんなこと僕達の力量を越えている。大体敵はモンスターの軍隊なんだぞ!」


 ガレットは声を荒げ、マヤカもそれに賛同しながら、


「こればかりは私も行かせることはできないわ。はっきり言っていくら貴方達でも役に立てるとは思えないわ」


 敵はフランクア王国の軍隊とモンスターの大群だ。そんなこと言われなくても分かっている。

 しかし仮にエルドナ王国の軍隊が凄く優秀だとしても、一般人である子供1人を助ける為に動いたりはしないにきまっている。これは国対国の戦いであるからだ。

 

「だったらエリオットはどうするんだ!?」

   

 スコールが怒りを露わにしながら声を荒げる。


「学園長に……テオバルト・アルフォード様に頼めば何とか軍に言ってくれるわ」


 確かに学園長であれば軍も動かせるであろう。しかも自分の学園の生徒が捕まったのだ。何とかしてくれる可能性は高い。だからといってそんな保証は何処にもない。

 スコールは更にマヤカに食ってかかろうとするも、ルータスはスコールの腕を掴むと首を横に振る。


「マヤカさん、僕達だけで助けられるなんてこれっぽっちも考えていないよ」

「だったらなんで!?」

「傭兵部隊にいたって言っただろ? その人達が力を貸してくれるんだ。だから望みはある」


 しかしどう見てもマヤカは納得していない。流石に今回ばかりはマヤカも引き下がる気はない様子だ。それも当たり前だろう。避難指示を無視し戦場に行かせ、班の後輩を死なせたとなっては言い訳のしようがないからだ。もちろんマヤカはそんな自分のことよりもルータス達の身を第一に考えて止めているのは言うまでもない。しかしその口論の最中に頭の中に声が鳴り響いた。


 ――ルータス


 その声は聞き間違えることなどありえない絶対の王であるディーク・ア・ノグアであった。それと同時にアイの視線を感じ目があう。どうやらアイも同じ声が聞こえているようである。

 

「はい! どうしましたかディーク様!」


 ルータスはいきなりのディークの声に思わず場違いな大声をあげてしまい、マヤカとガレットは意味不明なルータスの行動に驚き静まり返った。スコールもディークという名前に何かを察したようだ。

 自分でわざわざ注目を集めてしまったが、今のルータスにとってはそんな事どうでもよかった。ルータスにとって一番優先されるのはディークの声であるからだ。


 ――ルータス、アイ、今から北門の前に集合だ。

「分かりました。すぐに行きます」

「アイもすぐ行きますー!」


 ルータスはすぐにスコールに目で合図をするとルータス達はマヤカを無視して走り出した。

 全く何も感じないと言えば嘘になるがディークからの命令が出た以上はマヤカの意見など聞いている場合ではない。

 いきなり走り出したルータス達3人の背中に向かってマヤカは何かを叫んでいるがよく聞こえなかった。間違いなくいい言葉ではないだろう。


 北門に近づくにつれて人混みが減っていくのが分かる。そして北門の周囲には一般人の姿はなくエルドナの軍隊や冒険者パーティなどの猛者どもで溢れかえっていた。

 数え切れないほどの人数が集まっており、それぞれが放つ殺気と金属の装備が鳴らす音が耳に飛び込んでくる。

 流石にルータスもこれほどの戦闘集団の中に混じった経験などないのでその空気にすこし圧倒された。


 しかしすぐにルータスはディークの気配を感じその方向に振り向くと、ヴァンパイアの姿をしたディークとミクの姿があった。

 何故か周りから一際浮いているように見える。依頼を受けた冒険者パーティの中にも他種族はいるためヴァンパイアがいること自体は不自然ではない。

 強い者ほど強さに敏感であるため、ディークの内に秘めた底知れぬ何かを周りは感じ取ったのであろう。

 ルータスは別に自分が凄いわけではなかったが他から一目置かれるディークの姿がとても誇らしく思えた。

 

「ディーク様!」


 ルータスは声を上げながらディークの元へ行くと、ディークはいつもの立派な黒い服に真っ赤な目の姿でミクも立派なローブを着ていた。

 今日はエルフの姿ではないらしい。流石にあたりまえか――

 ディークは一瞬スコールに視線を向けたように思えたが、


「テオバルトから我が軍へ正式に応援の要請があったのでな。俺達もこの戦闘に参加することとなった」

「分かりました」

「何やらオーガの部隊も来るらしいぞ。フフフ……この際丁度いい、俺達の宣伝もかねて派手に行くとしよう」


 そう言うとディークは手を振りかざしなにかの魔法を唱えると、ルータス、アイ、スコールの3人は光りに包まれる。

 そしてその光が消えると同時にアルフォード学園の制服から普通の軽装戦士の防具に変わっていた。

 魔力結晶から作った装備ほどではなかったが明らかに魔法装備であり強い力を放っている。


 防具だけ見てもオリハルコンの様な輝きを放ちそこら辺の冒険者に見劣りしない防具であった。アイはもちろんローブを着ておりスコールもルータスと同じ防具のようだ。

 与えられたのは防具だけで武器はない。レヴァノンと紅魔結晶の杖があるからそれを使えという意味であろう。


「流石に学生服のままだとまずいからな。即席だが制服よりましだろう」


 確かにこの状況で学園の制服を着ていると逆に目立つな……

 一応傭兵っぽくしていたほうが面倒に巻き込まれなくてすむだろう。


「ディーク様、アイ達はなにをすればいいの?」

「うむ。俺達の目標は、エルドナに向かってくる脅威を排除しつつ敵の本隊の制圧だ」

「アイ頑張っちゃうからね!」


 アイは腕をブンブン回しながら気合一杯だ。しかしディークは少し声のトーンを落として、


「と言うのが建前で、真の目的は我が魔王軍のその名を世界に知らしめることだ」


 ――なるほど。ついにこの時が来たのか。大きな組織、いや、国として動くのであれば世界にその名が知られていなければ誰も相手にはしないだろう。

 名前を売るのであれば今回のような他国が絡む大きな戦闘で力を見せつければいいだけだ。

 ディーク様ほどの力があれば後は勝手にそれぞれの兵士や冒険者が噂を広げてくれるだろう。それならこの戦争はタイミングも規模もぴったりである。

 

「分かりました。それとディーク様に一つお願いがあるのですが……」

「何だ? 言ってみろ」

「学園の仲間であるエリオットと言う男が巻き込まれ研究所跡に捕らえられているのですが助ける為の力を貸してください」

 

 ディークはスコールに視線を向けると小さくうなずき、小さく「なるほどな」と言うのが聞こえた。


「ではその男が我軍にとってどのような利益をもたらしてくれるのか言ってみろ」


 ディークの言い方は言葉だけ見れば酷く冷たいものであったが、複数の人が関わる以上、友達だからとかなどという感情論だけで隊を動かすことなど出来るはずはないだろう。

 ルータスだってもし自分が捕まったとして多くの犠牲の上で助けられたとしても喜べはしない。

 それにディークの言葉には、もっと深い意味があることをルータスは感じ取っていた。ルータスの知るディークという男はそんな単純ではない。

 ルータスはディークの目をじっと見つめはっきりと言う。


「エリオットは将来、魔王軍の貴重な戦力となります。そして僕が推薦する新しい仲間です」


 これが正直な気持ちだった。もしこれでダメならこれは運命と思うしかなかった。

 自分より遥かに叡智に長け先を見通すことができるディーク様がそう判断したのだから――

 ルータスはディークの言葉をじっと待つ。まるで時間の流れが止まっているんじゃないかと思うほどにその一瞬は長く感じ、騒がしいはずの周りの音も聞こえなかった。


「そうか――お前にそこまで言わせるほどの男だ。いいだろう」


 ディークは手を掲げると、


「予定を少し変更する。敵の本隊の制圧と我が軍の仲間の救出だ。いいかお前達、俺達に盾ついた愚か者に等しく死を与えてやれ」


 ルータスは心の底から感謝を込めて大きく頭を下る。

 不安がなかった訳ではないがディークであれば必ず力を貸してくれるとルータスは信じていた。 


「ありがとうございます! ディーク様」 

 

 ディークはルータスの頭をポンポンと軽く触ると、一人の男に視線を向けた。その男はエルドナ軍騎士団長のベルフ・ドミニクであった。ディークはベルフの元へ足を運ぶと、手を差し出し、


「テオバルト・アルフォードの要請によって参加させてもらうことになったディークだ。今日はよろしくたのむ」 


 ベルフはルータス達を見つけると何かを感じたのか一瞬動きが止まるもすぐに手を差し出し、


「君が噂の男か、まさかヴァンパイアだったとはな」


 握手を交わす2人であったが何か変な壁があるように感じた。過去に二人の間に何かあったのであろうか?

 すると横にいた兵士が今度は敵意むき出しての表情で、


「戦士長! こんな誰かも分からない男を信用していいのですか!? いくらテオバルト様の――」


 ――なんだこいつは? その暴言……そうか、こいつは敵だ。


 ルータスは一瞬にして頭に血が上り剣を抜き体を深く落とし斬りかかろうとした瞬間、誰かに腕を掴まれ止められる。

 振り向くとそれはスコールだった。しかしすでに事はおこっていたのである。

 いつの間にかミクは恐ろしく冷たい表情で男の首を左手で掴み持ち上げていたのだ。


 男だって兵士である。ガタイはもちろん鍛え抜かれ引き締まっており金属の大きな防具を身に着けている男は並の重さではない。そして重さが男の首にかかり苦しそうな声上げている。

 ミクのそのスレンダーな体格からは想像できないほど軽々と持ち上げられミク自身も少し浮かび上がる。そして男は宙吊り状態となり足をバタバタさせ始めると、ミクはその男の顔の前に右手を広げその手が輝き出した――


「二人ともやめろ――」


 ディークの声は低く静かに放たれたがルータスは驚きのあまり剣を落とした。初めて聞いたディークの怒りの声にルータスは心底震え上がったのだ。

 ルータスだけではないミクですら男を落とすと大きく目を見開きディークの顔を眺め、


「し、しかし――ディーク様。こんな無礼な奴を生かしておいては……」


 ディークはミクからルータスに視線を動かし、


「お前達は俺の言った言葉の意味が分からなかったみたいだな。ここに何をしに来た? 俺の顔に泥を塗りに来たのか?」


 ルータスは膝を付き頭を下げると、


「す、すみません! ディーク様の御意志はこの戦争に勝つことです」


 ディークはベルフに頭を下げると、


「すまない。すこししつけがなってないものでな」


 いきなりの展開に呆気にとられていたベルフも、


「こ、こちらこそ、力を借りる立場なのに部下が無礼を……」


 ベルフは座り込んで咳き込んでいる男を掴み立ち上がらせると向こうへ行くように促し男は逃げるように去っていった。


 危なかった。コー君が止めてくれなきゃ危うく斬っちまうところだった……


 もしあのまま斬ってしまっていたらディークにどれだけ怒られるか考えるだけでゾッとする。ルータスはスコールに感謝しつつ軽はずみな行動はつつしむように心に誓った。


「ククク……テオバルトの期待に答えられる力は見せてやるさ。そろそろ開戦の準備でもしようか」


 そう言うとディークは大きく手をかざす。すると強力な魔力がその手の平に集まり輝き出した。

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