第17話 動き出す闇
朝の魔王城の大広間、スカーレットが忙しそうに朝食の準備をしている姿を見つめながら、ルータスはこの危機をどう切り抜けるか考えていた。流石に不味かった。思い返すと自分がした事が、今後の学園生活に支障しか無かったからだ。そんな事を考えていると、
「お兄ちゃん! 本当に何考えてるの!」
目の前に視線を向けると、アイが怒り狂っている。当たり前だ、うっかりスコールを殺してしまう所だった。
「だって、あの野郎ディーク様の事馬鹿にしやがったから……」
あの瞬間、怒りが収まらず本気で殺してやろうと思った。許せなかった。これも眷属となった血の影響なのだろうか。
アイは両手で、机を叩くと、
「まだ、学園2日目なのよ! それに最初に挑発したのは、お兄ちゃんでしょ」
まさにその通りである。挑発したルータスが言い返されて、キレて殺そうとした。
言葉にすると、どう考えてもルータスが悪い所しか無い。
「やっぱり不味かった?」
「当たり前でしょ! 学園に居られなくなったらどうするの?」
アイの心配は、ルータスも感じていた。折角ディークが根回しをしてくれた学園をたった2日で終わらせてしまっては、顔向け出来ないからだ。
それともう一つ、ルータスには非常に重要な問題があった。
「アイ、出来ればこの事は、お姉様には黙っていてほしい」
こんな事がミシェルにバレたらルータスはどうなるか想像しただけで恐ろしかった。
すがる様にアイに頼み込むと、
「そんな事言う訳ないよ。お兄ちゃんよりもスコール君の命が心配だからね。その代わり約束して、あんな事はもうしないって」
ため息交じりのアイの言葉にルータスはホッと胸を撫で下ろす。よく考えてみればその通りだ。ルータスが言えた柄では無いが、スコールの命が危ない。
ルータスは片手を上げて、
「もう2度と、学園の同僚を手にかける様な真似はしません」
アイはルータスの態度に納得がいってない様子だが、ルータスも反省はしていた。
あまり目立った行動は避けた方がいいのは分かっていた。 これからは、もっと慎重に行動しなくてはいけない。しかし今日の学園は流石に行き辛い、皆に何と言い訳をしようか頭の中で必死に考えるも、何一つ浮かばなかった。
その時、横から美味そうな料理が入ったお皿が目の前に置かれる。
「ルータス君、そう言う苦労も青春の楽しみの一つですよ」
魔王軍アンデッドメイド長、兼料理長スカーレットがそんなルータスを見透かした様に慰めながら、朝食を持ってきた。
今日の朝ご飯は、目玉焼きとサラダにハムだ。スカーレットが魔王城に来てから、毎日の食事が最大の楽しみだった。ルータスは今までちゃんと調理された食べ物など殆ど食べた事がなく、スカーレットは調理の腕はプロ級だ。
そんな彼女がちゃんとした素材で作る料理は、ルータスの今まで食べた何よりも美味かった。
「スカーレットさん、何時もありがとう、今日も豪華だ!」
スカーレットはアイの分も持って来ると、
「アイちゃんも沢山食べて大きくならないとね。それにルータス君の事も大丈夫、十分わかっているはずよ」
「ありがとうスカーレットさん」
「冷めない内にたべて」
そう言い残しスカーレットはキッチンに戻っていった。2人は両手を合わして、
「いただきます!」
の声と同時に朝食を食べ始めた。そして、ルータスは思い出した様に、
「そういえばアイ、貧民街で1人の人狼の子と出会ったんだ」
「人狼か、どんな子だったの?」
「同じ位の歳でね、ピンクの髪の毛で可愛い子だったなぁ」
斜め上を見て、思い出に浸る様に呟くルータスを見て、アイは手の平をポンと叩くと、
「ほっほう! その可愛い女の子をどうしたいと?」
口ら色んな物が飛び出しそうになった。慌てて両手で押さえると、コップに入った水で一気に流し込む。
「な、何言ってんだお前! まだ何にも言ってないじゃないか」
「そう言う事にしといてあげる。で、その子がどうしたの?」
「スカウトの話、あっただろ?」
アイは、顎に手を当てながら、数回頷くと、
「なるほど、なるほど、そう言う事か」
絶対、何か違う事を、思っていると容易に想像出来たがこれ以上言っても面倒なので無視する。
「マヤカさんに今日は謝っとかないとな」
ある意味これ以上無い位問題を起こしてしまったが、ここは前向きに行くしか無い。ルータスは朝食を口の中にかき込む様に食べると学園の時間が迫っていた。その時スカーレットが、
「ルータス君、昨日言っていたやつ、こんな感じだけどいいかな?」
そう言ったスカーレットの手には、袋に包まれた小さな弁当箱があった。
「凄く良いよ! ありがとう」
ルータスはそれを受け取ると、アイが不思議そうにこちらを見ながら、
「なんで弁当もってるの?」
学園は食堂があるので通常弁当は必要ないのだ。アイのそう言った疑問が出て来るのは当然であった。ルータスは弁当を隠す様にしまい込むと、
「ちょっと用事でね」
とだけ言って、後ろにぷいっと向いた。その時アイは、悪そうな笑みを浮かべていたのだった。
◇
黒翼兵団、通称、黒翼、何にも属さない組織だ。団員の一人一人が恐るべき力を持ち、その存在を知るものは少ない。彼らの目的や人数、リーダーなどの情報は殆ど知られておらず。彼らが関わったとされる事件は、殆どが殺されている為に、各国の中でも機密として扱われている。
そして今――黒翼兵団が又動き出そうとしていた。
「早いな、ライナーちょっと遅れたかい?」
そう言うと、クルト・エーリッヒは椅子に腰掛けた。そして目の前のテーブルを挟んだ先に居るのはライナーと呼ばれた男だ。
「こっちも今来た所だよ」
彼も黒翼の団員でライナー・ロズエル、黒い髪で目が隠れている低身長な男だ。彼はクルトに呼び出されてこの部屋で待っていたのである。
「なら良かった。早速だが、先日のカミルの件だが俺が行った時に既にカミルは何者かと戦っていた」
「君がわざわざ呼び出す位だ。一体どんな奴なの?」
「戦っていたのは子供2人で10歳位の少年とその妹らしき者だ」
その言葉に沈黙が生まれる。
「まさかそいつら、カミル達を倒したのかい?」
ライナーは信じられないような様子だ。クルトがこの話をしていると言う時点でその2人が何か特別な者である事は間違いない。一々戦いを挑んで殺された子供の話などする訳が無いからだ。
クルトは大きく頷くと、
「少女の方は、左目の凄まじい術式の様な何かを宿していた。俺ですら見たことの無い魔法を放ちカミルの部下を一瞬で焼き尽くした。あれは魔法と言うよりもっと別の何かに見えたな。たしか三重術式魔法と言っていた」
「聞いた事が無い名だね。それは左目の力なの?」
「分からん、しかしレリックの類では無いはずだ。魔法は少女の杖から放たれたからな」
「信じられないよ、それほどの子供がいるのか?」
ライナーが疑うのも当然であった。何処の世界に特殊部隊20人を皆殺しに出来る少女がいるというのか? そんな奴など今まで見たことはなかった。
「――しかし、勝てない相手じゃない」
クルトは青い前髪をいじりながら笑みをこぼした。
「なにが言いたいの? その子供をスカウトでもするの?」
クルトは、歓喜に打ち震えた声で、
「違う、俺は見たんだ。あいつらの武器、あの防具は凄まじかった。アレほどの武器防具、一体どれほどの魔力結晶が使われているのか想像すら難しい程に。アレの前では聖剣すら霞んで見える」
その瞬間、ライナーが勢いよく立ち上がる。
「なんだって! 聖剣をも凌駕する物があったのかい!」
聖剣、この世界に4本あり4種族が各1本ずつ所有している剣。その剣が何時出来たのか、製法や素材すら一切不明なレリックに近い魔法武器だ。その剣の力は凄まじく各種族の戦士長クラスが振るえばまさに鬼神と化す程の力。そんな聖剣を凌駕する力を持つ武器の出現だ。ライナーの驚き様は自然な反応といえるだろう。
「この情報は俺達、黒翼しか知らない」
クルトのその言葉の意味は、ライナーもすぐに察する。聖剣を凌駕する物の出現だ。この情報が漏れれば世界は混乱を招くだろう。そうなる前に黒翼は動く事が出来る。これは大きなアドバンテージになり、もしそれを独占できれば世界を変えられる程だからだ。
「なら何故その時、奪わなかったんだい?」
その通りである。ライナーからすれば、そんな物があったのに獲物を見す見す逃して帰ってきたクルトに疑問をいだいた様子だ。
クルトは少し考えながら、
「戦っていたのは2人だが、その後ろに同じ位の歳のヴァンパイアの少女とキマイラがいたんだ」
「キマイラ!? そんなモンスターを使役している者がいるのかい?」
クルトも最初見た時は信じられなかった。キマイラは存在すら余り知られていないモンスターだ。黒翼のメンバーなら負けはしないが一般的には化物と言われているレベルのモンスター。そんな化物を使役する者はそれより遥かに力を持つ化物って事になる。
しかし問題はそこではなかった。
「それよりも、そのヴァンパイアの少女が問題だ。金髪のドレス姿だったが、お姉様と呼ばれていたがアレは子供の姿をした化物だ」
クルトは思い出す。何もしてこなかったがあの少女は、クルトに最初から気づいていた。あの化物と戦えばクルトもただでは済まない。状況は実質、カミルがいたとしても2対4だ。勝てる見込みは無いに等しかった。
「そのヴァンパイアがキマイラの主人かな? 真祖かもしれないな」
「分からないが、あのヴァンパイアと1対1で戦うのは危険だ」
「なるほど、何故このタイミングでヴァンパイアの化物と聖剣をも凌駕する物が同時にあらわれたんだろうね」
ライナーは再び椅子に深く座りなおす。
「しかし武器を持っているのは子供だ。子供にしては凄まじい戦闘能力だが俺達の敵ではない。当面の黒翼の目標はその武器と防具を手に入れる事だ。他の団員にも伝えてくれ」
ライナーは不敵な笑みを浮かべて、
「あぁ、分かったよ、それほどの宝見逃せる訳はないもんね」
クルトは立ち上がると、
「では早速計画にとりかかるぞ――」
そして黒翼兵団は動き出した。
◇
学園の中を歩くルータスは安堵していた。それは意外にも昨日の一件は、ルータスの迫力にスコールがビビったといった程度の認識しかされておらず男子からは、「あの生意気なヤローをよくやってくれた!」と絶賛されていた。マヤカからも叱咤されることはなく、ルータスの心配していた問題は全て解決されたのであった。
ルータスは教室の前まで来ると、いきなり声をかけられた。
「ルータス君、私同じ教室で3級生のエリカ・クラウスっていうのエリカって呼んで」
エリカは同じ教室のデニス・ローレンスの班の一員だ。黒髪の長い髪のかなり可愛い子で、その視線を吸い寄せるかの様な大きな胸がルータスの心をドキッとさせた。
「よろしくね。何か僕に用かな?」
女性耐性が無いルータスは少しキョドる。エリカは少し前かがみになりながら、
「昨日のルータス君、カッコ良かったよ! 凄いね、あのスコールさんに勝っちゃたんだもの」
エリカの動きに合わせて、良い匂いがほのかに香ってきた。
「そ、そうかな?」
可愛い子にカッコイイと言われて、どう反応すれば良いのか頭のなかで必死に考えた。妄想の中では簡単に行動できるが、実際の場面に遭遇するとやはりそこは経験がものを言うだけに、ルータスは反応できない。
そんなルータスをエリカは見つめながら口に手を当ててクスリと笑うと小指を立て、
「ルータス君、良かったら又一緒に遊びに行こうね」
と言いながらルータスの小指を掴み指切りして走って行った。ルータスは呆然と立ち尽くして今起きた事をもう一度頭の中でおさらいしていた。エリカのその手は柔らかく温かくルータスの小指にその感触が未だに残っているような気がした。
すると、後ろを歩いていたアイがルータスの横に来ると、立ち尽くしたままのルータスに、
「お兄ちゃん。どうしちゃったの?」
その声で、我に返ったルータスはアイの方をゆっくりと向くと、
「アイ……僕にも春が来たのかもしれない」
とだけ呟いた。するとアイにお尻を叩かれ、
「何言ってんの! 早く教室に入るよ」
アイに引っ張られながら教室に入ると、班のテーブルにはマヤカとエリオットが座っていた。ルータス達も席に座るとエリオットが、
「スコールさん今日は来ないね」
今日スコールは学園に来て居なかった。もう時刻は昼を回っている。今日はもう来ない可能性が高い。マヤカはため息を付きながら、
「もう、次から次へと問題が起きるわね」
実はその事でマヤカは頭を悩ませている様子だ。それはスコールが来なくなるのではないか? と言った不安からである。通常なら一日休んだ位では、誰もそんな心配はしないだろう。しかしルータスとの1戦であの様な醜態を晒した後なら話は別だ。
プライドの高いスコールがこの先来なくなる恐れは十分にあった。
「なんか、色々すいません」
ルータスは頭を下げて謝った。
「いいの、いいの、大体最初に戦えって行ったのはコーなんだし、コレでちょっとは頭を冷やして変わるといいのだけどね。けど、来ないと依頼書の予定も立てられないし困ったわ」
スコールが来なければ依頼書はこれから4人でやらなければならない事になる。しかしそれはスコールが退学した場合だけだ。スコールが退学しない場合ペナルティが付き進級出来なくなる恐れがあった。
これは能力の低い者を放置して、能力の高い物だけで依頼書を行うと言った事を無くす為のルールであり、依頼書は基本5人で受けなければならない。
学園に来ないと言うだけでは言い訳の理由にならないのだ。そう言ったトラブルもチームとして解決していかなければならない。
その為にマヤカ班は、今動かれない状況になっていた。
「コーの野郎、早く来るなら来いってんだ」
とは言ってみるが、ルータスはそんな事はどうでも良かった。ざまぁ見ろと言った感情が表情に現れていた様だ。それに気づいたアイは、
「お兄ちゃん、仲良くしなきゃダメだよ」
「分かってるよ」
実際はスコールが来なくても良いと思っていた。ルータスは正確には学園とは関係ない者だ。進級出来なくても何も困らないからだ。
しかしマヤカ達は違うエルフは16歳で成人と認められる為に進級出来ないと卒業後の職が、かなり限られてしまうのだ。それは新卒で16歳でない者は、学園の落ちこぼれだからである。
「とりあえず今は様子を見るしか無いわね。少し待ってみて来なければ何か手段を考えましょう」
マヤカの提案に一同は頷いた。
そしてルータスは立ち上がると、
「ちょっと用事を済ませてきていいかな?」
「別にいいわよ、どうぜ今日は何も出来ないだろうし」
「ありがとう、じゃぁ行ってくるよ」
そう言ってルータスは部屋を出ていった。




