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ブラッド・ZERO  作者:
第一章 建国編
13/119

第13話  復讐

 冬の寒さが強さを増し、肌に吹き付ける風にピリピリとしたものを感じる。まだ薄暗い早朝に大きな荷台を引く馬車の姿があった。その馬車は普通の馬車とは違っていた。その荷台はまるで大きな檻を荷台にしたかの様な作りであり二頭の馬がその檻を引いている。しかしその中に居るのは動物や魔物では無く4人の人であった。

 その中の表情は暗く、これから起こるであろう先の見えない深い絶望で静まり返っている。


「今日は結構楽だったな」


 馬車の手綱を握る男が楽しそうに横のもう一頭の馬にまたがる男に話しかける。


「あぁ、そろそろ人も集まってきたな。そろそろ引き上げ時かね」

「そうだな、いくらハーフと言ってもやり過ぎると不味いからな」

「まぁそこら辺は隊長が判断するだろう、俺は女に困らなくていいけどな」


 男はニヤリと笑いながら言った。そんな話をする彼らは人間だ。今正に捕らえてきた人をアジトに運んでいる最中だった。馬車の進む道の先には大きな門がありその周囲は壁に囲まれている。

 ここはフランクア王国の領土で城から少し離れた施設であった。そして門の前まで馬車は進むと門番と思われる人間の合図と同時に門は開いた。中には木造の建物が一つ建っていて、その前には少し広い広場が広がっている。その広場に一人の男が立っていた。その男こそカミルであった。

 カミルは馬車に近づくと、


「今回はそこそこ多いな」

 

 カミルはその目線を後ろに向け中の人を確認する。まるで生気を失い死んでいる様な目にカミルは笑みが溢れる。


「隊長こいつら地下にぶち込んどきますよ」


 そう言うと馬に乗った男は馬から降り建物近くの地面から出ている鎖を引っ張る。するとそこには地下に続く階段があった。


「少し前に、本国に送ったからな。今牢は、空が多いから好きな所にぶち込んどけ」


 カミルは指示を出すと振り返り建物の中へ歩きだす。


 ここは捕らえた人を保管するための奴隷収容所であった。その収容所は地下に牢を作り閉じ込めておき本国からの決定に応じて出荷する為の場所である。人間は辛い肉体労働や危険な仕事はこの様な、捕らえてきた奴隷にさせる事が多く、王国内にも人身売買の店がいくつもあった。

 奴隷も男と女で価値は違い、買う側からすれば男の方が一般的に人気は高く、女の方は安いのが普通だ。それは男は労働力になる為人気が高い。逆に売る側は若い女が人気であった。それは若い女なら交配させれば商品を増やすことが出来るし金儲けの使い道がいくらでも有る為だ。中でも女のエルフと人間のハーフはフランクア王国では人気が高く金になった。

 基本奴隷はハーフの為、居なくなった所で誰も気にしなければ何処の誰かも分からない。ハーフの人身売買は人間だけがしている訳で無く、どの種族でも行われている。


 その収容所にいる彼らはカミルを隊長とするフランクア王国の特殊部隊である。王国の汚れた仕事を主とする為にあまり存在は知られてはいなかった。彼らは総勢20人程で、その人数は他の数ある部隊に比べて仕事柄かなり少ない方であった。そしてその任務も一段落つきカミルは安堵の息を吐いた。

 この半年、リグンから受けた命令によりハーフを捕らえ集めていた。純血を捕らえるのは国が動くと不味い為、人選は慎重にする必要があった。その為時間がかかってしまったのである。そして今ようやく一区切り付いたのだ。カミルは部屋に戻ると肩の力を抜き椅子に座ろうとした時――


「なんの騒ぎだ?」


 外が騒がしい、こんな早朝に? 

 カミルは部屋の外に出ると廊下を慌ただしく走る兵を捕まえ、


「騒がしいぞ! 何があった?」

 

 その兵はまるで何か恐ろしいものを見たような引きつった顔だ。


「化物が空に! 巨大なモンスターが攻めてきました!」


 一瞬カミルの時が止まった。その言葉がすぐに理解できなかった。このフランクア王国の領土内でそんな事件など今まで聞いたことが無かったからだ。しかし周りの慌ただしさ、この男の焦り様からして、嘘ではない事は分かる。カミルはすぐに走り出し建物の入口に向かった。

 その先にいたの生物を肉眼で捕らえた瞬間、カミルは大きく目を見開き呟いた。


「キマイラ ――なのか?」


 その目の前にいる獅子と言うにはあまりに禍々しく、巨大なそれは、他のその場に居るものを黙らせるに十分な存在だった。


「カミル隊長! これは一体……」


 隊員の一人が叫ぶ、カミルは周りを見渡すといつの間にか部隊の隊員がキマイラの前に集まっていた。


「これは何だ! 本国からなのか? 誰か連絡は受けていないのか!」


 カミルの祈りにも似た叫ぶ声に答えるものは誰もいない。カミルもこのキマイラが明らかに敵であることは分かっていた。それはキマイラから放たれる恐ろしいまでの殺気がカミルにそれを教えていた。


 キマイラ、それはカミルですら話でしか聞いたことが無い化け物だ。そんな存在が何故ここに? 誰かが送り込んだのか? その考えはすぐに頭の中で否定される。こんな化け物を使役出来る奴などいる訳が無い。なら地下階層の奥から来たのか――

 そんな考えが頭の中を回っている時に、キマイラから人影が見え、その影は地面へと降り立ちカミルは驚きのあまり後ずさる。


「ルータス……なのか?」


 ルータスは不敵な笑みを浮かべて、


「会いたかったよ。団長」

「何故、生きている?」

「ツメが甘いな、とどめを刺さ無かったからだろ」

「あの傷で何故生きていると聞いているんだ! それにあのキマイラは何だ!」


 カミルは叫ぶ。あり得ない。ルータスはあの時腕も左目も失ったはずだ。なのに、この目の前に立っているルータスは何だと言うのか? まるで亡霊でも見ている様な感覚にカミルは襲われる。


「そのツメの甘さが団長を殺すんだよ」


 どう見てもルータスだが、以前とは全く雰囲気の違うルータスにカミルは息を飲んだ。ビリビリと伝わる殺気は正に傭兵団の頃とは別次元だったのだ。その姿もそうだった。そのまがまがしい力を放つ黒い服は明らかに魔法装備でありエルドナですら手に入らない様な凄まじい力を秘めた物だった。

 そしてキマイラから2人が降りて来た。1人は初めて見る金髪の子供の様なヴァンパイアだ。そしてもう1人はよく知っている人物。


「アイ、お前も居たのか」


 アイは濃い紫色のローブを着ていて頭には大きな魔法使いの帽子をかぶっていた。その装備もルータス同様の魔法装備であった。そのアイの姿を見て、ルータスへの疑いは確信へと変わる。間違いなくあれはルータス本人だと言う事をカミルは確信した。

 何故かは分からないがルータスはあの後生き延び、アイと共に、ここへ復讐にやって来たのは間違いない様だ。


「お兄ちゃんを、よくも殺そうとしてくれたね。許さない」


 アイは静かに言うと、左目に凄い魔法が宿り出した。そしてその左目は魔法陣の様な模様を描き青く光りだす。カミルはそれが何なのか分からないのがとても怖かった。

 フランクア王国の中にあの様な瞳を持つ者は居ない。それどころか世界中探しても居ないのでは無いかと思えた。初めて見るその瞳が、ただの模様でない事だけは分かる。

 そしてカミルはこの復讐にやって来た2人が何か力を手にしてきたのだと確信した。


「何なんだその目は……」


 カミルは吐き出す様に言った。その時、金髪の少女はまるで自分は関係ないかの様に、


「じゃ、アタシは、そこで見てるから貴方達頑張りなさい」


 その言葉を残して、地面を蹴ると、重力が働いていない様なゆっくりとした放物線を描き壁の上に着地し、そこへ座った。


「分かりました。お姉様」


 ルータスの言葉にカミルは少し引っかかる。ルータスに姉などいなかったからだ。何よりどう見ても姉に見えない。しかもあの少女はヴァンパイアだからだ。しかし今はそんな事はどうでもいい。

 カミルは、大きく深呼吸し、もう一度周りを見渡す。


「ルータス、仲間の仇でも取りに来たのか?」


 カミルは皮肉たっぷりに言い放った。いきなりのキマイラに驚きはしたが、相手は所詮子供だ、負ける事などあり得ない。ルータス達を殺した後でキマイラを全員で捕獲すれば本国の評価をほしいままに出来る。これは逆にチャンスだ。


「そうだな。ゴミ掃除に来たんだ」


 ルータスはカミルが言った言葉をそのまま返してきた。カミルは剣を抜き構えると叫ぶ、


「皆! 剣を構えろ! 相手は子供だ! あいつ達を始末した後で、いつも通りやればキマイラも捕らえれるはず!」


 カミルの声に反応する様に隊員は一斉に剣を抜き辺りに金属の擦れる音が響く。


「アイ! 殺れ」


 ルータスの声と共にキマイラは大きく飛び立ち、その翼で巻き起こった風に視界を一瞬奪われる。

 その風が治るとアイは地上から姿を消し、少し離れた空に浮いている。大きく手を上にかざすと、まるで召喚されたかの様に禍々しいオーラを放った杖が現れた。その杖に周りの誰もが見入っていた。

 魔法武器であろうその杖の先は空間が歪むほどのオーラを放っている。

 カミルはその奇跡の様な武器に目を奪われた。神が作り出した産物と言われれば信じただろう。それは自分が生きて来て見た中でこれ程の武器は無かったからだ。


「集え、アイの術式」


 アイはその杖を高くかざすと、左目の光が強まり、大きな魔法陣が現れ杖を中心に赤と黒の炎が渦巻く様に集まっていく。その力は巨大で周りの温度を上げていくのが分かる程であった。

 凄まじい魔力の奔流に地面が震えている様に感じる。杖に向いうねるように集う中心には今まで見た事が無いほどの高エレルギーの集まりがあった。

 カミル達は、その光景をただの呆然と見ていた。何も出来なかった訳では無い。余りに異質なその魔力の奔流に目を奪われていたのだ。


 そして――


「マズい! 皆、避け――」


 カミルは危険を察知し空高く飛ぶ、そしてその言葉が終える前にその杖は振り下ろされ魔法は発動された。


「いっけー! 三重術式魔法 “エクスプロード”」


 ――その瞬間大地は紅く染まった。


 カミルの見た光景は、まるで天から降ってくる天罰を思わせる様だった。その杖から放たれた赤い炎と黒い炎は絡み合いながらその威力を増し飛んでくる。そして地面に激突すると、収容所一帯を焼き尽くす様に広がり、唸りを上げながら凄まじい高さの火柱となった。

 その火柱は、捻じれながら全てを燃やし尽す。そして炎は何も無かったかのように消えた。


 収容所は見る影もなく、焼き尽くされた黒い後だけが周りに広がっている。そこにカミルは降り立つと、目だけを動かし状況を確認する。目の前に立つルータスがカミルに向けて剣を構えている。そしてその後ろに金髪少女がキマイラの上に座わっており空にはアイが浮かんでいた。カミルは圧倒的不利な状況だ。ルータスとお互い距離を取った状態で対峙し、


「一体何をした! 何かレリックを使ったのか!」


 先ほどのアイが放った魔法、あれは魔法なんてレベルじゃ無かった。半年前のカミルの知るアイは泣き虫で、低位の回復魔法くらいしか出来無かった筈だった。そのアイがたった1つの魔法でカミルの部下を皆殺しにしたのだ。

 どうやってあれ程の力を身につけたのか? カミルは何か悪い夢でも見ている様な気分だった。しかしカミルは一つの結論を出す。


 認めなくては行けない。この者達の力を、今のうちに殺さなければ、この力は何時か必ずフランクア王国にとって害となすだろう。あの魔法でカミルの部隊は全滅だ。この先ルータス達が成長すればどれ程の力を身につけるか? 考えたくも無かったが今なら勝てる。勝たないといけない。

 カミルは剣を構えルータスを睨む、そして両者の間に沈黙が生まれた。


 「…………」


 しかしその沈黙を破ったのは、全く別の者の声だった。


「すごい魔法使いがいるな」


 その声はカミルの後ろから聞こえその場にいた誰もがその声の主へと視線を送った。そこに立っていたのは、マントを付けた白い服の男で青い髪の人間だった。その男から溢れる底知れない何かがカミルの背筋をぞくりとさせた。


「アイ! こっちに来い! 2人でかかるぞ、奴は強い」


 ルータスが叫ぶ、その声に先程の余裕な雰囲気は一切感じられない。ルータスもこの謎の男の強さを肌で感じている様子だ。


「ちょっとまってよ、俺は別に君達と戦いに来た訳じゃないから安心して」

「だったら何しに来たんだ?」

「仕事に来たんだけど、その仕事は君達が代わりにやってくれそうだし、良い物を見せてもらったから、お礼だけ言いたくてね」


 自分を挟むようにして話す2人の会話に、カミルは割って入る。


「それはどういう意味だ! 何しに来た!」


 カミルの問を無視して男は続ける。


「俺は黒翼の一人、クルト・エーリッヒだ。ルータス君だったかな。君とは又合いそうな気がするよ。今日は君のお姉様が怖いから帰るとするかな」


 クルトは笑いながらそう言うと指をパチンと鳴らし、姿を消した。再びカミルはルータスの方に振り返ると。ルータスは哀れむ様な目で、


「お前もただの使い捨てか」


 その言葉にカミルの感情は一気に高ぶる。


「何を言っている! そんな訳が有るはずがない!」


 カミルは叫ぶと同時にルータスに向かって走り、もの凄いスピードで突きを繰り出し、その突きをルータスは横へとかわす。そのままカミルは真横になぎ払うとそれをルータスは剣で受けた。

 その瞬間、カミルはルータスの腹に蹴りを叩き込むと、ルータスは吹っ飛ぶがすぐに受け身を取りカミルに向かって斬りかかってきた。

 カミルもそれを受け両者の間に目まぐるしい壮絶な剣でのやり取りが展開され辺りには激しい金属音だけが響く。カミルは一瞬のスキを突き、ルータスの体勢を崩すと剣武を発動させ、渾身の一撃を繰り出した。ルータスはそれを剣で受け止めたがその威力は殺せず大きく吹っ飛んだ。


「どうしたルータス、その程度では俺は殺せんぞ」


 カミルは余裕たっぷりに言い放つ、勝てる、これなら勝てる、今の戦いの中で自分との差をカミルは感じ取っていた。ルータスは起き上がると、


「やっぱコレじゃ勝てないか」


 その言葉にカミルは恐怖する。これだけ得体の知れない力を持っているルータス達だ。まだ何か力を隠し持っていると言うのか?


「どういう意味だ!」


 叫ぶカミルを見てルータスは余裕たっぷりに言い放った。


「神をも凌ぐ王の血を、その偉大さを知れ! こい! 魔剣レヴァノン」


 ルータスはそう言うと持っていた剣を投げ捨て手を大きく振り上げた。その振り上げた手から禍々しい力を放つ一本の剣が現れる。その剣は黒く研ぎ澄まされた刃先は紺色をしていて、アイが持っていた杖と同等の力を放っている。

 魔法武器と呼ぶには余りに凶悪で強大な何かであった。ルータスはその剣を構えるとその左目はヴァンパイアの様に赤く光っている。それだけでは無いその首筋から左目にかけて黒いアザのようなものが浮かび上がり正にその姿は人以外の何かに見えた。


「まさか……その目ヴァンパイア! 貴様! どうしてヴァンパイアに!」


 まさか真祖の眷属にでもなったというのか? ルータスは不敵な笑みを浮かべ、


「今から死ぬお前に、知る必要はない!」


 ルータスの持つ剣に闘気が集まりだす、その剣は凄まじい速さで横に払われ、斬撃となってカミルに飛んでくる。カミルはそれを剣で受け止めるが、その威力は先の比では無かった。

 受け止めきれずに大きく弾かれ体勢を崩されると、いつの間にか目の前にルータスが来ている。カミルの目に映る光景が一瞬スローになり何か一本の線が走った様に見えた。

 何かが落ちる音と一緒にカミルの思考は動き出す。違和感のある左手に目線をゆっくり動かすと、そこに有るはずの手首は無かった。


「ぐあああああ!」


 カミルは大きく後ろに飛び退くと、体中が熱くなる。その無い左手首から上がってくる激痛に顔を歪め心臓の鼓動とともに大量の血がカミルの足元にぼたぼたと垂れ落ちる。

 心臓の鼓動は激しさを増しその鼓動に合わせて流れ出る血が激痛となり体中を駆け回った。


「これは、僕からのお返しだ」


 ルータスの声など耳に入らないカミルは、


「ふっ! ふざけるな! 俺は神に選ばれた人間だ! こんな所でハーフなんかに!」


 ルータスを睨みつける、今まで数多くの人を殺してきたカミルが初めて狩られる側になった瞬間その恐怖が体全体を支配していた。


「そんな下らない神など俺達が殺してやる。そろそろ終わりにしよう」


 その瞬間、ルータスが一瞬消えた様に見え、カミルの全身になにか熱い感覚が走り今までに感じた事の無い一瞬の痛みと共にその命は尽きた。 

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