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ブラッド・ZERO  作者:
第3章 カルバナ帝国編
109/119

第109話  今後と今

 ディークは魔王城のバーで大きなあくびをしながら椅子に座る。

 上半身を机に寝そべる様に預けると頬に触れた机が冷たくて気持ちがいい。


 このところアラドの町にかかりきりで忙しかったのだ。

 帝国からアラドの町を貰ってから1ヶ月、とりあえず町の形にはなってきた。


 アラドの町の住人には衣食住を、保証する代わりに魔王軍への入隊を募集した。

 幸いにもこれが効果抜群で皆が目の色を変えて入隊を希望したのだ。

 やはり、ハーフにとって衣食住だけでもかなり高待遇のようである。

 やはり初日の宴会が効いていたのだろう。


 元々貧民街だけに人数は多い。

 しっかりと鍛え上げれば十分な軍隊になるだろう。

 何より良かったのが、ハーフは一番下の底辺である。モグローンなどに変な差別はしなかった。

 だからこそモグローンを中心に町の復興は当初よりも早い速度で行えたのだ。


――とは言ってもまだまだ始まったばかりでやる事は山積みである。


「まだまだ先は長いな……」


 思わず口に出てしまった。

 ディークは軽く握った拳を口にあてながら頭を働かせる。

 スコールの報告によればすでにこの一か月でアラド町の元住民の殆どが我が軍に入った。


 その数およそ1万人だ。

 今の所、皆で町作りを行なっているが後々は軍人として教育を施していかないといけない。

 ハーフは純血よりも劣っているのが常識だ。

 そのままでは使い物にならないだろう。

 ハーフはサバイバル的な事は長けているが知識も技術もないからだ。

 だが流石に一万人に教育をするというのは数が多い。

 エルドナにあるアルフォード学園くらいの施設がないとどうにもならない。


……であれば作ってしまえばいい。


 カルバナと同盟関係にある今、人手が足りないだけならどうにでもなるだろう。

 しかし、一からああ言った一つの施設を作り上げるにはディーク達だけではあまりにも経験が無さすぎるのが問題だった。


 ディークに至っては、学園の経験すらなく一度だけエルドナで見学しただけだ。どういったものか想像すら難い。

 だが、ディークには一人適任者がいると考えていた。

 それはスコールである。

 スコールは頭も良く剣技の上達も凄まじい。

 そして元々エルドナにずっと住んでいたのだから学園のノウハウもある程度あるだろう。


 何よりもスコールは頭の回転が早い。

 これは賢いとは違い何事も臨機応変に対応できる能力である。

 何だかんだ丸投げでもスコールなら上手くやってくれるだろう。

 ディークの眷属には無い安心感がある。



 だからこそ少し前にスコールに「今後の事を見越してアルフォード学園の様な養成学校を作ろうと思っている。お前にその責任者と軍の最高指揮官として皆を引っ張っていってくれないか?」と聞いたのだが……


 何故かスコールは表情にさえ出さないが良い印象をもたなかったようだ。


 一体何が不満なのだろう?


 軍の最高指揮官が重すぎるのだろうか?


 否、我が国の聖剣の勇者が軍を引っ張っていくのは当然の事、聖剣の受け取った時点でその覚悟は出来ていたはず。


 ならば学園の責任者が嫌なのだろうか?


 そんな事を考えていると、バーのドアが開く音が響きスコールの顔が見える。

 ディークは軽く手を上げるとスコールは小さく頭を下げ席の前までやってきた。


 ディークは座る様に促すとスコールもそれに従った。


「今、今後の町作りについて考えていたんだ。ちょうどいい。前の返事を聞かせてくれるか?」


 ディークの、問いにスコールは一呼吸置く。


「本当にありがたい申し出なのですが……学園の責任者は断らせてもらってもいいでしょうか?」


 予想していた通りの返事が帰ってきた。


「理由を聞かせてもらえるか?」

「自分は、まだ人に教えられる様な力はありません。自分自身が先生達にもっと一杯教えてもらい更に上を目指したいんです」


 なるほど……


 命令すればスコールは、やらざる終えない。

 しかし、嫌々やっていてはこういったモノは上手くいかない。

 ここはスコールの意を組むしかない。


「分かった。では今後、チャンネを責任者として教育させる」


スコールは深く頭を下げながら、


「申し訳ありません。こんなわがままを言える立場では無いのは十分に――」


ディークはスコールの謝罪に声を被せる


「気にするな。お前は十分良くやってくれている。責任者は無理でもチャンネのサーポートで手伝ってやってくれ」

「はい。まかせてください。それについてですが、今後の町の方針についてどう考えているのですか?」


 ん?


 ディークは一瞬固まる。

 方針か……


 アラドの町を手に入れた意味は大きく二つだ。


 一つは魔王軍として本格的な軍を手に入れられた事。

 今現状、軍とは言えないがこれは時間が解決するだろう。

 他国に圧力をかけるにあたっても数というのは十分な力になる。


 もう一つは自給自足ができる様になったことだ。

 他国や商人に頼らなくてもいいことはかなりのメリットになる。


 だが、スコールの聞きたいことはこういったことでは無いだろう。

 そんなものディークの中ではすでに答えは決まっている。


「今後この国を拠点に俺達だけの理想郷を作り上げそれは世界一の国となるだろう」


 スコールは分かっていたのか表情に変化はなく。


「具体的にはどうしますか?」

「うむ。当面、軍に教育を施しながら、東にある森林地帯を調査しろ。脅威となりそうなものは排除し良さそうな者がいれば配下に加えるんだ」

「その選別はこちらで行っても?」

「無論だ」


 元々魔王軍を名乗っているのだ。今更人だけに絞る意味はない。

 とは言っても言葉が通じないのは論外ではあるが、そんな適当な事をスコールはするはずもないだろう。


「ああそうだ。町がある程度落ち着けば俺はカルバナへ行く」

「何か重要な事でも?」


 ディークは椅子に深く座り直す。


「そうだ。ユーコリアス女王に牙を向く愚かな者共を俺がなんとかしてやろうと思ってな」


 実はディークはユーコリアスに依頼を受けていた。

 依頼内容は勿論、国に潜む革命軍の殲滅だ。

 ユーコリアスも同盟国を得た事により攻めに回ったのだ。

 本当なら他国に依頼する事ではない。

 しかしユーコリアスには確実に敵ではないと思える人物が少なかった。

 だからこそ魔王軍に調査を依頼したのだ。

 ディークはその事をスコール説明すると、


「では、俺とアイがやります。わざわざディーク様が行く必要はないかと思います」


 スコールの言うことはもっともだ。

 国の長であるディーク自らが行く必要は全くない。

 しかしディークはどうしても自分が行きたかった。

 同盟を結んでからというものユーコリアスは何かと力を貸してくれたのだ。

 アラドの村の復興にしても食糧や必要物資はほとんどユーコリアスが手配してくれたものである。

 何も分からず敵の可能性さえあった状況の中でディークと交わした同盟という国同士の約束をユーコリアスは最初から信じてくれたのだ。

 だからこそディーク自身、今回の同盟はユーコリアスとの同盟だと考える事にしたのだ。


「カルバナの件は何か嫌な予感がする。それにユーコリアスには借りがあるんだ」


ディークそう言われてしまってはスコールも何も言えない。


「嫌な予感というのは? 何か根拠があるのですか?」


 根拠など無いディークは首を横に降る。


「ただ、最近ユーコリアスが狙われた話を聞かない。これが何か引っかかる」


 そう。ここ最近ユーコリアスが命を狙われた話を全く聞かなかった。

 もっと細かくいうなら同盟を結んだ直後から殆ど無くなったと言っていいだろう。

 一国の女王を殺そうとする輩だ。諦めたとは考えられない。


 そんなディークの考えを代弁するかのようにスコールが口を開く。


「不意を撃たなくても良くなった……もしくは何かしらの準備が出来て機会をうかがっている」

「その通り。それにカルバナに潜伏して敵を見つけるには俺が一番向いている」

「確かに……」


 ディークは自信満々に言い放つとスコールも納得する。


「まぁ当面の目標は町をある程度の形にしてユーコリアスを招待する事にしよう」


 ディークの言葉にスコールが意地悪そうな笑みを浮かべ。


「同盟破棄されるかもしれませんよ?」


 その言葉にディークも笑みを溢す。


「それともう一つ言っておく事がある」

「はい」


 ディークの顔からは笑みが消える。


「アラドの村に敵意を向ける者がいれば、生かして返すな。一人残らずだ」


 スコールは思わず唾を飲み込みんだ。





 アラドの村が大きく動き出した今、ここ魔王城の中も少しずつ変わりつつあった。

 

 鏡の前に立つリーファ


「よし、完璧!」


 メイド服に身を包み気合い十分な声で胸のリボンを軽く引っ張った。


 リーファは見た目の通りメイドである。

 メイドといえば色々あるがリーファの様に奴隷上がりのメイドは少数だ。


 リーファは窓を開けると空を眺める。

 この澄み切った空の美しさは他では見られないだろう。

 人に荒らされていない未開の地であるアビスは空気も水も美味しい。


 そう、リーファは魔王城に努めるメイドなのだ。

 ディークが選んだ20人の奴隷の一人と言ってもいいだろう。


 リーファは大きく背伸びをすると両手で頬を叩き気合い十分で部屋を出る。

 すると向かい正面の部屋が開き同じメイド服に身を包んだ同僚のナーガが出てきた。


「おはよう。ナーガ」

「おはよう。リーファ」


 ナーガは軽く手を挙げ挨拶をする。

 リーファもそれに答え手を挙げた。

 ナーガはリーファの横に並び歩き出すと、


「その服も様になって来たね」

「ナーガもね」


 魔王城に勤めて早二週間が経ちこの場所での生活も大分慣れて来た。


 当たり前だが、奴隷のリーファ達にとって全てが初めてである。

 ナーガは後頭部を両手で支えながら背中を反らせる。


「たまに思うことあるよ。これは夢なのかなって」


 ナーガの言っている事はよく分かった。

 それは魔王城での暮らしがリーファ達にとって良すぎるからだ。

 ここにくるまで奴隷だったリーファにまともな仕事などなかった。


 そもそも仕事を与えられるわけではない。

 命令されるだけの存在だからだ。

 逆らうことも許されず。使い捨てされるのが奴隷の常。


 そう言った経験から魔王ディークの城に行くことになった日は恐怖で眠れなかった。


 魔王の城――


 想像するだけで恐ろしい。もしかして生贄に選ばれたとかとすら思ったものである。


 しかし現実は全くの逆であった。


 まずは食事だ。

 腐りかけの余り物ではなく、毎日暖かい食べ物が出てくる。

 おかわりだって自由だ。


 普通、一般的にメイドの為に食事を用意したりはしない。

 メイドは逆に主人に食事を用意する立場であり、それにあたって出た残り物を食べるのが普通だからだ。

 貴族だって自分が飼っているメイドにわざわざ食事を用意したりはしないだろう。

 そもそもメイドは食事を用意する立場なのだから。


 これだけでもリーファ達にとっては超高待遇といえた。


 それだけではなく、一人一人に個室まで与えられフカフカのベッドで眠ることが出来る。

 それに加え毎日お風呂まで入れて休みも多い。


 城に住んでいる人達は温泉と呼んでいるが、本当の温泉ではない。水を何かしらの力で温めた物である。

 これは、流石魔王城と呼ぶだけはある。

 魔法を使わず水温を上げたり下げたりする事は難しいとされている。

 それは多くのエネルギーが必要だからだ。

 それだけの力を軍事利用ではなく風呂に使う事は通常ありえないことだ。


 あまりの待遇に最初は、なにかの罠かと疑ったほどである。

 奴隷と言う立場からでは絶対にありえないだろう。


「でも、今でもたまに昔の夢を見るの」


 これが全て夢で、目を覚ませば光も差さない冷たい牢獄の中――


 それほどにリーファの生活は一転したからだ。

 その言葉にナーガも、相槌をうち、


「それは、私もあるよ。突然追い出されるんじゃないかと不安なの」


 ナーガの言葉にリーファの心拍数があがった。

 聞いている話では、自分達はカルバナ帝国から魔王軍所属となっている。


 悪い言い方をすればカルバナ帝国から売られた型となっているのだ。

 だからこそ、魔王ディーク・ア・ノグアが不必要と判断すれば簡単に捨てられるだろう。

 そうなってしまえば又、空腹の辛い日々に逆戻りである。


「でも、大丈夫。メイド長も言ってたじゃない。この城について――」


 メイド長のスカーレット――


 始めて見た時の事を思い出しリーファはクスリと笑った。

 最初は恐ろしくて震え上がったものだ。


 正に魔王城と呼ばれるに相応しい面立ちであり地獄の門番の様だった。

 一応性別は女性らしくメイド服を身につけてはいるが、骸骨の姿故に本当の所は不明である。


 しかし、料理の腕は本物でメイドとしては非の打ち所がない。

 見た目は怖いが、優しく話しやすい人物で皆からも慕われている。

 そんなメイド長、スカーレットの言葉を思い出す。


 魔王城――


 他国に場所さえ知られていないアビスの地。

 今や聖剣の所有国となった魔王国は機密が多い。

 事実、リーファ達はこの地を囲む塀の向こうに出たことはなく許可無く出る事も禁止されている。

 ただしこれは行動を制限していると言った意味ではない。純粋に塀の外は危険なアビスの地でありメイドだけで気軽に散歩できる様な場所ではないからだ。


 そして、リーファ達20人が最初の住人と言っていた。

 なんでも、これまで人手不足だったが、スパイなどの危険性も考慮して簡単に人を増やせなかったらしい。


 そこまで警戒しているからこそ、簡単に追い出されることは無いと言えるだろう。

 そんな事をすれば情報の漏洩に繋がるからだ。

 しかし言いかえれば、生きて出さなければ良いとも言える。

 一般的なハーフの奴隷などのその程度の物であるからだ。


 たが、この城での住人は皆優しく、変な壁があるようには感じなかった。

 リーファの人生の中でこれほど良くしてもらったことは無い。

 だからこそ、大丈夫だと思えるのだ。


 ナーガはため息混じりに口を開く。


「悪い風に考えちゃう変な癖がついちゃってるかも」


 リーファは優しくて微笑むと、


「そんな事より朝の仕事に集中、集中!」


 朝は一番忙しい。皆が朝食を取りに押し寄せてくるからだ。

 皆と言っても殆どがモグローンだ。

 それを知ってか、ナーガ笑いながら、


「びっくりしたなー モグローンが、バーを開いているのは」

「あまり人が居ないって意味が分かったよ」

「でも、バーなんて初めてだったわ。リーファは今日も皆でいくでしょ? 」

「うん!」


 リーファはここに来て始めてお酒という物を飲んだ。

 お酒は贅沢品である為、奴隷には縁が無いものである。


 しかし魔王城ではモグローンがバーをやっていて毎日夜は宴会をしている。

 モグローンどころか魔王ディークすら毎日夜はバーにいるのだ。


 魔王曰く、その日の最後は酒で締めないとダメらしい。


 宴会をするモグローンには本当に驚いた。

 だが、それが逆に奴隷達が安心する要因ともなったのだ。


 種族の壁がない世界――


 この魔王城だけは純血が支配する現実とは違う世界に思える。


 奴隷達も急激な変化に皆、戸惑っていたが楽な方には慣れるに時間はかからない。

 今では生活の一部となっている。


「そう言えば、ナーガは知ってる? 新しい街の話」

「小耳に挟んだ程度だけどね」


 聞いた話によると近々カルバナから貰ったアラドの街と言う場所に新たな拠点を作るらしい。

 街と言っても街と呼べるほどの機能はない。


 その場所がどんな所なのかは容易に想像がついた。

 むしろリーファ達にとっては身近と言える。


 実際そんな場所を新たな拠点にするなど不可能だろう。

 しかし魔王ディークなら簡単にこなしてしまうような気がする。


 うまく言えないが魔王ディークには安心感がある。

 まだ魔王城に来て日が浅いリーファ達でさえもそれを感じていた。


 魔王ディークの目指す国はどんなものかは分からないが、奴隷達にも光を灯してくれる事は間違いない。

 その先駆けとしてのメンバーに選ばれた事は奇跡と言っていいだろう。

 だからこそ、奇跡をものにするために魔王城に貢献したいのだ。


 自分を……今の日常を守るために――


 そんな話をしているとリーファとナーガは大広間に到着した。

 魔王城に住む者は大広間で食事をする為に朝はメイド達にとって忙しいのだ。


 奥ではメイド長のスカーレットがすでに準備に取り掛かっている。


 リーファはナーガに視線を向けると、


「今日も頑張ろうね」

「うん!」


 元気な声で二人はスカーレットの元へと歩き出した。

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