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ブラッド・ZERO  作者:
第二章 学園編
36/119

第36話  潜入

 エルドナの朝は早い。日の出と共に街全体が動き出し活気が溢れる。これは単純に夜に行動するには光が必要になる為、同じ事をするなら日のある内に行動した方が余計な金がかからないからだ。

 その為、エルドナの街は太陽の動きに大きく左右され日の入りと共に一部のバーなどを除けば殆どの店が閉まってしまう。


 一般的な明かりのおこし方はランタンやランプなどの油で火をおこす物が主流であり、燃料の油だってただではない。だから金の掛からない太陽の出ている間に仕事を済ませておかないと夜は身動きが取れなくなるのだ。

 魔力結晶から光源を引くといった方法もない訳ではないが、魔力結晶は高額である為に光源確保の為だけに使う事は、よほどの金持ちでもない限りしないのである。

 そんな事もあって、朝を待っていた人々は、日が差し込むと同時に動き出す。


 しかしディークの居る店、エミールはまだ開店の樣子はなく静けさを保っていた。今日はこの店のオーナーであるランス・エミールに呼び出された事もあって、ディークはミクを連れてやって来たのであった。

 そして娘のクレハに応接室に通され待っているところだ。ディークは椅子に深く座り直し目の前の誰も座っていない椅子を眺めると、


「ディーク様を待たせるなど一体何を考えて――」


 ディークの後ろに立っているミクが不満げに言葉を滑らせ、その表情からは苛立ちを隠しきれない樣子だ。


「まぁ、そう言うなって、朝早くからいきなり訪ねてきたんだ。しかたがないさ」


 連絡手段はエルドナでは手紙か直接訪ねるのが一般的だが、ディークはアビスに住んでいる為にランスとの連絡手段はルータスに言付ける事が多かった。そんな理由もあって今日のディークはランスからすれば急なお客となってしまったのだ。

 ミクは納得していない樣子で渋々頷く。


 すると扉の向こうからバタバタと少し慌ただしい音が聞こえてくる。その音は扉の前でピタッと止まり少しの沈黙の後、その扉はゆっくりと開かれた。


「どうもすいません。こちらから呼び出しておいて――」


 ランスは頭をペコペコ下げながらディーク目の前の椅子に座った。


「いえいえこちらも、こんな朝早くから急に押しかけてしまったので――」


 2人はお互い挨拶のように淡々と言葉を交わす。ランスはホッと息を吐くと、ゆっくりと口を開く。


「早速ですが、実は最近気になることが合ってね」

「ほほう、それはどんな?」

「私の知り合いからの情報でね。何か王国側が私の事を嗅ぎ回っている様なんだ」 

 

 ディークは少し目を細めながら、


「なるほどね――」


 ランスはエルドナの中では力のある商人でありその情報網だってダテではない。そのランスがわざわざ呼び出してまで相談しているからにはその情報は間違いないだろう。

 それに王国がランスを調べているのは十中八九ディークのことだ。何かしらの方法でランスがアビスダイトを仕入れている事を知ったのか、ルータス達の素性がバレてしまったのかのどちらかであろう。

 どちらにせよ、ランスの後ろにいる人物に気づき嗅ぎ回っている可能性は高い。


「別にやましい事はしていないけど、ディークさんは目立ちたくないっていってたから報告しておこうと思ってね」

「やましい事をね……」


 ディークは少し笑みを浮かべ、ランスに視線を飛ばすとランスは不自然に視線をそらせ鼻の下の髭を撫でた。

 

 やましい事はしていないなどと言っているが、ランスはパイプの太い商人だ。裏では褒められない様な事だってしているだろう。今のランスが心配しているのはディークとの付き合いによって王国に目をつけられ、裏での仕事がバレる事だ。

 しかしランスからすればせっかく見つけたアビスダイトの入手先をむざむざ無くしたくもなく困っているわけだろう。


「少しの間、アビスダイトの取引は辞めて、おとなしくするしかないですかね……」


 ため息混じりにランスは呟く。それが一番確実な対策なのは間違いない。今はまだ疑いの段階だ。ディークとの繋がりがない事が分かれば王国だって暇ではない。すぐに監視の目はなくなるはずだ。

 しかしその場合ディークが困る事になる。魔王城の物資の殆どはランスが手配しているのだ。いつ終わるか分からないものをずっと待っているほど、魔王城は自給自足に優れてはいないのだ。

 

「ちょっと、この件に付いては俺の方で何とかしてみましょう」

「いいのですか?」

「その為に呼んだんでしょ?」


 ディークは笑いながら言うと、ランスは申し訳なさそうに苦笑した。そしてディークは右手でパチンと指を鳴ならすとディークとミクは光りに包まれた。


「おお!」


 ランスの驚きの声が響く中、光りに包まれたディークとミクは一瞬でアルフォード学園の制服を着たエルフの姿と変身を遂げた。


「せっかくだ。王国の叡智と言われるテオバルト・アルフォードに相談してみようじゃないか」

「い、一体、何を――」


 呆気にとられているランスを横目にディークはニヤリと笑いながら立ち上がり応接室を出るとカウンターにいたクレハが、


「あれ!? ディークさん? えぇ!?」


 部屋から出てくるといきなり学生服を着たエルフになっていたのだ。驚くのも無理はない。


「今から学園に行くから魔法でちょっと変わっただけだよ」


 学園に行くだけなら制服を着る必要はない。しかしルータスの事もあって少し学園の中を自分の目で見たい気持ちも半分あった。そしてもう半分は――


「ディーク様、何でしょうか? どうかされましたか?」


 ディークの真剣な眼差しに気づいたミクが不思議そうに口を開いた。ディークは顎に手を当てながら時より頷いている。


「学生姿のミクも最高に可愛いじゃないか。しかし――」


 ディークは人差し指を伸ばすと指先に強力な魔力が集まりはじめた。そして小さく何かを呟くと指先から放たれた魔力はミクのスカートに当たると溶け込む様に消えていった。


「ディーク様、何をなされたんですか?」


 ディークはミクの問に対して自慢げに、


「可愛いミクを見られるのは良いが、そのスカートの短さであれば激しい動きをした場合、パンツが見えてしまうだろ。それは絶対に合ってはならないことだ。だから俺以外には絶対にパンツが見えない様にスカートへ術式を刻んだのだよミク君」

「は、はぁ……」

「この俺の長年にわたる叡智の結晶がその術式には詰まっていると言っても過言ではない。いかなる者もこれを解除する事など不可能! 例え神や精霊の力を持ってしても叶わないだろう」

「言葉はかっこいいですが行動がかっこ悪いです!」


 ミクの呆れ声が響く中で、ディークは、ランスとクレハの変な人を見るような視線に気づいた。そしてわざとらしく大きく咳払いをし、


「と、とりあえず、これで準備は万端だ。早速出かけるとしよう!」


 とだけ言い残し逃げるように店を出ていったのであった。





 テオバルト・アルフォードはアルフォード学園の学園長でありがならもエルドナ王国の政治にも深く関わっている。それは元魔法騎士団長であり、王国に多大な功績を残してきた事もあって未だにその王国内での権力は大きかった。

 しかしそれは過去の栄光に浸かっているといった意味ではない。テオバルトは軍からは引退しているが、その叡智は健在であり、王国からはよく相談や助言を求められたりしているのだ。

 

 エルドナはエルフ領土の中で最大の街でありその人口も膨大だ。その為、問題も多く、治安、軍、隣国との絡みなど、上げていけばキリがない。

 そんな問題を抱えた者たちが最終的に相談に来る場所がここ、アルフォード学園の学園長室なのである。


「以上で報告は終わりです――」


 報告書を読み終えた兵士の視線の先には、立派な机の前に座っているテオバルト・アルフオードの姿があった。


「ふむ……」


 テオバルトは今、春の合同訓練でおきたエリカ・クラウス誘拐事件の大まかな詳細を聞いているところであった。今王国内はこの事件で持ちきりである。

 エルフ領土内に敵国であるフランクア王国の人間が侵入してきたのだ。これはただ事ではない。マヤカ班の活躍により何とかエリカ・クラウスの救出に成功したもののコロナ村同様に謎の多い事件となった。

 しかし今回はコロナ村の時とは違い手掛かりは残されている。少なくとも一連の事件はフランクア王国の企みである事は間違いない。未だその目的は不明だが間違いなくそれは今後、エルドナ――いや、エルフにとって害となすものだろう。

 テオバルトは、大きく息を吐き唸る。


「もう一度聞くが、今回の事件での手掛かりとなりそうなのはその2つだけなんじゃな?」

「はい。間違いありません」


 今回、発見できた手掛かりは2つ、1つは森の中で発見された胸に穴が空いた兵士の死体だ。そしてもう1つは黒いローブの男が使ったとされる本だ。話しによればその本から巨人は召喚されたという。

 

 カール山は学園指定の場所であり、ゲートで繋がっている。そして重大事件という事もあってテオバルトも軍の依頼で現場検証に参加していた。テオバルトは思い出す、あの激しい傷跡を――


 その中で引っかかる事もあった。それは戦闘が行われたであろう場所の生々しい傷跡だ。

 コロナ村と同じ巨人と戦ったはずなのに今回の戦闘跡はレベルが違っていた。確かに謎の転入生2人と学年一の天才、スコール・フィリットであればそのくらい出来るかもしれない。だが今回の跡は同じ敵とは思えないほど荒れ果てていたのだ。


 そして一番の疑問は血痕である。大きな血痕は2つあった。1つは大怪我をしていたルータス・エミールのもので間違いないだろう。ではもう1つの血は誰のものなのか? 間違いなくあれ程の血痕を残せばただではすまないはずだ。

 アィーシャ・エミールは斬られてはいないし、スコール・フィリットも骨折と小さな切り傷しかなかったのだ。その事から推測すれば――

 

 あの3人は嘘を付いている――


 何かもっと重要な事が起こりそれを隠している可能性が高い。間違いなくあの場にはあの3人以外の人物が居たはずだ。


「軍はフランクア王国について何と言っておるのじゃ?」

「はい! 今はまず、国境の警備を増やし敵の出方と見る他ないとの意見が出ております」


 テオバルトは椅子の背もたれに背中を預け天井を見上げる。

 普通に考えれば、戦争のきっかけにもなる事件だ。しかしフランクア王国と戦争になればエルドナも痛い目を見る事になるのは明白である。事は慎重にしなければならないだろう。


「他の訓練に参加していた生徒で何か目撃した者はおらんのか?」


 その言葉に目の前の兵士はハッとした表情を浮かべ慌てて口を開く、


「先程聞いた情報ですがカール山付近に居た生徒が、何か巨大な黒と赤の炎の柱が上がり空へと消えていったと証言しております」

「それは本当なのか?」

「分かりませんが、間違いなく見たと言っておりました」


 テオバルトは深く考え込む。それが本当ならそんな魔法を誰が放ったと言うのか? 正体不明のもう1人の可能性もあるが黒い炎とはいったい――

  

「報告ご苦労であった。もう自分の仕事に戻ってくれていいぞ」

「それでは、失礼します」


 テオバルトの言葉に兵士は背筋をピシッと伸ばし敬礼をして、部屋を出ていった。


 ドアが閉まる音と共にやってくる静けさにテオバルトは安堵の息を吐く。この誰もいない学園長室の静けさだけが心を落ち着かせてくれる。

 テオバルトは元々、煩わしい軍や政治が嫌だったのだ。学園を作ったのも子供達を教え成長していくのを見守りたかったからだ。しかしせっかく軍を辞めて、学園でゆっくり出来ると思ったのに毎日のように押しかけてくる国の関係者で慌ただしい毎日――


 そんな事を考えていると、又しても扉をノックする音が聞こえる。テオバルトは苦笑するも頼ってもらえる時が花であろうと思い口を開く。


「どうぞー」


 扉は開かれ、現れた男女は、姿からして学園の生徒だ。しかしテオバルトには全く見覚えのない生徒であった。テオバルトは一度見た人物ならある程度は記憶できる。そんな彼が全く見覚えのない生徒など、この学園に居るはずはない。

 

「お主は一体何者じゃ!?」


 その声は学園の生徒に向けられる声ではなく、警戒と敵意に満ちている。テオバルトは杖を手に取り立ち上がると鋭い視線で睨みつけた。

 すると目の前の黒髪の男は静かに口を開く。


「ディーク・エミールとでも名乗っておこうか」

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