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ブラッド・ZERO  作者:
第二章 学園編
34/119

第34話  死闘4

 いきなり現れたミシェルによって、敵は動揺を見せ、瞬時に後ろに飛び距離をとった。

 倒れているルータスを見ると体はボロボロでこれまでの戦いがどれほどのものだったかを十分に物語っている。ミシェルはルータスの頭を優しく撫でながら、


「よく頑張ったわ。流石アタシの弟ね」

「お、お姉様――」


 ルータスが声を詰まらせながら言ったその表情には、安堵の色があった。ずっと緊張した状態で必死に戦っていたのだろう。


「後はアタシにまかせて休んでなさい」

「お姉ちゃん!」


 アイが大きな声を上げながらミシェルに飛びついてきた。そんなアイもボロボロだ。


「アイ、ルータスを介抱してあげて、この程度じゃ死なないだろうけど頼んだわよ」


 アイは小さく頷く。ルータスはヴァンパイアだ。ヴァンパイアは自己回復力に優れている為に、ある程度の傷であれば体を休めれば自然回復で何とかなるのだ。


「お兄ちゃん! 本当に良かった――」


 アイは声を震わせながら声を発する。すると、やって来た青い髪の男が肩を差し出して、


「俺がやろう、とりあえず移動するぞ、立てるか?」


 姿からして学園の仲間だろう。中々見所のある男の様だ。連れられて行くルータスを見送るとミシェルは目の前の人間を睨んだ。確定ではないが多分フランクア王国の者だろう。

 レヴァノンと紅魔結晶の杖を持ったルータスとアイはアビスでも十分通用する程の成長を見せていた。そんなルータス達3人を相手に、これほどまで一方的な戦いをしたこの人間は、かなりの使い手だろう。


「君は何者だ。俺は今まで気づかれずこれほど敵の接近を許した事はない」


 目の前の人間は驚きと興味が入り交じった声を投げかけてきた。ミシェルはサラサラの金髪を手でさっとかき上げ、スカートの両端を軽くつまむと、


「アタシはミシェル・ブラッドと申します。以後お見知りおきを――」


 どんな状況でも優雅にそして美しくあらなければいけない。それこそがディークに創造された者の務めであるからだ。それは例え敵の前でも変わる事はない。

 不気味なほど丁重な一礼をする行動とは裏腹にミシェルの小さな体からは周りを凍りつかせるほどの殺気がビリビリと放たれている。そしてミシェルの目は真っ赤に光っていた。


「――アレス・ダニエルだ。御丁寧な挨拶をどうも」


 アレスも礼をしながら丁重な挨拶をする。するとミシェルは敵意むき出しの声で、


「アタシの弟を、よくも可愛がってくれたわね。その愚かさ命で償ってもらうわ」


 ルータスはミシェルに出来た初めての弟だ。そんなルータスを殺そうとしたアレスを許せるはずもない。何よりもディークの眷属に手を出した者を生かしておくなど出来る訳がなかった。

 アレスはそんな事を知っているはずはないだろう。しかしミシェルにとってそんな事はどうでもよかった。

 アレスはミシェルの姿をじっくり眺めてから、


「なるほど、君が報告に上がっていた子供の姿をしたヴァンパイアの化け物か」

「アタシは、お前なんかに興味はないわ。すぐに消えてちょうだい」


 ミシェルはそう言うと同時に右手に凄まじい闘気を集めだした。周りの空気が変わるほどの闘気だ。まるでミシェルに吸い寄せられるかの様に風は吹き荒れ木々のきしむ音が辺りに響き渡った。

 アレスはミシェルの闘気を見ても顔色一つ変えずに、


「なんと禍々しい闘気だ。報告は何かの間違いと思っていたが、どうやら本当のようだ」


 ミシェルは黒い闘気が身体中からほとばしるように湧き出ている。そしてその闘気は指の先に集まり、まるで具現化したかの様な禍々しい爪が現れた。それを見るなりアレスも闘気を高め始める。アレスの闘気は先ほどと同じ光の闘気だ。互いに吹き荒れる様に高まった闘気は正に光と闇だった。





スコールに運ばれてルータスは木に寄りかかり腰を下ろすと、安堵からなのか一気に今まで感じなかった腹部の痛みが全身をまわった。流れ出る血と共に走る激痛に顔は歪み歯を食いしばる。すると直ぐにアイの杖が輝いた。


“ヒール”

 

 放たれた回復魔法はルータスの全身を包み、痛みは和らぎ出血はとまった様に見えた。そして落ち着いたルータスの黒いアザは消え普通のエルフに戻った。


「お兄ちゃん、ゴメンね。アイの魔法だと完全に回復する事は出来ないの」


 アイは鼻をグスグスといわせている。何とか、とどめを刺されずに助かった。アイは一気に緊張がとけたのか、目を真っ赤に腫らして涙を浮かべていた。

 ――いつもはうるさいくらいなのに、こんな時だけ泣き虫なのは、少し大きくなっても変わらないんだなと思い、そんなアイが可愛らしく思える。


「もう大丈夫だ。随分楽になったよ」

 

 まだ腹に違和感が残るが痛みはかなり和らいだ。腹を剣で刺されてすぐに治るわけはない。


「ルータス、ほんとに冷っとしたぜ。でもお姉さん助けなくていいのかよ? 相手は聖剣使いだぞ!?」


 スコールは安堵と不安が入り交じった表情を浮かべている。相手はフランクア王国最強の剣士だ。心配しないほうがおかしいだろう。 それにヴァンパイアは闇属性に耐性があり光属性が弱点である。客観的に見ればヴァンパイア対アレスであればアレスが圧倒的に有利と言えるだろう。


「お姉様が負ける筈がない。それがたとえ世界最強でも――」


 ルータスは自分に言い聞かすように呟いた。


「大体お前のお姉さん、ヴァンパイアだったのかよ。お前もヴァンパイアだし、何が何だか分からなねぇよ」


 スコールは頭をクシャクシャに掻きながら言った。スコールがミシェルに初めて合った時はエルフの姿に魔法で変わっていたが、今は本当の姿であるヴァンパイアだ。スコールが混乱するものしかたがないだろう。


「コー君、僕はね、本当はハーフなんだ。訳あって今の御主人の眷属になり転生したんだよ」


 いきなりのルータスの発言に、アイすらも驚きの表情を浮かべる。今、何故こんなことをスコールに言ったのか自分でも分からなかった。たしかに血の開放までやってしまったルータスに言い逃れは出来ないだろう。 

 だが、ハーフだと言う必要は全く、ルータスにとってデメリットしかない。それでも何故かスコールには知っておいて欲しかったのだ。


「なるほどな……」


 スコールは何かを察したのか、哀れむ様な視線をルータスに向ける。そんな視線がルータスにはとても痛く、スコールが遠い所へ行ったように思えた。


「どうだ? これで僕の事を嫌いになっただろう?」


 ルータスはスコールから視線をそらし自虐混じりに吐き捨てると、


「当たり前だ」


 思った通りの答えが帰ってきて、がっくりと肩落とすルータスを見ながら、


「俺達は、いつから嫌う余地が出来るほど仲良くなったんだよ。何であろうと俺は変わる事なく、お前が嫌いだ」


 スコールはそう言いながらルータスの髪の毛を強引に撫でると、優しく微笑んだ。


「コー君、ありがとう……」


 スコールの言葉に秘められた優しさに胸が熱くなりそれ以上の言葉はでてこなかった。


「そういう事は、生きて帰れたら言うんだな」


 その通りだ。ミシェルの登場で、ひとまず助かりはしたが、この先どうなるかは分からない。ルータスはミシェルを見つめながら、


「今は、お姉様の戦いを見守ろう。コー君もよく見ておくんだな、上を目指すなら――」


 実際、ルータスもミシェルが本気で戦ったところなど見た事はなかった。剣の特訓で何度も相手はしてもらっていたルータスだったが、実力の差があり過ぎてミシェルの実力が一体どの程度なのかすらも分からなかったのだ。

 目の前のアレスだってそうだろう。3対1の圧倒的有利な状況であったが軽くあしらわれ未だに実力の底は見えない。


 エルドナ王国の戦士長、ベルフ・ドミニクを初めて見た時に、その奥に潜む力に胸が高鳴ったのを思い出す。しかしベルフと互角の剣士アレスがまさかここまで圧倒的だとは思いもしなかった。そんな世界的な剣士アレス・ダニエルとミシェルがどれ程の戦いをするのか、ルータスには想像すらつかない。


 ――そして、一瞬にして周りの空気が変わる。ルータスは一気に体中が硬直し、ミシェルが放つ恐ろしい殺気に寒気がしたのだ。今まで何度もミシェルを怖いと思ったが、そんなものの比ではなかった。

 それは常人であればその殺気だけで動く事すら出来ないとほどに――


 ミシェルの右手は凶悪な力を放つ闘気で形成された爪が伸びている。それに対してアレスも恐ろしいほどの光の闘気を放っていた。

 次の瞬間――大きな音と共にミシェルの姿は消えていた――





 地面に響く音を立ててミシェルは一瞬でアレスに詰め寄る。そしてそのまま右手の爪をアレスの顔面に向けて切り裂く様に振り下ろした。地面に響いた音は踏み込みの音だ。地面にめり込んだ足跡がその速さを物語っていた。並の速度ではなく、常人ならミシェルが転移魔法で移動したと思うだろう。


「くっ! 早い!」


 その速さはアレスにとって予想外だった。その為に一瞬の遅れが生じるがアレスも常人ではない。

 遅れはしたが凄まじい速さのミシェルの攻撃を何とか剣でガードする。アレスとミシェルの間には激しい闘気による火花が上がりその衝突の凄まじさを物語っていた。

 そしてミシェルはいきなり不敵な笑みを浮かべ、右手の爪でアレスの剣を掴むと強引に自分の元へと引っ張った。それにより体勢が少し崩れたアレスの顔面を左手で殴り飛ばした。


 まるでボールを投げる様に吹っ飛ぶアレスはそのまま激しく木に激突して地面に転がる。並の人間なら今の一撃で勝負は決まっていただろう。だが、相手はアレスだ。まるで何事もなかったかの様に起き上がる。その姿を見てミシェルは、冷酷な笑みを浮かべながら、


「返してあげるわ」


 ミシェルは右手に掴んだ剣をアレスに向かって投げつけた。風を斬る音が響いた後に何かに刺さる音が辺りにこだまする。アレスの頬には一筋の切り傷がいつの間にか付いている。そして後ろの木には剣が深々と刺さっていた。アレスは殴られた頬を軽くさすると、


「まさかここまでとは……君はフランクア王国の脅威となった。我が国の未来の為! 今ここで俺が聖剣を授かりし者として討伐しなければならない!」


 アレスは木に刺さった聖剣を引き抜きミシェルに突き出すように構えると、アレスも負けず劣らずの殺気を放ちだした。そしてその表情も今までの様な余裕はなく気合に満ち溢れていた。

 今までは多少なりにもミシェルの子供の姿に油断があったのだろう。それはある意味当たり前だ。聖剣使いと同格以上の子供など今まで聞いた事も出会った事もなかったからだ。


 だがもうアレスはそんな考えは捨てている。アレスは今まで数多くの戦いを勝ち抜き生き延びてきた。その経験からどんな見た目であろうと強者との戦いでは余裕を持って勝ち取れるほど甘くはない事を知っているからだ。

 そしてそんな余裕が自分を殺すという事も――


 ミシェルはそんなアレスの変化をすぐに気づくと、嬉しそうに笑った。それは純粋な強者との出会いを喜んでいる笑いだった。


「フフフ、聖剣使いか。せっかくだからその剣を、お土産にいただいていくわ」


 ミシェルは左手を広げるとその手の平に強い魔力が集中しはじめた。魔力は複雑に変化を重ねうねるように混ざり合い一つに集まると、その手に平の上には燃えたぎる炎が現れた。

 ――だがそれは普通の炎ではなかった。その炎は正に地獄の業火を再現したかの様な真っ黒の黒炎だった。


 アレスはその黒炎に目をしかめる。そして光の闘気を聖剣に集中させた。鏡のように光る美しい聖剣はアレスの光の闘気を吸い上げて力を増していく。

 そして――先に動いたのはアレスだった。光の闘気が聖剣により最大にまで高められ、強化魔法に近い効果をもたらせた。


 一直線にミシェルに向かって駆けてくる。その速度はミシェルと互角と言っていいほどの豪速だ。一瞬の内に間合いを詰めたアレスはミシェルが真横に繰り出した爪のカウンターを腰を低く下げ、流れるように滑りながらかわす。

 そのままミシェルの後ろを取ったアレスは間一髪いれずに両足目掛けて強烈な薙ぎ払いを繰り出した。

 だがそれをミシェルは高くジャンプしてかわすと同時に左手の黒炎を下のアレスに向かって投げつける。ミシェルの手から離れた黒炎は一気に大きな業火となりアレスに降り注いだ。


「はああああ!」


 アレスは大きく叫ぶとその金色に輝く聖剣を下から上に斬り上げ黒炎を斬り裂いた。そしてミシェルを追い高く飛びあがると追撃の剣を構えるが、


「甘いわね」


 ミシェルは右手を振り下ろし5本の斬撃をアレスに向けて放った。

 アレスは迫り来る凶悪な5本の斬撃を優しく撫でるように剣先を当て、勢いは殺さず軌道だけを変えてすり抜けた。


 アレスであれば全て斬り裂き相殺する事は可能であったが、あえてしなかったのである。それはミシェルの次の攻撃を捌く為だ。叩き斬ればその分、振りは大きくなりスキが生まれる。

 それは、瞬きをすれば終わってしまうほど僅かなものだ。しかし今の戦いにおいてその一瞬が命取りになるのだ。


 5本の斬撃を全て捌くとアレスは剣を両手で持ち全身の体重をかけミシェルに斬りかかる。しかしミシェルは既に攻撃の体勢に入っている。その左手には先程の黒炎が今度は圧縮された球体となって燃えたぎっていた。真っ黒な球体の中をまるで台風のように激しく流動している。

 ミシェルはその左手をアレスに押し付けるように突き出し、アレスの風をも斬り裂くほどの金色の一撃で迎え撃った。


 ミシェルの魔法とアレスの剣がぶつかった瞬間、2人を中心に一瞬の閃光と衝撃波が放たれ周りの木々を慌ただしく揺さぶった。そして攻撃は互いに相殺され2人は向き合うように着地する。

 ミシェルは手で顔を扇ぐ真似をしながら、余裕たっぷりに言い放った。


「あんまり動くと汗かいちゃうわ」


 アレスは歯を食いしばる。なぜならミシェルの言葉は他の誰にでもなくアレスへの挑発であり、アレスのその額には薄っすらと汗が滲み出ていたのだ。


「甘く見ていると、命取りになるよ――」

「ククク……だったら、アタシをもっと楽しませてよ――」


 お互いの声と共に走り出し息を飲むような攻防を繰り広げ戦闘は更に激しさを増していった。


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