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ブラッド・ZERO  作者:
第二章 学園編
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第38話  それぞれの策  

 テオバルトとの交渉を終え、ディークは学園の中を見学していた。ルータスの話を色々と聞いてはいたが実際に見ると活気があり楽しそうだ。こんなに楽しそうなら自分も学生として入ればよかったな……などと考えながら空を見上げると、廊下の窓越しにはいる朝日が眩しい。

 すれ違う生徒も皆、これからの希望に溢れているような若人である。しかしそんな若人から一心に注目を集めているのはディークであった。


「やっぱりミク……逆に目立っているような……」


 目線の先には、まるで人形のような綺麗な顔立ちに透き通る綺麗な肌、周りの学生も思わず二度見してしまう程の美女である。そんな美女ミクが凄く嬉しそうな顔で、ディークの左腕を両手で抱きしめながら、べったりと引っ付いていたのであった。


「そんな事ありません。私達は学生の恋人同士と言う設定なんです。これは学生に溶け込む為に必要な事なのです!」


 そんな話は一切聞いていなし、恋人同士の設定さえなければやらなくていい事なのでは……と思いはしたが嬉しそうなミクを見ていると何だか言いにくい。


「でも少し離れたほうがよくないか? ほら、皆が見てるし……」

「ダメです! そんな事したら学園に来た意味がありません!」

「えっ! そうなの!?」


 学園には、ランスの頼みと学園長と取引をする為ではなかったのか? と言った疑問が頭に浮かぶも深くは追求しないでおく。


「もしかして……嫌なのですか?」


 ミクの声のトーンが一気に下がり、不安一杯の声になる。そして悲しそうな表情を浮かべ、ディークを上目使いで見つめながら瞳から何かを飛ばしてきた。


「そ、そんなわけないだろ。俺がミクを嫌がる事など死んでもありえん」


 その言葉にミクの表情は一気に明るくなり絡めていた両手に力を込める。


「うふふ……今日一日よろしくね、○○○君」


 ミクの言葉にディークは一瞬驚き、


「その名前、まだ覚えていたのか――」


 ――ディーク・ア・ノグア、彼の名前は実は本名ではなかった。時空の書の中で自分が付けた名前なのだ。はるか昔に自分ですらとっくに忘れていた名前――


 この世界の名前はファーストネームとラストネームに分かれており、ファーストネームが名前でラストネームは家名を表すものとなる。生まれのはっきりしないハーフなどが名前だけなのはその為である。

 ディークもハーフである為に例外ではなく、最初は名前だけてしかなかったのだ。しかしディークの場合は、ミドルネームまで付いており、それはただ単に付けるなら数が多い方が高位に見えるとからという適当な考えによるものだ。


「忘れるはずなどありません。この名前はディーク様と私だけを繋ぐ秘密の魔法なんです」


 そういえば書の中でミクと2人だった頃はずっとああやって呼ばれていた事を思い出した。2人だけの時間も言葉にするには少し長すぎる期間だったが今となってはいい思い出だ。

 ミクやミシェルに支えられたからこそ今のディークがある。遥か昔の微かな記憶が蘇り懐かしく気分に浸りながら小さく呟く、


「そうか……ありがとう」

 

 その言葉にミクは微笑むと肩に頭を預けてきた。

 ディーク達は食堂らきし場所にたどり着き、適当な席に腰をおろすと、向き合う形でミクも椅子に座った。


「それにしても流石はディーク様ですね。取引があれほどまでに思惑通りに運ぶとは――」

「上手く乗っかって来てくれたな」


 やはりテオバルト・アルフォードに最初にコンタクトをとった事は正解だった。あの男は他とは違う、頭も切れるし全体を見通すだけの目をもっている。聖剣を目の前にあれほど正確に状況を読み切れる者はそうはいないだろう。だからこそ上手くいった――


「しかし、ディーク様のお力が有れば服従を強いてもよかったのでは?」


 ミクは言葉とは裏腹に何故そうしなかったのかが分からず多少の不満があるように思えた。


「ミク、何か勘違いしているようだが、俺は友好的に接してくれる相手に対して力で押さえつけたりするつもりはない」


 もちろんテオバルトに対して力を見せつけ脅す事は十分可能であり1つの案としてない訳ではなかったが、それは最初から敵意むき出しで聞く耳を持たなかった場合のみだ。せっかく都合よく動いてくれると言っているのにわざわざエルフの国全土を敵に回すような事はあまりに愚かである。


「それは何故でしょうか?」


 ミクは理解できない樣子で首を横に曲げている。


「俺達が作るのは国であり、敵となる者も当然、国となるだろう。なら全ての種族を敵に回して戦争するつもりなのか? 仮にそれで勝利を収めたとして後どうするのだ? 色々な技術の情報源を自ら潰してしまうと大変だ。現に俺達は料理一つですらまともに作れなかったんだぞ」

「ではどうしてフランクア王国に匹敵する軍があるような言い方をされたのですか?」


 ディークはニヤリと笑うと、


「もし同盟を組もうと言ってきた相手が、自分より遥かに規模が小さい組織だとしたらミクは同盟を組むか?」

「――いいえ」

「だろう? あくまで対等でなくては同盟ではない。あんなもの嘘に決まっている。しかしテオバルトはその嘘を信じるしかなかった。何故なら俺が聖剣スライヤーを持っているからだ。聖剣を奪った事実がある以上は、利口な者ほど過小評価はしない。テオバルトの頭の中ではさぞご立派な組織が出来上がっていただろうよ。ククク……」


 いくら魔王軍が強者揃いでも今現在の規模では流石に戦争は出来ない。モグローン達など戦闘のできない者を守りながら戦うことは不可能と言っていいだろう。ディーク達の目指すは国であり只の組織ではないからだ。

 ただ強いだけでは国として成り立つ訳がなく、物が不足した時の入手ルートや人出が欲しい時などに、力を貸してくれる同盟国なしで上手くいくと考えるほど、ディークは楽観的ではない。


「ではあの学園長を上手くこちらの仲間へ引き込むのですか?」

「いや、それはない。テオバルトが取引に応じたのはあくまでエルフ国の為であった。考えてみろ、今頃フランクア王国では何が起こっていると思う?」

「――理解しました。なるほどです。フランクア王国との対立に向けて先手を打ったという事ですね」


 フランクア王国では今頃かつてない程の混乱に陥っているであろう。そのフランクア王国が今後とる行動は一つしかない。それは聖剣の奪還であるが、聖剣の所有者が不明な現段階ではエルドナに矛先が向く可能性が高い。

 そうなった場合、大きな戦争へと発展する可能性が高く場合によってはエルドナが滅びる可能性だってないとは言えない。テオバルトはもしそうなった場合に力を貸せと言った意味も含めて取引に応じたのだ。

 戦争に憶測だけで動き、前もって何の手も打たないほどテオバルトは愚かではない。そしてディークもそれを分かっていたからこそ友だと言ったのだ。テオバルトに渡した石は本当にディークへ連絡を取る為の機能しかない。あくまで対等でなければならないからだ。


「その通りだ。それに誰彼構わず敵対する様な行動を取った所で自分の首を絞めるだけだ」

「そこまでの、お考えがあったのですね。流石はディーク様です」


 ミクは両手を握りながらキラキラした視線を飛ばしてきた。


「とりあえず見るものは見たし帰るとするか」


 その声にミクは即座に反応する。


「今日はこのまま街に行って2人だけで色々偵察したいです! お昼ご飯食べたり、夜はバーでお酒飲んだりクフフ…… あっ、今度魔王城の娯楽設備の参考になるかと思います!」


 ミクはそう言うと立ち上がりディークの腕を引っ張る。何かと必至で不器用なミクの姿にディークは微笑み立ち上がると、ミクを自分の胸に引き寄せるように抱きしめた。

 周りにいた学生から何やら「おーー!」といった冷やかしの声が響くがディークの耳には届いていない。ミクとミシェルはディークが自分の為に生み出した生命でありディークの為だけに存在していると言ってもいいだろう。だからディークは2人には等しく愛を与えなければならない。

 永年に近い時間の中で培った3人の関係は常人では理解する事は出来ないだろう。そしてディークはミクの頭を撫でながら、


「そうだな。俺にとってはミクとの時間も大切だから今日は沢山偵察しようか」


 ミクはディークの背中に回した手に力を込めると、


「ミシェルが言っていましたが、私もこっちの世界に来てよかった!」


 そう言ってディークを見上げたミクの顔には笑顔が溢れていた。





 その頃――フランクア王国内は王国始まって以来最大の混乱に陥っていた。最高指揮官であるリグン・バルダットも例外ではなくその顔にいつもの冷酷な笑みも余裕も感じられなかった。


「誰か、何か案はないのか! お前達はこの状況を分かっているのか!」


 リグンの大きな声が城の一室に響いた。石で作られた部屋で幹部達が全員徴集され緊急の対策会議を行っている。リグンと幹部は丸いテーブルにそれぞれ座り部屋の壁には槍を持った兵士が規則正しく等間隔て立っている。

 リグンは立ち上がり机を拳で思いっきり叩くと周りの兵士はそのリグンの剣幕に圧倒され青い顔をしている。議題はもちろんアレス・ダニエルの死亡と聖剣スライヤーの事である。

 リグンは息を切らせながら高ぶった感情を必至で押さえると、


「すまん……少し興奮しすぎた様だ。君達に責任はないのは分かっている。これは完全に私の失態だ」


 リグンは頭を押さえながら話す声に覇気はない。幹部達もこのようなリグンの姿を見るのは初めてであった為に皆が動揺している。

 聖剣は4大種族が所有していた宝剣である。言い換えれば4大種族の証明でもあったのだ。今はまだアレス・ダニエル死亡といった事が外部に漏れている形跡はない。しかし何時までも隠し通せはしないだろう。

 もしこの事実が他種族にバレれば間違いなく他種族からかなり理不尽な取引を持ちかけられ植民地同然の扱いを受けることになるのは明白だ。


 戦争になった所で勝てる見込みは少ない。確かに聖剣使い1人失っただけと考えれば戦争を左右するほどではないと思えるだろう。しかし実際はそうではない聖剣使いは国にとっての勇者であり戦いの先頭に立ち皆を引っ張っていく者なのだ。 

 それ程に大きな存在であったアレスを失った事が知れれば、兵の士気も上がるはずもなく一方的に蹂躙されるのは目に見えている。他の3種族も自国の国力を上げるチャンスをわざわざ見逃すはずはない。国同士の戦いとは相手が弱った時に仕掛け徹底的に力を奪い再起不能にするのが常識だ。


「しかし! あのアレス・ダニエルが討たれるなどと誰が予想できましょうか?」


 幹部の1人が呻くように叫ぶと、次々に幹部達から声が上がる。


「一体何処の組織の者なのか……」

「聖剣使いを殺せる組織など聞いたことはないわ!」

「エルドナの策略にハメられたのかもしれんぞ?」

「まぁ待て、敵はエルフだけとは限らん」


 リグンは次々に投げ交わされる言葉を遮るように手を叩くと、


「まずは、聖剣の奪還を最優先に行わなければいかん。私が最後に見たのはカミルを殺したと思われる組織の子供だ。その組織が大きく関わっていることは間違いないはずだ」

「しかしリグン様、子供にそのような事が出来るとは思えません」


 どう見てもあの兄弟らしき2人がアレスを殺したとは思えない。ならば――


「これは憶測だが、私が去った後に組織の増援が来たと見ている。もしエルドナ軍が本当に到着しアレスを討ち取ったのなら2本目の聖剣の入手を大々的に公表しているであろう」

「そんな組織があるのですか?」


 リグンは眉間にしわを寄せながら深く頷く。

 にわかに信じがたいが、アレスが死亡した事は紛れもない事実であり認めるしかない。


「まずは情報を集め、聖剣の行方を敵の情報を得る事が優先だ。くれぐれも大きな行動は避けるのだ。皆の働きに国の未来がかかっておる事を忘れるな」


 幹部一同は大きく頷くと、リグンは一冊の黒い本を取り出した。封印されるように鎖で縛られているその本は(おぞ)ましい力を放ち辺りの空気を変えた。そしてリグンは皆を見渡してからゆっくりと口を開いた。


「まだ私達にはこのグリモアがある。このグリモアさえあれば我が国は滅びはしない」

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