第14話 学園
「えーっと、エミーリーだっけ?」
真冬の早朝、エルドナの路地でエルフの少年が茶髪の頭を書きながら思い出す様に言った。
「違うよ兄ちゃんエミールだってば! ちゃんと覚えてよ」
もう一人の赤い髪のエルフの少女が呆れる様にその言葉を返すと、その息は真っ白の煙となり空気に溶け込むように消える。
「ルータス・エミール、ルータス・エミール……よし! 覚えた!」
そうこのエルフの少年こそルータスである。そして横に居るのはもちろんアィーシャだ。しかし今日は少しばかり様子が違っていた。この2人今は完全な純血のエルフの姿に学生服だった。
「ちゃんと自分の名前位覚えていないと、怪しさ全開だよ!」
「分かってる、まさか僕達がエルドナの学園に通う事になるなんて思いもしなかったよ」
「アイもドキドキだよ! 初めての制服だし、どう? 似合ってる?」
アイは白のカッターシャツに青いブレザーで少し短めのスカート、首元に赤いリボンをつけ胸元には学園のマークが入っている。ルータスも白いカッターシャツに青いブレザー姿でチェックのズボンに首にはネクタイを締めて腰には剣をぶら下げている。2人はどう見ても学園の生徒だ。アイは頭に両手を当て腰を降るとスカートをなびかせながらウインクを飛ばしてきた。
「あー似合ってる、似合ってる」
ルータスは片手をアイに向けぶらぶら振りながら適当に返事を返すと、
「ちゃんと見てから言ってよ!」
頬をぷくっと膨らまる。ルータスはその可愛い妹の姿に思わず笑みがこぼれる。
2人は今日からディークの命令によりエルドナのアルフォード学園に通う事になっていた。それはエルフの国の探索と学園内の知識レベルや情報を得る事だ。しかしそうは聞いていたが、ディークの言い方から察するに、自分達に学園生活を楽しんで来いと言っている様にも聞こえた。
いまのエルフの姿もその為にディークの魔法によって変えているのであった。アルフォード学園はエルフの為の学園である。ハーフのルータス達が入るには問題が多すぎるのだ。姿自体をエルフにする方が簡単だった。
「ランス・エミールって人の所にとりあえずは行くんだったよな?」
「そうだよ、お兄ちゃんここに書いてある場所だよ」
アイは小さな紙を渡してきた。それに目を通すとその場所はこの近くの様で、ルータス達はその方向に足を運ぶ。
「しっかし、学園で授業受けるなら先生の授業のが良かった」
実は少し学園に行く事については、不満があった。確かに学園生活にはかなり興味はあったが一日の大半を学園に取られる為にチャンネの授業が削られる事になるからだ。
「お兄ちゃん、これは任務だよ。ディーク様は遊んでこいって言ってたけど、ちゃんとお仕事もしないとダメなんだからね!」
アイから注意される様になるとは……泣き虫な昔のアイからは想像も出来ない。成長している証と喜ぶべきか、しかしルータスには一つの不安があった。
「黒翼……クルト・エーリッヒ、奴はヤバイいぞ、あの時だってもし戦ってたら勝ち目は無かった。お姉様が居たから助かっただけなんだ」
カミルとの戦いで現れた青髪の男、内に秘めた物凄い力、あんな奴がまだこの世界にはゴロゴロ居る。今のままの自分ではダメだ。もっと強くならなくてはこの先の戦いで役に立たない事は明白だ。それにクルトは又会える気がすると言っていた。次合う時までに今よりもっと強くならないと太刀打ち出来ない。ルータスはディークに守られるだけではどうしても嫌だった。
「分かってる、でもこれも大事な仕事だよ。戦うだけが仕事じゃないよ」
「そうか……そうだよな! これもディーク様の役に立つ大事な仕事だよな!」
まるで自分に言い聞かすように放った言葉に、アイは大きく頷く。
「よし! アイのおかげでなんかやる気が出てきたぞ!」
ルータスは、両手を上げて気合を入れ、歩く足にも力が入る。
「あんまり早く行かないで、短いスカートって初めてだから」
アイはスカートをぴらぴらさせると、クルッと一回転するとスカートがふわっと広がりパンツが見えそうになった。
「あんまりバタバタして恥かかない様にしろよ」
「へへへ、でもなんか変な感じ、パンツがスースーする」
「そういう女の子っぽくないセリフは言わない事だな」
「じゃぁどんなセリフ言ってほしいの?」
そんな話をしていると2人は足を止めると目の前にはレンガ作りの建物が建っている。店の正面には店の名前らしきものが書かれているがルータスには読めなかった。
「ここか――意外に古い建物だな」
ルータスは扉を開け中へ入ると後ろからアイも続く、中は外とは全く違う小綺麗な作りで綺麗に整頓された棚に売り物が並んでいて温かい、店の店員らしき女性と目があった。その女性は20前後で女の人にしては少し短めの茶髪だった。
「おはようございます。ルータスって言う者ですが……」
恐る恐る話しかけると、
「あぁ、ディークさんの件ね。お父さーん!」
その女性は奥に向かって大きな声で言うと、ゴトゴトと物音が聞こえ、その音の先から茶髪の男が現れた。その男は鼻の下の立派な髭を触りながら、
「おはよう、よく来たね。話は聞いているよ。私がランス・エミールでそっちが娘のクレハ・エミールだ」
ランスはカウンターの前に座りパイプに火をつけ煙を吹かすと、店の中に甘ったるいような香りが漂う。
「今日は、よろしくお願いします」
ルータス達は頭を下げると、ランスは手を振りそれを遮るように、
「ディークさんには世話になっているからね。そんなにかしこまら無いでいいよ。ところで学園の説明は聞いてきたかい?」
アルフォード学園には、ランスの親戚と言う形で入学する事になっている。そしてこれから一緒にランスと学園に向う事になっていた。ランスはエルドナではかなり顔の効く商人であり、学園で必要な資材やなどの販売をしている為、学園と深い繋がりがあった。その為ランスの口利きで学園への入学も何の問題も無くスムーズに行われたのだった。
「はい、大体は頭に入れています。僕が3級生で」
「アイは5級生!」
エルフはアルフォード学園に6歳で入学し15歳までの10年間通う事になっている。10級から1級までの進級制となっており、冬のこの時期に進級式が行われる。学園内では武芸科と学科に大きく別れ、10級生から6級生までの年齢の低い者は5年間学科で知識をつけ5級生から1級生は武芸科で剣術や魔法の技術を磨きその強さを高めていくシステムとなっている。
武芸科はその5年間を各級から1名ずつの5人班として全ての訓練を一緒に受ける様になっており、1級生が卒業すれば5級生が新たに加わるという形でその5年間を過ごす事になっている。これはエルフが16歳で成人として扱わる為に冒険者やハンター、傭兵、など様々な仕事の中でパーティを組む機会が多く、幼い内から慣れておくと言った意味合いが強かった。
この学園は王国が全て資金を出している。制服や消耗品などは別だが、エルフは学費など無料だ。それは国が子供を育て優秀な人材を育成する事に力を入れているからだ。そして学園では生徒は仕事を受ける事が出来る。その成功報酬は国に支払われる様になっており、生徒はその仕事を熟して行かないと単位がもらえず進級できない仕組みで、このシステムが無料教育を成り立たせている訳だ。
全ての仕事はまず国へ依頼し、その国がランクに応じで学園や一般に分けられ、一般の仕事は酒場や、宿屋などに張り出され、ハンターや傭兵団はそこで仕事を請け負う訳である。国直属の仕事もあり、大抵は凄腕のハンターや冒険者パーティが請け負っている。
そしてランスは頷き、
「なら問題無いな。何か必要な物が有れば家に来るといい。娘のクレハも卒業生だから何でも聞いてくれ」
するとクレハが手を差し出し握手を求め、
「ルータス君とアイちゃんね。何かあったらお姉さんに何でも聞いてね!」
「ありがとう!」
がっちりとした握手を交わす。クレハは優しそうで人が良さそうなお姉さんだ。ルータスの脳裏に一瞬ミシェルの姿がよぎった。
「一応、君達の親はディークさんで、そのディークさんは私の親戚と言う事になってるからね」
「はい、聞いています」
「なら問題ないな。では行こうか、忘れ物は無いね?」
ランスは立ち上がると、カウンターの横に掛かったコートを手に取り、それを羽織る。
「問題ありません」
「バッチリ!」
今日が初登園になるので実際何がいるかなんて分からなかったが、アイは自信満々に親指を立てて言っている。ランスはクレハに「少し出てくるから後は頼んだ」と、言うかの様な合図を目で送り歩きだすと、ルータス達もそれに続いた。
店の外に出ると今まで暖かかった分、寒さが身にしみる。アルフォード学園はエルドナの北東にありその大きな建物はランスの店からでも見えた。
ランスは気を使ってくれたのか、こちらに興味を持ったのか、
「君達はディークさんの子供では無いよね?」
何気なく飛ばしてきた質問に対して、どう答えたらいいのか少し悩んだ。ディークとランスの間でどんな話しがされていたのか全く知らされていなかった為だ。ディークからは、エルドナでの知り合いが面倒見てくれるからとしか聞いていなかった。子供と言う事にするのが一番いいが、ディークはヴァンパイアでルータスはエルフだから無理がある。
「ちがうよ、でもアイ達を育ててくれてるの」
ルータスの考えを他所にアイが答える。
「その耳のイヤリングはアビスダイトかい? ディークさんから貰ったのかな?」
次は興味津々に聞いてきた。商人としての何かがくすぐられたのだろうか。
「これは、仲間の証で僕達の大切な物なんです」
「ほー! という事は仲間は全員それをつけているって事か、そりゃ凄い!」
「そうだよ! ディーク様はすんごいんだよ!」
ディークの事を褒められると、まるで自分の事の様にルータスは嬉しくなった。
「まさか、君達も地下階層に行っているのかい? ディークさんから何時もアビスダイトを分けてもらってるんだが、一体どんな人達なのか気になってね」
ランスの質問に変な裏は無さそうだ。ただ学園に行く前の間の何気ない会話の為、共通のディークの話を振ってきてくれているみたいだ。
「それは、お姉様が取ってきています」
「姉がいるんだね、クレハと同じくらいかな?」
ルータスは「もっとはるかに年上でもっと凶暴です」と心の中で思ったが口には出さず、
「そうですね、そんな感じです」
「凄いお姉さんがいるんだねー」
「うん! お姉ちゃんは凄いよ!」
「君達は学園が初めてって聞いてるけど、今まではどうしていたの?」
「一応、教育は受けてます」
「なら大丈夫そうだね。おおっと! 余り細かい質問は野暮だったかな」
そんな話をしていると正面に学園の正門が見えてきた。周りを見渡すと生徒らしき人も増えてきている。
学園は正面から見るとその大きさにびっくりする。二階建ての立派な建物でまるで魔法学校を連想する様な佇まいでその歴史を感じさせた。
「まずは学園長に挨拶をして、そこからは班のリーダーに従って行くことになるだろう。後は頑張るんだよ」
テオバルト・アルフォード、この学園の最高責任者にして、その昔、エルドナ王国魔法騎士団長でもあった。そして今の学園のシステムを作り上げた男だ。今のエルドナの国力があるのは、この男の力と言っても過言ではなく、エルフなら誰でも知っている名前だ。
「分かりました」
一様テオバルト・アルフォードがどんな人物か確認しておいて損はない。そして学園の中に入ると建物の中も広く奥にもかなり続いており、迷いそうだ。ランスは何度も来ているかの様な足取りで迷うこと無く一つの部屋の前まで来ると足を止めた。その部屋は他の所とは違い扉も立派でルータスはそこが学園長室だとすぐに分かった。
「準備はいいかい? この先に学園長がいるからしっかり挨拶するんだよ」
2人は大きく頷くとランスはドアを3回ノックした。すると扉がゆっくり開き秘書と思われる女性が見え、ランスが何か言うと扉は大きく開かれた。中は学園長室とは思えないくらい普通だった。書斎の様な部屋で大きな本棚が置かれ、目の前には大きな机がありその先に、テオバルト・アルフォードは立っていた。その姿は、年齢が70歳以上はあろうかと言う老人で長い髭を生やしており髪の毛は無く白のローブに身を包み大きな杖をもっている。その老体とは裏腹に奥に秘められたその力は底が知れないような雰囲気がある。その横には学園の生徒と思われる女性が立っている。
「ご無沙汰しています。学園長、この度はわざわざ私の無理を聞いてくださり、ありがとうございます」
ランスは大きく礼をすると、
「いえいえ。ランス君には何時も無理ばっかり言ってるから、このくらいは当然じゃよ」
2人の会話からはその付き合いの深さが感じ取れた。
「紹介します。この2人が、私の親戚の子達でして」
ランスはルータス達に手で合図すると、
「ルータス・エミールです。よろしくお願いします」
「アィーシャ・エミールです。よろしくお願いします」
2人は頭を下げ礼をすると、テオバルトはルータス達に視線を向け上から下へとゆっくりその視線を動かす。何か全てを見透かされている様なその目に、ルータスはバレていないか若干の不安を感じる。しかしそれは嘘を付いている事の一点だけだ。ディークがかけた魔法を人が見破れる筈は無い。ならばルータス達が、ぼろさえ出さなければバレる要素は無い。
テオバルトは視線を一周するかの様に上まで戻すと、ルータスの目をじっと見つめ、
「ルータス君、アィーシャ君、初めての学園で戸惑うことも有るじゃろうが頑張って勉強と武芸に励むんじゃよ」
優しく微笑みならが言った。
「はい、頑張ります」
ルータスとアイは声を揃えて返事をすると、テオバルトは横に立っていた生徒らしき女性に手招きをして自らの横に呼ぶ。
「ルータス君、アィーシャさん、初めまして私はマヤカ・ルンベルと言います」
マヤカと名乗った女性は金髪の髪の少し癖のある髪でツンとした感じの顔立ちだ。
「彼女は君達の班のリーダーで1級生じゃ。学園生活で分からない事が有れば何でも聞くがよかろう。では後はマヤカに任せるとしようかの」
「分かりました。学園長ではこれで私達は失礼します」
マヤカが一礼すると、ルータス達もそれに続き一礼しマヤカに連れられ学園長室を後にする。
ルータスとアイはこの先の未来に色々な思いを寄せ、新たな生活が今スタートした。




