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ブラッド・ZERO  作者:
第二章 学園編
26/119

第26話  オフの日3  

「あー痛い、せっかくの昼ご飯も、これじゃあ味も分かったもんじゃないな」


 ルータスは不機嫌な表情で頬を擦りながら歩いている。


「凄く食べにくそうだったね。ちょっと面白かったけど」


 横に並ぶアイは思い出し笑いの様にスクリと笑う。2人はスコールと別れた後、学園に戻り昼ご飯を食べ終えて、教室に向かっているところだ。

 廊下を歩くルータスは、周りの視線が気になる。それはミシェルにビンタされた際つけられた頬の大きなもみじマークが目立つためだ。廊下ですれ違う生徒の注目を一心に集めている。見た目が見た目だけに恥ずかしい。

 まるで逃げる様に教室に向いドアに手をかけるとドアの向こう側では誰かの声が聴こえる。ルータスはドアを開くと教室にはマヤカとエリオットの2人がテーブルで話をしていた。そしてドアの開く音と同時にその視線はルータス達に向いた。


「ちょっとルータス、その顔どうしたの!?」


 マヤカが驚きの声をあげる。

 又この話題か……学園に着いてからというもの、ずっとこの腫れた頬の事を聞かれたり、からかわれたりしていた。ルータスはうんざりしながらテーブルの席に腰を下ろす。


「コーの馬鹿のせいでなったんですよ」


 その言葉にマヤカとエリオットは興味津々の様子だ。


「それがさっきお姉ちゃんと遊んでいたらね――」


 アイは凄く楽しそうに事の顛末を話しだした。ルータスはプイッと顔を横に向けアイの説明を聞いていると段々と腹が立ってきた。アイが説明を終えると、


「そ、それは災難だったね。ルータス君」

「貴方達どこでも本当に喧嘩ばっかりしてるわね」


 心配してくれているエリオットとは違ってマヤカが呆れながら話すが、その目は明らかに笑っている。


「お兄ちゃんそれでちょっとの間、変な顔で気絶してたんだよ。それで起きたら泣きながらコー君に怒ってた」

「泣いてねぇし!」


 よくもまぁこんなにペラペラ口が回るもんだなと感心する。


「ちょっとその場面を見てみたかったわ。それにしても凄い跡ね」


 マヤカは今まで我慢していたのか笑いが我慢できずに吹き出した。そして人差し指をピンと伸ばしルータスに向けて1つの魔法を唱える。


“ヒール”


 発動された呪文はルータスの腫れた頬とビンタの跡を綺麗に治した。ルータスは頬の腫れが引いたことを確認すると。


「ありがとう、マヤカさん」

「いえいえ、一様ヒーラーだからね。これくらいはお安い御用よ」


 ヒーラーは各班に必ず一人は入っている。ヒーラーとは回復専門のクラスの事だ。スコールやアイも回復魔法は使えるがヒーラーではない。ではマヤカかとの違いは何のか? それはヒーラーは回復魔法の効果を上げることをメインに習得していく為に、同じ魔法でも全く回復量が違うのだ。

 その為にヒーラーは基本的に攻撃スキルなどを覚えないので戦闘時において攻撃に参加することはない。それはヒーラーが死亡又は、行動不能に陥った場合、全滅する可能性が非常に高くなるためパーティ内での役割はもっとも重要なのだ。

 

 隊列を組む時もヒーラーが真ん中にいるのはその為である。パーティでの戦いはヒーラーをいかに守るかが重要なのだ。だからといって皆に守られるヒーラーは、安全なのかといえばそうではない。モンスターならいざ知れず。同じ人同士の戦闘においては、いかにヒーラーを早く倒すかが戦いの結果に大きく作用するため一番初めに狙われるのも又、ヒーラーである。

 

 最近ではエルドナ王国は国を上げてヒーラーの育成に取り組んでいる。それは他のクラスと違いヒーラーは人体に関する専門知識などが必要になってくるために、一人前のヒーラーの育成には時間がかかるのだ。その為、学園内でも絶対数はヒーラーが一番少ない。

 ヒーラーはある程度知識をつけてからでないと才能の有無も分からない割に、才能が大きく関係する事もあってか生徒からも敬遠されがちなのだ。  

  

「これから何かあったら、お姉さんに言った方が早そうね」


 マヤカの意地悪な視線をルータスに送る。そしてルータスの不機嫌な様子に空気を読んだエリオットは、


「ル、ルータス君これから何か予定はあるの?」

「いや、特にはないよ」


 エリオットは頬のそばかすを撫でならが、


「ならちょっと付き合ってよ。見てほしいものがあるんだ」

「分かった。いいよ」


 ルータスはエリオットに剣技を教えている。だからそれ関係の事だろうと予想がついた。


「よし、ならさっそく行こう」

 

 ルータスはそう言うと椅子から立ち上がった。このままこの場にいてもアイとマヤカに、からかわれる未来しか見えないので早めに退散するのが吉だ。そんなルータスを察したかの様にエリオットも立ち上がる。


「ありがとう、じゃあ行こう」


 マヤカとアイに軽く手を振り教室を後にするとエリオットは、


「急にごめんね。ちょっと僕の家にある物を見てほしくてね」


 そういえばマヤカ班の中で家に行った事のあるのはスコールの家だけだった。エリオットの家がどんな所か気にした事はなかったが、いざ行くとなれば興味がわく。スコールの家は外から眺めただけなので実質家に行くのはエリオットが初めてとなる。

 エリオットは親が亡くなっていて一人暮らしといっていただけに、どんな生活をしているのだろうか。


 エリオットの後に続き学園を出ると、なんだか今日は移動してばっかりだなと思いながら周りを視線と動かした。すると一人の女の子と目があった。その女の子は以前教室の前で話した事があったエリカ・クラウスだった。エリカは目が合うとルータスの方に小走りで近寄ってきた。

 さらさらの長い黒髪をなびかせながら走ってくる。そして動きに合わせて上下に動く豊満な胸がルータスの視線を釘付けにした。


「ルータス君、聞いたよ。依頼書の事、コロナ村で大活躍したんだってね」


 そう言ったエリカはアイには微塵も無い、女の子のいい香りを放ちながら可愛い顔で微笑んだ。


「そんなことないよ。運が良かっただけさ」


 ここは余裕の対応で大人の雰囲気を演出することにした。


「やっぱ凄いね。でも――何か忘れてない?」

「ん? 何かな?」


 なんだ? こんな可愛い女の子との約束があったなら忘れるはずなどあり得ない。ルータスは頭をフル回転させ記憶を探るも心当たりはなかった。エリカはそんなルータスを見て腰に手をあてながら頬を膨らませ、


「ぷーんだ! デートの約束したでしょ? ずっと待ってたのに」


 エリカの姿があまりに可愛らしく、胸の鼓動が早くなった。ルータスは覚えていたが女の子と遊んだ経験は全く無かった為に自分からは誘えず、どうしていいか分からなかったのだ。


「あ、いや……エリカちゃんの予定も分からなかったし」

「こういうのは男の子がちゃんとリードしないとダメなんだからね」

「分かった! 近いうちに必ず誘うよ。約束だ」

 

 エリカは機嫌を治してくれた様子でにっこり笑うと、


「約束だよ。じゃぁ私、班長に呼ばれているから行くね」


 エリカはそう言って片手を軽く振りながら学園に入っていった。その後姿を呆然と見つめていたルータスに、


「あの子って可愛くてけっこう人気があるんだよ。ルータス君って強いだけあってモテるんだね」


 なんかそう言われると凄く気分がいい。まさか自分にモテる日がくるとは……


「なんだ。エリオット君、君もエリカちゃんを狙っているのか?」


 ルータスは少し調子に乗って余裕たっぷりに言ってみた。


「僕は、ちょっとああいうタイプは苦手かな。なんか上品過ぎるっていうか、釣り合ってない気もするし」

「ならどんなのがいいんだよ?」

「うーんそうだね。僕はアイちゃんみたいな元気な子――」


 エリオットはそこまで言うと慌てて言葉を飲み込んだ。そして顔を真っ赤にしながら激しく両手を振り、


「ち、ちがうんだ! 別にそう言う意味じゃなくて! 深い意味は――」


 その変わり様に、ルータスはニヤけながら、


「なるほどなるほど。どうだい? ここは、お兄さんが若いお2人さんの仲を取り持ってあげようかい?」

「だから違うんだってば!」


 アイが言うようなセリフを吐いたルータスは、少しだけこんな時の楽しそうなアイの気持ちが分かった気がした。

 それにしてもアイもモテる様になったようだ。ずっと一緒に生きてきただけに客観的に見る事は難しいがアイは誰とでも仲良くなるのは確かだ。もしかすると顔は可愛い方なのかもしれない。少なくとも目の前のエリオットはそう思っているようだ。


「ごめんごめん。ちょっとからかっただけさ」

「勘弁してよもう――」




 そんな事もあったが2人はエリオットの家に到着した。エリオットは一人暮らしをしている。家は予想とはちがい平屋で木造の集合住宅で、少なくとも自分達が生まれる前から建っている事が分かるくらいの古さだった。横に連なるように部屋が並び各家の前には洗濯物などが干されている。

 部屋自体は結構埋まっている様子だ。エリオットはその中の一室の前に行くと鍵を取り出し扉を開けた。


「なにもなくて狭いけど僕の家なんだ。入って」


 そう言うとエリオットは中にルータスを招き入れた。中はかなり殺風景で、キッチンとそこそこの広さの部屋が1つだけあった。部屋の端にはベッドと机が並び机の上には何かの参考書らしき本とメモのような紙が散乱している。なにか勉強をしている途中のようだ。室内は古くなった木材の匂いがほのかにしている。

 ルータスは部屋の真ん中で腰を下ろすと周りを見渡しながら、


「ここがエリオットの家か、なんか想像と違ったな」

「本当の家じゃないんだけどね。親が生きていた時はちゃんとした一戸建てだったんだ。でも死んだ時に生活のために、家は売ってここに引っ越したんだよ」

「両親の家売ってよかったのか?」

「一人で住むには大きいし管理も大変だからね。それに家だけあっても生活できないと意味ないからね」


 淡々と話しているエリオットだが、当時はかなりの葛藤があったはずだとルータスは思った。そして自分なりに答えをだして過去にしがみつかずに前に進むことをエリオットは選んだに違いない。だからルータスに剣技の指導を頼んだりしたのだ。エリオットも又、力以外の強さを持っている者だとルータスは思った。


「エリオットは強いな」


 自然と言葉がでた。本当にそう思ったからだ。しかしエリオットは首をかしげて、


「何言っているんだい? 僕は学園ドベだよ」


 ルータスの言葉を冗談と受け止めた様子で笑って流す。 


「今は分からなくてもいい。いつかこの意味が分かる時が来るよ。僕も最近コー君のおかげで分かったんだ。だから信じていい、君は強い」


 ルータスの真剣な言葉にエリオットは気づく、


「ルータス君にそう言ってもらえると、本当に強くなれた気がするよ。ありがとう、その言葉覚えておくね」


 するとエリオットは部屋の押入れを開けるとなにかごそごそ取り出そうとしている。

 そういえば何か見てくれっていってたっけ――そう思い出しながらエリオットを眺める。するとエリオットは細長い木の箱を取り出しルータスの前に置いた。すごく立派な箱からは中に入っている物が高級品である事が見て取れた。


 エリオットはその箱の蓋を取ると中には1本の剣が入っていた。しかしただの剣ではない。鞘に入っている剣は普通の剣と比べてかなり細く弓なりに反らしてあった。形状からするに片刃の剣だ。初めて見る形にルータスは興味が出た。


「この剣少し見せてもらっていいかな?」

「もちろんだよ。その為に来てもらったんだ」

 

 ルータスはその剣を持ち鞘から抜いてみた。予想通りの片刃の剣で、その腹はまるで鏡のように磨き上がっている。そして波紋は美しく波打ち凄まじい切れ味を秘めている事が分かった。魔法武器では無いが魔法武器とは全く違う異質の力を秘めた剣に思えた。


「この剣は凄いよ、初めて見たけど僕には分かる。魔法武器でもないのになぜだろう?」


 エリオットはルータスの反応をじっくり観察するかのように眺めてから口を開く。


「その武器は剣ではないんだよ。刀っていうんだ」

「刀か……聞いたことがない武器だな」


 少なくともエルドナにはこんな武器は無い。これを一体何処で手に入れたのか考えていると、答えはすぐに出た。


「これはお父さんが使っていた武器で形見なんだ。そして僕の大切な宝物なんだ」


 その言葉だけでエリオットの父がどれだけの男だったのかルータスには分かった。エルドナに無いという事は、エルフの領土に一般流通している武器ではないことは確実である。ならばエリオットの父は他の国か何処かで手に入れてきたに違いないからだ。


「エリオットのお父さんは凄い人だったんだね。もしかしてそれに憧れてハンターを目指しているのかい?」


 ルータスの言葉にエリオットは、少し驚きの表情を見せながら、


「剣を見ただけで分かるんだね。まだ何も言ってないのに」


 エリオットの表情は緩みきっている。父を褒められた事がよほど嬉しかった様だ。


「これは何処で手に入れたのか知ってるのかい?」

「オーガの国って聞いていた。僕もその頃は剣に興味なんてなかったからそれ以上は聞かなかったんだよ」

「なるほど、この刀は魔法武器とかとは根本的に違う強さがあるような気がする」


 この手に吸い付くような感覚に鏡のように磨き上げられた刃は凄く魅力的に思えた。そして刀を鞘に戻した。


「やっぱりルータス君に見せて正解だったよ。やっぱり僕のお父さんは凄かったんだ。僕はそんな父の様になりたい」

「なれるさ、必ず」

「それに一番の友達に僕の宝物を見せておきたかったしね」


 その言葉に少しルータスは心が痛んだ。エリオットは友達と言ってくれた。ルータスだってエリオットを友達だと思っている。しかしその思いが強くなるほどエリオットについている1つの嘘が癌となっていたのだ。

 自分はエルフの情報を探るために来ている。本当はハーフだ。エリオットも本当の事を知ればハーフのルータスなど相手にはしないだろう。その作られた偽りの友達関係を思うとなんだかとても悲しくなった。しかしエリオットに罪はない。


「ありがとう、僕もエリオットは大切な友達だ――」


 その言葉にエリオットはやさしく微笑む。そしてルータスは笑いながら、


「聞いてくれよ、コー君はね、将来冒険者になるんだってよ。いい家系なのになにいってんだか」

「そうなの? スコールさんも意外に冒険家だなー」

「そうだろ笑っちまったぜ――」


 そして部屋に2人の楽しそうな声が響く、そして今だけは例え偽りでも本当の友達でいたいとルータスは思った。

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