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ブラッド・ZERO  作者:
第3章 カルバナ帝国編
114/119

第114話  アラドの街6

 バーを出たスコールはしばらく一人でフラフラ歩いていた。

 太陽が空を赤く染めるのを見つめホッと一息をつく。

 今日はアラドの町にとって大切な日なだけに気が抜けなかった。

 スコールは特に特別なことを要求されていた訳ではなかったが一国の姫が来るともなれば嫌でも緊張するものだ。


 ユーコリアスとディークの話合いは聞いている限り上手く行っていると思われた。

 この辺の事はスコールも自分が口を出す話ではない事を分かっていた為、正直なところ特に気にしてはいない。


「俺も一杯やるかな……」


 こんな時は冷たいビールに限る。

 今日はもう仕事もない為、1日の締めくくりをやらなくてはいけない。

 スコールにとって毎日の習慣になっていた。と言うか魔王軍全体の習慣である。


 しかし何故かふとアイの顔が浮かんだのだ。

 ルータスがカルバナに行ってから自然に二人で飲む様になったのだ。それも又一つの習慣になっていた。


「そういやあいつ、食堂の方だったかなー」


 今日一日、ディーク達と行動を共にしていたスコールと違い、アイは倉庫に応援に行ったていたのを思い出す。

 倉庫はバーとは反対側だがすぐ近くだ。

 とりあえず倉庫に行ってみる事にする。

 倉庫に着くと人影はなくすでにここでの仕事は終わっているようだ。

 スコールは他に行くあてもなく倉庫を背に一歩足を踏み出すと――


「コー君、そんな所で何してるのー?」


 スコールの背後からアイの声が響く。

 振り返ると杖の上にまたがった状態でプカプカ浮いている。


「今から飲みに行くんだ。丁度い行くぞ」


 アイはじっとスコールを見つめ何かに気づく。

 手を口に当てクスクス笑うと、


「もしかしてコー君、アイちゃんを探してたのかな? しょうがないなー。コー君の相手をしてあげるかー!」


 スコールは前髪を指でいじりながら、


「な訳あるか。馬鹿なこと言ってないで早く行くぞ」


 スコールはバーに向かって一人でツカツカ歩き出す。

 そしてその後ろにアイが杖に乗って嬉しそうに付いてきた。


「そう言う事にしといてあげる」


 からかう材料を得たのが嬉しいのかアイの声は弾んでいる。

 普通に考えればバーの方向から歩いてきたのだ、その言い訳は少し苦しい。

 アイはスコールの横に並ぶと杖から降りて歩き出した。


「そう言えばアイ、今後俺達の仕事は森の探索だ」


 アイは「うー」と言いながら眉を寄せて思い出せない様子だ。


「えーと、森の探索ってなんだっけ?」


 スコールは肩を落とし、ため息を吐くと、


「前にも言っただろ。この街の裏に広がる森の中の調査だよ! ディーク様から言われてるだろうが」


 アイは手のひらをポンと叩くと、


「あーそうだった!」

「あーそうだったじゃねえよ。ついでにバーで今後の打ち合わせでもするか」

「おー!」


 アイは拳を上に振り上げながらやる気満々だ。


 そんな話をしていると目的のバーが見えてきた。

 魔王軍はバーに並々ならぬこだわりがあり建物自体がかなり大きい。

 と言うか、街の施設の中では一番大きいのだ。


 そんなバーは夕方になると人で溢れかえる。

 夜になると外にまで机や椅子を並べて皆飲んでいるのだ。

 だが、今日は一段と人が多い。

 中ではディークとユーコリアスの宴会が予定されているだけあって夕方の時点で外に机が並び人でごった返している。


「わー。凄い人だねー」


 隣でアイが眉に手を当てながらスコールの心を代弁する。

 すると後ろから女性の声が響いた。


「隊長じゃねぇか! 今から飲むのかい?」


 スコールは振り返るとそこにいたのはヤヤだった。

 ヤヤが言っている隊長とはスコールの事だ。

 隊長ではないが形式上は部隊のNo.2になっている為、誰が呼び出したのか隊長と言われている。


 ヤヤは短パンとへそ出しのシャツをだらし無く着こなし結構きわどい姿だ。


「ああ。そのつもりだ」


 ヤヤはニヤけながら小指を立てて、


「流石色男、女には困ってないんだな」


 スコールはヤヤの言葉を無視する。


「アイは初めてだったな。コイツはヤヤって奴でな、見ての通り品がない」

「っとまてよ!」


 スコールとアイの間にヤヤが割って入ってきた。

 ヤヤはアイに興味を持った様子で指をさしながら、


「私はあんたを知ってるぜ? 何時も隊長と一緒に飲んでるだろ。アイって名前なんだな」

「本当はアィーシャって言うんだけどね」

「ふーん……」


 ヤヤはそのままアイを見つめ上から下へと視線を動かす。

 そして顎に軽く握った手を当てながら何か一人で頷いている。


「アイ、ヤヤは変な奴だが実は中々強くて筋がある」


 これはお世辞でも何でもなく実際ヤヤは魔王軍入隊の最初の選別テストでもかなりいい評価だった。

 その後のチャンネによる指導も器用にこなしかなりの速度で力をつけていたのだ。


「コー君が褒めるなんて珍しいね。これからよろしくねヤヤちゃん」


 アイはヤヤと固い握手をかわす。


「ところでアイちゃんは色男のコレかい?」


 ヤヤは又しても小指を立てクルクル回している。

 スコールは二人の会話に割って入り、


「お前な、そんな事ばっかり言っているとな――」

「いいじゃねーか。私にとっちゃ重要だし」


 一体何が重要なのか意味不明なスコール。


「アイとコー君は同じチーム組んでいるから一緒にいるの。仲はいいけどね。そんなのじゃないよ」


 ヤヤは蔓延の笑みでスコールの腕を掴む。


「なら、私がもらってもいいんだな」


 勝手に進められる話にスコールは低い声で口を開く。


「おいヤヤ、お前は男が好きだったんだな」

「当たり前だろ。私を何だと思ってやがる!」


 ヤヤは自分の胸に掴んだスコールの腕を押し当てると、


「一杯付き合ってくれよ。ちょっとくらい触ってもいいからよ。アイちゃんより揉みごたえあるぜ?」


 肘に柔らかい感触が伝わる。

 ヤヤのシャツは薄手の為、直で当たっているかの様な感覚だ。


 スコールはヤヤと目が合う。

 ヤヤは出会った時と比べて服装も綺麗で髪の毛もサラサラだ。

 初めて出会った時はポニーテールだったが今日はくくっていない。

 スコールは「コイツこんなに女の子見たいだったか?」と思うも声には出さない。


 スコールはヤヤの胸をチラ見した。ヤヤの胸はアイよりかなり大きい。

 アイがぺったんこ過ぎると言った方が正解なのか……

 などと考えていると、頭の中を読まれたのかアイの恐ろしい視線が飛んできた。


 スコールは慌ててヤヤを振りほどく。


「そう言う所が下品なんだよお前は!」

「まぁ、いいじゃねぇか。つうか今日は何なんだ? 何でこんなに混んでいるんだ?」

「前にも言っただろ。今日はユーコリアス姫が来ていて宴会だ」


 スコールは親指でバーの中を指す。


「なるほど。それにしても、今日、初めて見たがカルバナの勇者ってすげぇ化け物だな。隊長もかなり強いけどあのケビンって奴は相当凄いぞ」

「ん? ――なぜ分かる?」


 スコールはヤヤの言葉に違和感を覚えた。

 ヤヤの言っている事は至極ごもっともな事で違和感を覚える様な事ではない。

 長年の国を守ってきたカルバナの勇者と最近聖剣を手にした新米勇者のスコールとでは大きな開きがある事くらい誰でも分かるだろう。

 それどころか聖剣使いの中では大きな差をつけられての最弱である事はスコールも分かっていた。


 ではスコールが感じた違和感は何なのか?


 それはその言葉をヤヤが言ったと言う事だ。

 聖剣使いの中で最弱なだけで弱い訳ではない。

 少なくともヤヤとスコールでは大きな開きがある事は間違いないだろう。


 強いものほど強者に敏感である。

 しかし格下のヤヤがバーで見ただけでなぜケビンとスコールのレベルをなぜ把握できたのか?

 それがスコールの感じた違和感の正体なのだ。


「あれ……言ってなかったかな?」


 ヤヤは少し考え込むと自分のまぶたに人差し指を立てる。


「私はね。よく分かんねえけど、見るだけでそいつの強さが分かるんだ」

「アルカナか……どう分かるんだ? どんな風に見える?」


 生まれ持っての特異体質の事である。

 もしそれが本当ならかなりのレアである事は間違いない。

 スコール自身もアルカナを持った者に会った事はないからだ。


「細かいことまでは分からねえんだ。自分より強いと赤く見える。反対に弱いと青くみえるんだ。強さはその濃さってところだ。集中して見ないと分からないし」

「それは生まれた時からなのか?」

「うーん。気がついたのは子供の頃からだから。多分そうじゃね?」

「まさかこんなところでアルカナに出会えるとは……」


 スコールはヤヤの目をのぞきこむ様に見つめる。

 特に何の変哲も無い普通の目だ。

 スティグマのように見た目に変化はなく外見での判断は難しいと思われる。

 魔力的なものも一切感じないことから後発的なものではなく生まれ持っての特異体質なのだろう。


 スコールは物珍しさもあってか、じっと観察していると、


「お、おい。そんなに近くで見つめられたら恥ずかしいじゃねえか」


 目を観察していただけに気がつけばヤヤとスコールの距離は目と鼻の先ほどしか無く慌てて離れる。

 ヤヤは顔を赤らめながら恥ずかしそうにしているが、その姿が余りにもスコールのイメージと合っていない。


「おー、少し女の子っぽいぞ? ヤヤもやれば出来るみたいだな」


 スコールはヤヤの頭をポンポンと叩くとヤヤは両手で振り払う。


「やめろ! バカにすんな!」


 スコールは襲いかかってくるヤヤの頭を右手で抑えながらアイに振り返る。


「アイ、ヤヤの能力は今後、何かと役に立ちそうだな」


 ヤヤ基準でしか測る事は出来ないのが難点だが、ある程度ヤヤのデータを取ればかなり制度は良くなるはずだろう。

 何より未知の敵と相対した時、その実力が分かると言うのはかなりのメリットである。


「ヤヤちゃんって凄いんだね!」


 アイに褒められてヤヤも気分が良くなったのか得意げな表情で、


「まぁね! コイツのおかげで、今まで生き抜けたんだ」


 ヤヤは軽い口調で言ってはいるがその言葉からヤヤの人生がどれほど壮絶だったのかが分かった。

 少女が一人で生き抜くのは厳しいだろう。

 しかしヤヤのアルカナがあればかなりハードルは下がる。


 やばそうな奴からは逃げて勝てる敵にだけ挑めばいいからだ。

 恐らくそうやって今までピンチを切り抜けてきたのだろう。

 そしてスコールは最大の疑問を口にした。


「なぜそんな事を俺達に話した?」


 敵に能力が知れる事は死をも意味すると言っていいほど危険な事だ。

 ヤヤのアルカナなら黙っていればバレることもないだろう。

 そんなリスクが分からないほどヤヤも馬鹿ではない。

 ならなぜヤヤはそんな危険を犯したのか?


「なぜって言われても……一応私も魔王軍だしな――」


 至極ごもっともな意見が帰ってきた。

 そのとおりである。ヤヤだって同じ魔王軍の仲間だ。

 自分から勝手に変な壁を作っていた事にスコールは大きく反省する。


「そうだったな。すまん変な事を聞いた」

「それに前にも言ったが、私の千里眼では隊長は女に弱いって出てるからな!」

「だから俺より女に弱い奴は他にいる。ちょうど今日――」


 ここでスコールはピタリと止まった。

 時間にして5秒くらいだったが、その5秒間で何よりも重要な事に気付いたのだ。


 次の瞬間、スコールはヤヤの手を握りしめる。


「え? 何!?」

「ちょっと来てくれ!」


 そのままスコールはヤヤの手を引っ張り歩き出す。


「ち、ち、ちょっとなんだよ!」


 アイも驚きの声を上げる。


「コー君一体どうしたの!?」


 もはやスコールにはアイとヤヤの声などとどいていない。

 スコールはヤヤを引っ張りながらバーの中に入っていく。

 中に入ると以外に中は外ほど人でごった返してはいなかった。

 よくよく考えれば女王が来ているのだから当たり前である。


 バーの奥にカルバナの一行が見える。

 皆楽しそうにビールを飲み宴会の真っ最中だ。


「一体、何なんだよ……」


 ヤヤは状況が分からずに困惑している。

 そんな中、スコールはヤヤの両肩をガッチリと掴む。


「おい。あの女王の横にいる間抜けそうな顔をした茶髪の男が見えるだろう?」


 スコールの言っているのは勿論ルータスのことだ。


「あぁ、確か奴も魔王軍なんだっけ?」

「アイツと俺どちらが強い?」


 そう、スコールはこれが知りたかったのだ。

 互いに力が拮抗している場合、日々の修行の中では、はっきりと分からない。


 仲間同士で本気で斬り合う訳にもいかないからだ。

 だが、強くなるための努力は人一倍してきた。

 これだけはルータスにも負けない自信はあった。


 ヤヤはスコールとルータスを交互に見る。


「…………」


「そうだなー。ほとんど差はないけど……あえて言うなら茶髪の方かな……」


 ヤヤの能力はヤヤ基準でしかないはずである。

 戦いには相性がありヤヤにとってルータスが苦手な可能性だって十分にある。


 必ずしもスコールがルータスに劣っていると決まった訳ではないだろう。

 しかしスコールにとってそんな事などどうでもよかった。

 理由は何であれルータスに又負けたという事実だけが頭の中を回っていた。


 悔しさのあまりに拳を強く握りしめ歯をくいしばる。


 誰よりも修行はしてきたはずなのに未だに追い越せない壁――


「おっ!?  隊長もそんな顔するんだな! ちょっと位負けたって顔ではボロ勝ちなんだからいいじゃねぇか色男」


 ヤヤの茶化す様な口調はそのままスコールに突き刺さる。

 スコールの眉間がピクリと動く。


「うるさい」


 普段ほとんど怒らないスコールから溢れ出す怒りのオーラに流石のヤヤも触れてはいけないタブーを犯した事に気いた。

 何か言い訳をしようにも何も思いつかない。


「でも、コー君は頑張り屋だからすぐに強くなるよ。気にしない気にしない」


 アイはそう言うとスコールの腕を引っ張り強引に椅子に座らせる。

 ヤヤも慌てて後に続く。


「待ってくれよ。私も飲むよ」


 スコールを真ん中に挟みヤヤとアイは席につく。

 アイは丁度、近くにいたメイドにビールを3つ頼んだ。

 すぐにビールは運ばれテーブルに並べられる。


 アイは普段ビールをあまり飲まない。しかし今日はスコールに付き合うためにビールを手にする。

 魔王城のジョッキと比べてこちらのジョッキの方が大きい。

 これはかなり飲みごたえがある。

 アイはジョッキを掲げながら、


「ヤヤちゃんと知り合えた記念にかん――」


 アイの乾杯を待たずにスコールは一人でビールを一気に流し込む。

 あっという間にジョッキは空になり泡だけが残る。


 するとスコールはアイのビールを奪い取りそのビールも流し込む。そしてゴクゴクと音が響く。

 次にヤヤが自分のビールを差し出す。

 又しても流し込み合計3杯のジョッキを一気飲みしたスコールの顔は赤く染まっている。


「アイ、もっとビールをくれ」


 アイは半分呆れ顔をうかべ。


「はいはい」


 アイはメイドを探すために視線をきょろきょろと動かす。

 やがてその視線はある人物を捉えた。


「げげっ!」


 それはもちろんルータスだった。

 アイの叫びに近い声が響く中、ルータスは蔓延の笑みで手を振りながら小走りにやってくる。


「おーい。久しぶりだなー! 女2人に挟まれて飲んでるなんてずるいぞ! 僕も混ぜてくれよ!」


 最高のタイミングでその原因が登場してきた。

 アイは頭に手を当て深いため息をつく。

 ヤヤの顔は引きっている。


 この後、大騒ぎになったのは言うまでもない。

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