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ブラッド・ZERO  作者:
第二章 学園編
37/119

第37話  秘密の約束

 テオバルトはディーク・エミールと名乗った男に向けた杖を慌てて下げる。


「まさか――ルータス君の?」

「ルータスの保護者と言えば分かるかな?」


 こうもあっさりと答えが返って来ると、なんと返していいのか分からなくなる。当たり前だ。気になっていた謎の転入生の親がいきなり目の前に現れたのだから。

 どう見てもルータスの親にしては若すぎると思うが、話を進めやすくする為にそう言ったのであろうか? しかしわざわざ生徒に紛れて訪れた事から何か重要な目的があると思われる。

 テオバルトはディークの後ろにいる黒髪の女性に視線を向けると、向こうもそれに気づき軽く会釈してきた。何か不思議な感じがする女性だ。エルフの姿をしているがエルフどころか人ですらないようにも思える。


「これは失礼、最近、事件があってピリピリしてましてな」


 その言葉に対しディークは、失笑しながら、


「疑わないのか? それとも何かな、俺がその本人だと分かる方法でもあるのかな?」


 図星を突かれ言葉に詰まる。普通に考えれば事件があったばかりの学園に、学生のふりをして進入した怪しい事この上ない人物の言葉を鵜呑みにした事になる。どう考えたってありえないだろう。しかしテオバルトは、ディークがルータスと何か関わりがある事をすでに気づいていたのだ。

 事件の事もあって侵入者かと一瞬思いはしたが、アルカナの力でディークからはルータスと同じ色の魔法が感じられたからだ。少なくとも関係者であることは間違いないだろう。本人の、言葉通りならば保護者――すなわち、テオバルトですら不明な魔法をルータス達にかけた者である可能性が高い。


「ま、まぁそんなところじゃ」


 相手の目的が分からない以上は軽はずみに情報を与えるのは危険である。だが、少なくともルータス達は敵ではないと思える。それは冬に行われた必修合同訓練の一見以来、ルータス兄弟を観察していたが何一つ怪しい行動はなかったからだ。

 歳相応の元気な子供で純粋に学園生活を謳歌(おうか)していた。それどころか今回の事件でも命をかけエリカ・クラウスを救出しており、逆に感謝したいくらいである。しかし目の前の男から感じる異様な雰囲気が緊張を解かせてくれなかった。


「今日はルータスの学び舎を見学するついでに、会いに来てやったんだよ」


 その言葉からは、明らかに敵意が感じられる。


「……それは、どういう意味じゃ?」

「ランス・エミールを嗅ぎ回り、俺の事を調べていたんじゃないのか?」


 あの愚か者が――テオバルトはベルフに対して怒りを覚える。あれほどダメだと言ったにもかかわらず勝手な行動を行い、よりによって一番不味い結果となってしまった。誰だってこそこそ探られていい気分になる奴は居ない。テオバルトは意を決して、


「分かった。もう変な腹の探り合いはなしじゃ。腹を割って話そうではないか」


 こうなってしまってはもう、小細工は意味をなさない。それにテオバルト本人もルータス兄弟に魔法を使った人物とは話をしたい気持ちが強かった。


「まずはランスを探る事は早急に辞めてもらいたい。それに探っていた目的は何だ?」

「ワシはアルカナを持っていてな。魔法が色で識別出来る能力なんじゃ。このアルカナによりルータス君とアィーシャ君に何か分からない魔法が掛けられている事に気づいての、その魔法を使った人物が知りたかったという訳じゃ」

 

 自分の能力を他人に話すなど愚の骨頂である。しかし自分から持ちかけた以上は行動に示さなくては相手も話してはくれないだろう。テオバルトにとって今は自分の能力よりも未知の魔法についての情報の方が遥かに大切だったのだ。

 ディークは何か意味ありげに数回頷き、


「なるほど、そう言う事か。そんな能力があったとはな」

「ワシの名前は知っておるじゃろ? こう見えて中々魔法使いとしての名前は知られておる。しかしそんなワシですら見当すらつかぬ魔法は初めてじゃ。特にその隣の女性からはワシでは到底理解できぬような複雑な術式が感じられる。これほどの力、何か重大な使命があるのじゃろう。よければルータス君に掛けた魔法だけでも何か教えてはくれないか?」


 テオバルトの視線に気づいた女性が何故か少し恥ずかしそうにしている事が気になったが。高鳴る期待を胸にディークの答えをじっと待った。


「答える前に一つ約束してほしい。これから先は他言無用だ」

「当然じゃ」


 何とかこちらの真意は、ディークに伝わったようでホッとする。


「ルータス達はエルフではないんだ。だからエルフの姿に変えている。ただ少しバレないように細工はしているがな」


 そう言うことか――ルータス達はエルフの歴史や土地勘など一般的な知識ですら乏しいと聞いていた。妙だとは思ってはいたがまさかエルフではなかったとは……


「それほどの事が出来るのか?」


 確かに、魔法で完全に姿を変える事は出来る。しかしそれを相手に気付かれない様に変えるとなれば話は別だ。自分に何かしらの強化魔法をかければ魔力を体にまとう事になり、それが必ず違和感となって現れるからだ。

 ディークの言った事が事実なら、どんな国でも潜入し放題という事になる。魔法は使うよりも使った事を隠す方が何倍も難しいのだ。


「こう見て俺は、実はかなり長生きでね。そういう知識はあるんだよ」


 ディークの態度から嘘を言っている様子はない。見た目からは、ただの若者にしか見えないが、ディークの言っている事が事実であれば見た目での判断は意味を成さないだろう。


「では何故この学園に入学させたのじゃ?」


 ディークは、テオバルトの目すら誤魔化せるほどの魔法の知識を持っている。事実、アルカナといった能力がなければルータス達に魔法がかかっている事に気づきはしなかっただろう。言い換えればそんな者に教える様な授業はアルフオード学園では行っていない。

 勉強させる事が目的ならばディーク自身が教えればいいだろう。わざわざこの学園に入学させる必要は全くない。そんなテオバルトの考えを他所にディークの答えは意外なものだった。


「あの子達には俺が出来なかったことをさせてあげたかった」


 ディークの全く裏表のない言葉には子供達に対しての優しさが深く感じ取る事ができ、ディークが損得だけで動く男ではない事に安堵する。


「他に何か変わった魔法はあるのかな?」


 テオバルトは、この質問こそ一番聞きたかった事と言っても過言ではなかった。まだ見ぬ未知の魔法に出会えるチャンスかもしれないからだ。ディークはニヤリと笑うと、


「では、お近付きの印に簡単な手品でもしよう」


 ディークはそう言うと人差し指をピンと伸ばし小さな炎を出した。赤い炎はゆらゆらと揺れながらその色を変えていきオレンジから黄色、そして青白く変化していった。これは、炎の温度が上がっている為に、上がれば上がるほど白に近くなっていくのだ。

 しかし炎の色が白くなった瞬間、テオバルトは余りの衝撃に絶句した。その炎は、紫色へと変わりその色はどんどん濃くなっていく――

 最後には真っ黒な炎になり、まさに地獄の業火であった。


「その漆黒の炎は……」


 何かの間違いかと思ったが、この炎こそ誘拐事件で目撃された炎に違いない。テオバルトは生まれて70年以上の時を魔法に費やしてきたが、誰1人黒い炎を出す者はいなかった。

 そんな炎を使える者が他に複数いるとは思えなかったからだ。そしてディークは人差し指をくるりと回すと、


「うぅん!?」


 テオバルトは驚きのあまりに変な声が出てしまう。ディークの指先の黒い炎は、次は小さな竜巻になった。それはただの竜巻ではなく、黒い炎をまとう竜巻だ。その回転は次第に早くなると、次は炎から雷と変化し竜巻の中のエネルギーが高まっていく。

 そしてエネルギーの高まりがピークをむかえるかの様に最期は弾けて消滅した。呆気に取られているテオバルトの視線に対してディークは手を広げ軽く振りながら、


「こんな手品は中々見られないだろ?」


 ディークは笑いながら言っているが、これは手品というレベルではない。魔法に精通してきたテオバルトだからこそ目の前で起きた事が信じられなかった。今までの積み上げてきた魔法の理論や常識が崩れ去り、まるで初めて高位の魔法を目の当たりにした時に感じた懐かしい感覚が体中からこみ上げてくる。


 一度、発生させた魔法の属性を変えるなど見た事もなければ聞いた事もない。それが出来る事でどんな効果や応用が出来るのかも一切想像がつかなかった。この瞬間からテオバルトの興味はディーク・エミールと名乗った男に、その全てが向けられた。

 それは今まで探るように見ていたディークに対する疑いや警戒といったマイナスの感情を全て吹っ飛ばし友好的な関係を築きたいと思えるほどに――


「それは一体――」

「はい、手品はおしまい――今度はこっちの番だ」

 

 ディークは言葉を遮ると、テオバルトは歯を食いしばり、


「分かった。何が知りたいのじゃ?」

「黒翼、という組織に聞き覚えは?」


 ディークの口から出た思いもよらない言葉にゴクリと唾を飲み込んだ。


「正式名称は黒翼兵団、その存在はほとんど知られておらず、団員などの情報は一切不明じゃ。今までの数々の事件で暗躍しているとされる戦闘集団じゃ」

「黒翼兵団は、フランクア王国に所属している組織なのかい?」

「それは違う。確かにフランクア王国なら雇う事は十分に考えられるが、黒翼兵団は何にも属さない組織であり金さえ払えば敵にも味方にもなろう」

「団員は全て人間なのか?」

「団員に関しては詳しい事は分かっておらん。少なくとも5名以上はおるじゃろう。ワシが聞いた情報では、ここ最近怪しげな動きがあるようじゃぞ」


 ディークがどういった経緯で黒翼兵団を知ったのか不明だが、その名前を知っているという事は、何かしらの衝突があったのだろう。テオバルトは黒翼と何があったのか気になったが質問を質問で返すような事は流石に出来ずに、ぐっと言葉を飲み込んだ。


「では、フランクア王国のリグンという男は知っているかい?」

「うむ。奴の名はリグン・バルダット、軍の最高司令官であり利益の為なら何でもする冷酷な男じゃ。エルドナ軍の中でも最重要指名手配されておる」


 エルドナ王国とフランクア王国は昔から仲が悪く何度も衝突を繰り返している。そのトップであるリグン・バルダットの命にはエルドナ王国から高い懸賞金かかけられていた。テオバルトも現役の時は何度も戦った事があり、その度、お互い多くの部下を失った。

 エルドナのテオバルト・アルフォードが光とするならばフランクア王国のリグン・バルダットは闇であり、双方相容れない関係であるといえるだろう。

 

「ふむ――ではここからが本当の相談なんだが、見るところによると学園長は中々話ができる男と見える。俺の組織は近々、国として動き出す。そう……これからは4勢力に新たな新勢力が生まれるのだ。その時にエルドナと友好関係を結ぶパイプとなってくれないか?」


 テオバルトはあまりにぶっ飛んだディークの言葉に空いた口が塞がらなかった。いきなり国などと言えば誰だって冗談か頭のおかしい連中だと思うだろう。そして失笑しながら、


「フフフ……面白い事を言うではないか。何か出来る策でもあるのか?」


 テオバルトの態度を見るなり、ディークは指をパチンと鳴らす。すると部屋全体に結界が張られたのが分かりテオバルトにも緊張が走る。


「これからは機密なのでね。情報が外に漏れない様に対策させてもらったよ。学園長――これを見てもまだ笑っていられるか?」


 ディークはそう言うと左手をかざし何もない空間から一冊の本を取り出した。そしてテオバルトは開らかれた本から取り出された物が何なのか理解するまでに、さほど時間はかからなかった。


「な、な、な……」


 夢ではない――それは紛れもない本物であり、見間違えるはずもない。世界に4本しかない国の象徴ともいえる剣、聖剣スライヤーである。


「俺達は既にフランクア王国から聖剣を奪えるだけの軍を持っている。これが何よりの証だ」

「ありえぬ……何故だ!? それはあのアレス・ダニエルが持っていたはず!」

 

 何度も衝突を繰り返したエルドナ軍の最大の障害となった鬼神アレス・ダニエル。幾度となく立ちはだかり煮え湯を飲まされてきからこそ、その強さは誰よりもよく分かっていたのだ。


「聡明な学園長なら何か気づいているかもしれないが、今回の誘拐事件での戦闘で我々の組織と戦いアレス・ダニエルは死亡し聖剣は俺の元へと渡ったのだ」 


 確かにそれならばエリカ誘拐事件の不可解な点は全て説明できる。激しい戦闘後、謎の血痕、黒い炎――

 生徒達の嘘だってそうだ。誰がそんな事があったなど報告できようか? そんな事、子供だって分かるだろう。ディークの言葉はにわかには信じがたいが聖剣を目の前にしている以上は信じるしかない。それだけの規模の組織であり、国を作るだけの力があると。


「この話を知っている者は他におるのか?」

「我が組織の者以外ではいない」

「何故、最初にワシを選んだ?」

「俺はエルドナの街が好きだからさ」


 これは好機だ。今後国として世界にその名が知れ渡った時に同盟として結託できればこれほど心強いものはないだろう。もしここで断れば、フランクア王国と取引をして敵に回る可能性だって十分にある。もしそうなればエルドナの未来は非常に危うくなるだろう。

 今この判断に国の行く末がかかっていると言っても過言ではない。それどころか部屋はディークの結界に囲まれている。情報を知ったテオバルトをただで帰してくれるとはとても思えない。ならば今取る行動は1つしかない。

 

「ハッハッハッハ――面白い! 面白いぞ。いいじゃろう。その国の行く末に何があるのかワシも見たくなったわ」


 今後間違いなく世界は大きく動くだろう。その始まりを今目の当たりにしているのだ。

 今後起こるであろう狂乱の前にエルドな王国は1つ手を打つことが出来た。これは他種族より圧倒的に有利である。


「流石はテオバルト・アルフォード、話が早い。ならば友の証としてこれを渡しておこう。ミクあれを――」

「はい。ディーク様」


 ミクと呼ばれた女性が赤い石を取り出しテオバルトの前の机に置く。何やらルータスのイヤリングを赤くした様な石だ。そして軽く一礼をしてディークの横に戻った。


「これは俺が作った物でありこの先必要となるだろう。早い話が連絡を取る為の道具だ」


 テオバルトは赤い石を手に取り食い入るように観察する。かなり複雑な魔法が組み込まれており常人ならその生涯をかけても一部ですら理解出来そうにないだろう。


「素晴らしい――」

「気に入ってもらえて光栄だ。今はこの事はくれぐれも内密でたのむよ」

「分かっておる。時が来れば――じゃな?」


 ディークは小さく微笑みながら本の中に聖剣を戻すと、もう一度指をパチンとならし結界を解いた。


「近い内に我が城へ招待し今後の計画でも立てようじゃないか。俺が書いた魔導書も我が城には一杯あるぞ」

「フフフ……それは楽しみじゃな」

「ルータスの事もよろしく頼む」


 ディークはそう言うと右手を差し伸べ2人は硬い握手を交わした。そしてディークは軽く会釈をすると部屋から出ていった。誰もいない部屋でテオバルトは呆然と立ち尽くし――


「フフフ……ハッハッハッハ――!」


 笑いだしたテオバルトの声は正に歓喜の声だ。静かな学園長室にその声は響いた。

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