第4話 始まり2
彼は目の前で起こった事が信じられず、まるで夢でも見ている様な感覚に陥った。
アビスに来られる様なハンターを瞬殺したあの魔法は、今まで見たどんな魔法よりも凄かった。それどころか一般的な魔法とは根本的なところから違う別次元の何かと思えるレベルだ。
仲間らしき女性2人も現れこれから自分はどうなるのか? と言った不安で押しつぶされそうだった。
「初めまして怪我は無いかい? 俺はディーク・ア・ノグァだ。ディークと呼んでくれ」
その敵意の無い言葉に彼は少し安堵した。しかしまだ何者か分からないだけに油断はできない。
「オイラはホクロンと言うでやんす。た、助けてくれたでやんすか?」
状況からしてどう見ても助けてくれている。殺すつもりならあの人間と一緒に殺せばいい、そして情報を得たいなら人間を生かした筈だからである。
しかしホクロンはどうしても安心がほしかった。それを見透かしたようにディークと言った男は無言で首を縦に振った。
「危ないところを助けてくれてありがとうでやんす」
深々と頭をさげた。
「私はミクと言います」
「ヤッホー! アタシはミシェルだよ!」
後ろの黒髪の女性と金髪の子供が言った。ホクロンは生物的な本能がこの2人も異質な何かのような予感がする。
「自己紹介も住んだところで少し話がしたいんだけどいいかな?」
「し、しっている事なら答えるでやんす」
「ここら辺に村とか無いのかな? それとここは一体どこら辺になる?」
――え? 迷っているのか? いや違う、話し方からするにここがアビスだとすら分かって無いみたいだ。これ程の力があるのに迷子なんてありえない。様々な疑問が浮かびながら質問に答える。
「ここは、アビスでやんす。周りに村はないでやんす」
「なるほど……アビスか、どうりで……ちなみにホクロン、君は一人なのか?」
その言葉にホクロンは一つの疑念を感じた。
まさか一族全員捕える為? そんな疑念がとっさに嘘を言ってしまう。
「そ、そうでやんす」
マズい。明らかに不自然な言い方をしてしまった。そしてディークから変に視線をそらせてしまった。多分ウソなのはバレただろう。ホクロンは後ろめたい気持ちで恐る恐る視線を戻すと。
思いたった様にディークは右手かざし、何も無い空間から一冊の本を取り出した。そしてゆっくりと話し始めた。
「信じられないかもしれないがこの本は、時空の書と言ってレリックだ。この本は開くと色々な物を入れられる特殊な空間に繋がっていてね。そこは時間すら干渉されない。要するに食い物を入れても腐らないと思ってくれればいい。何が入っているのかは入れた瞬間この本に表示される訳だ。本来この書に生物は入れる事は出来ない。しかし回路に問題が生じ運悪く俺はこの本の中にかなりの時間閉じ込められてね。今さっき出てきたところで状況が知りたいんだ。力を貸してはくれないか?」
ディークはまるで、こっちも話したのだからそっちも話せと言わんばかりに軽く頭を下げてきた。
ホクロンはディークの言った言葉に心底驚きはしたが彼らの不思議な雰囲気に納得した。それになんとなく嘘は言っていない気がしたからだ。
「も、もうし訳ないでやんす! オイラもいきなりで少しビックリして」
「それに俺はハーフだ。純血共からすれば俺も君も同じ様なものだろう。仲良く出来る気がしないかい?」
大きく深呼吸を一つしてからホクロンは話す。
「もう大丈夫でやんす。命の恩人でやんす。できる限り協力するでやんす。実はオイラも一族を引き連れてこのアビスに引っ越してきたでやんすが少し偵察していたら運悪く、さっきの人間に見つかって狩られかけていたでやんす」
剣を振り上げられた瞬間を思い出しガタガタ震える。
「さっきのディーク様かっこよかったね! 虫は虫らしく地にはいつくばって死ぬがいい。ドカーン!」
ミシェルが声のトーンを落としものまねをしている。ディークは顔を引きつらせるも無視して話を進める。
「とりあえず、ホクロンはこの先どうするんだい?」
「仲間と合流して、とりあえずはこの辺に身を隠して住もうかと考えているでやんす。アビスは危険だけど人間は殆どいないでやんすから、まだ安全かと思うでやんすよ」
「なるほど、仲間は近くにいるのかい?」
「いんや、オイラ一人見つかって必死に逃げてたでやんすから、少し離れてしまったでやんす」
国の周りが安全なのは人の立場であるからであり、ホクロンからすれば人の多い国の周りの方が危険は一杯だ。だからこそアビスに来た訳である。するとディークはゆっくり手を差し出した。
「ホクロン、俺の仲間にならないか? このアビスに国を、種族の壁などない純血共とは全く違う真の自由な俺たちの理想国家を作ろう。その為に力を貸してはくれないだろうか?」
その言葉は、あまりに突然であまりにぶっ飛びすぎていた。その場にいた全員が一瞬固まり理解するまでに時間がかかった。
「住む所を探さないで国から作るのですか? 本当にいきなりですね」
ミクは半分呆れた様な言い方だが、その目はこの先の未来が見えているかの様に希望に満ちている。
「流石ディーク様! アタシはディーク様なら国の一つや二つ全然余裕だと思う!」
ミシェルは力強く握った拳の親指を突き立て、キラキラさせた眼差しを飛ばしている。
「このアビスに国でやんすか!? そんなことが本当に可能でやんすか? そんなの聞いた事が無いでやんす。こんな所に国なんか作ったら危なくて生きてはいけないでやんす!」
「しかしホクロン、君はここに住むのでは無かったのかい? 国とは少し大げさだったかな。みんなで住めばより安全だろう? 俺様は神みたいなもんだから不可能はない。ここは未開の地だ。確かに強者はいるが軍はいないし来ないだろ? 君が仲間になってくれるなら君達は俺が可能な限り守ろう」
ディークは自信満々に言っている様子だが、すかさずミクからのツッコミが飛んできた。
「魔王じゃなかったんですかね?」
「うるさいよ! ソコ! まぁどの道ハーフの俺に人の世界でまともな場所など少ないからな。ならば作るしか無いだろ。少しでも共感したなら一緒に畑でも作ろう!」
確かにそうだ。一族だけでここに住むよりこの男が本当に守ってくれるなら一緒に住んだほうがはるかに安全だ。この非常識とも思える底が見えない力に守られるならばこれ以上いい条件はない。
しかしホクロンはコレだけは聞きたかった。
「なぜ? オイラを助けてくれたんでやんすか?」
その疑問は当然だった。住む為の安全や安定を手に入れたいなら、いくらハーフとはいえあの人間2人に取り入って国へ行けばいい。これだけの強さだ、生きるには困らないどころか富も名声も手に入るだろう。しかしそうしなかった理由は? 自分を助けることに何のメリットも無いと思ったからだ。
そんなホクロンに対してディークは、凄く優しく微笑んだ。
「そうだな、君の今日を必死に生きようとする姿を、生にしがみつく姿が、昔の俺の様に見えたんだ。だから剣を振り上げられたときに勝手に体が動いてた。そんな君なら友達になれると思ったんだ」
――友達、ああ……そうか……この人もそうだったんだ。ハーフである彼の、その純粋な言葉に込められた気持ちにホクロンは心打たれるものがあった。
「えぇー! ディーク様にそんな時があったんですか?」
ミシェルがあり得ないと言わんばかりに驚いている。
「まだお前達が生まれる前の話だな。あまりに遠い記憶だから俺自体もあんまり覚えてはいないがな」
「――ん? 生れる前? ええと、お二人はディークさんとは一体どのようなご関係でやんすか?」
嫁と子供とじゃないのか? と思っていたが、どうも違うらしい。
「嫁です」
「嫁だよ!」
2人から即答でかえってきて、その速さにホクロンは圧倒された。
「詳しく言うなら、書の中で俺が創造した2人だな」
そうこのミシェルもディークが創造した者の一人だった。ディークはその果てしない時の中で、自分の理想の外見の女性を創造したのだった。今ここにロリコンは時間では治らないといった新たな事実が発見されたのである。
「――はい?」
その答えにホクロンは度肝を抜かれた。創造? した? 生命を? あり得ない。そんな男が畑を作るのか?
「そんな事……本当に神の奇跡でやんすよ!」
「だから言っただろ魔王だって。そろそろ答えを聞かせてくれないか? 断ってもべつに構わない」
ホクロンは一筋の希望が見えた。本当この人なら。本当にこの世界に理想国家を作れるんじゃないかと。
「…………」
「分かりました。我が一族、魔王ディーク様の畑と、家、いや魔王城の建設を請け負うでやんす!」
そして手を差し伸べ力強く握手をした。
今ここに初めての魔王軍入隊第一号が誕生したのであった。