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ブラッド・ZERO  作者:
第二章 学園編
31/119

第31話  死闘  

 スコール達が去った後の広場にルータスは一人座り込んでいた。誰も居なくなった広場に小さく鼻をすする音だけが虚しく響いている。


「アイの馬鹿……」


 小さく呟いたその言葉には覇気はなく、小さく震えていた。そしてルータスの目からは涙が溢れていた。


 ルータスは自分の決断は間違っていないと思っていた。今まで自分達にゴミを見る様な視線を送ってきた純血共にろくな奴はいない。カミルだってそうだ。散々利用して夢を見させた挙句、用が済めば仲間は殺され自分だって死にかけた。

 ディークに拾われなければルータスもアイも今頃悲惨な人生を歩んでいる事は間違いないのだ。それどころかルータスに至っては、とうの昔に死んでいる。そんな奴らを助ける必要なんてあるはずがない。


 奴らは敵だ――


 ルータスはハーフだ。絶対に純血共とは分かり合えない。それは間違いないはずだ。それなのに何故、今は涙が止まらないのか分からなかった。

 ルータス達は命令で学園に来ている。ただそれだけだ。だから馴れ合う必要など全くない。それどころか将来敵となる可能性があるスコールやエリカがどうなろうと知った事ではない。それなのに何故こんなに悲しいのだろう。


 ルータスの思考は出口のない迷路に迷い込んだかの様に同じ事を繰り返し考えていた。いくら考えても今すぐに答えは出せない事も分かっていたが、ひたすら何かに集中する事で今の気持ちを紛らわせ様としていたのだ。

 まるで機械の様に同じ一定のリズムで頭の中を巡る思考の中でルータスは何かの気配に気づいた。


 その気配の先に視線を向けると、向こうから歩いてくる小さな物体に一瞬呆気にとられた。


 ――クマだった。


 しかしただのクマではない。大きさは30センチ程しかなく、三等身ほどの体は、どう見てもぬいぐるみにしか見えない。そのクマは何故か普通に二足歩行で歩いている。

 ツッコミどころ満載のどう見ても怪しいクマだが、何故か悪い奴ではない事だけは分かった。クマは行進の様に大きく手を振りながら一定のリズムでテクテクと歩くその姿は、アイが居れば絶対に可愛いと言っているだろう。

 そしてルータスの元までやってくると。


「君は悲しそうだね。泣いているの?」


 いきなり口を開いたクマだがルータスは何故か驚きはしなかった。何となく話せる様な気がしていたからだ。普通なら警戒するような異常な事態だが、今のルータスにはそんな事はどうでもよかった。


「泣いてなんかないよ」


 ルータスは大きく鼻をすすると目に溜まった涙を右腕で拭き取った。


「そうなの? 泣いてる様に見えたけど、何かあったの?」


 クマは本当にルータスを心配している様な声で聞いてきた。

 近くで見れば見るほどぬいぐるみにしか見えないが、何だがこのクマなら話を聞いてくれそうな気がした。いや、もしかしたら誰でもいいから話を聞いてほしかったのかもしれない。


「妹が――」


 ルータスは事の顛末を話しだした。こんな得体の知れないクマに話すような事ではなかったが、このクマなら自分の求めている答えに導いてくれる様な気がした。気がつけば学園の事や純血への思い。憎しみ、溜まっていた思いを爆発させるかの様に話した。

 そんなルータスの言葉をクマは真剣に何も言わずに聞いてくれた。そしてルータスの話が終わると、ルータスの目を見ながら口を開く。


「君は、学園の生活は楽しくなかったの?」


 ルータスは一瞬、「そうだ!」と言いかけるも、口には出さず言葉を飲み込む。それが本心ではなく只の強がりだと分かっているからだ。ルータスが今欲しいのは答えだ。何でも肯定してくれる者じゃない。自分自身の本当の気持ちを……これから進む道の答えを知りたかったのだ。

 

「凄く楽しかった」


 最初は学園など先生の授業が削られるだけで嫌だった。しかしマヤカ班での生活はルータスにとってまるで冒険者やハンターにでもなったみたいに新鮮で楽しい事に溢れていた。


「憎んでいたのに?」


 クマは首を傾げながら不思議そうにしている。


「それは今はエルフの姿だから、あいつらだって仲良くしてくれる。けど、どうせ正体がバレたらすぐに手の平を返すに決まってるんだ」


 ルータスは自分に言い聞かす様に言った。


「それは君の思い込みではないの?」


 クマの言葉にルータスは食って掛かる。


「そんな事あるもんか! だって今までそうだったんだ! この世界は4大種族が支配してる。こんなの子供だって知ってる。遠い歴史の中で純血とハーフが分かり合えた事なんか一度だってなかったじゃないか!」


 ルータスの感情は一気に高ぶり叫ぶように発した。その言葉をクマは静かに返した。


「現に今君は純血のエルフなのに一人じゃないか。それでも間違ってないと言えるの?」


 その言葉がルータスの胸に深く刺さる。クマの言う通りだった。事実、今のルータスの周りには誰もいない。

 ずっとそばに居てくれたアイですらスコールに取られてしまった。あの性格が歪んだスコールの周りには人がいて自分は一人だ。自分が招いた結果といえばそれまでだが、アイは分かってくれる、自分を理解してくれると思っていた。

 そしてルータスは図星を突かれた事もあってか唇を噛みしめる。


「ぐっ……それは……」

「スコール君、エリオット君、マヤカさん、この人達は悪い人だった?」

「ちがう……」


 分かっている。そんな事、分かっているに決まっている。あいつらは悪い奴なんかじゃない。一緒にいると楽しくてホッとする。スコールだってそうだ、嫌な奴だが本当に凄い奴で初めて歳の近いライバルと呼べる男に出会えた。

 ルータスは皆の顔を思い浮かべると、何故か涙が溢れてくる。みっともないが我慢する事が出来ない。


「この世にはね、純血でも悪い人もいれば良い人だっているんだよ。ハーフでもそうだったでしょ? 現に君は仲間を思い出して泣いているじゃないか」


 クマの言う通りハーフだって悪い奴などいくらでもいる。しかし今のルータスにはそんな事はどうでもよかった。


「でも……もし、あいつらにハーフだってバレて、嫌われちゃったら僕はどうしたらいいか分からない」


 ルータスの声は震え、目の前のクマに助けを求める様に投げかける。するとクマは何かを悟った様に口を開く。


「君の本当の気持ちはそうだったんだね。本当に大切だったから捨てられたくなかったんだね」


 そうなのかもしれない。心を開いた後で捨てられるなら、最初から憎んでいたほうがいい。最期に傷つくならずっと憎んでいる方が遥かに楽だからだ。もしかすると自分は憎しみといったものを盾にして自分が傷つかない様にしていただけなのだろうか。

 

 そしてクマは更に続ける。


「でも今のままだと確かめる事も出来ないまま終わっちゃうかもしれないよ? このまま何もしないでスコール君とアイちゃんが死んじゃったら君はそれ以上に苦しむ事になるよ。そうなったら本当に一人ぼっちになっちゃうんだよ? それでもいいの?」


 クマの言葉はルータスの心をえぐる様に響いた。自分が選んだ道だがそんなの嫌に決まっている。今までどんなに辛くても生きてこられたのはアイがそばに居てくれたからだ。もしこの先アイが居なくなり本当に一人になる事を想像すると、例えようのない不安、恐怖、悲しみが襲ってくる。

 これがきっと真の孤独というものなのだろう。


「嫌だ……」


 ルータスは消えそうな声で言った。クマはその答えに大きく頷きながら、


「もしかするとこの先、君が言った様な最期になるかもしれない。それは誰にも分からない。でもね、今の君が進む道の先に一体何があるのかじっくり考えてね」


 未来は誰にも分からない。当たり前の事だ。しかしその未来を選ぶのは自分自身だ。少なくともアイは自分の力で道を切り開こうとしている。


 いつから自分はこんなに弱虫になってしまったのだろうか? 元々失うものなどなかったはずなのに――


「…………」


 少しの沈黙が続き、辺は風の音とそれに揺られる木々の音だけがこだましている。その沈黙を破るかの様にルータスは立ち上がると、


「ありがとう不思議なクマさん。なんかスッキリしたよ。僕は行くね」


 そう言ったルータスの顔には迷いはなかった。


「君の素晴らしい未来を応援してるよ」


 クマの言葉にルータスは笑顔で返すと、ルータスは走り出した。クマはそのルータスの姿をじっと見つめながら姿が見えなくなるまで見送った。そしてクマはゆっくりと歩き出すと一人の女性の元へ歩み寄る。

 その女性はクマを抱きしめる様に抱え上げると、優しく頭を撫でながら小さく呟いた。


「ありがとうねクマちゃん。頑張れ、ルータス」 





 巨人の前に対峙したスコール達は戦闘態勢を取る。幸い巨人はこちらに気づいていない樣子だ。スコールは辺を軽く見渡し、状況を確認した。現状敵は巨人だけで2対1の状況だ。おまけに場所は広く周りは森に囲まれている。いざとなれば森に逃げ込む事だって出来るこの状況は、圧倒的に有利だ。

 しかしそれは敵が巨人1匹の場合ならばの話だ。敵の数などの情報が全く分からない状態で希望的観測は死を招くだろう。敵の懐に飛び込んだ以上、敵もみすみす逃してくれる事などありえないだろう。


「コー君、アイも本気で行くね」


 アイのいきなりの言葉に一瞬意味が分からなかった。アイは大きく手を左から右へ振りながら魔法を唱えた。


“シールドガード”


 魔法はすぐに発動されスコールとアイの前には何か一瞬光りの壁のような物が現れた様に見えた。そして更にアイはもう一度、手を振り魔法を唱える。


“プロテクションガード”


 その魔法はスコール達の魔の前に2枚目の光の壁を作った。

 スコールは初めて見る魔法に驚きを隠せなかった。それもそのはずだ。スコールは学園では天才であり、学業においても他に追尾を許さないほど抜けていたのだ。魔法書など学園にある物なら、ほとんど頭に入っていた。

 そしてその知識の中にない魔法はスコールを驚かせるのに十分だったのだ。


「アイ、この魔法は?」


 名前からして防御系の魔法の様だが、効果が分からないと作戦も立てにくいだろう。


「これはね、光の壁が敵の攻撃をある程度受けてくれるの。けどアイの魔力じゃ強力な攻撃を受けるとすぐに割れちゃうから気をつけてね」


 通常の防御系の魔法は防御力を高めたりするだけだ。上位の魔法ですら効果が高いだけである。しかしこの魔法は攻撃を代わりに受ける見えない盾の様な効果があるらしく学園の魔法――いや、エルフの魔法などにはない根本的な所から違う魔法の様だ。

 

 そして更にアイは杖を構えると何か異様な雰囲気を放ちだした。その異常とも言える異変にスコールは気づくと口が開いたままで固まった。

 アイの左目が凄まじい力を放ち青くゆらめき輝いているのだ。そしてその瞳には何か魔法陣の様な紋章が浮かび上がっている。


「アイ……お前その目は一体……」


 それがただの瞳でない事は分かる。しかしスコールの知識の中でこんな瞳をもった人など見た事も聞いた事もなかった。世の中にはアルカナと呼ばれるレアがあるがアルカナはこんな風に外見に出たりはしない。

 全く見当がつかなかったが、凄い力である事だけはアイのまとった強力な魔力がそれを物語っていた。


「お兄ちゃん……大切な人達を守る為にアイはこの力を使うよ――」


 アイは独り言の様に小さく呟いた。何はともあれ現状でアイの力は心強い。スコールは剣を強く握りしめ前を見据えると、巨人はアイの魔力に気づきこちらに振り向くと、大きな棍棒を振り上げ凄い勢いで走ってきた。

 

「アイ! 行くぞ! 俺が押さえている間に魔法でカタを付けるんだ!」


 スコールはそうアイに叫ぶと、巨人に向かって走り出した。巨人は前より小さい、絶対とは言えないが単純に考えて前より弱い可能性が高い。それならアイと2人でも十分戦えるはずだ――


 スコールは巨人の正面に向かって飛び込む様に突っ込むと、巨人の間合いギリギリで真横に飛んだ。しかし巨人はスコールの動きに合わせて同じ様に横に飛ぶとその棍棒を大きく振り下ろす。


「なっ!」


 スコールは棍棒の一撃をギリギリ剣で受け流すも筋骨隆々の巨人が繰り出した一撃は凄まじいパワーで大きく体勢が崩される。その瞬間を狙った様に、巨人の左手はスコール目掛けて強く握った拳を繰り出して来た。

 

 ――まずい

 

 スコールの目には大きな岩が迫ってくるかの様に映る。しかし崩された体勢では避ける事も出来ない。剣で受け止めたとしても無事ではすまないだろう一撃だ。しかしその拳はスコールの後ろから聞こえた風を斬る様な音と共に弾かれた。 


 氷が割れるような音が響き、巨人の左手は衝撃で大きく後ろに弾かれた。

 その瞬間に出来たスキを付いてスコールは巨人の太ももに一太刀浴びせると後ろにジャンプし大きく距離をとった。

 空を見るとアイが杖を構えていた。どうやらアイの魔法になんとか救われた様だ。


 スコールの額には汗がにじみ出ている。

 ――危なかった。今回の巨人は小さくなった分、動きがかなり早くなっている。これは不味い。前の巨人はパワーは凄かったが動きは遅かっただけに、まだスキを付きやすかった。しかし今回の巨人は前ほどパワーが無いが一撃で致命傷を与えるに十分な力はあるのだ。

 これは純粋にスコールからすれば動きが早くなっただけの強敵であった。 

   

 スコールは剣武を発動させると剣に闘気が集まり白く輝き出す。そしてアイに視線を移すと、アイは杖を横に振ると魔法を唱える。


「“グラビティオプション” 展開――」


 その瞬間、黒い球体の高エネルギーの集まりが左右に一つずつ計2つが現れた。そしてアイの杖に魔力が集まるのが分かった。


“ファイアー”


 その声と共に黒い球体から魔法陣が現れ杖と球体それぞれ3発の魔法が発動され巨人に向かって飛んでいった。発動された魔法はとてもファイアーとは思えない凄まじい高エネルギー体だった。そして猛スピードで囲むように飛んでいき巨人を捕らえる。


「ぐぎゃああ!」


 巨人の叫び声が響く中皮膚が焼ける嫌な匂いが辺りに立ち込める。巨人は両手で顔を隠す様にもがいている。スコールはそのスキを見逃さずに一気に走り巨人に詰め寄ると剣武をまとった渾身の一撃で腹部を真横に斬り裂いた。振り払った剣と共に巨人の真っ赤な血が飛び散る。

 スコールの手には順分な手応えはあった。しかし巨人にとって致命的な一撃にまでは至らなかった。


 更にスコールは巨人に斬りかかるもその剣は棍棒に弾かれ、巨人のカウンターが飛んでくる。スコールはそれを剣で受けると目も眩むような激しい攻防が繰り広げられる。しかしお互い致命な一撃は与える事が出来ない。

 しかしその時スコールの目にアイが巨人の後ろ側に回り込むのが見える。アイは杖を大きく振りかざし強い魔力を放っている。そしてその杖が振り下ろされると同時にスコールは大きく後ろにジャンプした。


“アイスエッジ”


 アイの魔法は会心の間合いで発動され巨人の背中に大きな氷の刃が突き刺さる。その威力凄まじく背中から胸に色んな物を砕く嫌な音を立て貫通し大きな穴を開けた。


「がっ! かはっ……」


 巨人から大量に流れる血と共に一気に動きが鈍くなった。スコースは剣に力を込め最大の技でとどめに掛かる。巨人に向かって走り出すと、全力の剣武がスコールの軌道を白く染めるかの様に輝き出した。

 そして巨人の首目掛けて大きく飛ぶと、


「これで終わりだ! “神速三連切り”」


 巨人の首目掛けて神速の剣は閃光となり一瞬の内に三度同じ場所を切り裂いた。巨人の首は、ぱっくり口を開き血の雨を降らせた。割れた切り口は深くそこから空気が漏れる様な気持ちの悪い音と共にその巨体は後ろに倒れる。

 巨体は小さな痙攣を起こすもしだいに動きは収まりその命は消えていった。

 

「ハァハァハァ……」


 スコールは剣を地面に刺し倒れ込む様に体を休める。息は上がり、服は返り血でベトベトだ。

 1人居ないだけでこれ程きつくなるとは思いもしなかった。前衛が2人ならどちらかがフリーになれるが1人だけなら敵もこちらに集中してくる為に一気に難易度が高くなるのだ。

 そしてスコールの横にアイがフワフワと降りてくると、


「コー君、大丈夫? これで事件解決となればいいんだけど、そうも行かないみたい」


 これで終わりな筈などないと思ってはいたが、アイの言葉に絶望を通り越して笑いが生まれる。

 スコールはアイが睨む視線の先を見つめると黒いローブ姿の人間の男が立っていた。そしてその男は両手を大きく広げると、


「その歳でよくぞそれだけの武を身に着けた。素晴らしい子供達だ」


 その人間は何故か嬉しそうに、そしてとても冷たく言い放った。

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