第12話 日常2
「ちょっとこれはどういう事なんだ!」
夕暮れ時の魔王城の大広間にディークの声が響き渡った。そこ立つ五人の姿があり一人は、その声の向けられた先にいるミシェルだ。その横にミクと何かバツの悪そうに立っているルータスがいる。そして少し離れた先にいるのは新しいメイド服を着た女性、しかし顔はアンデッド――そうスケルトンであった。ミシェルは得意気に、
「アタシは魔王様のご期待通りのメイドをスカウトして来ましたよ、だってそうでしょ」
ミシェルはスケルトンの横に立つと胸に指を指し、
「ひんぬー!」
次にその指した指を素早く顔に移動する。
「色白!」
そして両手を広げて、
「スレンダーな女の子!」
ミシェルは不敵な笑みを浮かべながら腰に手を当てて、
「完璧にご要望どおりじゃないですか? 何か問題がありまして?」
それに続きミクが一歩前に出る、
「ディーク様の理想を完璧にこなしたミシェルは褒められる事は合っても、叱咤される理由など何一つ無いかと思いますが」
ミクの言葉にも力がこもっているのが分かる。完全にミク達は一致団結しミシェルの味方に回っている様だ。
「ぐぬぬ……」
ディークは唇を噛みしめる「あの2人こういう時だけ妙に団結しやがって!」とか思っていると、
「しかし、腕は本物で料理とか凄いんですよ」
ルータスの言葉にディークはピクリと反応し、その一気にスケルトンに興味が湧いた。
「ほう! それは意外だ。とりあえず自己紹介をするかな、俺はこの城の主人でディーク・ア・ノグァという者だ。ディークと呼んでくれ」
ディークは、テーブルの横にある椅子に深く腰を下ろす。さっきは少し取り乱してしまったが、能力有がる者ならどんな者でも今更この魔王城で気にする必要はない。特に料理が出来るのはありがたかった。
魔王城でご飯といえばアビスで狩ったモンスターとか魚がメインだが殆どが焼くくらいしか方法が無かった為である。ミクもミシェルもチャンネもディークが生み出した存在だ。当たり前だがディークが知らない事は知らないのだ。流石のディークも書の中は食事不要だった為に知識は全く無かったのだった。
すると、ミシェルに押されスケルトンは一歩前に出ると、
「はじめまして、わたくし名はスカーレットと申します」
深く礼としながらスカーレットは言った。先程のやり取りで少し気後れしてしまっている様に見る。ディークは少し余計な事言ってしまったと反省し、
「すまないスカーレット、君を悪く言ったつもりは無いんだ。少し前のミシェルとの話で少し意思の疎通が叶わなかっただけで……」
軽く頭を下げる。そしてミシェルに視線を向けると不満そうに、
「アタシ、悪くないもん」
頭に両手を当てて顔を横にぷいっと向けている。ミクはミシェルを肯定するかの様に、大きく頷いている。スカーレットは慌てて両手を左右に振り、
「いえいえ、わたくしもびっくりしました。アビスにこんな所が合ったなんて」
「まぁ外からは見えないけどな。実は少しミシェルから報告は受けていたんだ、ずっと一人で住んでいたんだろ? 誰もいないと寂しいもんな」
ディークは書の中で一人だった時の事を思い出す。無限とも思える時の中、自分以外は存在せず終わりの見えない先の闇がどんなに恐ろしいものか痛いほど分かっていた。それだけにスカーレットには共感が持てた。
「アタシは、スカーレットをメイド長として推薦するわ」
ミシェルは何が何でもスカーレットを引き入れたい様子だ。多分彼女の個人的な感情が9割原因だろう。ディークは立ち上がりイヤリングを出すと、
「スカーレットこれを受取りここでメイド長として我が配下となれ。これは仲間の証だ」
ディークはイヤリングをスカーレットに差し出す。ミシェルの誘いに付いてきた時点で結果は分かっていたが何となくこのセリフを言いたかった。
スカーレットは膝を付き両手でそれを受取り、
「長生きはするものですね、まさかもう一度仲間と呼べる人達に巡り会えるなんて」
「これから俺達に力を貸してくれ、それとこれを渡しておこう」
ディークは手の平をかざすと、何もない空間から時空の書を取り出した。
「この書は便利な物でな、中に入れると時間の経過がしないレリックなんだ。要するに食べ物の保存に最適だ。本に何が入っているか表示され管理も楽な優れ物だな」
ディークはこの書の色々な使い方を考えていたが食べ物の保存にはこれ以上無いくらい最適だった。そして時空の書を渡すとスカーレットは立ち上がりページに目を通した。
「こんな物が世の中にはあるのですね。結構一杯色んな物が入ってますね。この小さな本に信じられない」
「本は渡しておく、何か必要な物があれば言ってくれ、欲しい設備は出来る限り用意しよう。凄い建築大臣が居るからな」
「とりあえず今日の晩御飯は皆で盛大に行こう! 新しい仲間も増えたし歓迎会だ」
その言葉に皆一斉に喜び新たなメイド長スカーレットは、
「これから忙しくなりそうですね。こんなわたくしですが、誠心誠意努力します」
「よろしくね! アタシが今から中の案内してあげる」
ミシェルがスカーレットの服を引っ張り連れていくと、ディークは椅子に座ると少し笑いながら
「やっぱ普通の人間はアイだけなのだな」
ボソリと呟くと、ルータスも笑いながら答える。
「魔王城ですからね」
◇
巨大な3メートルはあろうか思える白い毛の猿の様なモンスター、イエティがその豪腕を叩きつける。そしてその先には2人の影があった。ここアビスでは強い者だけが生き残り、毎日何処かで激しい戦闘が行われている。時には人同士殺し合うのも珍しくはない。
広大な平原で大きな声が響く、
「アイ! スキを見て後は頼む!」
「分かったよ! お兄ちゃん!」
そう叫ぶルータスはイエティに向かって走る。その速度はかなり早くその手に持った剣を構え右腕に目掛けて真上から大きく振り下した。しかしその剣は分厚い獣毛に阻まれガードされる。そしてイエティは大きく振りかぶり左手腕を振り回した。その豪腕は岩も軽々砕きそうなほどの勢いだ。
ルータスはその豪腕を素早くしゃがんで回避すると伸び切ったイエティの腕を蹴り大きく後ろへジャンプして距離を取った。
やっぱ普通に斬るだけじゃ弾かれるか――
剣を持ち直しゆっくり息を吐く、すると剣から凄まじいオーラが出始めその力はどんどん高まって行く。
「オオオオオ!」
イエティが雄叫びを上げ凄いスピードでこちらに向かって走ってきた。その大きさとパワーで大地は地鳴りを上げている。しかしその距離が詰まる前にルータスの剣は空を斬る。まだ距離にして10メートルはあろう距離から斬られたその剣は斬撃となってイエティに向かって凄いスピードで飛んでいく。しかしイエティはその斬撃すら右手で大きくなぎ払い、かき消した。
次の瞬間、ルータスはイエティの目の前まで距離を詰めていた。その剣は両手でしっかりと握られ下から斜め上に斬り上げる。そして発動された剣武によって一瞬の閃光となった。
「グギギギギギャ!」
イエティは先程の雄叫びとは全く違う、苦痛な叫び声を上げる。大きく切り裂かれた体は右足の付け根から左肩までかけてパックリと開いた傷口から真っ赤な血を吹き出して後ろに吹っ飛んだ。イエティの白い毛は自らの血で赤く染まり転がったその先で地面に血溜まりを作った。
「アイ! 今だ」
ルータスは上に向かって叫ぶ。そこには空で浮いているアイの姿があり杖を構えている。
「いっけー! “アイスエッジ”」
その声と共に即座に魔法は発動され、巨大な鋭利な氷の矢がイエティ目掛けて飛んでいった。イエティを大きな氷の矢が体の至る所を潰していく。骨と肉が砕け潰れる嫌な音と共に深々と突き刺さり、その威力は下の地面にも大きな割れ目を残した。そしてイエティはピクリとも動かなくなりそのまま転がった。
「よくやったぞアイ」
アイはふわふわとルータスの横に降りてきながら嬉しそうに口を開く。
「エヘヘ、そうかな」
ルータスの横まで来ると、真後ろからいきなり声が聞こえた。
「ハイ! 減点1です。倒した後も気を抜かない事ですね」
ルータス達は振り返るとそこにはチャンネがいつの間にか立っていた。全く気づかなかった2人は驚いて飛び退いた。
「先生! びっくりした! いつの間に……」
ルータスはがっくりと肩を落とす。実は今まで何回も同じ様に後ろを取られていたのだった。今日も簡単に後ろを取られ少し落ち込むルータスを前に、アイはチャンネに飛びつき、
「先生! さっきのアイ良かったでしょ?」
アイに比べてネガティブなだけなのかな? と考えているとチャンネはコホンと咳払いをして2人に、
「戦闘自体は、大分良くなってきましたね。しかしルータス君、最初の攻撃から相手に有効な攻撃を見極められる様にならないといけませんね。次にアイ君、魔法使いは強力な魔法だけが攻撃ではありません支援も重要な仕事です。もしルータス君がスキを作る前にやられてしまったらどうするのですか?」
確かにその通りだった。何時もその的確な指示は的を射ていて、凄く勉強になる反面、自分達の未熟さを痛感させられていた。
「う――分かった」
「次から気をつけます」
2人は、声のトーンが落ちる。実は今日は実践訓練として魔王城の壁の外でモンスターを狩る訓練をしていた。ルータス達はチャンネの元で半年間その実力を伸ばし確実に強くなっていた。しかし実践に出ればチャンネからは注意される事の方が多かった。するとチャンネはニッコリと笑い、
「悪い所も言いましたが、君達はもうアビスのモンスターを2人だけで狩れる程力をつけています。これは自信を持っていい事ですよ。君達は強い」
その声に2人の顔は一気に明るくなる。そしてルータスは前から聞きたかった言葉を口にする。
「先生、一度地下階層に行ってみたいです」
地下階層、ハンターや冒険者の最高峰であり昔からの夢だ。今の自分がどこまで通用するのか知りたかった。もう昔の自分じゃなく大分力もついてきた為に日に日にその思いは強くなっていったのだ。チャンネは腕を組み少し考え、
「まだ君達2人で行くには早すぎますね。流石に許可できません」
やっぱりか――分かっていたが実際言われるとキツい、強くなったがまだまだ剣の道は先が長い様だ。するとチャンネはさらに続ける。
「しかし――日帰りで私達と行くなら大丈夫でしょう。一度ディーク様にご相談して見ましょう。そのかわり先生の言うことはちゃんと聞いて勝手な行動はしない事ですよ」
「ホ、ホント! やったー!」
嬉しさの余り大きくジャンプするルータスをチャンネは落ち着かすように、
「まだ何時になるか分かりませんよ。とりあえず今日は一度城に戻りましょう」
そう言うとチャンネは手を大きくかざし一つの魔法を唱えた。
“ゲート”
すると手をかざした先の何も無い空間に大きな穴が開いている。これは転移魔法の一つである。ゲートは便利な魔法ではあるが、好きな場所に移動できる訳では無い。あらかじめ転移先に魔法陣で登録しておかなければならない魔法であり登録先以外には飛ぶ事は出来ないのだ。チャンネのゲートの開いた先には見慣れた光景が広がっていた。
「このイエティはどうするの?」
「とりあえずスカーレットさんに渡しておきましょうか」
そう言うとチャンネは手をかざしイエティをゲートの中に投げ込むと、それに続いて3人はゲートをくぐるとそこには城の前の広場が広がっており何故かディークが立っていた。チャンネは深い礼をしながら、
「これはディーク様、一体このような場所でどうされましたか?」
「うむ、今日は大事な話があってな」
その言葉にチャンネは理解した様子でルータス達の後ろに移動すると2人をディークの前に立たせた。ルータス達はその言葉に緊張を覚えた。
「もう、問題無いかと思います」
チャンネの言葉にディークは頷き静かに口を開いた。
「ミシェルの報告でカミルの居る場所が分かった」
ルータスは心臓が大きく高鳴るのが分かる。カミル――あの俺達をゴミの使い捨てた男、この半年間一度だって冷酷な顔を忘れたことなど無かった。知らない間に拳に力が入っている。
その反応を確かめるようにディークは続ける。
「ルータス、アイ、お前達は強くなった。あの時の屈辱を晴らせるほどにな」
心臓の鼓動は高鳴りを増しルータスは震えだす。しかしそれは恐怖によっての震えでは無く嬉しさと喜びによるものだった。
「やっとあの時の恨みを皆の仇を殺る事が出来るのですね」
冷酷な笑みを浮かべてルータスは言った。
「魔王軍に楯突いた愚かな者を滅ぼし引導を渡してやれ。お前達にはその資格がある」
そう言うとディークは大きく手を振り何かの呪文を唱えた。
――サモン
その瞬間その場所は強力な魔力を放ち何かが下から召喚された。その姿は正にルータスは唖然とした。
「グオオオオン!」
4メートルは有りそうなその巨大な獅子は背中に大きな翼があり頭には大きな角の生えた生き物だ。その雄叫びは腹にまで伝わるほど大きかった。アビスにさえこんな生き物はいない初めて見るその生き物にルータスは思わず後ろに下がってしまった。
「これはキマイラと言う生き物だ。折角の魔王軍としての初任務だ。お前達にくれてやる」
こんな生き物もらって大丈夫なのか? ルータスの心配は遠慮によるものでは無い、自分の命の心配だ。しかしアイは直ぐにキマイラに飛び乗って、
「わーーい! 可愛い! ディーク様ありがとう」
アイは股がって凄く嬉しそうにキマイラの頭をなでていた。実はアイは凄い奴なのではないか? とルータスは苦笑いする。
「うむ、とりあえずお前達に任せるが、念の為にミシェルを同行させる。くれぐれも無理はするんじゃないぞ。では後は頼んだ」
そう言うとディークは城に入って行く。その後姿にルータスは深く礼をする。ルータスは分かっていた。ディークがわざわざ復讐のチャンスをくれた事を、本当に魔王軍に楯突いたと思っているならディークなら即滅ぼせるぐらいの力はあるのは分かる。それをしないで今まで放っておいたのは、他ならぬルータス達の為だからだ。
するとチャンネは、
「ルータス君、アイ君、初任務が失敗しない様に祈りを込めて私からもプレゼントがあります。気に入ってくれると思いますよ。一度城へ入りましょうか」
チャンネは自信満々の様子で城の方に歩いて行く、ルータスもそれに続き小さく呟いた。
「やっと、アイツに会える」
その左目はヴァンパイアの様に赤く光っていた。