第21話 友達
テオバルト・アルフオード――
アルフオード学園の学園長にして、元魔法騎士団長でありエルドナ王国では知らない者などいない程、名前はとどろいている。70歳を過ぎているであろう老体とは裏腹にその魔法力は一目置かれ、叡智は他を寄せ付けなかった。そして――
ベルフ・ドミニク
現騎士団長にしてエルドナ最強の戦士である。彼もまた他種族にまでその名はとどろいており、これまで何度もエルドナ王国の危機を救ってきた英雄だ。
そんな2人は今学園長室にいた。ベルフの目の前にはテオバルトが立派な机の前で座っていた。
「やっと必修合同訓練も全ての教室が終わったようじゃな」
テオバルトは長い髭をさすりながら言った。数日に渡って行われた必修合同訓練が終了してベルフも安堵の息を吐く。そして訓練の指揮を取っていたベルフは学園長のテオバルトに報告をしている所である。
「今回は、皆骨がありそうな奴らばかりでしたよ」
ベルフは訓練の様子を思い出すと、皆優秀で将来の同僚になるかもしれない者達に期待が高まった。
「誰か、気になった生徒はいましたかね?」
まるで1人の名前を聞き出すかの様な問いに。ベルフは静かに口を開く。
「――ルータス・エミール」
テオバルトは、髭の撫でる手を止めベルフにその視線を向ける。
「やはり――」
「彼が訓練中に放った殺気は紛れもなく本物だった。まだ3級生の子供があれ程の殺気を纏うとは……」
ベルフはあの時の衝撃を忘れられなかった。まるで雷に打たれたように突然と空気が変わり、その中心に居たのが只の子供だった事が信じられず呆然と立ち尽くしてしまった。
「何があったのか聞いておるか?」
ベルフは頷くと、
「周りの生徒から聞いた話によると、スコール君と口論になっていた様で、イヤリングを馬鹿にしたら急に変わったと言っていました」
テオバルトは椅子から立ち上がると、意味深な雰囲気で口を開く。
「なるほどな」
テオバルトは机の上後ろの窓に振り向くと、
「学園長、彼は一体何者なのですか? 」
「ランス・エミールの親戚だと聞いていておったのだが……」
ベルフはテオバルトの言い方に少し引っかかる。聞いていた、と言うのはどう言う事なのか?
「何か違っていたのですか?」
「ベルフ君、アルカナは知っておるな?」
“アルカナ” それは、ごく稀に生まれた時から特殊能力を持っている者がいる。魔法などには該当しない能力で、神からの贈り物と言われている。しかし突然の発言にベルフは戸惑う。それがあの少年と何か関係あるのだろうか?
「――はい」
「ワシもアルカナを持っておってな、あまり凄い能力では無いのじゃが、魔法を色で識別できるのじゃよ。まぁ注意して見ないと見えないのじゃがな」
「それは、初耳です」
それは当たり前だった。通常、戦いにおいて相手の情報を知られることは死に直結する事である。魔法やアルカナなど重要な情報は本人以外知り得ないのが普通だからだ。
「最初は気づかなかったがルータス君とアィーシャ君には、何か分からない魔法がかけられておる」
「――なっ!」
ベルフは驚きのあまり絶句した。ベルフにはこの意味が即座に理解できたからだ。エルドナ最高の魔法使いテオバルト・アルフオードがその叡智をもってしても分からない魔法など今まで一度も記憶になかった。
4種族の内魔法が得意な種はエルフとヴァンパイアだ。エルフは回復系が得意でヴァンパイアは攻撃系の魔法が得意とされている。そのエルフのトップが分からないなど考えられない事である。そんな魔法があの2人にかけられている。
「テオバルト・アルフオードに分からない魔法など、一体誰が……」
ベルフは、それ程の魔法を使える者の関係者なら子供にしてあの異常な殺気を放った訳も納得出来た。
「言い争いの発端となった、彼のイヤリングは、アビスダイトで出来ておるのじゃよ」
「なるほど……」
「しかも、かなり複雑な術式が組み込まれているようじゃ」
謎の魔法使いは、やはり相当な使い手であることは間違いないとベルフは確信した。
「ランスを直ぐ様、城に呼び話を聞いてみるべきですね。」
テオバルトはベルフの方に振り返ると、ハッキリと言った。
「それはダメじゃ」
ベルフはその意味が分からず叫ぶ、
「何故ですか! 危うく殺人事件が起ころうとしていたんですよ! 彼の妹が止めなければ確実にスコール君は死んでいたんですよ!」
「しかし、証拠が無いじゃろう? 殺気を感じただけで事が起こってもいなものを、どう問い詰めると言うのじゃ?」
「それは……」
たしかにそうである。ルータスは現に誰も傷つけていない。殺気を放っていたのは間違いないが、他の生徒は気づいていない。何か隠しているとしてもいくらでも逃げようはある。下手に探ると相手が何か行おうとしていた場合、警戒されてしまう恐れもある。
「それにじゃ……」
テオバルトに笑みが溢れる、その目は未知なるものを求める探求者の目だ。
「まだ敵と決まった訳でもあるまい。それ程の力、これからの選択次第で敵にも味方にもなろうぞ」
もしそんな者が我がエルドナ王国に新たな戦力として来るなら、それは願ってもいないチャンスだ。テオバルト・アルフォードを継ぐ者の誕生になるかもしれない。実際、すでにルータス兄弟は、ベルフの騎士団でも十分通用しそうな気がするからだ。
「たしかに、事は慎重に、ですね」
「彼等は、今この学園の生徒なのじゃから」
ベルフはテオバルトの意見には正直不安もあったが、納得もできた。テオバルトの叡智はベルフの及ぶ所では無い。常人では分からない先まで見ており、絶対の信頼もあった。しかしベルフには一つ大きな不安があった。
「学園長、フランクア王国に何やら、怪しげな動きがあると報告が上がっています」
エルドナにとってフランクア王国は最も警戒する国であり敵国だ。ベルフはこの先何かとんでもない事が起こりそうな胸騒ぎがしていた。過去の経験から悪い予感は当たるものだと知っているからだ。
テオバルトは考え込むように椅子に座った。
「聞いておる。同時に黒翼兵団も何やら別に動き出しているようじゃの」
ベルフの考えは確信に変わった。いきなり合わられた謎の少年、怪しげげな動きを見せるフランクア王国、それに犯罪組織の筆頭である黒翼兵団、この3つが動き出したことは偶然なのか? そんな訳はあるはずが無い。
「学園長、何か私達の知らない所で世界は動き出しているのでしょうか?」
「…………」
流石に今の段階で何か分かる事など有る分けがない。テオバルトは目を瞑ると静かに、
「もしかすると、この先世界は大きな混乱に呑まれるかもやしれんな」
◇
――進級
新たな目標を上げられルータスの気分は重い。教室の他の生徒の騒がしさに苛立ちを覚えながら、窓の外に視線を動かす。大空を羽ばたく鳥の様に、自分も自由に飛び立ちたいなどと考えながら座っていた。
「さぁ! 遅れた分、これからバシバシ単位取っていくわよ!」
目の前にいるマヤカが凄く頼もしくルータスの目には写る。マヤカ班はやっと5人が集まり、遅れた分を取り戻そうとしていた。未だに全員単位はゼロである。マヤカは全員を見渡すと。
「とりあえず、受けられる依頼書は片っ端から受けまくるしか無いわ」
その通り! と、言わんばかりに大きく頷きルータスは大きく手を上げると、みんなの視線を集めた。
「ハイ! ハイ! 高ランクの依頼書をバシバシやってサクッと単位取りましょう!」
この案に周りの皆の反応が悪い事にルータスは不思議に思う。何か変な事を言ったのか考えている間に、その答えはエリオットの口から出る。
「あ、あのね、高ランクの依頼書は、いきなりは無理だよ。一つ下のランクまでやらないと受けることが出来ないんだよ」
これは、いきなり実力に合っていない高ランクを受ける事を防ぐ為のものだ。仮にAランクの依頼書を受けるとするならばBランクの依頼を達成していなければ受けれないという事だ。本当であれば、前の年の実績である程度免除になるのだが、ルータス達は途中参加した為にEランクとなっていた。
「ハイ? そんなんじゃ単位は? ちゃんと進級出来るの?」
今までとは違う真剣なルータスを見て、マヤカはホッと安心するかの様に、
「やっと真剣になってくれたのね。前までなんか進級とか気にしてないみたいだったから心配だったのよ」
アイがクスリと笑いマヤカに視線を向けると、
「あのね、お兄ちゃん家で進級に対して危機感が無いって怒られて、進級出来ないとお姉ちゃんに怒られる事になってるから必死なんだよ」
アイ以外のメンバーは、姉と言う単語に驚いたのか、一気に注目を集める。ルータスは余計な事言うなと、思いアイを睨むもアイには効果はなかった。マヤカは何か納得した様な態度で、
「なるほどね。貴方の危機感の無さの理由がよく分かったわ。その態度からしてお姉さんには弱いみたいね」
その言葉にスコールが、興味を持った様子で、図星を突かれてバツの悪そうなルータスに言う。
「お前の姉は、凄いのか?」
皆から注目される中、ルータスは鼻高々にそして誇らしげに言う。
「凄く強くて、優しくて、僕が何時か少しでも追いつきたい人だ」
その言葉に皆は息を飲んだ。あのスコールに勝利したルータスが憧れる姉とは一体どれ程なのか想像出来なかったからだ。
「やっぱ、貴方の姉だけあるわね」
皆から姉を絶賛されルータスは優越感を感じた。身内を褒められるのはなんだか気分が良かった。今まで経験が無いだけに何とも言えない気分であった。
「僕達の御主人の嫁なんだけどね、お姉様はちょっと御主人と何があったらすぐに凶暴になるんだよな。 そんな日に稽古でもつけられた時にはもう、恐っそろしいんだぜ?」
思い出すと身震いがする。嫉妬に怒り狂ったミシェルは怖かった。しかしそんな所がミシェルの良い所である事もルータスはよく分かっていた。学園に来てからはチャンネやミシェルと特訓をする事も減ってしまい最初はそれがすごく嫌だったのを思い出す。
珍しくスコールが話に食いついてきた。
「お前は姉に剣技を教えてもらっているのか?」
ルータスは一体何処まで言って良いものか考える。変な事を言って後々面倒な事になっても嫌だ。しかし何気ない会話で口を塞ぐのも変だ。既に出ている姉の話くらいはしても大丈夫であろうと判断し。
「そうだよ。接近戦はお姉様に教えてもらったんだ」
本当はチャンネにメインで教わっていたが、ここは話を合わせておくのが良いだろう。別に嘘でも無かったからだ。スコールは何か言いたげな表情をするも腕を組み椅子に深く座り治すとそれ以上は追求してこなかった。
「怖いお姉さんに怒られない為にも頑張って進級しないとね」
マヤカはそう言うと紙を皆に配りだした。ルータスも受取り目を通すと、びっしり文字がかかれてある。
――まずい
ルータスは文字が読めなかった。もちろんアイもだ。アイに視線を向けると同じ事を考えている様子が見て取れ、目で合図してきた。ここは正直に言うべきなのだろうか? もしそれが余りに異常な事なら怪しいことこの上ない。しかし隠し通せるものでも無かった。ルータスは意を決して、
「マヤカさん、ちょっといいかな?」
「質問はちょっとまってね、今から順に説明していくから」
マヤカは紙を見ながら今度の予定を説明しだした。上から順に説明していっている様で、丁寧な説明は読めなくても今後の予定を知るには十分だった。しかし学園にいる限り文字が読めないのは今後の活動に大きな障害となる気がした。近い内に何とかいい方法を見つけておかないと不味い。
マヤカは一頻り説明し終えると、
「ルータス君、何か分からない所あった?」
「いえ、とても分かりやすかったです」
何とか誤魔化せてホッと安堵の息を吐くルータス。
「もうすぐ、最初の学科の時間ね。これからマヤカ班もどんどん行くわよ! しっかり付いてきてね!」
その声に皆の声が響く。ルータスは何だかんだ言ってもスコールもいるしアイだっている。この班なら今からでも十分やっていけそうな希望が見えた。
◇
「よっこいしょ」
食堂の椅子に座る際に思わず声が出てしまった。ルータスは今日一日学科や依頼書をこなし、今ようやく1日が終わろうとしていた。班の皆は帰っていて、今はエリオットと2人でアイを待っている所であった。エリオットとは何故か妙に気が合い今日一日で一気に親しくなり一緒に行動していたのだ。
周りを見ると夕方でもぽつぽつと人の影があった。
「今日は慌ただしかったね」
目の前のエリオットも疲れた様子でそばかすを撫でながら言った。
「でもなんか依頼書って地味だな」
今日始めて依頼書を受けたが、街の店から店に荷物を運ぶだけと言った簡単なものだった。ルータスは想像していたものとかなり違っていて拍子抜けしてしまったのだ。でも考えてみれば当然である。ここは学園、教育する事が目的である為、それほど危険なものは無い。ルータスはチャンネの授業ではアビスを走り回っていただけに何か物足らなかった。
「で、でも大事な仕事だよ」
「そうだけどね。これも単位の為か、そういやエリオットは帰らなくて良いのかい?」
ほかの皆はもう帰っているがエリオットだけなぜかルータスに付いてきたのだ。
「大丈夫、僕は一人暮らしだからね。それにルータス君と話がしたかったんだ」
「そうなの? 村から出てきたのかい?」
何気なく聞いた質問に、エリオットは少し言いにくそうな素振りを見せると。
「親居ないんだ僕。仕事の事故で両方死んじゃって残してくれた遺産で生活してるんだ。まぁ遺産と言っても16歳まで何とか生きていける位なんだけどね」
純血は皆が平和に楽しくいい暮らしをしているイメージしか無かった為、色々な奴がいるんだなと思った。しかし学園は無料だし、ハーフなどに比べれば遥かに恵まれている環境だ。親が居ない位で心配するような事ではない。
そしてエリオットは言いにくそうに口を開いた。
「スコール君との戦いは本当に凄かったよ、そこで頼みがあるんだけど良いかな?」
「なんだ? 協力出来ることならやるよ」
「時間が空いた時だけでいいから、剣術を教えてほしいんだ」
エリオットの目は真剣だった。将来を見越し頼れるものが居ない今を自分でなんとか変えようとしている事が強く伝わってきた。昔の自分も同じ気持ちで強さを求めただけに気持は良く分かった。
その頼みを何故自分に言ってきたのかも想像がついた。たしかにあの糞野郎のスコールに頼んだら何言われるか分かったもんじゃないからだ。
そこでルータスは良い事を思いついた。
「ああ良いよ。そのかわりに実は僕は文字が読めないんだ。文字を教えてくれないか?」
エリオット少し驚いた様な表情をするも直ぐに返事をくれた。
「全然いいよ! ルータス君程の人に教えてもらえるなんてラッキーだ」
「実は僕も傭兵だったし学業は全くした事がなくてね。皆には秘密にしておいてくれるかい?」
「なるほど、そういう事なんだね」
「エリオットは卒業したら、何かしたい事があるの?」
「僕はハンターになるのが夢なんだ。今は武芸科でもトベで馬鹿にされるけど何時かは世界を股にかけて未知の領域アビスに行ってみたいんだ」
そう話すエリオットには何時もの気弱そうな部分は皆無で、その瞳は未来の希望で溢れていた。ルータスはその姿に過去の自分が重なって見える。そう言った意味ではルータスはある意味夢をかなえる事が出来たであろう。
エリオットは純血だ。流石に魔王軍に誘う訳にはいかない。いつかはスコールと同様に敵になるかもしれないが今は考えないでおこう。そしてルータスも目を輝かせて、
「実は僕も同じでハンターになるのが夢なんだ――」
同じ夢を持っている者同士2人の会話は弾み楽しそうな声は夕方の食堂に響き渡った。




