第45話 信頼と決意
結局その日にエリオットは学園に姿を見せることはなかった。
何か変な物でも食べて腹でも壊したのだろうか? 体調不良で学園を休むことはそこまで珍しいことではない。それは冒険者やハンターでも同じことである。
一般的にどんな強者でも仕事より体調を優先させるのは世界の常識だ。
誰だって命は一つしかないだけに、万全でない状態で戦闘に参加し命を危険に晒すようなことはしない。それに無理をすればパーティメンバーの命すらも危険に晒すことになるからだ。
――そして次の日の朝、ルータスとアイは今日も同じ道を通って学園へと向かっていた。
目の前にそびえ建つ学園の大きく立派な建物が段々と近づいてきている。周りの生徒も皆同じ方向に向かって歩いていて様々な足音が耳に飛び込んでくる。
大きく深呼吸をすると朝の澄んだ空気が気持ちよく、この風景も大分見慣れてきたものだ。
「今日はくるかなー?」
ルータスは思わず呟いた。
せっかく仲間に誘おうと張り切っているのに、本人が学園に来なければどうしようもない。こういった事は、その気になったらすぐに行動したいと思うだけに何かもどかしかった。
「来るんじゃない? 気になるなら今日家まで行ってみればいいじゃない」
それもそうだな――
よくよく考えれば家にいるほうが2人だけで話せて色々都合がいい。
今日来なければ御見舞もかねて行ってやるかな。
そんなことを考えながら歩いていると学園の大きな門の横に立っていた青い髪の人物に視線が吸い寄せられた。
――ん? あれはやっぱりコー君じゃないか。何でこんなところにいるんだ?
状況から見てどう考えても自分達を待っていたのだろう。
ルータスは足早にスコールの元へ駆け寄っていくと、スコールもルータス達に気づき手を上げながら軽く挨拶を交わすと、
「やっと来たな。いきなりだが今からエリオットの家にいくぞ」
「ん? 何かあったのか?」
「まだエリオットは来ていないんだ。多分今日も来ないだろう。だから少し気になってな」
「分かったすぐ行こう。アイはマヤカさんに少しだけ遅れると言っておいてくれ」
「分かった。じゃぁ伝えておくね。お兄ちゃん」
アイに伝言を託してルータスとスコールは来た道を引き返すとエリオットの家へと歩きだした。
スコールは思いつきでこんなことを言うような男ではないとルータスはよく知っている。凡人には意味のないように見える行動でも全て考えられた上での行動なのだ。
スコールの歩みは早く焦りに似た何かを感じる。スコールはそんなルータスの視線を感じたのか、
「これはただの勘なんだが、もしかしてエリオットの身に何かあったんじゃないかと思ってるんだ」
「え?」
その言葉にルータスのトーンが一気に下がった。
勘といえば普通は全く根拠のない直感的に感じるものである。しかしスコールの場合の勘とはしっかり根拠があるもので、今までその勘は大体当たっていたからだ。
「あいつが5級生の時に休んだ日は一日もなかった。普通なら休むこともあると思うだろう。でも今は違う」
「どういうことなんだ?」
「あの事件からそれほど経ってない状況で、今まで休んだことのないやつが何の連絡もなしに2日も休むことが偶然なのか? よくよく考えれば敵はアルフォード学園と関わりがあることしか情報がないんだ。何をしてきてもおかしくはない」
流石にそれは考えすぎだろうと笑い飛ばしてやりたかったが、ルータスを襲った胸騒ぎがその言葉を言わせなかった。
2人は無言のまま自然と足も早まり、すぐにエリオットの家の前についた。
外からは特に変わった樣子はない。もし何かしらのトラブルに巻き込まれていたとすれば罠が張られている可能性も高い。ルータスは無言のままスコールに「行くぞ」とい言った視線を飛ばすとスコールも静かに頷く。
ルータスはエリオットの家の扉を開くと、不気味なほど静まり返った室内が視界に入る。2人は部屋に入るもエリオットの姿はなく、部屋の端には親父の形見である刀が木箱ごと無造作に置かれていた。
「おかしい――人がいた形跡が感じられない」
スコールの言うとおりだ。
何よりもエリオットがあれほど大切にしていた形見である刀をほりだしたまま何処かへ行くとは考えられない。やはり何かトラブルに巻き込まれたのは間違いないようだ。
「何だこれは? 変わった剣だな」
「剣じゃない。刀と言うらしいぞ。エリオットのお父さんの形見だそうだ」
スコールは刀を手に取り鞘から少しだけ抜くと、磨き上げられた刀の腹に反射した光に目を細めながら、
「すごい武器だな。この手に吸い付くような感覚、並の武器じゃないな。しかしこれではっきりした」
スコールの言いたいことは分かる。
家にエリオットの姿はなく学園にも来ない。そして誰が見ても価値があることが分かる刀が放置されているということは、元からエリオット自体を狙っていたということだ。
するとスコールは刀の鞘の部分から何かを取り出した。どうやら紙のようでそれを広げると、一気に表情が曇る。
「どうやら悪い勘は当たってしまったようだ。エリオットは北の研修所跡にいるらしいぞ。どうする?」
「そんなもの決まってるだろう」
「俺達だけでか?」
そんなこと無理に決まっている。敵は間違いなくフランクア王国だ。
気合だけで突っ込んで行っても仲間を危険に晒すだけで勝ち目などはないことをアレス戦で痛いほど痛感している。そして学生だけでどうにかなる話でもないことも――
「ディーク様にお力を借りるしかない。今回の事件は少なくとも僕達の組織が聖剣を奪ったことが原因だ」
ルータスは恐れていた。自分達がしたことによってもしエリオット、いや、親友に何かあれば自分はどう責任を取ればいいのだろうか?
スコールはルータスの目をじっと見ると、首を横に振りながら、
「そのことでお前が責任を感じる必要はない。どの道あの時、勝たなければ俺達は死んでいてエリカも戻ってこられなかったんだ。あの時の俺達は皆、最善の手を尽くしたはずだ」
「そうか……ありがとう」
「それに――お前が行くなら俺も共に行こう」
ルータスは「それはダメだ」と言おうとするも、口に出すことはなかった。それは今まで何度も共に戦ってきたスコールの強さを誰よりも信頼していたからだ。
普通に考えて敵の罠の真っ只中に行くことになるのは明白である。もしかすれば死ぬかもしれない。だがここでスコールを突き放すことは彼に対しての最大の侮辱であり、それをすればもう二度と笑い合うことはないような気がしたからだ。
「……分かった。まずはアイと合流しよう学園まで急ぐぞ」
「あぁ」
そしてスコールは刀を握りしめると、
「エリオット、お前の力、少しだけ貸してもらうぞ」
そう言うとスコールは刀を腰にぶら下げ2人は部屋を飛び出した。すると外がなんだか騒がしく、目の前の道には人だかりができ何かを話している。そしてその中の一人がルータス達に気づくと、慌てた樣子で、
「おい! やばいぞ、モンスターの大群がエルドナに向かって来ているらしい。丁度今、街全体に避難指示が出たみたいだぞ」
◇
エルドナ王国王宮の中心に位置する一室がある。その場所こそエルドナの中で一番重要な部屋だと言っても過言ではない。
王やそれに関わる重要な地位に就いた者たちしか入ることの許されない場所であり、ほとんど使われることはない部屋である。しかし部屋全体の作りはとても豪華で、この部屋の前では並の貴族の家などでは比べ物にならないだろう。
部屋の天井からは大きなシャンデリアぶら下がり、真っ赤な絨毯は、それ一つだけでも魔法武器すら買えそうなほどの高級品であることが見て取れた。
そんな部屋に現在、国王を中心とする数々の男たちの姿があった。
部屋の壁には大きなエルドナ王国の国旗が描かれており、その中心に座る男こそこのエルドナ王国のトップであり現国王であるコルネリウス・エルドーナであった。
歳は60過ぎであり豪華な服に身を包み、この場にいる誰よりも威厳と風格があった。
しかし部屋全体はかつてないほどピリピリとした緊張に包まれている。本来は学園長であるはずのテオバルト・アルフォードも緊急時のため王宮へ呼び出されていた。
そしてそこには騎士団長のベルフ・ドミニクを筆頭に各々の軍の最高司令官達の姿があった。
しかし誰一人口を開こうとせず部屋全体が重々しい雰囲気につつまれている。しかしその沈黙を破るかのように扉が4回ノックされ静まり返った部屋に鳴り響くと、部屋の視線はその音の方向へ吸い寄せられた。
扉の両端に立っていた兵士が小さく扉を開け確認すると、コルネリウスの方へと報告を行うためにやってくる。しかしコルネリウスはそれを手で抑止すると、
「今は緊急事態だ。面倒な手順は省き、すぐに報告させろ」
その言葉に兵士は直立不動で敬礼をしながら、
「は、はい! それではただちに!」
兵士はすぐに扉に戻り手早くコルネリウスの言葉を伝えると、扉は大きく開かれ金属の鎧に身を包んだもう一人の兵士が足早にはいって来た。そして王の前までやってくると膝を付き頭を下げる。
本来であればここで、「面を上げよ」と許可が出るまで動くことは許されない。しかし今は国王の意思を優先させその言葉を待たず兵士は大きな声で口を開いた。
「失礼ながら報告申し上げます! 先遣隊によりますとエルドナ北東の研究所跡の方角から今まで見たことのないモンスターの大量の群れがこのエルドナエと向かっております! その数は確認できるだけでも千を超え更に数は増えており、予想される到達時刻は昼までとのことです」
コルネリウスは目をつぶりながら、
「報告ご苦労であった。下がってよい」
「はっ!」
そう言われた兵士は立ち上がり大きく礼をすると規則正しい歩みで部屋を後にした。そして少しの沈黙のあとコルネリウスは口を開く。
「この状況をどうみる? テオバルト」
国王の言葉に全ての視線を集めたテオバルトは小さく唸った。
やはり――と言ったところである。テオバルトは昔、コルネリウスの魔法の教育を任されており、若い頃からその信頼を得ていた。いくら国王といえども全て自分で判断はできない。国の緊急時であればまず最初に意見を求められるのは自分であることは分かっていたのだ。
しかしそれは裏を返せば国の命運が自分の言葉にかかっているという意味に他ならない。いくらテオバルトでもそのストレスにより胃はキリキリ悲鳴を上げている。
「断言はできませぬが――状況から察するにレイモンド博士に関係する人物が関わっているような――」
その言葉に部屋全体がざわめきたった。レイモンド博士とは昔、エルドナで人体実験を行い今も行方を追われている危険人物である。そしてテオバルトは更に続け、
「アビス地下階層ですら5層まで潜った事もあるエルドナ軍が知らないモンスターの方が少ないはずじゃ。千以上のモンスターの群れが全てその例外だけとは考えにくいじゃろう。なら答えは一つじゃ。それは――」
テオバルトは一同を見渡すと誰もが答えを求めている樣子が見て取れる。
「作られた存在だからではないかと思っておる。それに研修所跡の方角から来ているのもそうじゃ。レイモンドであれば研究所に秘密裏のゲートの陣をひいていてもおかしくはなかろうて」
「そんなことが? なぜ今ごろになって……」
「何か根拠はあるのですかな?」
「まさか……信じられん」
テオバルトの推測に思わずベルフが口を挟むとそれに続き各々が口を開く。
テオバルトは鋭い視線を飛ばしながら、
「知らぬとは言わせぬぞ。レイモンドならエルドナに強い恨みを持っているじゃろう」
実はレイモンドの起こした事件には大きな闇があった。それはレイモンドの事件は彼1人が起こしたものではない。
その当時のエルドナはフランクア王国の脅威から守るために生物兵器を研究していたのだ。
その責任者として数々の実績もあったレイモンド博士が抜擢され、王国の命令で強力で思い道理に動かせる生物の研究を極秘裏に行っていたのだ。
モンスターに人の脳を移植したり強力なモンスターの細胞を人に埋め込んだりとその実験はおぞましいものであった。やがてその実験が明るみになると王国は全ての罪をレイモンドになすりつけ口封じに彼を捕らえようとしたのだ。
もし彼が生きていれば年齢は60代であり、間違いなくエルドナに強い恨みを持っているだろう。この事実は王国内では一部のものしか知られておらず口にすることはタブーとされていた。
「し、しかしそれならレイモンドは今までどうやって各国の指名手配から逃れてきたのですか?」
「おそらくは……フランクア王国じゃろう」
その言葉に一同は息を呑みこんだ。研究所を設けて裏で行った人体実験の数々がもしフランクア王国に流れたとすればそれは恐ろしい脅威となることは間違いないだろう。
そしてその推測が当たっていたとすれば今になってエルドナへ帰ってきた理由はただ一つ、事件から十数年の時を得てレイモンドは実験を完成させ、復讐を果たそうとしているのだ。
コルネリウスはテオバルトの言葉に深く頷くと、
「では何かいい策は考えておるのか?」
又しても部屋は静まり返りテオバルトに視線が集まる。
そしてテオバルトは少しの沈黙の後、コルネリウスに視線を飛ばし、
「国王陛下、ゲートがあったにも関わらず今になって攻めてきたということは、敵は万全の準備をしてきておると考えて間違いはないじゃろう。国民に被害が出る前にオーガの国のカルバナ帝国に応援を頼むのが最良かと思います」
テオバルトは口には出さなかったがもう1つ聖剣といった心当たりがあった。
どちらにせよフランクア王国が本格的に動き出したのであればこちらも構えて置かなければ危険である。
それに――
「国王陛下、ワシの知り合いに素晴らしい力を持つ者達がおるのじゃが。もしよければ部隊に加えてもいいですかな?」
「ふむ……テオバルトがそこまで言う程の男だ。許可しよう」
テオバルトは大きく頭を下げる。そしてニヤリと笑った。
まさかこれほど早く試す機会が訪れようとは――
この事件はエルドナにとって大きなチャンスとなるだろう。そしてディーク・ア・ノグアという男がどれほどの力の持ち主なのか、この目でじっくり見させてもらおう。




