第35話 死闘5
スコールは目の前で繰り広げられる光景を、夢中で眺めていた。スコールだけではない、ここにいる誰もが言葉を忘れ目の前の戦闘をただ呆然と眺めていたのだ。世の中の強者といえどもこれほどの戦いを目にした者は一体どれだけいるのだろうか。
それ程にミシェルとアレスの戦いは激しいものだった。スコールはミシェルが強い事は知ってはいたが、その想像を遥かに超える力に完全に魅せられていた。
ルータスがヴァンパイアだった事や、アイのスティグマの事、色々な疑問が頭に浮かんではいたがそんな事などもうどうでもよかった。それほどにミシェルの力に驚愕し崇拝に近い何かを感じたのだ。
アレスの力は世界屈指なのは間違いない。その凄さは戦ったスコール達が一番よく分かっていた。そのアレスに攻撃を加え互角の勝負をしているミシェルは今後、間違いなく世界にその名をとどろかせるであろう。
何よりも驚愕したのはミシェルが素手だという事だ。エルドナ最強のベルフ・ドミニクですら同じ聖剣を持って戦い、アレスと互角だった。普通に考えて素手で互角などありえないだろう。
それでもアレスの本気も常軌を逸しており二人の間に繰り広げられるハイレベルな戦いは、目を凝らしても何をやっているのか分からなかった。
しかしアレスは疲れが見え始め明らかに動きが悪くなっている。そして少しずつアレスは押されだしたのがスコールの目にも分かった。
「何故それほどの力がありながら無名なのだ! 今まで何をしていた!?」
アレスは息を切らせながら、叫んだ。スコールもミシェルとい名前に聞き覚えはなく何故今まで全く名前が知られていなかったのかが不思議だった。
ミシェルはそんなアレスの言葉を無視して、
「そろそろ決着をつけるわよ。アタシはこんな所で遊んでるほど暇じゃないの」
「――いいだろう」
ミシェルは一瞬、ルータスに視線を送ると、
「ルータス、レヴァノンを貸しなさい」
「は、はい!」
ルータスは慌てて、持っていたレヴァノンをミシェルに投げ渡した。そしてミシェルはレヴァノンを受け取ると剣を構えて、
「ルータス、よく見ておきなさい。正しい力の使い方を教えてあげるわ」
そう言うと、ミシェルは闘気を高めだす――
その瞬間にレヴァノンはミシェルの闘気を吸いその力を高めていく。その禍々しい剣は刀身から剣先にかけて黒いオーラをまとい、その姿はまさに魔剣以外の何物でもなかった。スコールはその凶悪さに寒気が走る。
「これほどの力と戦える事に感謝する。そして俺は人間の未来の為にも負ける訳にはいかない! こい、化物め!」
アレスが気合と共に叫び大きく構える。アレスはその聖剣に全闘気を集めこの一撃で勝負を決めようとしている。ミシェルが武器を手にした今、その力は未知数だ。これ以上戦闘を長引かせるのは不味いと判断したのだろう。
スコールは近い決着にゴクリと唾を飲み込んだ。
「我らが王に楯突いた事を地獄で悔め!」
ミシェルの声と同時に2人は一斉にお互いに向かって走り出す。そしてアレスの剣が大きく輝くと聖剣は闘気で包まれ、大きな金色に輝く大剣姿を変える。
「これで決める! “エターナルブレイド”」
アレスは大きく振り上げた剣を斜めに振り下ろす。その剣は空気を断ち切る強烈な威力だ。しかしミシェルのレヴァノンはそれ以上の恐ろしい黒い闘気を放ちながら斬り上げる。
レヴァノンはミシェルの力を最大に高め、ミシェルはレヴァノンの力を最大に引き出したその一撃は、正に漆黒の閃光となりアレスの剣を大きく弾いた。
最大の攻撃を弾かれたアレスは大きく目を見開き、最大のスキをさらけ出す。
「死ね――」
ミシェルがそう言い放つと、くるりと回りもう一度下から斬り上げた剣は、アレスの体を斜めに大きく斬り裂いた。アレスは切り裂かれた体から大量の血を飛び散らせながら大きく後ろへ倒れると、その手から離れた聖剣スライヤーは、大きな弧を描きルータスの達の目の前に突き刺さった。
辺りは静まり返り剣が刺さる音だけが辺りに響く。
その光景にスコール達は息を呑んだ。あれほど反則的な強さを誇ったフランクア王国最強の剣士アレス・ダニエルが負けたのだ。しかも一太刀もあびせる事が出来ずに――
ミシェルは倒れたアレスを後にして、刺さった聖剣を引き抜いた。
「中々いい剣じゃない。せっかくだからこれはお土産として持って帰りましょう。クフフフ――」
そう言ったミシェルは何かを想像しながら頬を手で押さえニヤけている。その姿はまるで恋する女の子の様だ。
「流石は、お姉様です!」
ルータスは興奮しながら立ち上がり近寄るとミシェルは優しく微笑み、
「ルータスもね。でもあんた達は3人で半人前なんだから無茶しちゃダメよ」
スコールは、ルータスに目配せをして倒れているアレスの元に近づく。アレスの体は斜めにばっくりと切り裂かれ目を覆いたくなるほどの傷だ。しかしまだ息があり、スコールに視線を向けると、
「ど、どうやら甘く見ていたのは俺の方だったようだな。まさかこれ程のヴァンパイアがいようとは」
アレスはもう助からないだろう。スコールだって仲間を攫い、口封じに自分達を殺そうとした人間を助けるほど、お人好しではない。
実際にミシェルが来なければ、間違いなく3人は殺されていただろう。
「エリカはどこだ。約束通り返してもらうぞ」
アレスは奥の洞窟に視線を向けると、
「約束だったな。あの洞窟の中だ……」
スコールは、アレスの顔に剣を向ける。
「お前達の目的はなんだ!? 他に連れ去った者は何処にいる!?」
少しでも情報を集めておかなければ今後、又同じ事が起こるだろう。一体フランクア王国は何を企んでいるのだろうか。コロナ村での事件や今回の事はフランクア王国の仕業なのは間違いない。
行方不明者だってまだ見つかっていないのだ。黒のローブの男はアレスがピンチでも姿を見せない事から本当に引き上げた様だ。そうなるともう手掛かりを聞き出せるのはアレスしかいない。
「君達も正義の為に戦ったのと同じで、俺達なりの正義があるのだ……」
スコールは怒りをあらわにしながら、剣をアレスの額に押し当てると、真っ赤な血が滲みだし垂れ落ちた。
「何が正義だ! お前達がやっているのはただの誘拐や人殺しだろうが! 言え、器とは何だ!」
死が間近な人間に対して剣の脅しは何の効果もない。スコールは唇を噛み締め剣を額から離すと、アレスは大きく咳き込み口から血を吐き出した。もうすぐその命の終わりが近づこうとしている。
「黒い服の男リグンには気をつけろ。君達と戦えてよかった……フランクア王国に栄光あ……れ……」
最期の力をその言葉に込めて、フランクア王国、聖剣使いにして最強の剣士アレス・ダニエルはその短い生涯に幕を閉じた――
スコールはアレスの開いたままの瞳を手でそっと閉じる。
アレスは敵であったが、その力と信念は尊敬できた。スコール達と戦っている時にも少しだけだが情が感じられ他の人間とは違っていた。それは最期まで変わることはなくアレスが言った様に出会う場所さえ違ったら本当にいい仲間――いや、いい師となっていただろう。
「アレス・ダニエル、その強さと信念を俺は一生忘れない事をここに誓おう――」
スコールはアレスに向って力強く言った。それを聞いたルータスは何故か微笑むと、
「やっぱりコー君は凄い奴だな」
「なんだいきなり? 気持ち悪い奴だな」
ルータスの言葉にどんな意味が込められているのかは分からなかったが、今はその言葉が凄く嬉しかった。
「ちょっと青い髪の貴方、一緒に洞窟の中に行くわよ。ルータスは向こうでアイと一緒に休んでなさい」
後ろからミシェルに声をかけられたスコールは振り向くと、食いつくようにルータスも、
「僕も行きます。これくらい大丈夫です」
「いいから休んでないさい。アタシの言う事が聞けないの?」
「うっ――」
ミシェルの命令に近い言葉にルータスはそれ以上、言い返せずにスコールに嫉妬混じりの視線を飛ばしながらアイの方に歩いて行った。
「とりあえず行きましょう」
ミシェルはそう言うと、洞窟に向い歩いていく。スコールもそれに続き洞窟に向うと穴の中には扉がありミシェルはそれを押すと木がきしむ音を上げながら扉は開かれた。扉の中は意外に広く一つの部屋になっている。
奥にカーテンに仕切られた何かがあった。ミシェルはカーテンをめくると不思議な三角の結界の中にエリカが倒れていた。
「エリカ! おい大丈夫なのか!」
スコールはその結界を叩きながら叫ぶが、結界はびくともせずに見えない壁に阻まれている。ミシェルはその結界を見るなり。
「丁度いいわ。貴方と少し話がしたかったの。少し話はきいていたの、スコールって名前よね?」
そう言ってスコールの方に振り返る。ミシェル・ブラッドと名乗った事からヴァンパイアの姿が本当の姿なのだろう。
「はい――」
聞きたいことは山ほどあったが、何故かミシェルに見られると言葉が出てこなかった。
「ルータスの事なんだけど、見た通り実はエルフじゃないの」
「知ってます。本人からハーフだと聞きました」
ミシェルが、ほんの一瞬だけ表情が変わるのが分かった。それにどんな思いがあったのかは分からなかったが、おそらくルータスの意を読み取ったのだろうか。
「アタシ達の主人は、あの子達に純粋に学園生活を楽しんでもらいたかった。それだけなの、だからルータスの事は学園には話さないでくれないかしら。出来ればもっとあの子達には学園に居させてあげたいの」
スコールはルータスの姿を思い出す。あのアザの浮かび上がった姿は正に人外だった。学園はエルフの為のものであり、将来の国力の育成を目的としている。学園にルータスの正体が発覚すれば確実に学園には居られなくなるだろう。
それに人間ほど極端ではないがエルフにだってハーフを嫌う者は一定数はいる。
「言いません。あいつが何であろうと俺のライバルだ。そんな別れは俺も嫌だから――」
ミシェルはその言葉を聞くとクスリと笑い、
「ルータスも同じような事を言っていたわ。貴方達いいコンビね」
「――聞きたいことが有るんですが」
「何? いいわよ、答えてあげる」
「前にチャンネって人に会って断られたんですが。俺は強くなりたい。だけど、どうしても今のままだと俺は――」
それ以上は言葉に出せなかった。出してしまうと今まで積み上げてきた自分の中の何かが一気に崩れてしまう気がしたからだ。そんなスコールにミシェルは、
「違う組織の者に技術を教える事は出来ないわ。でも――」
ミシェルは少しの沈黙の後に瞳をじっと見つめながら静かに言葉を続けた。
「貴方がもし、全てを捨てる覚悟があるなら話は別よ」
そう言うとミシェルは振り返り結界に近づき手をかざすと、小さな音と共に結界は砕け散った。
◇
「コーの野郎め、僕を差し置いて、お姉様に一緒に……」
ルータスは苛立ちを隠せずに愚痴った。何故か分からないが、姉を取られた様に思えてイライラが止まらなかったのだ。その姿は嫉妬に狂うミシェルにそっくりである。
「でも、最悪な状況だったけど、何とかなったね」
アイが安堵しながら横に座った。ルータスはアレスの死体に目を向ける。春の合同訓練がまさかこんな大事件に発展するとは思いもしなかったが、最高レベルの戦いを見る事が出来たのは今後の成長の大きな糧となるだろう。
今思い出しても震えてくる。ミシェルの圧倒的な強さに――
「でもお兄ちゃん、ハーフだってバレちゃったね」
「そうだな……」
ルータスは気のない声で小さく呟くと前だけをじっと眺めていた。そうすると、洞窟の方から中に入っていったミシェルとエリカを抱えたスコールが戻ってくる。しかしその時、誰もが予想外の事態が起こった。
「なっ!」
いきなりアレスの周りが光り出し、その輝きと共にアレスの死体は消えていったのだ。一同は余りにいきなりの事態に何も出来ず辺りに沈黙だけが残る。
そしてアレスの消えた場所を調べながらミシェルは、
「ハッキリとは言えないけど、何かあった時に備えて体に術式が刻まれていた可能性があるわね」
その予想にスコールも頷いた。たしかにアレスはフランクア王国に精通しておりその死体ですら重要な情報になるだろう。最悪の事態に備えるのはある意味当然かも知れない。
「とりあえず移動するぞ。移動しながら今後の計画を話す」
スコールの提案に一同は同意して集まった。
アレスの死体が消えたという事は、フランクア王国にその情報が知れたと考えて間違いない。敵もまさかアレスがやられるなど思いもしなかっただろう。それだけに何をしてくるか分からないのだ。
「アタシはもう帰るわ。何かあったら連絡しなさい」
ミシェルは自分の耳を指差しながら言うと魔法を唱えた。
“ゲート”
そしてミシェルは聖剣を持ってその光の壁の向こうに消えていった。そして一同はすぐに移動を開始し始めスコールが歩きながらルータスに話しかけてきた。
「まずはデニス班の野営地点まで戻る」
「了解」
「それと、今回の一件についてアレスのことは黙っておくんだ」
「なんでだ? 皆に嘘を付くって事か?」
スコールはルータスに視線を向けると、
「結果的にはそうなるな。今回の事件で4大種族にそれぞれあった聖剣の一本が奪われた事になる。それがどんな意味か分かるだろう?」
聖剣はその国の証とも言われる宝剣だ。フランクア王国の聖剣がどこかの組織に奪われた事が流れると、世界は新たな勢力の出現によって混乱にのまれるだろう。
フランクア王国は今後、聖剣と取り返す為に何をするか分からない。聖剣がなくなったとはいえ、その強力な国力自体が衰えた訳ではないからだ。そしてその事実を知った他の国もフランクア王国の混乱に乗って戦争を仕掛けることも十分に考えられるだろう。
今まで保たれていた4種族の拮抗が崩れさった今、この先どんな事になるか想像がつかなかった。
そして学園でそんな事を報告すれば奪った組織の関係者であるルータスとアイはエルドナに捕らえられ交渉の材料に使われる可能性が高い。しかし、魔王軍としてはディークの目指す理想国家に大きく近づいただろう。
魔王軍は聖剣を所有する国となったのだ。ルータスはくすりと笑う。国すらまだ出来ているとは到底言えない段階で、いきなり聖剣から手に入れる無茶苦茶具合がいかにも魔王軍らしかったからだ。
「そうだな……でも後々どうするんだ?」
「今は思いつかん。とりあえず敵は人間であり俺達は巨人と戦いエリカを奪還した。それ以上は言うな」
いずれバレる事だろうが、今はスコールの考えに従うしかないだろう。スコールはこんな時には頭は良く回る、任せておけば何とかしてくれるだろうといった信頼もあった。
「分かった……」
森を行けると一気に差し込んだ日差しに目を細める。その太陽の暖かさが凄く生きている事を実感させた。一同はデニス班の野営地点まで戻ってくると、気を失っていたエリカが目を覚ました。エリカは辺りを見回すと目から大粒の涙をながし震えだした。あたりにエリカの小さな声だけが響く。
「もう大丈夫だ。大変だったが、何とかデニスに大きな顔をする事が出来るぜ」
スコールは場の空気を変えようとしたのか、少しおどける様に言った。エリカは泣きながら、
「もう帰れないって思ってた。すごく怖くて心細くて――」
エリカの声は一瞬遮られ、一点を見つめた。その視線の先は血だらけのルータスだ。その姿にエリカの瞳は大きく見開かれ言葉をなくす。エリカはルータスの前まで来ると、
「ルータス君、酷い怪我じゃない! 早く手当てをしないと」
ルータスはエリカから視線を逸らし、
「もうアイがしてくれたから大丈夫だよ」
「本当にありがとう……私の為に……なんて言えばいいのか分からない……」
エリカは泣きながら何度も何度も、ありがとうという言葉を言い続ける。しかしルータスはその言葉を遮る様に、
「それ以上はやめてくれ……僕は君にお礼を言われる資格なんてないんだ……」
一体何の事なのか分からず言葉に詰まるエリカだったが、今のルータスにはエリカの言葉一つ一つが深く心に刺さりとても痛かった。




