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ブラッド・ZERO  作者:
第3章 カルバナ帝国編
113/119

第113話  アラドの街5

 カルバナ帝国の短い冬も終わり春がやってきた。

 春と言ってもカルバナ帝国は基本的に年中夏だ。

 冬なら朝や夜が涼しくなる程度の違いしかなく日中は暑い。

 一年を分かりやすくする為に季節を設けている。


 そんなカルバナ帝国の春は短い。冬から夏への切り替わりの間だけだ。

 しかし、本格的な夏が来るまでの過ごしやすい貴重な季節でもあった。


 そんな春の陽気に包まれたカルバナ帝国の朝は慌ただしかった。アラドの町訪問の準備で忙しかったからだ。

 カルバナ城の一角ではユーコリアスを筆頭に聖剣の勇者ケビン、専属騎士のルータス、ティア、選ばれた精鋭20人が仕度を整えている。


 ディークにアラドの町を渡しから早3ヶ月の月日が流れ正に今日がそのお披露目会なのだ。


 ユーコリアスは豪華な衣装をまとい女王に相応しい王冠をかぶっていた。

 背中にはカルバナ帝国の紋章が金の糸で刺繍されており、その見た目は王家の一族に相応しい佇まいと言えるだろう。


「ふむ、アラドの町への手土産にぬかりはないな」

「はっ! 全てチェック済みであります!」


 直立不動で兵士は声を上げる。

 ユーコリアスが馬車の荷台をチェックする目は真剣だ。

 荷台にはカルバナで取れた野菜や肉などがぎっしり積み込んであり相当な量である。

 しかもそれが5台分あった。


 今日が事実上の本格的な貿易が始まる日でありユーコリアスも気合が入っていたのだ。

 そんなユーコリアスがふと目を向けるとルータスが目に映った。

 もちろんその後ろにティアもいる。


「ルータス、一体何を持っておる?」


 ルータスはレヴァノンの他に見慣れない剣を持っていた。

 剣とナイフの中間くらいの長さでルータスが使うには小さい。



「あぁこれですね。すぐに分かりますよ」


 ルータスはそう言うとティアに手招きした。


「ルー君、どうしたの?」

「ティアこれを渡しておくよ」


 ルータスは持っていた剣をティアに渡した。

 ティアは意味が分かっていない様子でキョトンとした表情をしている。


「姫様は命を狙らわれているのは知ってるよね」

「うん」

「今後、敵と交戦する事もあるはずだ。そんな時、僕に何かあったら姫様を守ってあげてほしい。勿論、自分自身もね」


 ティアは受け取った剣を強く握りしめる。


「分かった。私も戦う」


 ユーコリアスは表情にこそ出さないが内心驚いていた。

 仲が悪いティアが二つ返事で引き受けたからだ。

 そして嬉しくもあった。

 ルータスがティアより自分を優先してくれたからである。

 今ユーコリアスの胸の中はその優越感でいっぱいだったのだ。


「この剣はルー君が選んでくれたの?」


 ティアは鞘から剣を引き抜くと剣に反射した太陽が一瞬視界を奪う。

 しかしその光は弱まる事はあっても消える事はなかった。

 青白く光った剣は正しく魔法武器だったからだ。

 ティアは初めて手にした魔法武器に目を奪われている。


 少し薄めの両刃の剣で刃渡りは30センチくらいだ。

 剣全体に華やかな装飾が施されており、どう見ても高級な剣であると分かる一品である。

 ルータスは少し得意げな表情で、


「いい剣だろ? ティアにも使いやすい大きさを選んでみたんだ」

「ありがとう。大切にするね。」


 ティアは剣を鞘に戻すと腰の大きなリボン隙間に間に剣を差し込んだ。

 ルータスは鼻の下を人差し指で軽く擦りながら、


「姫様の護衛は少しでも多いほうがいいと思って」

「う、うむ。我の事をそこまで考えてくれているなんて嬉しく思うぞ」


 ユーコリアスの視線は照れくさいのかルータスから大きく外れている。

 ユーコリアスは自分の挙動不審な動きに気づいたのか握りしめた拳を唇にあて大きく咳払いをする。


「今日は大丈夫であろう。外を歩き回る訳でもないしな。何より今日の行動は極秘に行われているからな」

「極秘? ですか?」

「うむ、流石に同盟国の村に危害が及ぶような事はあってはならんからな」


 今日は馬車でアラドの町へ行く訳ではなくアイがこちらに来てゲートを繋ぐ手筈になっていたのだ。


「なるほど納得です」


 ユーコリアスはニヤリとしながら、


「何より魔王ディークの新しい拠点にノコノコ攻めてくる悪党も居まい」

「確かにそうですね」


 二人は笑い声に包まれ、これから行くアラドの村の話題で盛り上がる。


「そういえばアイに会うのも久しぶりだな――」

「もうそろそろ来る頃合いだと思うだが……ぬ……」


 その時ユーコリアスは何かに気づいた。

 少し先の何も無い空間が歪んだような気がしたからだ。

 それは気のせいでは無くどんどん空間は歪み限界を迎えたかのように二つに割れた。


 そして割れた空間からひょっこりと大きな帽子を被ったアイの顔が覗く。

 アイはカルバナ一同を確認すると割れ目から飛び出すように出てくると帽子の歪みを軽く直した。


「はーい。今日はアイが皆をご案内しまーす」


 相変わらずの大きな声が響く中、アイの目はルータスをとらえる。


「あ! 姫様ー! お兄ちゃーん! ティアちゃーん!」


 アイは高魔結晶の杖をブンブン振りながら満面の笑みだ。

 今となっては何とも場違いなアイの声もルータスにとっては懐かしく思えた。


 アイはパタパタとやってきてユーコリアスに大きな一礼をする。

 そして何故か敬礼をしながら、


「ディーク様の名によりお迎えに上がりました!」

「う、うむ。迎えご苦労であった」

「で! わ! 早速行きますか!」


 アイは声に合わせて高魔結晶の杖を振り上げた。

 すると先と同じように杖を振った先の空間が歪みだしゲートは開かれる――


 今回はアイがやってきた時よりもかなり大きなゲートだ。

 この大きさならユーコリアス一行もすんなり入れるだろう。


「でわわ! どうぞお通り下さい!」


 アイはユーコリアスに向けた広げた手をそのままゲート方へと動かした。

 ユーコリアスは小さく頷くとゲートに向けて歩き出す――


 が、一歩足を進め止まってしまった。


「忘れてた! エドワード! エドワードはいるか!?」


 ユーコリアスに呼ばれ隊の一番後方のさらに奥にいた大臣のエドワードが走ってやってくる。

 ユーコリアスの前まで来ると歳のせいか少し上がった息を整える。


「姫様お呼びでしょうか?」

「留守中は頼んだぞ。お前だけが頼りだ」

「お任せ下さい。城のことは気にせずに、ごゆるりと」

「もし何かあればすぐに使いをよこしてくれ」

「ははーっ」


 エドワードは深い一礼と共に後ろへさがった。

 ユーコリアスは気を取り直しゲートを見つめる。


「では、今度こそ! 行くぞ!」





 ユーコリアスはゲートに向かって歩き出す。

 ゲート向こうは木々が立ち並び知らない光景が広がっている。恐らくアラドの村だろう。

 心臓が波打っているのが分かる。

 それは知らない地へ行く恐怖からでは無く単純な好奇心だった。


 魔王が開拓した町――


 一体どんな場所になっているのか想像し難い。

 元々は帝国が破棄したスラム街だ。これ以上無いくらいに状態は悪いと言える。

 そんな町がどのように変わったのだろうか?

 ユーコリアスは高鳴る気持ちを抑え歩く。


 ゲートに触れると視界は揺れる。

 ゲートがある空間に波紋のようなものが広がり空間が歪んでいるのが分かった。

 その先に行くと次第に視界の揺れは収まりはじめ景色が変わっていく。


 最初に目に飛び込んできたのは大きな門である。

 金属で出来た分厚い門は並大抵の攻撃ではびくともしそうにない。

 町の中は門が閉ざされているため見ることができない。


 そして門を中心に伸びている大きな壁は土の様な物で出来ており高さ4メートルはありそうだ。恐らく街全体を囲んでいるのだろう。

 カルバナ帝国にも大きな壁はあるが何年もかかって作られたものでありこんな短期間での建築は無理である。

 ユーコリアスが呆気にとられていると門の上から声が響いた。


「よくぞ来られた。ユーコリアス姫」


 その声は門の上に立っているディークだった。

 ディークはそのまま門の下にジャンプするとヴァンパイア特有の翼を羽ばたかせゆっくりと地面に降り立つ。

 ディークはユーコリアスの前まで来ると手を差し出し2人は硬い握手を交わした。


「ここがあのアラドの町なのか?」


 ディークは両手を広げながら、


「まだ門を見ただけじゃ無いか。中々良い町になったんだ。中を見てから驚いてくれよ」

「そ、そうであったな」

「それと町に入る前に一つ約束してほしい」

「一体どんなことなのだ?」

「簡単なことだ。中に入っても危険を感じない限り剣を抜かないでくれ。もちろん安全は保証する」


 そんな事をわざわざ入り口で約束させるくらいだ。

 中には何かしらぶっ飛んだものがあるのだろうと容易にユーコリアスは想像がついた。

 それに魔王が作った町だ。ある程度常識から逸脱していても不思議はない。


「わかった。約束しよう。ケビン!」

「はっ!」


 ユーコリアスの後ろで待機していたケビン・ラスファルがユーコリアスの前に膝をついた。


「先の話聞いておったな。皆に伝えておけ」

「はっ!」


 ケビンを呼んだのは女王の専属の騎士であるため、勘違いから剣を抜いてしまう可能性があったからだ。

 それならルータスも同じ騎士なのだが、同じ魔王軍でそんなことになるはずもないだろう。


「では俺達の町を案内しよう!」


 ディークがそう言うのを待っていたかのように大きな扉は開きだした。

 門が完全に開くと皆が驚きの声を上げた。

 それはルータスも例外ではなかった。


 門の内側には普通の町が広がっていたのだ。

 そう、普通の町が――


 それがどんなに異常な事なのかここにいる誰もが皆分かっていた。

 帝国が特別指定地域にしているような場所がどんな所か分からない者はいなかったからだ。


 ディークに付いて中を進んでいくとその異常度合も輪をかけて大きくなった。

 この町はハーフどころではない。ゴブリンやモグローンまでもが共存しているのだから。

 建物も多く立ち並び、どう見てもカルバナには無い技術で建設されていた。


 決して豪華とは言えないが、この場所だけ見れば元がスラム街だと誰が信じるだろうか?

 ユーコリアスは部下達の様子が気になり後ろを少し振り返ると皆の視線があちらこちらに飛び交っていた。

 当たり前だ。魔物と人が住む町など前例がない。


 そして、大きな広場に入ると立派な建物が見え、入り口の前にメイドが道を作るように整列している。

 そして先頭には魔王軍の聖剣使いであるスコール・フィリット、妃であるミシェル・ブラッドとその横に見たことのない黒髪の女性が立っていた。


 ユーコリアスはそのメイド達に見覚えがあった。

 ディークに頼まれて用意した奴隷だ。

 しかし今は全員が汚れ一つないメイド服に身を包み髪一つ見ても手入れが十分行き届いていることが伺えた。

 今の彼女達なら少し前まで奴隷だったと言っても信じられないだろう。


「せっかく来てくれたんだ。部下の方々は中でゆっくりしてくれ。この町のバーは結構自慢なんだ。勿論、町の中を見学してくれても構わないぞ」


 たしかに街中をぞろぞろ引き連れて歩き回る訳にもいかない。

 ユーコリアスは部下にここで休むように指示した。


「では行くぞ」


 と、だけ言ったユーコリアスの声にケビンとルータスは従い後ろに付いた。

 ディークの横にはミシェル・ブラッドが腕を絡ませて引っ付いている。

 そしてその後ろには聖剣使いであるスコール・フィリットがいた。

 恐らくこのメンバーで町を案内してくれるのであろう。


「今日は見せたいものが沢山あるんだ。後、今後の相談もある」

「この短期間でこれほどとは想像以上だわ」


 ユーコリアスはルータスに目配せをして横に並ぶように投げかけると、ルータスらすぐに察し従った。


「それで良い良い。お前は我の騎士なのだから」


 ユーコリアスは嬉しそうにそう言うとディーク達と町の中へ繰り出していった。





 アラドの町を歩くユーコリアス一行とディーク達。

 ユーコリアスはディークの横をチラリと見る。

 いや、正確にはディークの横にいる人物に視線移した。

 ディークの横には妃であるミシェル・ブラッドが腕に抱きつく様にひっついている。

 一通り町を見て歩いたが最初から最後までずっとディークの腕に抱きついていた。


 特に話には口を出さなかったがディークと一緒なのがよほど嬉しいのか幸せオーラ全開だった。

 見た目は子供っぽいがルータスの姉である、それなりの年齢なのだろう。

 ユーコリアスは横について歩くルータスを一瞬見る。


 私もいつか婿を取る日が来るのか――


 そうなればディーク達の様になりたいものだなどと考えながら歩いていた。

 ユーコリアスの目に入ってくる光景はどれも新鮮なものだった。

 まず、最初に驚いたのは、広大な広さを生かした畑である。


 アラドの町は入り口付近に住宅街が立ち並び奥には畑が広がっていた。

 畑の間には人工的に作られた川が流れている。

 この畑と川だけでもたった三か月でどうやって作ったのだろうか?

 そもそも街にあった大量のゴミと瓦礫をどうやって消したのかも疑問である。


 畑の所々に休憩所と思われる建屋があった。

 町の人々は半数が畑で働き作物を作っている様だ。


 恐らくこれはディークが自給自足に力を入れている為と思われる。

 やろうと思えばアビスダイトを取引材料にすればカルバナからいくらでも引っ張ってこられるだろう。

 しかし、アビスダイトは貴重な鉱石だけに交渉材料には使いたくないのかも知れない。

 一体どの程度アビスダイトを魔王軍が保有しているのかは不明ではあるが使えば使うほどその価値を下げることになるからだ。


 町全体を見るとハッキリ言えば畑ばかりの田舎にしか見えない。

 街並みなどカルバナ帝国と比べても天と地ほどの差があると言える。

 しかし、ただの田舎ではない。度肝を抜いた事もあった。


 この町の至る所の動力源に魔力結晶を仕様している事だ。

 建物の明かりや水をくむためのポンプなど様々である。

 普通の国では絶対に使わない場所にも魔力結晶が使われているのだ。


 これは強力な魔力結晶を所有する魔王軍だからこそ出来る事だろう。

 そもそも動力源に出来るほどパワーのある魔力結晶自体、生成することが困難だからだ。


 カルバナでは賢者を何人も使い長い時間をかけて高エネルギーの魔力結晶を生成している。

 それでもディークが作った魔力結晶の足元にも及ばないのだ。


 仮に同じ様な物が出来たとして灯りを灯すために使えるのかと聞かれれば間違いなく使えないと答えるだろう。


 確かに便利ではあるが明かりを灯すなら蝋燭を灯せばいいし、水をくむならハンドルのついたポンプを回せばいい。つまり代用が効くと言う事だ。

 だからこそ代用の効かない魔法武器を作る訳である。

 恐らくこの町で働いている住民の殆どがこの価値を分からず使っているのだろう。


「魔の国か……」


 ユーコリアスは小さく呟く。

 町は田舎で技術は一流と言ったアンバランスな町――

 だが、アンバランスなのは今だけだろう。

 時間がたてばこの場所は必ず大きな発展をとげるに違いない。現状発展しない理由を見つける方が困難だ。

 そしてユーコリアスは何より気になっていた事を口にする。


「先ほどから気になっていたのだが…… 一体あれは何なのだ?」


 ユーコリアスの指が指した先にウサギが歩いていた。

 ただのウサギではない。大きさは30センチほどのぬいぐるみである。

 それが不思議な事に普通に歩いているのだ。

 この1匹だけではない。町の中で色々な動物のぬいぐるみが同じように歩いていた。


「これは簡単に言えば警備兵みたいなもんだ」


 ユーコリアスは「こんな物で大丈夫なのか?」と疑問を浮かべるが口には出さない。

 エルドナでフランクア軍を虐殺したクマの話を思い出したからだ。

 報告によれば暴虐の限りを尽くした禍々しいクマは最初可愛らしいぬいぐるみだったと聞いていた。

 にわかに信じがたい話ではあるが魔王ディークが警備に使うほどの物が可愛いだけのぬいぐるみなはずはない。

 もし情報が確かなら少なくともこの街だけでも2万人を殺せる化け物が10体以上はいる事になる。


「あれば魔力で生み出した物なのか?」


 魔王ディークによって生み出された物ならば化け物を容易に創造できる事になる。

 これは脅威でもあるのだ。

 現在は同盟を結んでいるが聖剣を持つ国家が同盟を結んだ事など世界ではじめての事――


 今後どの様になるか全く持って想像がつかない。

 もしその力がカルバナに向けられる事になれば……

 考えただけでも恐ろしい。


「いや、あれはミクの少し特殊な力によって動いているんだ」


 ユーコリアスはその特殊な力とは何なのか気になったがそれ以上は聞けなかった。

 あまり他国の機密に触れるのも失礼だと思ったからだ。


「それにしても、よくここまでこの町を変えられたものだ。大したものだ」


 ユーコリアスは心の底から感心していた。

 ディークの力があればこの町の支配など容易いだろう。

 人手が欲しければ強制させればいい。


 人を動かすには恐怖による支配で強制させるのが1番早いからだ。

 少なくとも最悪の一つと言われた魔王アルガノフはそうだったのだから。


 しかしこの町は違う。町の住人の生き生きとした顔を見れば分かる。

 これは同じ国をおさめる者として見習わなければならない。


「俺は寝床と飯を与えただけだよ」

「ふむ……」


 そんな話をしていると最初に部下と別れた建物の前までやってきた。

 ディークは扉を開けユーコリアスに入る様に促すと、


「今日はここでゆっくりしていくのだろう? 我々の技術の結晶とも言えるビールを今日は好きなだけ飲んでくれ」


 ディークは自慢気な様子だ。余程ビールに自信があるらしい。

 ユーコリアスは中へ入り辺りを見渡す。

 一体何の建物かと思っていたが、どうやらバーのようだ。

 バーの中はかなり広く1番奥にカウンターがある。そしてテーブルは等間隔に並べられていた。

 カウンターの奥には金属でできた大きな設備が見える。恐らくそれが「我々の技術の結晶」と言うやつだろう。


 カウンターの奥ではメイド達が忙しそうに何かの作業をしている。

 ディークに連れられユーコリアスは1番奥の席に案内された。

 席にはメイド4人がテーブルを囲む様についておりその内の1人が椅子を引きユーコリアスに座る様に促す。


 ユーコリアスは一瞬だがメイドを観察した。

 メイドは奴隷の時と比べて別人と言っていいほど変わっている。

 手入れされた髪、シワ一つないメイド服、少し前まで奴隷だったと言っても信じられないくらいに見違えていた。


 ユーコリアスはそのまま椅子に座ると、


「ありがたくゆっくりさせてもらうわ。今後の話もかねてね」


 ケビンとルータスは当然のようにユーコリアスの後ろに立った。


「お前達も席に着け、せっかく飲むんだ勿体ないぞ」


 ディークの言葉にルータスは困惑の表情を見せる。

 ケビンはいくらディークの言葉とは言えユーコリアスの許可なしにそんなことできるはずもない。


 しかしルータスはいくら女王の騎士だからと言ってディークの命令を無視できるはずもなく板挟みの状態だからだ。

 ルータスはケビンに助けの視線を送るも当然のようにかわされる。

 当たり前だ。ケビンだってそのような判断などできる訳もない。

 そんなルータスを見てユーコリアスは思わず笑みをこぼす。


「2人とも席についてよい。魔王ディークの好意を止める意味もないわ」


 ケビンとルータスはユーコリアスを挟む様に席につく。

 ディークはユーコリアスの正面の席に着くと右側にミシェルが座りルータスに小さく手を振るとルータスは少し恥ずかしそうに笑った。


 するとテーブルに向かって1人の女性が歩いてきた。

 バーに入った時には見当たらなかった女性だ。

 一体どこから出てきたのだろうか?

 その女性は深く頭を下げると、


「お初にお目にかかります。私はディーク様の妻でミクと申します」


 ――妻?


 妃は隣にいるミシェル・ブラッドではないのだろうか?


 当然のようにユーコリアスの頭に浮かぶ疑問である。

 しかし魔王ともなれば妻の2.3人いても不思議ではない。

 何より文化というものは国によって様々だ。

 それを自国の常識だけで口に出すほどユーコリアスは愚かではない。


 不思議な感じがする女性だ。

 見た目は人間のようだが、何か根本的に違うような気がしていた。


 それにユーコリアスはミクといった名前に聞き覚えがあった。

 エルドナでの戦争で報告があった召喚士の名前である。


 にわかに信じ難い話だが、本人を目の前にすれば何か納得できた。

 彼女が発する得体の知れない感覚は普通の人からすれば負の感覚だろう。


 そんなミクはディークの隣に座る。すると、ディークはスコールを呼び寄せた。


「ご苦労、もう今日は自由にしていいぞ。別にバーで飲んでいても構わないけどな」

「分かりました」


 スコールは軽く頭を下げその場を後にする。


 よく見ると次第にバーにも人が増えてきた。

 流石にユーコリアス達の周りにはいないが少しずつ人が増え賑やかになってくると、


「俺は賑やかなのが好きなんだ。別に構わないか? 静かな方がいいと言うなら場所を変えるが?」

「大丈夫だ。我もこの方がいい」


 メイドがテーブルにジョッキを並べ出した。

 ジョッキには水滴がキラリと光、キンキンに冷えている。

 ディークはジョッキを持ち上げると、


「このビールは俺達が作っている自慢の一品なんだ。今日の記念に好きなだけ飲んでくれ」


 ユーコリアスはあまりビールを好きではなかったが出された以上は手をつけない訳にはいかない。

 ユーコリアスもジョッキ軽く掲げ、


「我々の同盟に――」


 皆がジョッキを掲げ乾杯の音が響く――


 ユーコリアスはビールを、3分の1ほど流し込む。

 苦くて美味しいとは思えなかったが表情には出さない。

 ビールを、残す訳にはいかない。年のせいもあってユーコリアスは酒自体あまり強くなかった。


 早く飲んでしまって次を持ってこられても困ってしまう。

 その辺は上手く量を調整しながら飲むしかない。

 周りを見ると皆ゴクゴクと見ていて気持ちいいほどの飲みっぷりだ。


「ゲートも繋がったしこれからカルバナも大きく変わりそうだわ。早速だけどまずは先の約束通り我の精鋭達に魔法の教育をしてもらいたいわ」


 ユーコリアスは思っていた。

 魔王軍は人手不足と言ってはいたが1人1人の力は驚異的だ。


 ルータス1人にしてもカルバナ帝国全土を探しても同じ年でルータスに勝てるものなど存在しないだろう。

 スコール・フィリットだってそうだ。あの年で聖剣を手にするなどユーコリアスが知る限り歴史の上では存在しない。

 魔王ディークが使った魔法にいたっては、もはや同じ魔法なのかすら怪しいくらいだ。


 吸収できるものは何でも取り込んで行かなければいかない。

 歴史あるカルバナ帝国を自分の代で終わらすわけにはいかないからだ。

 その為にはまず。兵士の補強と国の癌の排除だ。


「こちらはいつでも構わないぞ。それについてなんだが。俺はこの街に兵士を教育する学校を作りたいと思っている」

「良いではないか。我が国も一人前の兵士になる為に訓練施設があるわ」


 訓練施設=学校とすれば、大国ならどこの国でもあるだろう。

 国民の教育はそのまま国力につながるからだ。


「俺達はその辺のノウハウがない。だから学校を本格的に作りだしたら色々と手を貸して欲しいんだ」


 確かにほぼゼロからのスラム街だった街が必要とする教育施設など見当もつかない。


「分かった約束しよう。ところで前から聞きたいと思っていた事なんだけど、あなたの国は今後どの様にしていくつもりなの?」


 ユーコリアスは大きな思い違いをしていた。

 アラドの村をディークが欲しがったのは今後のカルバナとの同盟の為、近くに拠点を置く土地が欲しかっただけだと思っていたのだ。


 実際その為もあるだろう。しかし現実は違った。どう見ても拠点レベルではない。

 もはや小さな国である。


 誰が想像できるだろうか? たった数ヶ月でスラム街がこの様になるのを。


 ユーコリアスは軽々しく土地を与えた事を後悔していた。

 同盟を組んで入るがカルバナ領土の中に大きな他国の組織が出来てしまったのだ。


 今はまだ味方と言えるが、それがいつまでも続く保証はない。

 考えたくはないが戦争にでもなればこの場所は脅威になる。

 だからこそ知りたかった。一体何の目的があるのかを。


「ユーコリアス姫は、この世界をどう思う?」


 いきなりの言葉にユーコリアスは言葉に詰まりディークと視線が合う。

 その視線に答えるかのようにディークはさらに続ける。


「少し言い換えよう。この世界は純血四種族が支配している。姫は以前言っていたな。種族の壁がない国が理想だと。それは何故なのだ?」

「我は常々思っていた。ハーフに対しての迫害を少しずつ変えていかねばならないと」

「ではその為の政策はあるのかな?」


 ユーコリアスは又しても言葉に詰まった。

 実際そんなものあるはずなどないからだ。

 ディークはそんなユーコリアスをじっと見つめながら口を開く。


「そんなものはない。あったとしても理想論でしかないだろう。当たり前だ。既に出来上がった国のシステムを変える事など容易ではない。何より貴族や国の上層部、特権階級を持つ者共がそれを許さないだろう。大国はもうそれほど腐り切っている」


 その通りである。誰だって今ある生活を壊したくはない。

 それが多くの犠牲の上に成り立っていたとしても自分だけは特別と思うのが人である。


「しかし俺が国の頂点に立てばそれも可能だ。いつまでも純血だとかハーフなどと言っている時代遅れのクズどもはこの国にはいらない。だからこそこの街は今後、大きく発展するだろう。そして今までにない全く新しい国が出来上がる」

「全く新しい国……」


 ディークの表情からは嘘を言っている様には見えない。

 流石魔王と言えば良いのか、一言一言のスケールが世界レベルである。


 しかしユーコリアスにはディークが言っている事が絵空事には思えなかった。

 実際、今のアラド街を見せつけられれば誰だってそう思うだろう。

 恐らくディークはカルバナとの同盟が無くとも実行していたに違いない。


 今後、四種族のバランスが大きく変わる事は間違いないだろう。

 現状すでに見えないところで大きく変わりつつある。

 しかも今のところ魔王軍は敵ではない。

 敵にしたくない者ほど見方になれば強力という事だ。


「分かったわ。今後お互い助け合いながら国の発展に尽力しましょう」

「それとここだけの話なんだが――」


 ディークは話を区切りユーコリアスの表情を見ながらビールをグイッと飲んだ。


「カルバナ帝国が抱えている問題についてなんだが、今後我々がカルバナに潜入し女王に牙を剥く愚かな輩に死を与えてやる」

「えっ?」


 ユーコリアスは思わず声に出してしまった。

 一瞬の一言だったがその言葉には様々な感情が入り混じっていた。それもそのはずだ。


 カルバナが抱えている一番の問題を解決するとビールを飲みながら軽く言ってのけたのだ。

 普通に考えたらすぐには無理だろう。

 しかしユーコリアスには規格外の魔王ディークなら何とか出来るかもしれないと言った思いがあった。


 そして次に頭に湧き上がってくる疑問の数々――


 まず誰が? どうやって? そんな事を言うくらいだ。すでに敵の目星はついているのか? 

 頭の中に渦巻く疑問に答えは出ない。


「保証は出来ないがどうせやるなら確実に白である俺達の方が安全だろう」


 ユーコリアスは頷く。

 確かにそうである。こちらから大きく動くなら確実に白で無ければならない。


「本当にすまない。我が国の問題をそちらに投げるようなことに――」


 ユーコリアスの言葉をディークは手を振って遮る。


「こちらにとってもカルバナ帝国の安定は大きなメリットだ。気にしないで欲しい。それに行くのはたった1人だ」


 今後、互いの国の行き来が増える事は間違い無い。

 魔王軍としてもそんなよく分からない危険分子を自国に入れたく無いのは当たり前だろう。


「それで、一体誰がくるの?」


 ユーコリアスの言葉にディークは自信満々に答える。


「ノグア君だ」


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