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ブラッド・ZERO  作者:
第二章 学園編
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第28話  春の合同訓練

 今日は春の合同訓練の日、マヤカ班一同はエルドナの北門へ集まっていた。ルータスは大きく伸びをして空に視線を向けると、雲一つなく冴え渡っている。

 春の合同訓練とはエルドナから北東にあるカール山の中腹にある洞窟に生えている、光苔(ひかりごけ)を持って返ってくることだ。


 光苔(ひかりごけ)はカール山にしか生息しない植物だ。その名前のとおりに光を放つ苔である。しかし光苔(ひかりごけ)は採取してから約1日で光を失ってしまい、ただの苔になってしまう為に採取後は速やかにエルドナに帰らなければいけないのだ。


 一見簡単な訓練に思えるがカール山までは歩いて最低1日以上はかかる。往復で早くても2日はかかるということだ。しかも食料などの持ち込みは禁止されており武器と必要最低限の物が入ったリュック以外は何も持って行ってはいけない。

 基本は現地調達しなければならないのだ。そういった意味ではサバイバル訓練といったほうが正しいだろう。


「とうとうこの時期が来たわね。皆準備は大丈夫?」


 マヤカが皆に向けて確認を取る。昔から春には必ず行われ、代々受け継がれてきた行事らしく、エルフの学生にとっては毎年の事なのであった。1級生にとっては5回目の訓練となる為にベテランといってもいいだろう。

 マヤカは皆に視線を動かすとルータスの前で止まった。


「そういえば貴方達兄弟は今回が初めてよね? こういう訓練は大丈夫?」


 ルータスはニヤリと笑った。ある意味サバイバル訓練はルータスとアイは、この中の誰よりも優れているだろう。訓練どころか毎日がサバイバルだったルータス兄弟にとってこの程度の訓練なら遊びの様なものだ。例え裸でスタートしても問題はない。

 だてに何年も浮浪者はやっていないのだ。


「フフフ……サバイバル訓練は僕とアイの最も得意とする分野だ。例え裸で1ヶ月でも楽勝だぜ!」


 自信満々に親指を立て、白い歯を見せる。


「そ、そうなのね……何か分からないけど凄く信頼出来そうな気がするわ」

「アイちゃんもなの? す、凄いね。僕はまだ今回で二回目だからドキドキするよ。なにか迷惑かけないか不安だな」

「ならエリオット君はアイと一緒にいこうね」

「ほ、ほんと、アイちゃんが付いててくれるなら今回の訓練は楽しみだな」


 エリオットが何やら喜んでいる声がルータスの耳に流れ込んできた。たしかにエリオットの言う通りマヤカ班はマヤカとスコール以外ほぼ初参加と言っていいだろう。ルータス兄弟もサバイバルが得意なだけで訓練自体は初めてだ。

 ルートなどは今まで何回も訓練に参加しているマヤカとスコールに任せていいだろう。カール山までの道のりも凶悪なモンスターなどはいないらしいので迷いさえしなければ特に問題なくクリアーできるはずだ。


「私達の班が最後みたいだし、そろそろ出発するわよ」


 マヤカが大きく皆に声をかける。


「了解!」


 一同は一斉に返事をしてマヤカ班はエルドナからカール山に向けて歩きだした。今回は戦闘訓練ではないが念のために隊列を組んである。北東の方面はルータスにとっては初めて行く場所だ。


「カール山ってどんな所なの?」

「結構大きな山だから半日も歩けば見えてくるよ。エルフの中では精霊が住む山って言われててね。死んだ人の魂はあの山に帰とも言われているんだよ」


 エルフは精霊信仰である。その事からカール山はエルフにとって何か大切な山なのであろう。人間でも巡礼の儀式なるものがあると聞く、エルフにとって学園での初の合同訓練がそれにあたるのかもしれない。


「結構いろんな行事があるんだね」


 ルータスは学園に来てから色々な行事に参加して感じていた。行事一つにとっても個人が成長できるようになっている。学園のシステムもそうだ。1級生は皆を引っ張っていくリーダーシップを身につける為に励み。5級生の様な年齢が低いものはそれを見て学ぶ。

 小さな頃からこんな教育をずっと受けていればハーフとの差がついて当たり前だ。世界に名をとどろかすハンターや冒険者が純血ばかりなのも納得できる。他の国は分からないが多分似たようなものだろう。


「まだまだ先は長いわよ。夜までになにか食べる物も調達しないといけないしね」

「ルータス、お前得意なんだろ? 食料の確保の仕方についてプロフェッショナルの意見を聞かせてもらおうじゃないか」


 スコールが振り返り何か意味ありげな質問をしてきた。それをルータスは失笑しならが、


「そんなものそこら辺で適当にモンスターでも動物でも狩ればいいじゃねえか。山に行くんだろ? そこへ行けば山菜くらい山ほどあるだろ。その時にある物を食えばいいんだよ」


 甘い、甘すぎる。一々前もって準備しておくなどそんなものは本当のサバイバルとは言わない。それは日数が決まっているから出来る事なのだ。スコールは往復2日、長くて3日間の事だけを考えているからそういった考えに至る訳である。

 

「何だそれは? 答えになってないな」

 

 スコールは納得のいっていない表情だ。ルータスはまるで分かってないと言わんばかりに両手を広げため息を吐くと、


「動物がわざわざ夜の食い物を昼に狩ったりなどするかい? 本当のサバイバルにおいて奪われるかもしれない食料を持ち歩くなど愚策もいいとこだ。襲ってくださいと言って歩いている様なものだ。食える時にすぐ食うこれこそが一番単純で一番大事なのだよスコール君」

「クッ!」 


 ルータスの言葉にスコールは何も言い返せない樣子で唇を噛み締めている。スコールのこういった姿を見るのは何でこんなに楽しいのだろう。そしてルータスは更に続ける。


「コー君のその考えは2日だけを(しの)ぐ為のものじゃないのかい? そんなものは只の遠足だな。2日だけ(しの)ぎさえすればいいのならもっといい方法があるよ」

 

 ルータスの言葉にスコールの眉が一瞬ピクリと動き表情に出るがすぐに消える。


「ならそのいい方法は何なのか聞かせてもらおうじゃないか」


 言われっぱなしでは腹の虫がおさまらないのかスコールも言い返す。


「何も食わなければいい。このままカール山まで行きすぐに帰って来れば2日もかからないぞ。2日くらい不眠不休で歩けるだろ? サバイバルっぽくていいじゃないか」


 ルータスは、お前にはそんな事は出来ないだろう? といった意味合いも込めてスコールに提案する。


「面白い。その案に乗ったぜ。言い出しっぺが俺より先にへばる様な真似はないと思うが、ここは一つ勝負といこうじゃないか、クックック――」


 スコールはルータスに不敵な笑みを浮かべながら話に乗ってきた。ルータスもそれに負けずに不敵な笑みを浮かべで二人の間に怪しげな笑い声が響いた。

 

「ちょっとあんた達本当に馬鹿なの? 勝手に話進めないでね! 私達は普通の人なの人外みたいな2人に付き合わせないで」

「ふん!」


 話に割って入ってきたマヤカに一蹴されルータスの案は却下された。スコールは舌打ちをしてプイッと前を向いた。そしてマヤカは苦笑しながら、


「ルータス君の中のサバイバルはちょっとレベルが高いわね」


 そんな時、ルータスの目は一つの建物を捕らえた。結構な距離が離れている為に詳しくは見えないが、全く手入れされていない廃墟の様だが結構立派な施設に見えた。立派な建物が廃墟と化しているのが不自然に見えたのだ。ルータスは指を差しながら、


「あの建物ってなんなの? 何か使われているの?」


 ルータスの言葉に一同は何か物々しい雰囲気になった。ルータスはその雰囲気だけで何か嫌なことがあったんだろうと予想がついた。


「あ、あのね、僕達が生まれた時くらいに、天才と呼ばれていた有名な研究者がいたんだよ。その研究所跡さ」


 ルータスはエリオットの言葉に引っかかる。


「跡ってなんだよ。今はいないのか?」


 そしてエリオットの声のトーンが変わった。


「その人はね。人体に自己再生能力の高いモンスターの細胞を移植する事で、怪我の治療などに多大な功績を残したんだよ。しかし――そこからは変わってしまった。人体にモンスターの筋肉や皮膚を移植したりしてほとんど人体実験の様な事をしだしたんだ。それが明るみになり研究所に軍が押し入った時にはもぬけの殻となっていて、今も世界中で行方を追われている危険人物なんだよ」


 要するに人体実験場だった跡地ってことか。純血の国は平和だと思っていたがそうでもないらしい。中々ぶっ飛んだ頭の持ち主もいたもんだ。とルータスは思った。


「なるほど――ヤバイ奴は何処にでも居るんだな」

「昔の話だけね、まだ捕まってないから怖いよね」

「ルータスは姉のが怖いんじゃないのか?」


 スコールがいきなり口を挟んできた。


「うるさいよ。コー君だってビビってただろうが!」


 ルータスとスコールのやり取りに周りは一斉に笑った。そしてマヤカは大きな声で、

 

「まずはカール山目指して一気に行くわよ」

「おー!」


 一同は手を上げてマヤカ班一同はカール山を目指した。





 時は進み空が赤く染まり綺麗な夕焼けが広がっている。マヤカ班一同はカール山のふもとまで到着していた。流石に一同は一日歩き疲労困憊の樣子だ。


「1日で結構進めたわね。去年よりも優秀よ」


 マヤカは安堵の息を吐きながら近くにあった少し大きな石に腰かけた。カール山のふもとは、自然の宝庫の様に綺麗な川が流れ、草木が彩っていた。小動物なども多く見かけ、のどかで美しい場所だ。その中で少し広くて丁度、野営に最適な場所を発見した為にここで野営の準備をしていた。


「他の班もこの辺にいるんだよね?」


 ルータスは、少し前にデニス班を見かけたのだ。それもそうである、合同訓練の目的はみな同じなのだから近くなれば当然集まって来る。


「そうね。山は見たとおり途中で野営できる場所はないからね。初日はふもとで野営するのが普通よ」


 マヤカの言うとおり、カール山はここから確認出来るだけでも岩が多く足元も悪そうだ。洞窟があるのは中腹らしい。カール山の高さからして往復で半日はかかりそうだ。流石に今から行っても日の落ちる前に戻ってくることは不可能だろう。

 その分、ふもとは野営には最適だ。これは学園側が上手くそうなる様にしているのだろう。


「ルータス君、この辺で火を付けよう」


 エリオットに後ろから声をかけられる。ルータスは振り向くとエリオットが薪を持っていた。そろそろ日が沈むので早めに火を起こしておいた方がいいだろう。ルータスは剣を抜くとエリオットが指定した場所にその剣を突き刺した。

 剣先は地面にめり込みルータスはめり込んだ剣の柄を左右にグリグリと振ると剣によって地面が掘り起こされた。


 ルータスは剣を置くと持っていたナイフで掘り起こした土をすくい取り穴を掘っていく。そして少し深めの穴を掘り終えるとエリオットはその穴の中に薪を並べていった。

 下の方に枯れた草や細い枝を敷き詰め、その上には大きな木をお互いに持たれかける様に立てかけていった。薪を並べ終わるとルータスはアイに視線をおくり、


「アイ、頼んだ」

「あいよー! “ファイアー”」


 そう元気よく行ったアイは魔法を唱えると指先から小さな炎がでた。その炎は薪に燃え移りゆらゆらと燃え始める。ルータスはその揺らめく炎を見つめると、なんだかこんな訓練もたまにはいいなと思った。

 するとスコールが串に刺さった魚を持ってきて火の周りに刺し始めると、ルータスの方を向いて嫌味ったらしく言う、


「プロフェッショナルが用意出来なかった晩飯だ。ほら、お前の分もあるぞ」


 ルータスは舌打ちをすると、


「用意したけど、いらないって言ったのはそっちだろうが」

「あんなもん食えるか!」


 ルータスは昔に食べた事のあるカエルを捕まえていたのだが、見せた瞬間マヤカは悲鳴を上げ大騒ぎになったのだ。


「思い出したくないわね。私はああいう生き物は苦手なの……」


 マヤカは顔を引きつらせながら言った。普段はいつも少し気の強そうな雰囲気があるマヤカだが、カエルを見せた時だけは少し女の子っぽかったなとルータスは思い返す。人は見かけによらないものだとしみじみ思ったルータスだった。


「焼いたら動かないから大丈夫だって」

「そういう問題じゃないのよ!」


 ルータスは納得がいかなかったが、これ以上文句をいうのはやめた。そしてルータス達は火を囲むように座ると、マヤカが口を開いた。


「とりあえず無事に初日は終わったわね。明日は朝から山に登り光苔(ひかりごけ)を採取後、速やかに帰還するわよ」

「でも僕は初めてだったけど合同訓練が明日で終わっちゃうのは少し寂しいかな」

  

 ルータスにとって今回の合同訓練は冒険の様で凄く楽しかったのだ。野営にしてもそうだ。野宿などいくらでもした事はあった。しかし今回の様な行事で仲間達と一緒に過ごした事などなかったのだ。その為、何をやっても新鮮に思えたのだ。


「まだ終わってないんだぞ。そうやって気を抜いてると怪我するぜ」


 スコールのその言葉にマヤカも反応する。

  

「コーの言う通りよ。何かあってからじゃ遅いから最期まで気を引き締めてね」


 マヤカの声に一同は頷くと、焼けた魚の美味しそうな匂いがし始めた。


「多分もう食えるぜ。おいルータス、ありがたく食えよ」

「へいへい、ありがたく食べさせていただきます。これでいいのか?」

 

 ルータスは顔も見ずに棒読みで、お礼を言うと目の前に刺さった魚を手に取った。


「今日はご飯食べたら明日に備えて早く寝ましょう。明日も頑張るわよー」

「アイはお兄ちゃんの横で寝るかな! エリオット君も一緒に寝ようよ」

「え、えぇ、良いのなら僕も一緒に寝ようかな」

「お星様を数えっこしようね――」

 

 こうやって騒がしい食事は続き春の合同訓練の初日は幕を閉じた。

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