第108話 アラドの街3
大宴会が始まって1時間――
人が人を呼び広場は人で溢れていた。
あらかじめ用意されていた料理も凄まじい速さで無くなっては追加され住民達は久しぶりの食べ物に腹を満たしていく。
ビール製造機には行列ができてモグローン達も忙しそうに働いている。
元は貧民街だけあってディークが連れてきたモグローン達を気にする者もいない。いや、そんな事を気にする場合ではないと言ったほうが正しいだろう。
何よりも今は皆が久しぶりの食べ物に夢中になっていた。
「流石と言っていいのか、上手く言った事を喜べばいいのか……」
スコールは隣にいたアイにそう問いかけた。
最初にこの話を聞いた時は順序がめちゃくちゃだと思っていたからだ。
街での初日にバーを作るなど、上手く行くと考える方が無理がある。
「ディーク様なんだから全て考えがあってのことに決まってるよ!」
アイは当たり前のように答える。
確かに、住民への掴みはこれ以上ないほど完璧だ。しかしそれは結果だけ見ればの話である。
この作戦がうまくいかなかった場合の作は何かあったのだろうか?
何はともあれ後は元々の指示通り軍に入る者、街の開拓の労働力を募集して皆で街を作っていけばいい。
この感じなら皆が力を貸してくれるだろう。
誰だって貧民街になど住みたくはない。飢えた生活などまっぴらごめんだろう。
ここの住民だってそれは同じに決まっている。
ここにいた者達はそれ以外に生きる道が無かっただけなのだ。
カルバナ帝国はオーガの国のだ。ハーフが住むような場所などあるはずはない。
人は一人で生きるよりある程度群をなした方が生存率は上がる。
だからこそハーフ達は集まるのだ。
同じハーフであれば少なくとも差別はされない。
貧民街にハーフが集まるのではない。
ハーフが集まる場所が、貧民街となるのだ。貧民街は劣悪な環境である。
そんな住民は難しい理念や理想を語るより単純にメリットを提示する方が効果は高いようだ。
「特に俺達はする事はないな……」
今の仕事は、住民同士のトラブルがないか見張る事だが、見る限りではそんな事は起こりそうもない。
それも当然だろう。
あれ程の建物を邪魔だからと言った理由だけで消し去る男が率いる団体に誰が牙をむくと言うのか。
「だったらアイは他の所を見て来るね」
アイはそう言うとフワリと浮かんで何処かへ行ってしまった。
スコールは話す相手もいなくなった為に適当に辺りを歩く。
皆、食べ物を嬉しそうに食べ、長らく口にしていないであろう酒を飲んでいる。
その中で一人の女に目が止まった。
同じくらいの歳だろうか?
女はオーガとエルフのハーフで褐色の肌に銀色の髪である。
特に珍しくもないハーフであるが目を止めたのはその食べ方だ。
テーブルに置かれた料理を両手で凄い勢いでガッついている。
率直に言うなら、汚い食べ方が目を引いたのだ。
その女はスラリと整った顔立ちでアイよりも少し背が高い。
さらりとした銀の髪は食事をするのに邪魔なのか、後ろでひとまとめに縛られている。
そして何より貧民街の住人にしては身なりが多少マシだ。
「凄い食い方だな」
スコールは率直な感想を口にした。
女は、スコールに気づくと口一杯に食べ物を含んだまま、
「ふもふごふももん! ぶはっ!」
口一杯物を含み話したせいで変なところに入ったようだ。
口から食い物を吹き出し慌てて手で押さえ胸を数回叩く。
横にあったビールで一気に食べ物を流し込むと大きく深呼吸をした。
「いきなり話しかけるんじゃねえよ! 吹き出す所だったじゃねえーか!」
女は怒りを露わにしながらテーブルに置いてあるパンを一つ手に取った。
「いや、十分噴き出しているぞ」
女の口の周りは食べカスでかなり汚れ変な民族の様だ。
どうやったらこんなに汚れるのが聞きたい。
スコールは、ハンカチを一枚差し出すと、女はそれを引ったくり口の周りをゴシゴシとふく。
「で? なんだってぇ?」
そう言いながら視線は合わさずに次に食べる料理を品定めしているようだ。
話し方からは品性のかけらもない。
ルータスだって品は無いがここまで酷くはない。
今までスコールが出会った女の中では断トツで一番だろう。
「凄い食べ方だと思ってな」
「おうよ! 何せ三日ぶりの食い物だからな。本当、この飯がなかったら体でも売ろうかと考えてたところだったぜ! 買ってくれる奴がいればな。ガッハッハー」
何が可笑しいのか分からないが女は机と叩きながら大笑いしている。
あまりにインパクトが凄すぎてスコールは圧倒された。
「お前、もう少し女らしい言葉遣いをした方が――」
スコールの言葉に女は食った魚の骨で歯を掃除しながら当たり前のように、
「ここを何処だと思ってるんだよ。何言ってんだ。こんな所にいる奴なんざ皆同じようなもんだぞ。女らしくで飯は食えねぇよ」
ここは貧民街である。ここでの生活はスコールの想像を絶するものだろう。
スコールは今までその日の食事に困った経験などない。望めば何でもあったからだ。
今まで貴族として、いや、純血としてぬくぬくと生きてきた自分では絶対に分からないものである。
「ところで色男さんよ。アンタは魔王軍の偉いさんなのか?」
「スコール・フィリットだ」
女はスコールを上から下までまじまじと観察したのち、口に咥えていた骨を吐き出す。
「ふむ……私はヤヤって言うんだ。よろしくな」
ヤヤはそう言うとジョッキを掲げる。
どうやらビールで乾杯をしたい様子だが流石に今はまずい。
「すまない。今は仕事中なんだ」
「なんだよ。糞真面目だな。アンタの親分はもう出来上がってるぜ?」
そう言うヤヤが指した先にはディークとミク達が盛り上がっている。
「あの人は特別だ」
「ふーん。色々大変だな」
「俺達は、ここで仲間を募集している。ヤヤも見たところ中々腕が立ちそうだな。軍に入らないか?」
「おう! そのつもりだ」
余りに軽く帰ってきた返事にスコールは戸惑いを隠せない。
そんなに簡単に決めていいのかと逆にききたくなるほどだ。
ヤヤはそんなスコールを見て察したのか、
「多分ここの奴らは殆ど入ると思うぜ。だってよ……飯食えるんだろ?」
「当たり前だ」
自分にとって当たり前のことでもここの住民にとっては破格の待遇のようだ。
「腐った肉の奪い合いに命を掛けなくて済むからな。それによ――さっきのはなんだ? あれ魔法かよ?」
「俺にも分からん」
建物を消した魔法は一体なんなのかなど、一々気にしていてはキリがない。
何かしらの魔法で消えた程度の認識で十分である。
「それに魔王軍とやらは本当に変な隔たりはなさそうだしな」
ヤヤはモグローンを指しながら笑う。
確かに魔王軍は人種どころか種族の隔たりすらない。
「何にせよ長いものには巻かれろってこったな」
「なら一つ教えといてやる。ディーク様の前でその言葉使いはやめろ。死にたくなければな」
今のままだとミクとミシェルにぶっ飛ばされる未来しかスコールには見えなかった。
面倒になる前に対策をするのは基本である。
スコールの忠告に対し、ヤヤは失笑しながらスコールの胸を指でつついた。
「そんなことする訳ないじゃん。私は人を見る目だけは確かなんだ。ちなみに私の千里眼によればアンタは女には弱いって出てる」
自分が女に弱いかは置いといて、よく考えてみればそうだ。
確かに貧民街であるなら臆病でなければ生き残れはしない。
そう言った意味ではヤヤの方が自分よりもその手の感覚はかなり研ぎ澄まされているだろう。
「ならいい。それと女に弱い奴は他にいる」
一瞬、ルータスのアホ面が思い浮かんだ。
「まぁ、よろしくな!」
そう言うとヤヤは握手を求めて手を差し出す。
だが、手が食べ物で汚れていることに気づくと、自分の服でゴシゴシと汚れを取り再び手を差し出した。
スコールは握手をする事に対抗を感じるが笑顔のヤヤを見ると、しない訳にもいかずに握手を交わした。
「俺は今後、この街の復興の任に就く。何かあるなら気軽に言ってくれ」
スコールの言葉にヤヤは少し考え答えるそぶりを見せすぐに返した。
「おうよ! なら明日の食い物を用意しといてくれ!」




