第19話 真剣勝負
お互いが向かい合いながら、剣を構えて沈黙だけが続いた。それはこの戦いが只の訓練では無く命を賭けた真剣勝負だからである。命がけの戦いにおいて、一瞬の判断ミスや油断は致命傷になりかね無い。
だからこそ伝わってくる気迫にお互い踏み込めないでいた。考えなく闇雲に突っ込んでいっては命がいくつあっても足りないからだ。
そしてこの男、スコール・フィリットは初めて命を賭けた戦いに挑んでいた。ルータスには全くスキが見当たらず動く事が出来ない。ルータスの150センチ程の体からは信じられない程の闘気がビリビリと伝わってくる。
僅か13歳であれ程の闘気を身に付けるとは――
スコールはルータスに敬意を示す。訓練の時の殺気、あれだけで実践においてルータスとの経験の差がいかに開いているのか身に染みて分かった。恐らくスコールが想像も出来ない様な経験を乗り越え生き延びてきたのだろう。
その経験の差は今まで天才と言われ、もてはやされてきたスコールでは埋める事は出来ない。しかし逃げる訳には行かない。ここで逃げたら一生負け犬のまま終わってしまうと感じたからだ。しかし踏み込めない何かきっかけが有れば――
その時だった。広場にマヤカとエリオットがやって来たのだ。この緊迫した状況とは知らず。
「コー、こんな所にいたのね! ちょっと話――」
その一言で空気が動いた。それが分かった時には既にスコールの体は動いていた。それはルータスも同じだった。お互いは全力で走りその一撃を振り下ろす。スコールが上から全力で振り下ろした剣をルータスは下から斬り上げ受け止める。
「クッ!」
大きな金属音と共にスコールの腕にビリビリと衝撃が伝わってくる。ルータスは直ぐ様次の攻撃を繰り出して来た。閃光の様に横薙ぎに繰り出された剣をスコールは顔の皮一枚というギリギリの所で回避し、ルータスの剣は空を斬る。
スコールの頬から一筋の赤い線が入り血が滲む。
スコールの命を賭けた一瞬の行動は、スコールにとっては会心の、ルータスにとっては致命的なスキを生んだ。そのスキを見逃す事など無い。スコールは容赦なく剣を振り下ろした。それは当たれば致命傷では済まない一撃だ。
その一撃は同じ学園の生徒に向けられるものでは無い。当たれば命を奪うのは必至、しかしこの戦いにおいて、そんな気遣いは無用だ。そんな事をすれば負ける事を分かっているのだ。
しかしその一撃も金属の当たる感触とともに阻まれる。ルータスは後ろを向いたまま背中に剣を立てスコールの一撃を防いだのだ。
そのままルータスは振り返ると共に体重ののった一撃を放つ、その一撃を何とか剣でガードするも体重のかかった一撃はスコールの体勢を僅かに崩すと、その瞬間――
「ぐわあ!」
腹部に激痛が走ったと共に後ろへ転がった。すぐに立ち上がるとルータスに蹴りを入れられたと気づいた。
「ハァハァハァ――」
息が乱れる、真剣勝負とは、これほどまでに体力を削られるものなのか、さっき受けた頬の傷がジンジンと痛みだす。血が首筋まで垂れているのが分かる。
スコールは今まで学園での訓練などにおいて他を圧倒してきた。その為に長時間戦ったことは無く、駆け引きにおいては殆ど経験が無かった。それはつまり、精神においてスコールは体力以上に多大なダメージを受けていたのだ。
命をかけた戦いの中での心の強さは、ある意味剣の強さよりも重要な要素と言えるだろう。この息も詰まる状態での精神への負担は学生にとっては凄まじく重いものとなって今、スコールを蝕んでいた。
――やはりルータスの方が身体能力は上だ。このまま戦っても攻めきれない。
今の一瞬のやり取りで、ルータスとの能力を把握したスコールは次の手に出た。構えた剣に闘気がみるみる集まっていく、そしてその闘気は白いオーラとなり剣にまといだした。
「剣武か……ならこちらも」
ルータスはそう言うと剣武を発動させた。その剣から溢れ出す闘気はスコールのものと同等以上だ。スコールは剣武には自信があった。現に学園でスコールと同じレベルの剣武の使い手など存在せず、ましてや3級生などが使えるものでも無い。
しかしスコールにそんな動揺など一切全無い。それはルータスを年下の学生などと見ていないからだ。格上の剣士これがスコールの中のルータスだった。
お互いの距離は離れている。しかしルータスは剣を振りかぶり斬撃を飛ばしてきた。その速さは凄まじく早くスコールは横に走りなんとかかわすと、同じように斬撃をルータスに向けて飛ばす。
そのままお互いは平行に走りながら壮絶な斬撃の打ち合いとなった。
スコールは斬撃を完全には捌ききれず腕と足から血が吹き出した。斬られた腕を見ると白い皮膚がパックリと割れ真っ赤な血が溢れ出している。時間差で押し寄せる痛み、ズキズキと傷口から這い上がってくる様な痛みがスコールを襲った。
その中でルータスが高くジャンプするのが見えた。スコールも追うように飛びながら剣を振りかざすもルータスはそれを受け止め空中で弾いた。2人は着地と同時にお互いに向かって走り凄まじい剣のせめぎ合いが起こる。
スコールは闘気をまとった一撃を弾かれた衝撃とともに、後ろに一回転しながら飛ぶと、小さく唱えた。
“サンダー”
その魔法は着地を狙った追撃に来ていたルータスにとって回避不能のものであった。
「うわぁあ!」
叫び声と共にルータスの体を電気が流れる、そのスキをスコールは見逃さなかった。最大に高めた剣武を発動させ両手で握られた剣を真横に振り払う。その一撃は凄まじい速度で一本の線となりルータスに襲いかかる。
「う!」
しかし何とかルータスは剣を立てギリギリでガードするも、その強力な一撃によって大きく吹っ飛ばされた。起き上がったルータスはこの時初めて驚きの顔を見せた。スコールは少し笑うと、
「昔から天才で何でも出来たって言っただろう?」
◇
マヤカは大きく口を開け呆然と立っていた。今目の前で起こっている事態を受け入れる事が出来ずに只立っている事しか出来なかった。
マヤカは学園に着いた後、エリオットと2人で一応、学園の中も見て回ろうと思い、回っている最中、広場にいたスコールとルータスを発見したのだ。そしてスコールを呼んだ瞬間にそれは起こった。
しかしその余りに異常な光景にマヤカは気づいていた。2人の戦いを、これは喧嘩でも訓練などでは無いと――
その繰り出される攻撃一つ一つが手加減などは無く相手を仕留める為に放たれている。そう――彼等は命を賭けて戦っているのだ。それが理解は出来ているが信じられず、マヤカは初めて見る本当の戦いの前に圧倒されていたのだ。
冒険者やハンターでも無い、学生がこんな所で命懸けの戦いをするなどと誰が信じられるものだろうか? それをどうやって対処すれば良いのか分かる筈もなかった。
当たり前である。マヤカも又、普通の学生なのだから、
「ま、ま、まずいよ。マヤカさん! 何とか止めないと」
横にいたエリオットの声が、マヤカの頭に響く、その声がマヤカの思考回路を元に戻した。
これは何とかして止めないと不味い。こんな戦いをしていたら確実にどちらかは大変な事になるだろう。これはもう進級出来る出来ないのレベルでは無かった。人の、仲間の命が掛かっている事だ。マヤカは二人を止める為走った。
「ちょっと何やってるの! すぐに――」
その言葉を遮るように、道を阻む者が目の前に立っていた。赤い髪の少女アィーシャである。
「アイちゃん、どう言うつもりなの? そこをどいて!」
アイは両手を広げると、静かに口を開く、
「ここから先は行かせないよ」
その瞬間マヤカの背筋にゾクリとした悪寒が走った。目の前のアイは普段の様なニコニコした雰囲気は皆無でまるで別人だ。何か別の者が化けているのでは無いかと疑うほどに。
「ア、アイちゃん、あの2人を止めないと大変な事になるよ! 君のお兄さんがどうなってもいいの!?」
エリオットが叫ぶ、普段は物静かで強い口調などで話した事など見た事が無い彼が叫んだ。それはエリオットなりにこの状況の異常事態に気づいたからだとマヤカは理解する。それにアイが止める理由が思いつかなかった。
兄への絶対的な信頼によるものなのか、他の目的があるのか、いずれにせよ止めないと取り返しがつかなくなる。
アイは手の平をマヤカ達に向けると、
「アイはお兄ちゃん達に、この戦いを見届ける様に言われたの。だから例えどちらが死ぬ事になっても、この戦いを止めることはアイが許さない」
マヤカには狂人の発想としか思えなかった。たったそれだけの事で行く手を阻むアイが理解出来なかった。遊びじゃない、本当に死ぬかもしれない状況で、常人が言えるセリフでは無いと感じた。
「ルータスが死んでもいいの!?」
アイの手に魔力が集まるのが分かった。
「どうしても行くなら、アイは戦わないといけない」
アイのセリフからはこれ以上行くと攻撃すると言う意思が十分に伝わってくる。その気迫がマヤカの足を動かせなかった。1級生のマヤカが5級生のアイの気迫に押されるなどあり得ないと思いたかったが。現に目の前のアイからビリビリと伝わってくる何かが、マヤカの本能に語りかけ足を止めているのだ。
こうなったらもう腹を決めるしか無い――
マヤカは大きく深呼吸して、両手を上げると、
「分かったわ、もう止めないわ、だからここで何があったか、どうして戦ってるのか話して」
そう言うと、アイは手を下げると、
「ごめんね。わがまま言って、でもありがとう」
と言って、マヤカ達にと一緒に戦いを見つめ、この戦いの意味を話した。
マヤカにはスコールとルータスの気持ちは全く理解できなかった。たったそれだけの事で命を賭けるなど狂っているとしか思えない。しかしそれは2人にとっては命よりも大切な何かなのだろうと納得しながら、
「本当に馬鹿で不器用な奴らね……」
小さく呟いた。
◇
“サンダー”を受けて吹っ飛ばされたルータスは、強く歯を噛みしめる。まさか魔法まで使えるとは思ってもいなかったからだ。ルータスは舐めて掛かるつもりは全く無かったが、もう一度スコールに対しての評価を下す。
コイツは強敵だ――
全てを捨て全力となったスコールの強さは本物だった。剣の腕、剣武、魔法までありどれを取っても一流だった。その力がルータスにとって悔しくてしょうがなかった。
ルータスは昔に比べて格段に強くなった。しかしその強さはディークに与えられた物という事が劣等感となっていたのだった。傭兵時代からルータスは一人で何も出来なかった。今の生活だってそうだ、全てディークと言う主人がいたからこそ出来る事であって、ルータスは何一つ自分では手に入れる事は出来ていないからだ。
しかし目の前のスコールはたった一人の力でここまで登り詰め、大きな挫折すらも一人で今こうして乗り越えようとしている。ディークに会う前のルータスが同じ事が出来たのであろうか?
それは自分の中で答えは出ていた。出来る筈が無いと分かっているからだ。
現状勝負は五分五分である。しかしそれは裏を返せば、ルータスの負けと言ってもいいレベルだった。ルータスはディークの血の力で格段にパワーアップしている。それはディークの血の力が無ければスコールとの勝負などルータスに勝ち目は無い事になる。
勝負を受けるなどと偉そうに言ったが、その力は自分の力では無い。ルータスにはそう思えて、悔しくてしょうがなかったのだ。
ルータスはスコールを睨む、その目は威嚇のそれでなく、嫉妬と妬みによる目だ。
「ルータス、お前もそんな目をするんだな」
スコールはそんなルータスの嫉妬と妬みを読み取ったかの様だ。しかしスコールからすればルータスが何故嫉妬するのか分からない様子で、ルータスに尋ねる様に言ったのである。
「コー君、僕には無い、その天賦の才が羨ましいよ。君の心の強さも才能も僕は遠く及ばないと分かってた。だから僕も悔しい」
スコールはその言葉に怒りをあらわにして剣の先をルータスに向ける。
「何を言っている! その歳でそれだけの武! お前の方こそ天才だろうが!」
スコールが怒るのも無理は無い。自分より強い物に才能が羨ましいと言われば、普通なら馬鹿にされたと感じるであろう。ルータスには分かっていたが、どうしても言いたかった。今しか言えないと思ったのだ。
「意味が分からなくてもいい、だけど僕がそう思っている事は本当だ」
スコールはルータスの真剣な表情を察して頷いた。
「そろそろ決着を付けようルータス」
「そうだな」
ルータスが剣を構えると、それに呼応するかの様にスコールも構える。スコールはその剣に凄まじい闘気をまとい、
「“神速三連斬り”これが俺の最速で全力の剣武だ!」
スコールの気迫から最大の剣武で勝負を付けるつもりの様だ。ルータスも剣に闘気を高める、
「ならばこっちもこれで決める! 僕の全力を受けてみろ」
ルータスは両手で剣を大きく構える。お互いが構えたまま、微動だにせず時間が流れる。その時間がどの位なのかこの時の2人にはわからないほど一瞬だった。
――そして
2人は一気に走り出しこの戦い最期の攻撃を繰り出す。
「うおおおお! とどけぇ!」
“神速三連斬り”
スコールの叫びと同時に極限まで高められた剣武による最速の三連斬がまるで3本の閃光となって放たれる。それに向かってルータスも剣武を発動し、
「これで終わりだ!」
2人の剣武はぶつかり凄まじい金属音のあと何かが地面に刺さる音とともに2人は背中を向け合うように止まっていた。そしてスコールの持つ剣は真ん中から折れてルータスとスコールの間に折れた剣先が刺さっていた。
2人は向き合い、しばしの沈黙の後、
「コー君、勝負あったな僕の勝ちだ」
ルータスは静かに言い放った。スコールは全身の力が抜けたかの様に膝を付くと、
「何故俺を切らなかった? お前のそんな所が気にくわないんだ」
スコールは凄い形相でルータスを睨んでいる。明らかに納得していない様子だ。
「僕もコー君を尊敬に値するとは思うけど君が大嫌いだ。この先ずっとな! だが……」
ルータスはスコールに剣を向ける。
「コー君が、ほんとうの意味で俺達の前に立ちはだかったなら、その時は容赦なく殺してやる」
そう言って剣を下ろすと、何故かスコールは少し笑った様に見えた。
ルータスは思う。いつか未来で、魔王軍の前に敵となって現れた時は、本当の意味での殺し合いが待っている。その時がくるまで今は学園を大切にしよう。




