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ブラッド・ZERO  作者:
第二章 学園編
16/119

第16話  少女

 ――人は平等では無い。


 そんな言葉を痛感させられる場所がエルドナには合った。その場所は貧民街と呼ばれている。至る所に放置されたゴミ、漂う悪臭、エルフにとっての危険区域だ。

 街と付いているが、実際はゴミ捨て場だ。ハーフなどの町中で生きていけない者の最終的に行き着く場所である。彼らはエルフの捨てたゴミを再利用して生きている。そしてエルフの生活はハーフなどの奴隷によって支えられている。

 奴隷にすらなれない者や奴隷を拒む者は、貧民街などで生きていくしか無いのだ。そんな人々が住む場所が貧民街である。


「街って言っても、名前が付いているだけだな」


 思わず口に出す。冬も寒さを増し、吹き付ける風が冷たくなってきた。その風に乗って流れてくる異臭の先にあるゴミの山からは虫や小動物が見える。所々に誰かの家と思われるゴミから拾ってきたであろう木材や布で作られた住処がある。ルータスは夕焼けの空を見上げると、ゆっくり足を勧め、奥へと進んでいく。


「とりあえず全体を調べてみるか」


 マヤカの説明と班の自己紹介が終わると、すぐに解散になり、一人で学園の中を見て回った。その後、

気になっていた貧民街を見てみようとやってきたのであった。


 貧民街の中で一人制服を着たエルフが歩く姿は異様に見える。貧民街に住む連中がエルフの学生を見ていい気分になる訳がない。だからこそあの時マヤカはここを危険だと言った訳だ。

 しかしルータスは、今のところ変な視線は感じるが特に事は起こってはいない。それは何故か? それは余りに堂々と歩くエルフの姿が逆に貧民街の住人を警戒させていたのだ。貧民街は危険区域だ。その中に住む住人は危険に敏感なのだ。いや、そうでないと生きていけないと言う方が正しい。


 ルータスは少し進んだ所にある林の前に来ると、落ちている木の箱の上に腰を下ろす。視線を動かすと街全体が眺めた。

 何故かスコールの顔が思い浮かぶ、あの糞貴族もここで少しは生活してみれば色々と勉強になるんじゃないのか? よくもまぁあそこまで歪んだ生き物になったもんだ。と一人で勝手に想像しながら段々と腹が立ってくる。

  

 「ダメだダメだ」


 ルータスは大きく頭を振る。余計なことを考えるとイライラするだけだ。とりあえず立ち上がると、ふと後ろの林が気になった。振り返るとただ無造作に伸びた木と草が茂っているが、何か人の出入りがある様だ。一本の道の様に草が生えていない場所がある。奥に何かあるみたいだが何故か無性に気になった。


 ルータスはその道らしき道を進む。結構狭く体に草が当たるが体で押しながら進んでいくと、何か川の流れる様な音がする。ルータスは冒険者にでもなったかの様な気分になり足にも力が入る。

 そして獣道を抜けると少し広い場所に出た。広いと言っても直径4メートル位しか無い場所で周りは草や木が茂っており、その場所だけ生えて無いと言うだけだった。よく見ると周りには何かの箱が3つほど置いてあった。

 その時ルータスは違和感に気づいた。

 

 ――誰かいる 


 この先から人の気配を感じる。かなり近い、相手は一人、しかもこちらに気づいていない様だ。ルータスは気配を消し警戒を強めるとその先に進む、そして草を1枚挟んだ先まで来た。そしてその草を手で大きくかき分けると、その人物は立っていた。


「…………」


 ルータスは固まった。その余りに予想外の事態に頭の中は真っ白になり、眼は大きく見開かれ、息を吸うのすら忘れてしまっていた。まさに時間停止状態といえる。

 その眼の先には、女の子がいた。ただ何も着ていない素っ裸の女の子がルータスの目の前に立っている。その肌は透き通る様に白く、胸も大きかった。

 口をパクパクさせながら、やっと言葉が発せられる。


「ご、ご、ごめん! そんなつもりじゃなかったんだ! ただの林で! 人が居るようで! 何かなんかないかって!」

 

 ルータスは慌てて振り返る。そして口から飛び出す言葉は自分でも何を言っているのか分からなかった。心臓が激しく波打ち音が聞こえる。呼吸をするのも苦しかった。ルータスは生まれて初めて見たその光景にどうしたらいいのか分からなくなったのだ。

 今まで女の子の体などアイぐらいしか見た事がなかった。今の少女は同じくらいの歳に見えただけに刺激が強すぎたのだった。そしてルータスの背中から何か布の擦れるような音が聞こえる。

 ルータスは少し振り向きたい衝動に駆られるが我慢して待った。


「もういいよ、君は何やっているの?」


 その言葉のトーンは、ルータスが想像していた様なものでは無かった。裸を見られた事など全く気にしていないかの様な口調だ。

 恐る恐る振り返ると、そこには布切れを繋いで作った様なワンピースを着た女の子が立っていた。しかしワンピースといえば聞こえがいいが来ているそれは、ほとんど布を頭からかぶって手と首の所に穴を開けた様な物だった。


 一つ他とは全く違う特徴があった。その子は、ピンクの肩位までの髪で頭に大きな猫の様な耳がありフサフサの尻尾を生やしていた。そう人狼と呼ばれる種族だった。


 人狼それは、大きな耳を頭に持ち、尻尾が生えている人種で、狼型、犬型、など種類はいくつかあり、全部まとめて人狼と言われている。外見以外にも身体能力は高く特に足は早い。遠い地には人狼の村もあると聞くがこの辺には無かった。

 しかし居ない訳では無い。確かに数は少ないだろうが特別珍しいものでもなかった。


「ちょっと、この辺散歩していたら、この林が気になって来てみたら君が居たんだ」


 さっきの衝撃が大きすぎて未だに胸のドキドキが続く中、目の前の少女は、濡れた髪を布で拭いている。よく見ると後ろには池がある。そこでルータスの頭に一つの結論が出た。


 非常に不味い事態だ。


 裸の少女、濡れた髪、後ろの池、これらをまとめると、風呂に入っていた少女を覗いただけって事になる。


「ここは貧民街だよ、そんな所を散歩してたの?」


 その言葉には、驚きと警戒と興味が入り混じった様な感じした。それもそうだ、ルータスはアルフォード学園の制服を着たエルフだ。こんな危険区域と言われている所を散歩なんかする訳が無く何か理由があって来ているのは明白だからだ。


「そうだよ。僕はルータスって名前なんだ。君はなんて名前なの?」


 その少女はルータスをじっと眺める。


「私はティアって言うの。君は何か普通のエルフとは雰囲気が違うね」

「そうかな? ティアって良い名前だね! 又遊びに来てもいいかな?」


 ティアはルータスをジト目で見つめると、


「又私の裸を覗きに来るって事かな?」


 ルータスは顔が真っ赤になるのが分かった。面と向かって言われると非常に気まずい。

 

「と、とりあえず又来るね! 次は何か持ってくるよ!」


 とだけ言い残し、ルータスは逃げる様に林の外に出ると、大きく深呼吸して今起こった事に対して心を落ち着かせた。


「ティアって名前か」


 そう呟き、空を見ると、辺りは少し薄暗くなっていた。





 学園は朝から人で溢れている。ルータスは門の中に入ると、行き交う人を目だけで見ながら自分達の教室へと歩いて行く。


「お兄ちゃん、今日から本格的な学園生活だね!」


 後ろに歩いていたアイは、小走りで追いつくと横に並びながら言った。その表情からは、この先の学園生活が本当に楽しみな様子だ。


「何するかまだ予想もつかないけどな」


 昨日の説明で依頼書をこなして行く事だけは分かったが、スコールの挑発的な態度に腹が立ち、その後の話は全く頭に入ってなかった。今思い出しても腹が立つ。

 アイはそんなルータスを察するかの様に、ニヤリとしながら、


「でも、あんな約束しちゃっていいの? スコール君と本気でやるの?」


 その声からはルータスの心配など微塵もなく、学園初日にルータスが起こした状況を楽しんでいる様子が見て取れる。ルータスは両手を左右に軽く広げると、


「な訳ないだろ。でもスコールは学年トップクラスの腕を持ってるんだ。この学園のレベルを測るには丁度いい相手じゃないか」


 自信満々で答えたのには訳があった。ルータスはスコールを格下だと確信していた。それはいくら天才といえ所詮学生だ。あのカミルでさえ自分は倒せたのだ。カミルは捨て駒っぽかったがそれでも軍人だ。少なくともカミルの方がスコールより格上なのは間違いないからだ。


「あの言葉の裏でそんな事考えていたの? アイはただスコール君が気に入らないだけかと思ってたよ」


 ハイその通りです。と心の中で叫ぶ、今言った理由は後付けによるもので実際はスコールが気に入らないだけだ。

 そんな話をしていたら教室に着く。ルータスの達の教室は一階の食堂の近くだ。


 教室と言っても学園の教室はここで授業などは行われない。学園の教室は級別に分かれては無く、一つの教室に6班、合計30人となっている。学園では、班は常に一緒に行動する為、教室は待ち合わせの為や班のロッカーなどが置いてある部屋という訳だ。


 ルータスは教室の扉を開けると、中は食堂と同じ様に、5人掛けの丸いテーブルが2列に分けて3個、合計6個並べてある。ルータス達のテーブルは窓際の1番後ろだ。既にマヤカとエリオットは席に座っていて、ルータス達に気づくと大きく手を振ってきた。

 ルータスも軽く礼をしてテーブルに着くと、マヤカが重々しい雰囲気で、


「ルータス君、今日の必修合同訓練、どうするの? あんな事言っちゃって、出会って1分で喧嘩を売るなんて――」


 必修合同訓練とは、訓練でも必ず受けなければならないものもあった。その中で王国の、お偉い兵士長が見る訓練で各教室事に順番に参加するものが必修合同訓練である。

 班分けが終わると最初に行なわれる事になっていて、そんなに長い時間の訓練ではなかった。

 そしてルータスは納得が行かないその問いに対して、


「喧嘩は向こうが先に売ってきた様に思いますけどね」


 少し嫌味っぽく言うと、


「それはそうだけど…… 」


 アイはすごく楽しそうにテーブルを叩きながら。


「でも、どっちが勝つかな! 楽しみだね、エリオット君」

「え、やっぱり、スコールさんが勝つ様な気がするけど……」


 エリオットの予想が気に入らなかったらしく、アイは頬を膨らませながら、


「うー! お兄ちゃんだって強いよ! アイはお兄ちゃん押しで行かせてもらいます!」


 マヤカとは正反対の態度で、目をキラキラさせている。


「でもね、どっちが勝っても今後の班活動に影響が出そうね」


 マヤカはそう言ってはいるが本心では、ルータスが怪我するのを心配しているかの様だ。


「分かりました。今後の班活動に影響でない程度に戦いますね」


 適当な返事を返す。そんな戦い方ある訳は無い。あるとすればルータスがスコールに謝って許しを貰い、戦いを回避する位だが、そんな事は絶対に嫌だった。

 マヤカはため息を吐きながら、


「スコールは、あんなのだけど今まで依頼書でどんなトラブルがあっても、仲間を見捨てたりは一度もしなかった。ちゃんと良い所もあるの。だからその事だけは覚えておいて」


 それが1ポイントなら合計−99ポイントで並以下だな。と頭の中で思う。でもあまりマヤカを困らせるのも良くないので少しは自重しようと考えた。

 そう思った矢先、教室のドアが開くとスコールがこちらに向かって歩いてくる。歩き方にすら偉そうな雰囲気が滲み出ている気がする。そしてルータスの前まで来ると、


「ちゃんと来たのか、逃げない根性だけは褒めてやる」


 高圧的に言い放つと空いていた最後の椅子にどかっと座った。


 ――うん、コイツやっぱ嫌いだ。


 ルータスは改めてスコールの再評価を下す。

 その険悪なムードの中、


「あまり問題は起こさないでね、とりあえず合同訓練に行くわよ」


 マヤカは立ち上がり、ルータス達もそれに続き立ち上がると、マヤカ班は移動を開始した。必修合同訓練は、建屋の北側にある広場で行なわれる事になっていた。

 広場に着くと既にほかの5班は集まっていて、マヤカ班が最後だった。


 ルータスは1人の騎士に目が行った。どうやら戦士長の様だ。どっちかと言えばスコールなんかより戦士長と戦った方がエルフのレベルも測れそうだが、そんな訳には行かない。一様ただの学生なのだから。騎士風の男は、生徒の前に立つと大きな声で、


「今日は、訓練に参加してくれて感謝する。 私がエルドナ王国、騎士団戦士長のベルフ・ドミニクだ」


 ベルフ・ドミニクは、軽装備だが流石は騎士団戦士長といえる。その眼光は鋭く短い髪で、今まで積み上げてきた訓練が物語っている引き締まった体つきだ。

 防具の胸当てには、大きな王国のマークがはいっている。そこから溢れるオーラは、あの黒翼に負けず劣らずに思えた。


 ルータスはその実力差が自分とは比較にならない程あると思い知る反面いつかは追い越してやると言った闘志を燃やしていた。

 ベルフは、全体をゆっくり見渡すと。


「今日の目的は君達の成長を見る為と、将来の我が軍へのスカウトもかねているが、あまり気張らず普段通りにやってくれ」


 そう言うとベルフは奥の椅子に座り、全体を観察し始めた。城勤めは、エルフの中でもエリートの証らしく皆目の色を変え、なんとかベルフにアピールしようとしている様だ。


 ルータスはそんなものには興味はなく、皆のやる気に少し引き気味だった。

 そんな時、ルータスの前から声が響く、


「おい、元傭兵、剣を抜け」


 スコールは、満面の笑みをこぼし剣を構えている。そのスキの無い構えだけでルータスはスコールが口だけじゃない事を肌で感じた。


「ヤル気満々だな」


 少し馬鹿にする様に剣をぷらぷらさせながらルータスは挑発した。スコールはかなり苛立ちを感じているのか頬がピクピクしている。今までこんな風にバカにされた事が無かったのだろう。

 煽り耐性は低いと見た。


「たかが傭兵だったくらいで調子にのるなよ。一撃で終わらせてやる」


 そしてスコールは腰を深く落とすと、その体に闘気が集まっていくのが分かった。ルータスもそれに答えるように剣を構える。その迫力に、周りの生徒は動きを止め2人の戦いの始まりを今か今かと待っていた

 ――次の瞬間、2人はお互いに向かってものすごいスピード走り、互いに剣を振り下ろした。そのスピードは並では無い、金属がぶつかる音だけが周りに響きわたり。2人は剣で押し合うような形となっていた。

 ルータスは剣を弾き後ろにジャンプし距離を取ると、周りの生徒が賞賛の声を上げる。

 スコールは一撃で倒せなかった事や、渾身の剣を弾かれた事にプライドを傷つけられた様で、歯を食いしばっていた。


「あれれ? 一撃で終わらなかったけど。手加減してくれたの?」


 そこにルータスの一言が火を注いだ。スコールは顔を真っ赤にして叫ぶ、


「黙れ! 俺はお前の全てが気に食わない! 大体なんだ、そんな下らないイヤリングなんか付けやがって! ダサいんだよ!」


 とりあえず何か文句を言わないと気が収まらないスコールのその言葉に、ルータスの笑顔は消えた。その顔は明らかな憎悪や怒りに満ちていた。


「訂正しろスコール、このイヤリングは僕達の大切な人から貰ったものだ。侮辱は許さない」


 スコールはルータスのその豹変ぶりに、ニヤリと笑うと、


「何度でも言ってやるさ! そんなセンスの無いゴミを贈る奴は馬鹿だ!」


 その瞬間、明らかに周りの空気が変わった。ルータスから放たれる今までとは全く違う空気、それは殺気である。ルータスはゆっくりとスコールに向かって歩き出す。

 ルータスはスコールの目を見ながらその足を一歩ずつ確実に進めていく、その目かは完全に感情が感じられない。スコールは圧倒的なルータスの迫力にただ呆然と立っている。当たり前である。命のやり取りとは無縁な学生が、今本気で殺そうとしている者の前で何か出来るはずは無いからだ。


「な……やめろ! 来るな!」


 スコールの声は震え口が空いたままの状態だ。その目からはさっきまでの威勢は皆無で既に牙は折られ怯えていた。そしてルータスはスコールの目の前まで来ると、


「――死ね」


 そしてルータスはゆっくりと静かに剣を振り上げる。


 ――とその時、


「お兄ちゃん!」


 アイの叫び声が響いた。ルータスは、はっ気がつくと、目の前にアイがスコールを庇うように両手を広げて立っていた。


「お兄ちゃん、これ以上は、ダメだよ」 


 ルータスは振り上げた剣を下ろす。それと同時にスコールが尻もちを付くように、ドスンとしゃがみこんだ。


 周りは静まり返り生徒はその風景をただ眺めていた。ベルフ・ドミニクですら椅子から立ち上がった状態で止まっていたのである。

 ベルフならルータスの今の行動を簡単に止められただろう。しかしそれが出来なかった。余りに異常な光景にベルフは動けなかった。一体何処の誰が学園の訓練で、人が殺されかけるなどと想像するだろうか? 何処に本物の殺気を放つ学生がいるだろうか?

 しかし幸いにも、それに気づいた者はアイとベルフとスコールのたったの3人だけであった。

 

 ルータスは剣を手から落とすと、振り返りゆっくりと広場を去っていく。


 そしてその光景を学園建屋の二階から眺めるテオバルト・アルフォードの姿がそこにはあった。

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