第24話 オフの日
謎の巨人を討伐に成功したマヤカ班は、その日の内にエルドナに帰還し事の顛末を報告した。しかしエルドナの調査隊がコロナ村に着いた時には巨人の死体は煙のように消え戦いの凄惨な傷跡だけを残して無くなっていた。しかしコロナ村の人々の証言もあって、この一件は国が引き継ぐ事となった。
一連の事件は謎だけが残る不可解なものだった。その事件を振り返るかのように話すスコール、ルータス、マヤカの3名の姿が教室にはあった。
「でも……あの巨人は何だったんだろうな」
「ホント不気味よね。いきなり現れていきなり消えるし」
「でもあの巨人が村人を食っちゃったのかな?」
「それは十分に考えられるわね。巨人も目が合うなり即襲ってきたしね」
「でもあんなモンスターエルフ領土にはいないんでしょ?」
「そりゃぁそうよ。あんな凶悪なモンスター見た事が無いもの、戻ってきた着た時に倒されてたからホント驚いたわよ。貴方達人類辞めてんじゃないの?」
「エヘヘ、ちょっとは見直してくれた?」
スコールは青い前髪をいじりながら視線の先で話しているルータスとマヤカを眺めていた。事件を振り返って見ても不可解な部分が多すぎて一体何が起きているのか見当もつかなかった。
「何であろうと未だ事件は終わっていない事は各自だ。あのバグベアーの死体は確実に人の手で殺されていた」
スコールは静かに口を開く。いきなり発したスコールの言葉に2人の視線が集まる。
「え! それって私達が来る少し前に誰か居たって事?」
「そうだ……」
マヤカの顔が一気に青ざめるのが分かる。ルータスもそれは感じていた。巨人が出現した時も人の気配は無かったが誰かいた可能性が高い。もしそうならスコール達が気づく事が出来ない程の使い手になる。
「雷鳴と共にいきなり現れるのも不自然だ。何より巨人は原始的な攻撃と目の前の敵にしか襲いかかろうとせず知能が高くなかった。自分で何かしらの魔法で現れたとも考えられにくい。なら何かしらの転移魔法で飛ばされたのか? それも無い。普通、転移魔法とはバレ無い様に相手に近づく為のものだ、あんな雷鳴の様な音などしない。あの巨人はもっと別の何かで、その場からいきなり生み出された様な気がする」
「それは巨人自体が何かしらの方法で召喚の様な事をされたって事かい?」
「そうだ。そんな方法があるなら、いきなり消えた死体の説明もつくだろう。――ルータス、お前何か心当たりは無いのか?」
スコールはルータスなら何か知っているのではないかと思っていた。それは事件の関係者としてでは無い。スコールはコロナ村の一件以降ルータスにある疑惑を抱いていた。いや今まで持たなかった事の方がどうかしていたのだ。
それを決定付けたのは巨人戦でのアイの魔法だった。11歳にして“ウォーラ”で空を自在に飛び、あれほどの魔力である。通常魔法使いは最初は元属性、炎、水、風、雷の4種類から覚えるものだ。巨人戦でアイの放った魔法は“氷”である。
学園では元属性以外の魔法は上級魔法と言われている。スコールの知る限り学園内でアイが最期に放った氷魔法を超える程の魔法の使い手は居ない。あの巨人を一撃で仕留める威力の上級魔法を11歳の女の子が放ったのだ。
兄は兄で今まで天才と言われ学園で敵無しだったスコールを超える剣士であり、あの兄弟自体が異常だ。今まで敗北の悔しさもあって全く気づかなかったが落ち着いて見ればルータス兄弟に何か秘密があることは間違無い。もしかしたら何かしらの魔法で大人が子供の姿に化けているのでは無いかと思う程に。
スコールは今は巨人よりもルータス兄弟の秘密の方が気になっていた。もしかすればそれがルータス兄弟の強さの秘密に繋がるのでは無いかと感じていたからだ。
スコールは頭の中でルータスの情報を整理する。歳は13歳の茶髪のエルフで商人のランス・エミールの親戚であり姉がいる事くらいだ。ルータス兄弟がエルドナの何処に住んでいるのか? 親はいるのかなどの情報は一切不明だった。
そんな謎の多いルータスならスコールが知り得ない情報を知っていても何も不思議では無い。
「レリックって知ってるだろ。僕はそれが関係しているんじゃないとか思ってる」
ルータスの言葉はまるでレリックをについて詳しく知っている様に聞こえた。一度疑の目を向ければ些細な事でも全て怪しく見えるものだ。しかし悪い奴ではない事だけは分かっている。そしてスコールは深く頷き。
「なるほど――確かにそれならば可能性はあるな」
「何はともあれ単位も一杯入ったし、少しはゆっくり出来るわね」
マヤカのその言葉にルータスはホッと息を吐き胸を撫で下ろしている。
「結果オーライってヤツだな」
スコールは、興味は無かったので適当な態度で言葉を返した。最初は心配だった単位もコロナ村の一件で巨人の脅威から村を救った事が認められたのだ。そして多めに単位も取得出来でマヤカ班一同は学園生活にも余裕が出来てきた。
「とりあえず少しの間は休養も兼ねて学生らしくゆっくりしましょう。私は今の内に出来なかった事色々片付けちゃおうかな」
マヤカは立ち上がりながらそう言うと軽い足取りで教室を出ていった。2人だけになった教室はなんとも言えない空気だ。
「お前は何をするんだ?」
「さぁな、とりあえずアイでも探しに行くかな――」
スコールとルータスは仲が悪い。そんなルータスに対しスコールは意を決した様に言う。
「ならば俺もそれに付き合おう。色々話したい事もある」
スコールの思いもよらない言葉にルータスは一瞬驚いたような表情を見せるが、それは直ぐに消え少しの沈黙の後。
「分かった」
とだけ答えた。スコールはこのチャンスにルータスの秘密を何か1つでも見つけてやろうという気持ちで一杯であった。もしそれで目の前のコイツに追いつけるなら何だってやってやると心に思いスコールの一日は始まった。
◇
レンガ作りの家が並び広い道の両端には綺麗な間隔で並んでいる。植木が街を彩り道行く人々の目は生気に満ち溢れている。最近はエルドナの町並みにも慣れてこの風景が心地よく感じる。そんなルータスとスコールは2人で学園の外に出ていた。2人は並ぶように道を歩きルータスはスコールを横目でチラリを眺める。
何か最近スコールに監視されている様な視線を感じる。今日だってそうだ、何時もなら絶対に2人で一緒に行動などしないスコールが付いてくる事などあり得ないからだ。しかしスコールとは啀み合ってはいるがお互い認め合ってはいる。
それにルータスに比べて段違いに頭は良いスコールは無駄な事はしない。一件意味が無い行動でも必ず何か意味はあり皆を引っ張ってきた。今回のこの状態も多分何か意味が有るのだろうとルータスは考えていた。しかし学園を出てからと言うもの全く会話が無い。
ルータスはとりあえず何でも良いので話しかけてみる事にした。
「前コー君の家見たんだけど、あんなデカイ家で疲れないか?」
初めてみた時の衝撃を今でも覚えていた。あの金の無駄遣いとしか思えない豪邸を。
「そうだな、生まれた時から住んでいるから特に何も感じ無いな。ルータスの家はどうなんだ?」
「うーん、ある程度の広さは有るけどね。豪華な家では無いからね」
まぁ、ある意味スコールの家より大分ぶっ飛んではいるけどね。と心の中で思うルータスだった。
「ふーん、どの辺りなんだ?」
スコールの何気ない質問に心臓の鼓動が一瞬跳ね上がった。何と答えて良いのか思いつかない。ここで言葉を濁すと明らかに不自然だ。エルドナに魔王城が有る訳が無い。そして少しの沈黙の後に。
「まぁどこでも良いけどな……そう言えば姉が居るって言っていたな。兄弟は3人なのか?」
「そうだけどコー君は兄弟いんのかよ」
何気に聞いたルータスの言葉にスコールは少し空を見上げて、まるで記憶を呼び起こす様に語りだした。
「昔、兄が居たんだ。強くて優しくて俺なんかよりもよほど天才だったよ。俺はそんな兄の背中をずっと追いかけて居たんだ。お前が姉を目指している様に俺も兄が目標だったんだよ」
今までスコールとこんな話はした事が無かった為、ルータスにとってとても興味深かったがスコールの話し振りからすると悲しい話というのはすぐに分かった。
「しかしある日、兄は任務を遂行の最中に姿を消し帰ってくる事は無かった。俺は毎日玄関で兄を待ち続けたのを覚えている」
「仕事中の事故か何かがあったのか?」
スコールはルータスに視線を飛ばす。その顔は憎悪に満ちている。
「国からは行方不明になったとだけ聞いたよ。兄は次期戦士長と言われた程の男だ。それほどの男がいきなり行方不明になんかなる訳が無い」
「それってまさか……」
「俺は兄が殺されたと思っている。兄は若くしてエルドナ最強の剣士となり人望も厚かった。次期戦士長を良く思っていない者も多かった筈だ」
話しを聞く限り恐らく兄は生きてはいないだろう。確かに優秀な人材は、立場を脅かされる者にとっては邪魔なだけだ。スコールの予測通り任務中に消された可能性は高いだろう。
任務中であれば事故として幾らでも処理出来るし国の機密の為とか言っておけば詳しい説明もしなくて済む。仮に兄が個人的に姿を眩ませたいだけなら、わざわざ任務中にする必要は無からだ。
「でもコー君は騎士の家系だし卒業したら騎士になるんだろ?」
騎士とは城勤めの王族直属のボディーガードの事だ。エリートの中のエリートでほんの一握りの才を持つ者しかなる事の出来ない。エルフにとっては憧れの対象でもあるがそれは狭き門である。ルータスの何気なく聞いた問いにスコールは明らかに不機嫌な様子で、
「家は俺なんか兄の代わり位にしか見ていない。俺は家の操り人形じゃ無いんだ」
何時も冷静なスコールらしく無いその態度から今まで溜めていた気持ちが一気に爆発したのが分かった。何時も周りから天才と言われ尊敬されるスコールだ。本当の意味での友達など居なかったのかも知れない。そう思うと彼も又孤独だったのだろうか。ルータスは何か急に親近感が湧いた気がする。
「貴族でも色々あるものなんだな。僕には分からない世界だ」
スコールはやっと少し笑いながら。
「そうだな。将来は何にも縛られずに自由な冒険者にでもなろうかな。そして世界中の強者と戦い最強の剣士でも目指すのも楽しそうだ」
スコールの言葉には自虐でもあり諦めでもあり希望でもあるかの様な、色んな思いが込められている様に感じた。
「何だ冒険者か、エリオットと僕は将来ハンターだぞ。何時か3人で地下階層制覇でもするかい? おっとアイも入れたら4人だな」
「それもいいかもしれんな」
二人の会話にはそれぞれの思いが込められていた。ルータスは魔王軍、スコールはエルドナの騎士、違う道を歩み決して叶うことは無いとお互いは知っている。しかし今この瞬間の少し楽しい空気だけは壊したく無いと言う思いが込められていた。
「それにしても今日のコー君はよく話すね、熱でも有るんじゃないのか?」
スコールは小さな舌打ちをしてそっぽを向いてしまった。ルータスは過去を振り返ってもスコールとこんなにも会話した記憶は無かった。少しだけスコールの事が分かった気がした。
何気ない会話もそこそこ弾み公園が見えてきた。この公園は子供が遊ぶ為に作られた公園であり小さい子供達に人気の場所だ。広さはそこまで広くは無いが走ったり運動する分には十分な広さは有る。周りにはベンチがあり小さな砂場とアスレチックの様な木で出来た中二階の小さな家が人気だ。学園が終わる時間帯には子供達で賑わっている。
ルータスはこの場所に用があった。それはイヤリングがアイの位置をここだといっているからだ。ルータスは小さなため息を吐きながら、どうせ人のいない時間帯に公園でいっぱい遊ぼうと思って来たのだろうと容易に想像できた。
しかし考えてみたらアイはまだ11歳だし今まで公園の様な場所で遊んだ事など無い為、年相応と言ってもいいかも知れ無い。アイの無邪気に遊ぶ姿を想像すると何か微笑ましい気持ちになった。
少しまだ距離がある為にハッキリとは見えないがアイと後ろ姿しか見えない金髪のエルフの子供と砂場で一緒に遊んでいるのが見える。偶然居合わせた近所のチビっ子だろう。公園には2人だけしか居ない様だ。まだ午前中だしそれは当然だろう。聞き取れないが凄く楽しそうな声で話している。
ルータス達は公園に入るとアイがこっちに気づき大きく手を振る。
「お兄ちゃーん! コー君! 一緒に遊びに来たの?」
砂場の前まで来るとアイは泥だらけで赤い髪の毛にまで砂が沢山ついていた。アイの蔓延の笑みとは裏腹にルータスは何をしていたらこんな汚れるのだろうか? と自分に投げかけていた。
しかしそのアイの前の砂の山を挟んだ先に座って居た少女に視線を落とした瞬間ルータスは、
「へ?」
思いがけない事態に声が出た。出そうと思った訳では無い。漏れた呼吸が音を出したと表現するのが一番正しいだろう。何故ならそれはルータスがよく知る人物だったからだ。
「お、お姉様……何やってんですか」
そこには運動服を着たミシェルがエルフの姿で座っていたのだ。余りにもピッタリに溶け込みすぎていた為に顔を見るまで気づかなかったのだ。
エルフの姿は自分と同じ魔法で変えられているであろう事はすぐに分かったが何故にこの公園でアイと一緒に遊んでいるのか?
アイ同様に服は泥だらけで今まで一杯遊んでいる事が容易に想像できた。呆気にとられているルータスに対にしてミシェルは少し顔を赤らめながら。
「お姉ちゃんだもん、アイを遊んであげていただけよ」
かなり疑わしい部分しか無い言い訳であったが、あまり深く突っ込むと怖いのでここはそっとしておこうと思った。しかし又しても思いもよらない所から声が上がった。
「ちょっと待て! ルータスこの子が前に言ってたお姉さん!? お前より強くて、優しい、お前が剣技を教えてもらった尊敬してる姉!?」
いつものスコールからは想像出来無い程大きく見開かれた目と顔に驚きの表情を出しミシェルを指差しながら叫ぶように言った。
ルータスは心の中で舌打ちする。これは面倒くさい事になった。姉と言ってしまった手前今更誤魔化せないし本人が目の前にいるのだから隠し様もない。確かに驚くのも無理は無いが事実だしな、と思う。
それよりもスコールが下らない事をしてお姉様にぶっ飛ばされないかが心配だ。
「そうだよ」
ルータスはコクリと頭を縦に振る。そしてスコールの言葉に機嫌を良くした様子のミシェルは少し得意気に立ち上がり頭を軽く振るとサラサラの髪なびかせる。同時に土も飛んできた。せっかくだしスコールを紹介しようとした瞬間にスコールが更に言葉を続けた。
「こんな小さな子がか! どう見てもチビっ子にしか見えないぞ!? これがそんなに凶暴な姉なのか!?」
――はい?
――スコール君何言ってるんですか?
ルータスは言葉が理解出来ずに立ち尽くすも生物の本能からか激しい寒気と生命の危機を感じ始めた。恐る恐るミシェルに視線を送ると、
「ルータス……貴方、学園の友達にアタシの事そんな風に言ってたのね……」
ルータスは額から汗が下垂れ落ち始めた。そして怒りを露わにしたミシェルが一歩足を進めるとルータスも自然と一歩下がった。
「い、い、嫌だなーお姉様、優しくて尊敬してるとしか、い、言ってません!」
ルータスの声は震え、ろれつが回っていない。ミシェルは更に一歩足を踏み出す。
「ス、スコール君は記憶障害の病気なんです!」
ルータスは、助けを求める様な視線をスコールに飛ばすが、ルータスの急激な変化に唖然としていた。しかし何か気づいたのかニヤリと笑うと、
「嘘つくなよルータス! お前言ってたじゃねーかよ!」
最期の希望も虚しく消える。再びミシェルに視線を戻すと、おぞましいオーラが見える。もうダメだ最期の手段しか無い!
「ごめんなさーーい!」
ルータスは逃げるしか無いと考え振り返り思いっきり走ろうとしたが――
いつの間にかミシェルは目の前に立っている。ルータスはその瞬間心臓の音が激しく波打ち、頭のなかではその鼓動だけが鳴り響いていた。ミシェルはルータスを見つめニッコリ微笑み口を開いた。
「誰が――」
その天使の様微笑みに忘れかけていた呼吸を戻すルータスだが。
「凶暴なのよおおおお!」
ミシェルの声が響いた直後、一瞬の閃光が見えたかと思うと凄まじい頬の痛み共にルータスの意識はここで無くなった。




