第3話 始まり
地の底には何があるのか? 正にそんな疑問の答えが分かりそうな場所があった。大きすぎるそれは大地に丸く開いた大穴だった。
それこそがここアビスと呼ばれる由縁であり人からは最も危険な場所とされている。未だに謎が多く神秘の地である。
この世界は4種族を筆頭としアビスを中心として南東に人間の地、北東にエルフの地、北西にはオーガの地、南西にはヴァンパイアの地がありアビスを中心に4種族が囲むように支配している。
そしてこの森は人間とエルフの国の間を真っ直ぐに伸びていて国境の様になっていた。
そしてアビスと呼ばれる地には強力なモンスターが多く生息している。そしてそこでしか取れないアビスダイトと呼ばれる原石はオリハルコンよりも高価な金属を作る為の材料である。
その為に色々な種族がアビスダイトをはじめとする強力なモンスターの討伐や素材の収集に訪れる為に、多種族同士の抗争も多々あり腕に自信のあるパーティしか来ない場所なのである。
そのアビスでは人もモンスターも優劣はなかった。強いものだけが生き残る場所であった。
「ヤバイ、ヤバイヤバイでやんす!」
そう思いながら必死で考えを巡らす一匹の生き物がいた。そう彼は人ではなかった。彼はモグローン種であり外見はモグラのような二足歩行の生き物で1メートルくらいの大きさである。
モグローンの毛皮はかなりの良質で、服や装備の素材として高級品である為に高値で取引されている。
しかし人による乱獲のために一時はそれなりの数だったモグローン種もかなりの数が狩られ、このままでは絶滅といった危機に瀕していた。
そんな彼は、このままでは不味いと思い一族を引き連れここアビスに引っ越してきたのである。
しかし彼は絶体絶命であった。
彼の目の前にはその天敵ともいえる生き物が2匹いた。そのおぞましい姿は彼の眼には悪魔のように映った。
金属のプレートに身を包み鋭利な刃物を持った者だ。それは人間であった。
彼は数多くの仲間を殺したその天敵を目の前に恐怖しかなかった。当たり前である狩られる立場でしかない生物が怒りなど持つはずもない。有るのは恐怖だけだ。
「あ……あの……できたら命は勘弁してもらえませんでやんすか? オイラは土いじりが得意ですから畑とかで結構使えると思うでやんす」
こうなったらなりふり構っていられない! 奴隷でも何でも生きられるならましだ! そう思った彼は迫りくる死から逃れるために必死で頼んだ。
「下等生物が! 手間取らせるな!」
人間はまるで物を見るような目でその手に持った剣を振りかぶったのだ。
彼は歯を食いしばり、これ以上運命に抗うことはできないと悟った。自分の生物としての本能が言っている。ここで自分は死ぬと――
「みんな……すまない……」
自分はもうここまでだが、これからの同族達の、いや……仲間たちの繁栄とこの先の未来を願って自分はここで終わると覚悟した瞬間。
剣が一瞬の風を切る音と共に振り下ろされたのが分かった。
その瞬間――
――キン! 金属が何かに激しく当たる音が響き次の瞬間あたりは静まり返っていた。
彼は恐る恐る目を開くとそこには目をつぶる前には居なかった黒髪の男の背中があった。
◇
静かな大地、そこは未開の地であり人に荒らされていないこの場所は、草木が自然のままの姿で春の風になびいていた。
しかし今この瞬間に小動物たちは早々に移動を開始しはじめた。それは彼らの本能である細胞の一つ一つがそのわずかな変化を感じ取りその危険を察知したのだ。
ここは凶悪なモンスターも多数生息していて命の奪い合いは日常である為に、危険に敏感で無い者は生きては行け無い。
しかし周りには何もいなかった。
では彼らは何を感じ取ったのか? それは次の瞬間におこった。
風になびかれていたはずの草木は、段々とその強さを増していくと不自然に中心へ向かい渦のように集まっていった。
周りの樹木は、ギシギシと激しく揺れ波打っている。折れそうなほどに曲がった樹木が限界をむかえ様とした瞬間にその力はまるで何も無かったかの様に無くなり元の静寂を取り戻した。
ただ一つの異変を除いては――
その中心となった場所には、いや空間には、ぽっかりと穴が開いていた。ゲートの様に空いてその周りは空間すらも歪んでいた。
無造作に開かれたそのゲートのような中は、まるでキャンパスの様に真っ白でこの世界の何処でも無い、まるで異世界の様な不思議な場所に見えた。
そのゲートの中からゆっくりと3人の人が出てきた。その瞬間ゲートの様な物は跡形もなく消え去った。
先頭にいたのは青年で髪は黒く、真っ赤な目だ。そして立派な黒の服をきている。その右手には本を持っていた。ヴァンパイアの様な男は、なにか明らかに異質と言える雰囲気があった。
後ろの二人は女性だ。一人は16歳位の少女で腰くらいの黒髪に、非常に整った顔をしており立派なローブを着ている。
もう一人は子供のような外見であり髪は金髪ショートカットで赤い目に黒いフリルのドレスを着ている。
その三人のうち最初に彼が口を動かした。
「帰ってきたはずなのに、なんだか異世界にでも来た気分だな。ミク」
男はそう言いながら持っていた本をポンと投げるとその本はまるで空間に溶け込むかのようにスッっと消えた。
「はい、私はこちらの世界は、初めてですから。なるほど……ここが故郷なのですね」
ミクと呼ばれた黒髪の女性は、まるで初めてのものを見るように興味深く周りをみている。するともう一人の女性がその言葉に反応した。
「まさか! ここが神々の世界!?」
「ミシェル、それは違うぞ、ここは元々俺のいた世界だ。言うならミクの言う様に故郷だな。ただそれだけだ」
「アタシもこっちは初めてだからね。話では聞いていてたけど、実際見てみるとなんか凄いね」
その金髪のミシェルと呼ばれた少女もまるで異世界からやって来たかの様なセリフを吐いた。
「たしかにあの空間に比べたら何でもすごく見えるだろうな。しかしこっちが本当の世界だ。俺たちの時間は進みだした」
「アタシは、ディーク様がいるなら何処でもいいけどね」
そう言うとミシェルは金色の髪をふわりとなびかせディークと呼ばれた男にウィンクと飛ばした。
「これが自然の風なのですね。気持ちいいです。空も青くなんだか暖かい感じがしますね」
「そうか、俺もはるか昔に忘れちまってた気がする。懐かしいはずなのにそう思えないんだ。そう思うには流石に時間がかかりすぎた」
「ここからがスタートではありませんか。ゼロからですが私共は常にディーク様と共におります」
「そうか……そうだったな。ありがとうミク」
「あ! アタシもだよ! ディーク様と一緒!」
「分かってる、分かってる、ミシェルも一緒だ」
ミシェルはニッコリ笑いご機嫌な様子だ。
「これからの計画は、何かあるのでしょうか?」
ミクの発言に、ミシェルも興味津々の表情でディークを見ている。
「そうだな、まずは衣、食、住だ。住む所が無いのはまずい。とりあえず目先の問題から解決していくぞ」
「では、まずは何をすればよろしいのでしょうか?」
「まずは、この周りの探索だ。3人別々の方向で、人、村、変わった物が無いか探すぞ。あと住むに適した場所が無いかも見ておけ。仮に何者かに攻撃された場合は、戦闘は極力避けろ、細かくは各々の判断に任せるが事は大きくしたくはない。派手な行動はさけろ」
「りょうかーい! アタシめっちゃ頑張っちゃうもんね!」
ミシャルは腕をブンブン振り回して気合十分の様子である。
「あと、これを渡しておく」
そう言いながら取り出した物は、二つの指輪だ。その指輪は透き通るような銀色で、その中心には赤く美しい宝石がはめられており、その周りにもかなり細かな装飾が施してあった。
「これは俺が作ったもので、これで連絡が取ることが出来る。しかもお互いの場所まである程度分かるといった優れ物なのだ! もちろん俺も同じ物を持っている。今日の記念の結婚指輪みたいなもんだな。ワッハッハー!」
ディークは、まるで照れ隠しの様に笑いながら左手の甲をかざすと薬指に光る指輪がはまっている。
「こんな素晴らしい物を頂いて嬉しいです本当に……」
二人は感無量と言わんばかりに目をキラキラさせて指輪を受け取り左手の薬指にはめた。
「で……では! 行動開始だ! 何かあれば連絡を忘れるなよ」
ディークは流れで言ってしまったが少し時間差で恥ずかしくなった様で、とにかくこの場所から早く動きたい衝動にかられている。そして背中からコウモリのような羽をだし一気に上空に飛び立った。
その姿はヴァンパイア特有のそれだった。
その場に残された二人はしばしの沈黙が流れた。
「…………」
「ミシェル! これ見て! 私どうかな? 似合ってる?」
ミクはこれでもかと言わんばかりの笑顔で左手の指輪を見せた。
「いーじゃん! いーじゃん! 激可愛いよ!」
「やっぱり? これはちょっと攻撃力たかすぎだわー」
ミクが一人で勝手に納得している。
「ジャーン! ミク見て見て! アタシはどう? 似合ってる?」
今度はミシェルが目をキラキラさせながら左手の指輪をみせた。
「凄くいいわ! この世のものとは思えないレベルね!」
「やっぱり? アタシ! こっちに来て良かった!」
ミクとミシェルの興奮は上がる一方で冷める気配がなかった。
◇
ディークは深く茂った森の木の上ギリギリをフワフワと飛んでいた。あまり高く飛びすぎると誰かに発見される可能性がある為だ。不用意に姿を晒すような事はトラブルの原因になりかねない。
あの二人とはもう随分長い事一緒にいるので今更恥ずかしがる事も無いか。そういえばこの世界から離れる前からいったいどれ位の時間がこちら側では流れたのかも調べないといけない。そう思い返して無理やり納得させた。
なんとか住む所を見つけなくては、色々まずい。もう結構な距離を飛んではいるが、特に変わった物はなかった。そして深い森のその終りが見えていた。森の外に出ると広い原っぱで昼寝でもすれば気持ちよさそうだ。ところどころゴツゴツとした岩山があり村がありそうな気配は無かった。
「……なにかいる」
間違いない、何かいる。ディークはその気配の方向へ近づくと足跡らしきものが無数に一つの方向へ向かっていた。その方向の先には2人の男に囲まれたモグローンが今この瞬間命を奪われようとしていた。
「ミク、聞こえるか? 俺だ。今すぐミシェルと一緒に俺の元までこい」
ディークは指輪の力を発動させミクに連絡を入れた。
「え? あっ! はい、ただいま!」
何かすごく慌てている様子だ。指輪の効果にびっくりしたのか? この指輪は自分の指輪から声を拾い相手の指輪を媒体に声を届けるように出来ている為にミクからすればいきなりディークの声が耳元から聞こえた訳である。
ディークは連絡を切り、そのまま少し離れた場所で少し様子を見た。モグローンが何か言っている。どうやら命乞いをしている様だ。
男の一人が持つ剣が振り上げられた。その剣は命を奪うために振り上げられたものだとディークはすぐにわかった。そして同時に一つの魔法を唱えていた。
“テレポート”
いったい何が起こっているのか分からない。ただ分かったのは、あのモグローンが必死に生にしがみつこうとしているという事。それを見捨てる事をしたく無いと思っただけだった。
魔法が発動されディーク視界は一瞬でその男の目の前へと変った。
――キン!
振り下ろされた剣をディークは甲高い音と共に片手でつかんだ。
「やあ、はじめまして」
そう言ったディークに対して男二人は一瞬何が起こったのか分からない様子だったがすぐに後ろに飛びのき距離を開けた。その判断の速さと動きは彼らの経験を知るに十分な動きだ。
「何だ貴様は! いったい何処から来た!」
男は叫ぶように言葉を放ちこちらを警戒している。
「なんだ、人間か、丁度いいお前達に聞きたいことがある」
あまり人間は好きじゃないが、このさい情報をくれるなら誰でもいいや。とディークは思う。
しかし二人の男は高圧的に言葉を返してきた。
「貴様、ハーフだな。半端者に答える価値など無い! 丁度いい、貴様も捕えてついでに売りさばいてやる」
ディークは、これ以上話す価値は無いと考えると、即座に魔法を発動させる。
“グラビティホール”
その瞬間ディークを中心に直径20メートル近い魔法陣が足元に展開されその中を強力な重力が襲った。男二人だけがその重力によって地面にへばりついている。
「貴様! 何をした!」
男2人は高圧的な態度から一変し恐怖に怯えた表情となった。自分達の立場を理解した様だ。
「人間、“ファイアー”を知っているか?」
ディークは人差し指を突き出し指先に力を込める。
「集え、我が力」
――それは“ファイアー”などでは無かった。直径1メートル程の球体のそれは、中心に向かってまるでうねる様に集まっていく。それはまるで球体の中に竜でもいるかのような凄まじい高温の玉となっていた。
「え? まっ――」
男は言葉を終える前に目の前が真っ赤になりそれが最後の光景となった。
「ぎえぇ!」
一瞬の断末魔と共にその球体は物凄い高さの火柱となり人間と共に灰となって消え去った。あまりの高温のソレは周りの気温を上げる。そして当たりに焼けた臭いだけが残った。
「なかなか綺麗じゃないか。生ごみにしてはよく燃えるな」
ディークはもう一人の男の方に歩き出す。ガタガタ震えているのが分かった。少し後ろを見て見るとモグローンが小さく悲鳴を上げている様に聞こえた。
「貴様は! 貴様はいったい何者だ! その魔法はなんだ! そんなファイアーがあるか!」
男は悲鳴に近い声で叫んだ。その顔は引きつり絶望以外のなにものでもなかった。
「いずれこの世界を支配する俺様に向かって貴様とは失礼な奴だな」
「世界を支配? まさか……いや! そんな筈はない! しかし――悪魔なのか!?」
何か意味ありげな言葉にディークは少し引っかかったが、もうどうでもいい。
「悪魔などでは無いぞ、俺はこの世界を変える魔王だ。虫は虫らしく地にはいつくばって死ぬがいい!」
ディークは手の平に力をこめ少しずつ重力を上げていく。
「いぎゃあああああああ!」
ゴキ、バキィとあらゆる骨が折れる音と男の悲鳴だけが辺に響きわたる。
「やめて――死にた――」
その言葉を終える前に口から異物を含んだ血を吐き出しながら息絶えた。
周りは静かさを取り戻し血の臭いだけがあたりを包んでいる。
ディークの後ろには丁度ミクとミシェルが到着していた。
「いつから世界を支配することになったのですか? 私は今初めて聞きましたけど魔王様」
ミクがジト目でディークを見てきた。
「あ……いや、なんて言うかその場のノリ的な感じかな」
ディーク苦笑いするしかなかった。なんというか魔王って響きが、かっこいいじゃん! とか思って何となくかっこつけちゃっただけ、だったとは言えない。
「やっぱ、また適当なこと言っていたのですね」
ミクはため息交じりに言ったが。しかしその顔は凄く嬉しそうで美しかった。