第111話 新部隊2
アラドの村が大きく変わろうとしていた頃――
エルドナではマヤカが1人頭を悩ませていた。
ここは城の中、テオバルト・アルファードから与えられた一室だ。
テオバルトから命を受けてからもう数日が過ぎている。
早く出発しなければならないが準備に手間取っていたのだ。
あらかた持っていく荷物はまとめ終わったが肝心の仲間の選別がまだだったのだ。
「仲間か……」
マヤカはテオバルトから渡された。特別任務遂行書を広げた。
これはテオバルトの部下になった日、渡された特別な証書だ。
今回の任務は極秘に行われる為、任務においてエルドナではこの証書を見せればテオバルトの持つ権限により相手は従わざるを得ない。
この証書があれば武器やアイテムの調達などは苦労しないだろう。
しかし仲間となれば話は別だ。
証書があれば相手の意思に関係なく仲間に入れる事は可能だろう。
しかしそんなことをすれば信頼関係を築くことが出来ず、今後の旅はより危険なものになる事は必須。
何よりマヤカ自身が仲間にするなら納得のいく状態で無いと嫌だった。
テオバルト・アルファードが極秘で行う任務だ。
普通に考えて唯の御使いになるわけが無いだろう。
危険を伴う事は間違いない。
そんな危険な旅に巻き込むのなら本人の意思が無ければ誘う事はできない。
それに仲間の選別と言っても誰を誘えば良いのかも問題だ。
マヤカ自身、軍に入ったのは最近だ。
到底顔が広いとは言えない。
しかし悩んでばかりも居られないのだ。
予定では明日明後日位には出発しないとまずい。
エルドナ軍がいつカルバナに向かうのか正確には不明だがそれよりも早くに到着しなければ意味がない。
だからこそ1日でも早く出発しないといけないのだ。
マヤカは立ち上がりテオバルトからの証書を丸め服の内ポケットに入れた。
1人で悩んでいても解決策は見えない。
実は1人は仲間候補がいる。今はとりあえず話をしてみるしかないだろう。
マヤカは早速部屋を出ると一直線に訓練場へと足を向ける。
訓練場はエルドナには数カ所あるが、今回向かうのは城の外にある1番大きな訓練場だ。
この訓練場は通称新兵場とも言われ軍に入った新兵はここでみっちり鍛え上げられるのだ。
訓練場では皆が大きな声を張り上げ訓練をしている。
ひたすら走っている者、剣の実技や魔法の練習など様々だ。
そんな訓練場の中で教官に剣技の指導を受けている男に視線が止まった。
その男とはデニス・ローレンスであった。
デニスとはアルファード学園で同級生だ。
エリカが拐われた春の合同訓練の事件以来多少の交流があった。
現状、マヤカの信頼できる仲間と言えばデニスしかいない。
何よりデニスはエリカの一件でルータス達に恩を感じている事もあり引き受けてくれる可能性は高いだろう。
マヤカは訓練中のデニス達の元へ行くとデニスもマヤカに気がついた。
マヤカは教官に頭を下げ証書を広げて見せる。
「私はマヤカ・ルンベルと申します。テオバルト・アルファード様の命によりデニス・ローレンスをお借りいたします」
「テオバルト様の?」
教官は疑い半分で証書を受け取る。
これは当然だろう。テオバルト・アルファードとは現役を退いたとは言えその力は絶対だ。
そんなテオバルトが証書を書いてまで使いを出す事がどんな事なのかエルドナに籍を置く軍人なら分からない訳はない。
ましてやそれが若い子娘なら尚更である。
教官は証書に目を通す。そして動きに合わせて目が見開かれていくのが分かった。
「これは失礼しました。テオバルト様の命、承知しました。」
「協力ありがとうございます」
マヤカは教官にもう一度頭を下げると、ポカンとしているデニスに視線を移す。
「そう言う事だから、デニス、私について来て」
マヤカは振り返り歩き出すと、デニスは慌てて走り出しマヤカの横に並んだ。
「お、おい。一体何なんだよ。何をしているんだ?」
「少し場所を変えてから話すわ。ついて来て」
デニスは頷くと黙ってついて来た。
デニスもテオバルトの証書から何かを察した様子だ。
マヤカは城の中へ入ると元いた部屋に戻ってきた。
「適当に好きなところに座ってくれる」
マヤカの言葉にデニスは従い椅子に腰掛けた。
マヤカもテーブルを挟んで正面の椅子に座るとデニスが、口を開く。
「さぁ、何があったのか話してくれ」
「分かっていると思うけど今から話す事は他言無用よ」
デニスは頷いた。
マヤカは今回の一件をデニスに説明した。
魔王軍の事、ルータス達の事――
マヤカ自身もいろいろな事がありすぎて何から話せば良いのか分からない。
話もかなり前後している状態だ。
しかしデニスはそんなマヤカの説明を真剣に最後まで聴いてくれた。
「大体の事情は分かった。アイツが言ってた事はこう言うことか……」
デニスが意味ありげな言葉を口にする。
「アイツって?」
「実は、スコール達が学園に来ていないのを俺は知っていたんだ。それがこんな事になっているなんて」
「何で知ってたの?」
「学園の後輩に聞いたんだよ。俺はてっきり進級出来るようになったからだと思ってたよ」
学園は単位さえ取れれば行く必要はない。
だからデニスがそう思ったのも至極当然だ。
「ここからが本題なの――」
マヤカはテオバルトから受けた任務や自分がテオバルト直属の部隊を任された事について話した。
「マヤカの置かれている立場については分かった。ただ話を聞かすために呼んだ訳じゃないだろう。俺にどうして欲しい?」
「私の部隊に入って力を貸して欲しい」
デニスは腕を組み眉間にシワを寄せる。
やはり迷っているのかデニスは何かを考えているようだ。
マヤカに緊張が走る。
正直デニスを誘う事が正しいのかどうかマヤカ自身も分からなかったからだ。
テオバルト直属の任務だ。普通に考えて危険を伴うのは必須。
もし任務中にデニスに何かあればどう責任をとれば良いのだろう。
同じ学園で学んだ良き友だけにそんな危険な事には巻き込みたくはないのが本心だ。
しかし今は信頼できる仲間が欲しい。それにはデニスの協力が必要だ。
マヤカにはデニスが断った時の策なんてなかった。
矛盾する二つの答えが頭の中を回っている中でデニスは口を開く。
「いいよ」
あまりに軽い口調だった。
例えるなら友達と遊びに行く約束のように簡単に答えたのだ。
「そんなに簡単に決めていいの? 死ぬかもしれないわよ」
デニスだってこの任務がどんなものなのか分からないはずはない。
望んだ答えのはずなのに、いざ現実になると否定的な意見が頭を回る。
「そりゃあ危険な目はゴメンだけどよ。マヤカは困っているんだろ? なら力を貸すさ。それにアイツらには借りがあるしな」
「部隊に入るならテオバルト様の下につく事になるわ。転属すれば今の部隊に戻れる保証もないわよ」
これはデニスの今後を左右する重要な決断になる事は間違いない。
だからこそマヤカは念を押す。
「別にいいよ。大体、俺に選択肢なんてないだろ?」
デニスの気持ちはよく分かる。マヤカ自身も同じだったからだ。
「ごめん」
テオバルト・アルファード直々の任務なのだ。
ただの任務とは訳が違う。簡単に断れるはずはない。それを分かっていたからこそマヤカは謝ることしかできなかった。
「変に気を使うなよ。これは俺の意思だ。まぁテオバルト様の部下なら出世が期待出来るってのもある」
デニスは少し戯けた表情を見せる。だがマヤカにはその意志の強さだけは伝わった。
「ありがとう」
「だから、気を使うなって。もうこの話は無しだ。これからの事を話し合おう」
マヤカは頷き立ち上がると一枚の書類をデニスに差し出した。
「デニスは今から私の隊に転属になるわ。これがその転属書よ。分かっていると思うけどサインすればもう後には引けないわよ」
デニスは書類に目を軽く通した後、すぐにサインする。
「これでいいのか?」
「完了ね。では今後の事を話し合いましょう。デニスは仲間がどのくらい必要だと思う?」
仲間は多いに越した事はないだろう。
ルータス達への接触はカルバナに行ってみないと分からないが、情報収集には人手がいる。
何より流石にデニスと2人だけではカルバナへの道中だけでも心配だ。
しかしマヤカには他に当てがなかった。
「うーん。一応俺達の任務は秘密なんだろ?」
「そうね。カルバナとエルドナの同盟の件も調べないといけないからね」
カルバナとエルドナの同盟はまだ組まれてはいない事は現時点では確実だろう。
しかし、テオバルトの情報曰く近いうちに組まれる事になっているとの話だ。
もし調べるなら味方であるエルドナを探る必要も出てくるだろう。
そうなればマヤカ達の行動を気付かれてはまずい。
「どの程度かは答えようがないな。大体任務についても具体的な指示だってないしカルバナに行った後はどうするんだ?」
確かにデニスの言う通りだ。
ルータス達とコンタクトを取るにしてもカルバナに行けばすぐに会えるなんて事はない。
もし会えたとしてもテオバルトの言葉を伝えるだけでいい訳はないだろう。
エルドナの英知と呼ばれるテオバルト・アルフォードが単純な理由で動くわけはないのだから。
「その辺りの話もかねて一度テオバルト様に会いに行きましょう」
マヤカに分からない事が今のデニスに分かるわけはない。
要するにここで考えていても答えは見つからないと言う事だ。
ここは、一度デニスの顔合わせも含む報告に行った方がいいだろう。
◇
マヤカはドアの前に立つと服装をチェックした。
隣に立つデニスに目配せをすると、デニスも軽く頷く。
マヤカはドアをノックすると中からテオバルトの声が響いた。
「どうぞ――」
マヤカはドアを開けると立派な机を前に座っているテオバルトの姿があった。
テオバルトはマヤカにゆっくりと視線を向けると流れるように隣のデニスへ目だけを動かす。
部屋全体が全てを見透かしている様なテオバルトの重圧に包まれる。
マヤカは背筋を伸ばし口を開く。
「報告があります。デニス・ローレンスが本日付で私の隊へと配属になりました。これがその書類です」
マヤカはテオバルトに書類を渡すとテオバルトは書類に目を通しながら、
「ふむ、デニス君は中々良い人選だと思うぞ。それで、わざわざその報告に来た訳でもないじゃろ?」
「はい。今後の相談なのですが――」
マヤカはテオバルトに現時点での問題を話した。
部隊の規模や、具体的な活動内容など全てだ。
テオバルトはマヤカの話を黙って最後まで聴くと髭を触りだす。
「まぁ良いじゃろう」
意味ありげな言葉を放つテオバルトだが、マヤカにはその意味は分からなかった。
テオバルトはパチンと指を鳴らすと部屋全体が何かに包み込まれる。そう、これは結界だ。
「さて、これからの事を話そうではないか」
「はい!」
テオバルトの迫力にマヤカの返事にも気合が入る。
「たった今から、お主ら2人にはワシの権限で階級はSランクとし、ワシ直属の精鋭とする」
「――!!!!」
マヤカもデニスも目を大きく見開き驚きを隠せない。
階級Sとは軍の中では最高ランクであり精鋭中の精鋭だ。
入ったばかりのマヤカ達には有り得ないランクである。
「今からお主達は、ワシの命令でカルバナ帝国の国境付近へ調査に向かった。と言う事する。これがどういう事かわかるじゃろ?」
マヤカは理解した。今までは試されていたのだ。
与えた任務に対してどう動くか見ていたという事。
テオバルトの任務に具体的な内容が少なかったのも、具体的な指示がなかったのもそうであるなら納得がいく。
テオバルトの任務は恐らく国を左右するような任務である。
でなければわざわざ結界を貼ってまで話したりはしないだろう。
そんなレベルの任務を何の信用も無しに簡単に人選するとは思えない。
恐らくマヤカに任務を与えたあの日からずっと見ていたのだ。
今ここにデニスを連れてきたのが正解だったのだろう。
部隊編成をしろと言われれば普通5人編成が基本である。
それはエルドナに住むものならだれでも知っている事だ。
しかしマヤカは即席の部隊ではなく信用できる一人だけを連れてきた。
それが正解だったという事――
それにマヤカ達の行動を隠蔽するという事は
これからが本当の任務になる事をマヤカは悟った。
「お主達の任務が魔王軍とコンタクトを取る事は変わらん。じゃが、もう一つ重要な任務がある。それはカルバナでエルドナ軍の動向を探りワシに逐一報告する事じゃ」
「エルドナ軍を……一体なぜでしょうか?」
エルドナ軍を調べるとは、要するにスパイだ。
それに何の意味があるのかは分からない。
「エルドナの不穏な動きは知っておろう」
「はい」
魔王軍と同盟を結んだはずのカルバナ帝国が何故かエルドナとも同盟を結ぼうとしている。
「真の敵はエルドナ軍.……かも知れん」
「そ、それはどういう意味ですか?」
普通ならただの冗談で笑い飛ばせる話だろう。
だが、テオバルトはエルドナの英知であり英雄だ。
そんな人物が何の根拠も無しに言うはずはない。
「仮にじゃぞ。エルドナとカルバナが同盟を組むとしてその意味は何じゃと思う?」
「対、魔王軍を想定しての同盟でしょうか?」
エルドナが同盟を組みたかったようにカルバナも対魔王軍の同盟を組みたがっていると考えるのが自然だろう。
「ではそうなればどうなる?」
「カルバナが不味いことに……」
魔王軍とカルバナ帝国が同盟を結んだ今、対魔王軍を想定した同盟をエルドナと結べばカルバナ帝国は非常に不味いことになるだろう。
しかしそれはテオバルトの望んだ答えではなく、首を横に振る。
「一つ覚えておくことじゃ。何事も考えられる最悪の状況を考えて動くという事をな――」
「最悪の……」
テオバルトは大きく深呼吸し椅子に座りなおす。
「もし、カルバナの同盟が魔王軍を油断させる為の罠だったとすれば―― そしてエルドナと結ばれた同盟によって同盟軍が魔王討伐を行ったとすればどうなる」
「――――!」
マヤカは絶句する。
十分にあり得るからだ。
エルドナは間違いなく対魔王軍対策を餌に同盟を組もうとするだろう。
それ以外同盟を組むメリットはないからだ。だとすると魔王軍とも組まれた同盟には矛盾が発生する。
どちらかが嘘と言うならばむしろ可能性はテオバルトの憶測の方が高いかもしれない。
理解したマヤカをテオバルトはじっと見つめ更に続ける。
「これは世界大戦も危惧される事態じゃ。もしそんなことになれば世界は混乱の時代を迎えることになるじゃろう」
もしそんな事になれば聖剣を失ったフランクア王国も黙って見ているはずはないだろう。
しかし話があまりに大きすぎて現実味がない。
「そんなことは――」
「ない。可能性は低いかもしれん。しかしもし起こったらどうなる。それに過程は違えどエルドナが魔王軍を攻撃するような事は絶対に避けねばならん」
エルドナは魔王軍に対し敵視している者ばかりだ。
流石のテオバルト・アルフォードも多数派の意見をひっくり返すことはできないのだろう。
「そんな大役……私達に……」
はっきり言って出来る気がしない。
テオバルト・アルフォードが出来ないことをマヤカ達二人で何とかなるとは思えない。
「大丈夫じゃ。君達はカルバナでワシの指示通り動けばよい。だからこれを渡しておく」
テオバルトは机の上に二つのネックレスを置いた。
ネックレスにしては少し大きなクリスタルがついていて奥底には強い力を感じる。
「このネックレスは離れていても連絡が取れるアイテムじゃ。今後これを肌身離さず身に着けることじゃ」
「はっ!」
マヤカ達はネックレスを受け取ると直ぐに身に着けた。
「ここで一つ問題がある。それはお主達の戦力じゃ。いや個人の能力と言い換えてもいいかの」
マヤカもそれを一番心配している。
現状、新米二人では戦闘になったらすぐに殺されてしまうだろう。
「ワシだって可愛い教え子をみすみす死なせる訳にもいかん。幸い、今のところエルドナに動きはない。何かあればすぐにワシの転移魔法でカルバナに行ってもらう算段じゃ」
「では、それまでは?」
「今からお主達は誰にも見られてはならん。ワシの用意した場所でワシ直々に時がくるまで鍛えてやる。覚悟しておくのじゃな」
そう言ったテオバルトの目はもうマヤカ達の知る優しい学園長では無かった。




